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翌朝。
Fortsetzung folgt
俺が目を覚ますと、既に部屋の中に朝日が差し込んできていた。
慌てて時計を見てから、そう言えば今日からゴールデンウィークだったことを思い出す。
「……そっか、休みなんだよな……」
それでも、名雪や真琴は陸上部の練習があるので、学校に行かないといけないとか言っていたが……。
名雪!
俺は跳ね起きた。
『なゆきの部屋』と描かれたプレートの掛かったドアをノックしようとしたとき、そのドアが内側から開いた。
「あら、おはよう、相沢くん」
中からでてきたのは香里だった。
「名雪なら、とっくに起きて下に行ったわよ」
「……今日は季節外れの雪でも降るのか?」
「そんな冗談を言ってる場合じゃないでしょう?」
「……そうだな」
頷いて、俺は香里に訊ねた。
「下の様子はどうなってるんだ?」
「まだ、相沢くんのおばさんは寝てるみたいよ。それ以外はいつも通り……とはいかないわね。静かなものよ」
「……そっか。サンキュ」
「ううん」
首を振ってから、香里はそのまま階段を降りていった。と、途中で振り返る。
「栞の姉としては複雑だけど……、名雪の親友としては、あなた達のこと、応援してるから」
「ありがとよ」
「うん」
微かに微笑んで、そのまま香里は階段を降りていった。
顔を洗ってダイニングに入ると、秋子さんがサラダボウルを持ってキッチンから出てきたところだった。
「あら、祐一さん。おはようございます」
「おはようございます。それ、リビングに運ぶんですよね。俺がやりますよ」
「そうですか。それじゃお願いしますね」
頷いて、秋子さんは俺にサラダボウルを手渡した。それから、言う。
「姉さんは、7年前のことが引っかかってるんですよ」
「……え? 7年前って、あゆのことですか?」
思わず聞き返す俺に、静かに首を振る秋子さん。
「いいえ」
それだけ言い残して、秋子さんはそのままキッチンに戻っていった。
何故か、その背に向かって、それ以上のことを訊ねることは出来なかった。
リビングにサラダボウルを持って入ると、既に他の全員が揃っていた。
「……祐一」
「よう、みんなおはよう」
わざとらしく、明るい声で挨拶する俺。
「名雪、今日は部活だろ? 何時からだ?」
「えっ? あ、うん、10時に学校集合……だよ」
「そっか。それじゃ真琴も名雪と一緒だな。頑張れよ」
「え、う、うん……」
「……私も一応陸上部ですが」
天野が小さな声でぼそっと呟く。
「あ、そうだった。悪い、天野」
「いえ、マネージャーですし……」
さりげなく視線を逸らしながら言う天野。
俺は咳払いしてから、栞に訊ねる。
「で、栞はゴールデンウィーク中は部活はなしか?」
「はい」
こくりと頷く栞。と、隣に座っていたあゆが口を挟む。
「ボクの茶道部もないんだよ」
「まぁ、そうだろうけど」
本格的な茶道部はどうか知らないが、うちの茶道部はほとんどお茶菓子持ち寄っての雑談部状態だからなぁ。
俺は、隣で黙々とパンを囓っている舞に訊ねた。
「舞は……?」
「……みまみま」
「いや、悪かった。黙って食ってくれ」
うん、と頷く舞。代わりに佐祐理さんに視線を向けると、笑顔で答えてくれた。
「ええっとですね、どこかで遊園地に遊びに行こうかって話はしてたんですけど、特にいつって決めてるわけでもないですから、基本的には何の予定も入ってないですよ。ね、舞?」
舞はもう一度頷いた。
「そっか。2人とも、せっかく大学に入ったんだから、どこかのサークルにでも入ればいいのにな」
「あはは〜っ」
佐祐理さんは苦笑した。
と、不意にリビングのドアが開いて、お袋が入ってきた。
「皆さん、おはようございます。あら……?」
その視線が天野と香里に止まる。
天野が素早く立ち上がり、頭を下げた。
「朝からお邪魔してます。天野美汐と申します」
「……そう、あなたが」
お袋は、一瞬鋭い目で天野に視線を走らせると、すぐに微笑んだ。
「お噂はかねがね。相沢奈津子です」
「ご丁寧に痛み入ります」
「やはり、真琴さんのことで、こちらに?」
「……はい」
天野は静かに頷いた。
「そう。……で、そちらは?」
「あ、はい。名雪さんの友人で、美坂香里です」
楚々と頭を下げる香里。お袋は、頬に手を当てた。
「美坂……? 確か、そちらの栞さんも……」
「ええ。栞は私の……妹です」
何故か、微妙な間をおいて言う香里。
お袋は、合点がいったという風に頷いた。
「ああ、なるほどね。自慢の妹さんのようね」
「ええ」
今度は間髪入れずに頷く香里。お袋は微笑んだ。
「私にも妹がいるから、判るわ」
「……は、はぁ……」
曖昧に頷くと、香里は腰を下ろした。
お袋も座ると、俺に視線を向けた。
「祐一」
「は、はい」
「荷物の用意は出来たかしら?」
「……いいえ」
俺は首を振った。お袋は顔をしかめる。
「そう。なら、早めに用意をしておきなさいね」
「あの……」
「それだけです」
そう言うと、それ以後お袋は、朝食の間中、俺にも名雪にも目をくれなかった。
朝食が終わり、名雪と真琴、天野の3人は部活のために学校に向かった。他のみんなも、名雪達が帰る頃にまたここに集まることにして、一旦それぞれの家に戻っていった。
こうして、俺は家に独り……。
「うぐぅ……、ボクもいるもん……」
訂正。あゆと2人で残されたわけだ。
とりあえず、俺の部屋で2人で作戦会議を開いてみる。
「でも、本当に……、どうしておばさんは祐一くんと名雪さんが付き合うことに反対するんだろ?」
「俺にもそれがよくわからん。あゆ、俺の考えが読めるんなら、お袋の考えも読んでみてくれないか?」
「うぐぅ、無理だよぉ……」
確かに、あゆが俺の考えを読めるのは、俺と精神融合していたことがあったからだ。お袋とはそんなことはしてないんだから、読めるはずはない。
と、あゆがぽんと手を打った。
「……そうだ! 祐一くん、秋子さんに聞いてみるのは、どうかな? 秋子さんなら何か知ってるのかもしれないよ」
「そうだな……」
俺は頷いて、腰を上げた。
「よし、秋子さんに聞いてみようか」
「うんっ」
あゆも頷いて、立ち上がった。
2人揃って階段を降りて、リビングに入ろうとしたとき、不意に中から声が聞こえた。
「姉さん、どうしてそんなに反対するんですか?」
思わず、ノブに伸ばしかけた手を引っ込めて、俺はあゆに視線を向けた。あゆもこくりと頷いて、それから2人で聞き耳を立てる。
「秋子、あなたも2人のことに賛成してるわけ? ……そうね、反対していたら、黙認してるはずないものね」
「ええ。私は、祐一さんが名雪と付き合ってくれるって言ってくれて、とても嬉しいと思ってますよ」
「秋子……。私はね、名雪さんのことを思って言ってるのよ。祐一と名雪さんが一緒になったら、きっと名雪さんは不幸になるわ」
「そんなことありませんよ」
「現に、7年前、あの子が名雪さんに何をしたか……、あなただって憶えているでしょう?」
「それは……。でも、あの時は2人とも、まだ子供でしたから……」
「今もまだ子供よ」
「そうでしょうか……?」
「あの子は、7年前に何をしたのか、忘れ去ってるんでしょう? それが、私には許せないのよ」
「……祐一さんは、きっと思い出してくれますよ」
「そうかしら?」
「ええ。私は、祐一さんを信じてますから」
「……ふふっ、おかしなものね。実の母親の私が祐一を信じて無くて、叔母のあなたが祐一を信じるなんて……。でも、祐一のことについては、あなたよりも私の方がよく知ってるわ」
「……姉さん、そうとは限らないんじゃないでしょうか? 少なくとも、ここ数ヶ月の間、私は祐一さんと一緒に暮らしてきました。それに……、姉さん、ほかのみんなにも逢ったでしょう? あの娘達は、みんな祐一さんのおかげで、変わることが出来たんです」
「秋子……。あなた、随分とあの子に入れ込んでるのね」
「ええ」
しばらく沈黙が流れた。そして、お袋の声が聞こえた。
「いいわ。それじゃ一つ、賭けをしましょうか?」
「賭け、ですか?」
「ええ。あなたは、祐一が必ず7年前のことを思い出す、そう言ったわね」
「……そうですけど……。姉さん?」
「それじゃ、……そうね、今日が終わる前に、あの子が7年前のことを思い出せたら、あなたの勝ち。出来なければ私の勝ち。それでどうかしら?」
「勝った方は、負けた方に一つだけ、なんでも要求できる……ですね?」
「ええ、そうよ。どう? 受ける?」
「……ええ、いいですよ。ただし、勝負の付け方ですけど……」
「何かしら?」
「姉さんがそこまで7年前にこだわるのなら、こうしたらどうでしょう? 名雪に、7年前と同じ場所で待たせるというのは?」
「私はそれでかまわないけれど、それじゃ名雪ちゃんがかわいそうじゃない? 7年前と同じ気分をもう一度味わうことになるわよ?」
「……」
「そう。判ったわ。その賭け、受けましょう」
「グッド」
俺とあゆは、そこまで聞いて顔を見合わせた。
と、不意にドアが開いた。
「えっ?」
「うぐっ!」
不意を突かれて、そのままリビングの中に転がり込む俺とあゆ。
ドアを開けた秋子さんは、そんな俺を見下ろして微笑んだ。
「祐一さん、聞いての通りですよ」
「ちょ、ちょっと待ってください」
俺は慌てて起き上がりながら言った。
「急にそんなこと言われたって……」
「名雪には、私が今から学校に行って知らせてきますね。そうですね、それじゃ……」
秋子さんは、壁に掛かっている時計を見上げて言った。
「12時から、ということで。いいですか、姉さん?」
「ええ、それでかまわないわ」
頷くお袋。
「それじゃ」
秋子さんは静かに出ていった。
それを思わず見送ってから、俺は振り返った。
「お母様、どういうことなのですか?」
「聞いての通りよ。あなたが7年前のことを思い出せなければ私の勝ち。12時までに思い出して、名雪ちゃんを迎えに行けば秋子の……、いえ、あなた達の勝ち。判りやすいでしょう?」
お袋は、笑みを浮かべて言った。
「まぁ、あなたが思い出せるはずがないわ。無駄な努力をするのはやめて、さっさと荷造りなさい」
「……すみません。失礼します」
俺は背を向けた。
後ろからお袋が言う。
「考えるのは勝手だけど、12時になるまで家を出たらダメよ。そういう約束だからね」
「……判ってます」
そう答えて、俺はリビングのドアを閉めた。
「うぐぅ……。ボクを置いていかないで……」
哀れっぽい声が、ドアの向こうから聞こえたので、ため息をつきながらドアをもう一度開ける。
「あのなぁ……」
「祐一くんがいきなり閉めるからだよっ!」
「あ、そうそう」
不意にお袋が言った。
「一つ言っておくけど、7年前のことを他の娘に聞いても無駄よ」
「え?」
「舞ちゃんも、真琴ちゃんも、そしてあゆちゃんも、名雪ちゃんとのあなたの間にあったことは知らないから」
そう言い切ると、お袋はふふっと微笑んだ。
「そう。知っているのは、名雪ちゃんと秋子、そして私だけ……」
「……失礼します」
俺はもう一度言って、ドアを閉めた。それからあゆに尋ねる。
「あゆ、本当に知らないのか?」
「うぐぅ……」
あゆは、うぐーっと考え込んだ。
「どんな考え方だよっ!」
「俺の考えを読んでる暇があったら思い出せっ!」
「うぐぅ……」
もうしばらく考えてから、あゆは首を振った。
「ごめんなさい。ずっと考えてたんだけど、そもそもボク、7年前に名雪さんと逢った覚えないよ……」
「あれ? そうだっけ?」
考えてみると、そうだったような気がする。
「ま、しょうがないか。とりあえず、なんとか思い出してみるか」
俺は、心配そうなあゆの頭をひと撫でしてから、階段を駆け上がった。
「祐一くんっ!?」
「ちょっと一人で考えてみる」
後ろからのあゆの声にそう答えて、そのまま自分の部屋に入ると、俺はドアを閉めた。
途端に、静寂が俺の周りを包み込む。
ベッドに座って、俺は7年前のことを思い出そうとつとめた。
雪……。
雪が、降っていた。
白くて、赤くて……。
って、違う! これはあゆとの思い出じゃないか。
名雪との思い出は……。
俺は考え込んだ。
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あとがき
あ、いや。
確かにしばらく何の反応もしてませんでしたけど、某所で支援SS書いていたとかそんなことはないですよ。
……茜、みさき先輩、まこぴー、綾香、琴音ちゃん、あさひときて、今日は瑞佳。
私に死ねというのかね?(謎爆笑)
PS
なお、上のあとがきには一部フィクションが含まれています。……さて、どこでしょう?(笑)
プールに行こう6 Episode 35 02/1/11 Up