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Kanon Short Story #16
プールに行こう6 Episode 36

 トントン
 ノックの音に目が覚めた。
 どうやら、考え込んでいるうちに、ついうとうととしていたらしい。
 トントン
 もう一度、ノックの音。そして小さな声。
「祐一くん? ……うぐぅ、いないのかなぁ」
「いるぞ、あゆあゆ」
「あっ!」
 ドアが開いて、あゆが顔を出した。
「祐一くん、なにしてんのっ!」
「何って……」
「もう時間だよ、時間っ!」
 そう言いながらびしっと時計を指さすあゆ。
 俺もその指の差す方を見る。
 12時1分過ぎ。
「おう、そっか」
「そっか、じゃないよっ! 祐一くん、早く行ってあげないとっ!」
「そう言われてもなぁ……、まだ思い出せてないし……」
 俺は頭を掻いた。
「闇雲に走り回っても判るもんじゃないだろ? この街だって広いんだし……」
「でも、7年前ですよね? 祐一さんもまだ小さかったわけですから、行動範囲といってもたかが知れているんじゃないですか?」
「あっ、栞ちゃん!」
 おろおろうぐうぐしていたあゆが、ぱっと表情を明るくして振り返る。
「こんにちわ、祐一さん、あゆさん」
「おう、栞。その口振りだと、賭けの話は……」
「はい、ちゃんと聞きました」
「盗聴器で、か?」
「そんなこと言う人嫌いです」
 ぷっと膨れて、それから栞はショールを掛け直す。
「とりあえず、お部屋に入ってもいいですか?」
「そ、そうだよね。入り口で立ってるのも変だよねっ」
 うんうん、と頷くあゆ。
 まぁ、それもそうだと思って、俺は年下の2人を部屋に招き入れた。
「……うぐぅ、ボク祐一くんと同じ歳……」
「まぁ、そんなことはどうでもいいとして……」
「どうでもよくないよっ! ……でも、そうだね、それについては後で小一時間問いつめることにするよっ」
「吉野屋かおのれはっ!」
「そんな流行りネタはすぐに廃れますよ。それよりも賭けのことでしょう?」
 栞にやんわりと言われて、うぐぅは床のクッションに腰を下ろした。
「……うぐぅ、やっぱり小一時間問いつめたいよ……」
「で?」
 ぶつぶつ言うあゆを無視して栞に先を促す。栞はこくんと頷いた。
「はい。ですから、7年前だと祐一さんも小学生ですよね? その足ですから行動範囲もたかが知れてるわけですし、今からならそれをしらみつぶしに当たっていってもいいんじゃないですか?」
「そうだな……。でも、俺は小さな頃からアクティブ祐一くんとして知られた男だからなぁ」
「なんですか、その変なあだ名は?」
「いや、今まで誰にも呼ばれたことがないから、あだ名というのは間違いだが……」
 俺は考え込んだ。
「7年前か……。商店街にはよく行ってたなぁ。あとはこの家の近くと……あゆとの学校……」
「うん。森の中だねっ」
 頷くあゆ。栞は目を丸くした。
「森って、あの森ですか? 随分遠くまでうろついてたんですね」
「いや、もっと遠くまでうろついてたな。真琴をものみの丘で拾ったわけだから、あそこまでは行ってたはずだし」
「……はぁ。すごいです。感心しちゃいます」
「でも、普通それくらいはしないか?」
「男の子と女の子を一緒にしないで下さい。それにまだ、そのころの私は……」
 そう言いかけて口ごもる栞。
 そういえば、栞は最近回復するまでは、ずっと病弱だったんだよな。
 それを思い出して、俺は栞の頭にぽんと手を乗せた。
「……悪い。思い出させたか」
「……いええ。もう今はすっかり治ったわけですから」
 笑顔で首を振ると、栞は再び真面目な顔に戻った。
「でも、そうなると絞り込むのも……。あ、そっか」
 不意に手を打つと、栞は俺に向き直った。
「祐一さんをベースに考えてもしょうがないんですよ。名雪さんと約束した場所なんですよね? だったら、名雪さんと一緒に行った事がある場所なんじゃないですか?」
「おう、そう言われてみればそうかもな」
「さすが栞ちゃん。すごいよ、ボク全然思い付かなかったもん」
「えへへっ、そんなに誉めないでくださいよ〜」
 2人に誉められて、栞は照れたように笑った。
 俺は腕組みした。
「そうなると、かなり範囲は絞られるな。……というか、名雪と一緒に行った場所って、ここ以外だと商店街に買い物に出かけたくらいしか思い付かないんだが……」
「商店街だけですか? もうちょっとロマンスのある場所とかないんですか? 公園の噴水前とか……」
「それってドラマか何かでやってたのか?」
 訊ねると、栞はうっとりした顔で手を胸の前で組んだ。
「はい。幼なじみ同士が、かつて約束した噴水の前で再会を果たすんですっ! ロマンチックですよねっ!」
「まぁそうかもしれないけど、俺と名雪にそんなロマンチックなものが似合うと思うか?」
「……ええっと、あゆさんはどう思いますか?」
「わわっ、急にボクに話を振らないでよっ! えーっと、ええーっと……」
 あゆは俺をちらっと見てから口ごもった。
「うぐぅ……、ごめんなさい……」
「何故そこで謝る?」
「だ、だって……、名雪さんは美人だから、そういうドラマみたいなのも似合うけど、祐一くんは……そのぉ……」
「わ、あゆさんひどいこと言ってます」
「うぐぅ、栞ちゃん、意地悪だよ……」
「そうだぞ。第一、名雪があんなに綺麗になったのは多分ここ最近だぞ。なにせ7年前は名雪よりもあゆ……」
 そう言いかけて、俺は止めた。あゆがくるっと笑顔になって頷く。
「うん、それは言わない方がいいよ、きっと」
「……なんであゆさんが笑顔になってるんですか?」
 栞が鋭いツッコミを入れる。
 俺は立ち上がった。
「さて、とりあえず商店街から行ってみようか」
「あ、祐一くん。やっぱりしらみつぶしにするの?」
「現場に行ってみれば判ることも、あるかも知れないじゃないか」
 そう言いながら、俺はジャケットを手にして部屋を出ようとした。
「……祐一さん」
「あ、秋子さん」
 いつからそこにいたのか、秋子さんが俺の部屋の前に立っていた。
 何か言うかと思ったが、秋子さんは柔らかく微笑んで、道を譲ってくれた。
「……行ってきます」
「はい、行ってらっしゃい」
 いつもの挨拶を交わして、ジャケットを羽織りながら俺は階段を駆け下りた。そしてリビングの方をちらっと見たが、お袋が姿を見せることはなかった。

 俺達は商店街の入り口に立っていた。
「今日も人通りが多いな……」
「ゴールデンウィークですからね」
「うん」
「……名雪が待ってたとしても、この中からどうやって捜せばいいんだ?」
「……うぐぅ、わかんない……」
 3人で途方に暮れる。その間にも、通り過ぎる人の波に押されて、右や左にふらふらと流されてしまう。
「わ、祐一さんっ、離れないでください〜っ」
「そう言われてもな……。よし、あゆ! いつものようにダイビングタックルだ!」
「うぐぅ、ボクそんなことしてないよ〜」
 だめだ、これじゃ思い出す前に疲れ切ってしまう。
 俺はとりあえず、さらに流されていきそうな栞の手を掴んで、その場から脱出した。

「ふぅ、ひどい目にあいました」
 ファーストフードの店に入って、とりあえずセットを頼んでから席を確保すると、ようやく人心地ついたという風で、栞は大きく息をついた。それから人波にもまれている間にぐしゃぐしゃになっていた髪を悲しそうに摘む。
「えぅ〜っ、せっかくお姉ちゃんにセットしてもらったのに、台無しです〜」
「ショートなんだから手櫛ですぐに戻せるだろ?」
「そんなことないですっ。そんなこと言う祐一さん嫌いですっ」
 何故か拗ねてしまう栞。俺は苦笑しながら、バニラアイスの小さなカップを差し出した。
「まぁ、これやるから機嫌直せ」
「元々私が注文したものですよっ。まぁ、いいですけど」
 ぱっと笑顔にもどると、いそいそとアイスの蓋を開ける栞。
 ……あれ?
 俺は、ふと違和感を感じて辺りを見回した。それから訊ねる。
「なぁ、栞?」
「ダメですよ。いくら祐一さんでも、このアイスはあげません」
「違うって。あゆはどうした?」
「……?」
 左右を見回して、それから栞は窓の外に視線を向けて呟いた。
「あゆさんは、いいお友達でした」
「……そうだな。あいつ、ああ見えて意外に良い奴だったのかも」
「そうですね……」
 2人で同時にため息を付く。
「……とりあえず、食べてから考えるか」
「そうですね」

 結局、商店街の反対側の端まで流されていたあゆを回収できたのは、他の場所もあらかた回ってみた後のことだった。

「うぐぅっ、ひどいよっ。ボクが一生懸命2人を捜してたのに、2人でお茶してたなんてっ!」
「まぁそう怒るな。100円やるから」
「いらないよっ! あ、でももらうけど」
 そう言って手を差し出すあゆ。
「しかし、名雪はいなかったなぁ」
「商店街じゃないのかも知れませんね」
「うぐぅ、無視したぁ……」
 と。
「あ〜〜〜〜っ!! 祐一見つけたぁっ!!」
 不意の大声に、商店街を歩いていた客達の視線が一斉にそちらを向く。
 俺はさりげなく明後日の方に視線を逸らした。
「あ、真琴ちゃん」
「こらあゆ、こういうときは他人の振りをするんだ」
「そうですよっ」
「ですが、真琴の方が相沢さんを見つけてしまっている以上、無駄ですけれど」
「祐一〜〜〜っ!」
 ずだだっと走ってきた真琴が、ジャンプ一番、俺の首に飛びついてきた。
 とりあえずその頭に手を置いて、俺は脇に視線を向けた。
「よう、天野。相変わらず地味だな」
「……はい。原作よりですから」
「……?」
 俺のみならず、全員が?マークを浮かべる中、天野は俺に尋ねた。
「それよりも、名雪さんとは、まだ逢えないのですか?」
「え? あ、ああ。それより原作って何だ?」
「気にしないで下さい。私だって羽目を外して弾けてみたい時もあるんです」
「……?」
 もう一度?マークを浮かべる俺達を無視して、天野は真琴に声を掛けた。
「それじゃ私たちは家に戻りましょう」
「え〜っ? 真琴は祐一といたいのに〜っ」
「ダメですよ。それではフェアではありませんから」
「……賭けのことは、知ってるんだな」
「はい。秋子さんが学校に来て、教えてくださいましたから」
 俺の言葉に、こくりと頷く天野。
「天野さん、どうして真琴ちゃんがいるとフェアじゃないの?」
 あゆが訊ねると、天野は静かに首を振った。
「真琴には妖狐の力がありますから、名雪さんの居場所くらい、すぐに探し出す事が出来ます。でも、それでは相沢さんが賭けに勝ったことにはならないでしょう。相沢さんが賭けに勝つには、名雪さんを捜し出すことではなくて、名雪さんとの想い出を思い出すことが必要なわけですから」
「……うぐぅ、でも……えっと、えっと……」
「それってフェアじゃないですよ」
 口ごもるあゆを見かねた感じで、栞が割り込む。
「想い出っていうのは、強制されて思い出すものじゃないでしょう?」
「確かにその通りです。ですが、その賭けを相沢さんは受けたわけですから」
 天野はそこで言葉を切り、そして俺に視線を向けた。
「それに、相沢さんがこの街に戻ってきてから、十分すぎるほど時間はありました」
「……ああ」
 俺は頷いた。
「確かにそうだ。それなのに、俺はその名雪との想い出を忘れたままだ……」
「……はい」
 天野は頷くと、真琴に言った。
「真琴、家に帰れば肉まんが用意してありますよ、きっと」
「あう、肉まん……」
 こくりと頷いて、真琴は俺から離れた。そして俺に視線を向ける。
「祐一……」
「どうした、真琴?」
「ええと……。祐一……」
 真琴は、俺の胸に、自分の額をこつんと当てた。
「がんばって……」
「……サンキュ」
「じゃ、ね。名雪をちゃんと連れて帰って来なさいようっ!」
 そう言うと、先に歩き出していた天野の後を追いかける真琴。
「ちょっと待ってようっ、美汐〜っ」
 俺は2人の後ろ姿を見送ってから、あゆと栞に声をかけた。
「あゆも栞も、そんなわけだから……」
「私は、祐一さんのお役に立ちたいから、そばにいます」
 きっぱり言う栞。続いてあゆも頷く。
「ボクも。……きっと、それってボクのせいだから……」
「え?」
「あ、ううん、なんでもないっ」
 ぶんぶんと首を振るあゆ。
 俺は少し考えて、あゆに言った。
「学校に行ってみるか」
「学校? でも、もう名雪さん、学校にはいないんじゃ……」
「いや、そっちの学校じゃない」
 首を振る俺に、あゆは小首を傾げ、それからはっと顔を上げた。
「ボク達の学校……?」
「ああ」
 俺は頷いた。
「俺とあゆの……学校だ……」

Fortsetzung folgt

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あとがき
 落ち込んだりもしたけれど、私は元気です。

 プールに行こう6 Episode 36 02/1/22 Up

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