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「……はぁ」
Fortsetzung folgt
「……ふぅ」
「……はぁ」
「……ふぅ」
「……あのねぇ」
朝のホームルームの始まる前。
香里がたまりかねたように声を上げた。
「何があったかは知らないけど、朝から2人でため息を付き合うのは止めてくれないかしら? せっかく明日からゴールデンウィークに入るっていうのに、こっちまで憂鬱になるじゃない」
「……やっぱり香里には、俺達のこの気持ちは判らないんだよな」
「うん。わたしには香里なんて友達はいないよ……」
俺と名雪は顔を見合わせ、もう一度ため息を付く。
「……はいはい。で、何があったの?」
呆れたように肩をすくめ、それでも香里は名雪に尋ねた。
首を振る名雪。
「まだ、来ないんだよ……」
「……もしかして、あなた達……」
香里は、口に手を当てて俺と名雪を交互に見た。それから、名雪に小声で囁く。
「それで、お医者さんには見てもらったの?」
「……え? なんで?」
きょとんとする名雪。
一方の香里は深刻そうに眉間にしわをよせていた。
「まぁ、名雪はぼけーっとしてるし、相沢くんはあまりそういうことをしたがらないように見えるから、いつかはそうなるんじゃないかと思ってはいたけど……。相沢くん」
いきなり俺に話を振ると、香里はがしっと俺の肩を掴んだ。
「男なんだから、責任を取りなさいよっ」
「な、なんのことだ?」
「今更しらばっくれるなんて、相沢くんらしくないわね」
うぉ、久し振りに香里の目がオレンジ色にっ!!
「まぁ待て香里。こういうことは相沢と水瀬さんの問題なんだから、俺達が首を突っ込む事じゃないだろう?」
後ろから香里の肩を叩きながら、北川が言う。
「それより、俺達もそういう……」
「目からびぃむ」
どぉぉぉん
振り向きざまの一撃に、久し振りに吹っ飛ばされていく北川。
「うわぁぁぁっ、久々のこの感触〜〜〜っ」
「……なぁ、香里。もしかして北川ってM?」
「どうかしら? って、そんなことはどうでもいいのよっ」
「どうでもいいのか、北川のことは?」
「えっ? そ、それはいいわけじゃないけど……」
珍しく香里がはにかむような表情をみせると、はっと我に返って俺の襟首を掴む。
「そうじゃないでしょっ! 相沢くん、責任取ってちゃんと名雪をお医者さんに連れて行きなさいよねっ!」
俺は、襟首を掴まれたまま、名雪に視線を向けた。
「香里はああ言ってるんだが、名雪、どこか悪いのなら正直に言えよ」
まだきょとんとしている名雪は、ふるふると首を振った。
「このあいだの捻挫ももうちゃんと直ったし、別に悪いところなんてないよ」
「うん、ボクもそう思うけど……」
俺と名雪を交互に見てから、香里は俺の襟から手を離して、名雪の腕を掴んだ。
「名雪、ちょっと来て」
「えっ? う、うん、いいけど……」
そのまま香里は名雪を教室の隅に引っ張っていくと、ひそひそ話を始めた。
手持ちぶさたになった俺は、とりあえずもう一度ため息をついた。
「……はぁ」
「やっぱり、心配なんだ」
いつの間にか現れたあゆが、俺の顔を覗き込む。
「うぐぅ……。最初からいたよぉ……」
「いやすまん、まったく視界に入ってなかった」
「うぐぅ……。朝からずっと一緒にいたのに……」
なんだか知らないがしゃがみ込んで落ち込むあゆ。
俺はその隣にしゃがみ込んで、一緒に落ち込んでみた。
「うぐぅ……」
「うぐぅ、真似しないで……」
と、香里がすたすたと戻ってきた。
「ごめんなさい。あたしの勘違いだったみたいで……、って、何してるの、2人で」
「放っておいてくれ」
「それじゃ放っておくわ」
あっさり言うと、自分の席に戻る香里。それと入れ替わりに名雪がやって来た。
「ゆ、祐一っ、あのねっ、えっとね、そのぉ……」
香里に何を言われたのか、真っ赤になって指を突き合わせている名雪。
「あ、あははっ」
「……なにしてんだ、お前は」
「な、なんでもないよっ。それじゃわたし、もう寝るからっ」
「寝るなっ!」
思わず立ち上がってツッコミを入れてしまう。
「だ、だって、そのっ……」
微妙に俺から視線を逸らす名雪。
「あ、う〜っ、やっぱり寝るっ」
「だからぁ……」
「おい、そこのバカップル」
復活した北川がすたすたとやって来た。
俺は、その北川を手招きして、訊ねた。
「北川には香里が名雪に何を言ったのか判るか?」
「まぁな。で、水瀬さんの反応を見るとどうも誤解だったらしいことも判った」
「ちょっと、潤。つまらないことを言うんじゃないわよ」
じろり、と北川を睨む香里。北川は降参というように軽く両手を上げた。
「というわけで、マイハニー香里が言うなというので言えないな。許せ、同志相沢スキー」
「……あのな」
「そんなことより、それじゃなんで朝から二人揃ってため息をついていたのかの方が、あたしとしては気になるんだけど」
教科書を鞄から机の中に移しながら言う香里。
「あ、それはねっ」
「もう5月に入ってしまったからだ」
「……うぐぅ、ボクの出番……」
俺が言うと、あゆはしゃがみ込んで床にのの字を書き始めた。
席について机に突っ伏していた名雪が、顔を上げて俺に言う。
「祐一、あゆちゃんいじめたらダメだよ〜」
「名雪、香里はなんて言ったんだ?」
「……くー」
「寝るなっ!」
「らっきょだって食べられるよ〜」
「違うだろっ!」
「それで、どうしてなの? 教える気がないのなら、最初からそう言ってくれると助かるんだけど?」
にこやかに笑いながら訊ねる香里。だが、目が笑っていないのは言うまでもない。
俺は肩をすくめた。
「5月になったからな」
「うん。5月になったのに、まだ来ないんだよ。……祐一のお母さんが」
また顔を上げて、ぽつりと言う名雪。
「相沢くんのお母さんって……、ああ、そういえば遊びに来るって言ってたっけ」
「ああ。あの口振りだと、5月に入ったらすぐにくると思ってたのにまだ来ないからな、かえって不気味なんだ」
俺は、ため息をついた。
「明日からゴールデンウィークだっていうのにこれじゃ、安心して遊びに行く計画も立てられなくてな……」
「そうなんだよ……」
名雪も、う〜っと唸る。
「……さて、そろそろホームルームが始まるわよ」
「あ、こら、香里。なんだ、その態度はっ!」
「そうだよ〜。わたし達がちゃんと悩みをうち明けたのに〜」
「あたしにどうしろって言うのよ? 相沢くんのお母さんを迎えに行けとでも?」
「……それもそうだね」
あっさりと引き下がる名雪。
まぁ、香里の言うのは正論なので、こっちも反論のしようがないのは事実だったりする。
結局、俺達は部活の時までため息を付きまくり、天沢副部長に揃って怒られる羽目になってしまった。
カランカラン
「いらっしゃいませ」
百花屋のドアを開けると、ウェイトレスの声と共に、ざわめきが聞こえてきた。
「わ、いっぱいだよ」
隣の名雪が声を上げる。
店内は、うちの学校の制服を着た男女で埋め尽くされていた。
「……まぁ、考えてみれば、明日からゴールデンウィークだからなぁ。放課後に遊び回るというのもわからんではないな」
「うん……。でも、これじゃ座れないね……」
額に手をかざして、ぐるっと見回した名雪が呟く。
「……しょうがない。今日は帰ろうか」
「うう……、わたしのイチゴサンデー……」
「泣くなよ、こっちまで情けなくなる」
「これだけを楽しみにして、郁未ちゃんの特訓にも耐えてきたのに〜」
名雪は涙目で俺を見る。俺はやれやれと肩をすくめて、髪の毛をくしゃっとかき回してやった。
「きゃっ。もう、祐一〜」
「我慢しろって。代わりにコンビニでイチゴポッキー買ってやるから」
「うう……。しょうがないよね……」
自分に言い聞かせるように呟くと、名雪は笑顔に戻って俺の腕を引く。
「それじゃ、行こっ」
「おう」
俺達は踵を返した。
コンビニに入ると、知っている顔がいたので声をかける。
「おう、まこぽん」
「誰がまこぽんようっ!」
「それじゃまこぴー」
「あう〜っ、違う〜っ! 真琴には沢渡真琴っていうちゃんとした名前があるんだからねっ!」
「わかったわかった。だから、レジの前で地団駄踏むのは止めろ」
「あ、あう」
カウンターの中の店員が呆れたような顔をしているのに気付いて、真琴は慌てて俺達のところに駆け寄ってきた。
俺は訊ねた。
「制服姿ってことは、真琴も帰りか? 天野は?」
「美汐は、今日は用事があるからって。だから、真琴は一人で来たんだけど……」
そう言って、レジの方をじとぉ〜っと眺める真琴。
「どうしたの、真琴?」
「あ、うん。……肉まんがないの」
名雪にそう答えると、真琴はレジの横を指す。確かに、こないだまでそこにあった肉まんのショーケースは、アイスクリームの機械に変わっている。
俺は、真琴の肩を叩いた。
「あきらめろ、真琴。もう肉まんはない」
「う、嘘っ」
愕然とした顔をする真琴。
「あ、あう〜っ」
「確かに、もう5月だしね。あ、でも商店街に行ったらまだあると思うよ」
「ほんとっ!?」
名雪の言葉に一縷の希望を見出したらしく、顔を輝かせる真琴。しかし、本当に喜怒哀楽が判りやすい奴である。
そう思って思わず笑っていると、真琴はめざとくそれに気付いて俺に視線を向けた。
「なにようっ、真琴のことバカにしてるでしょっ!」
「いや、そんなことはないけどな。さて、それじゃ帰るか」
「あう〜っ、真琴の肉まん〜っ」
「それは商店街に行け」
「だって、ここから戻るの面倒だし……」
「だったら諦めろ」
「あう〜っ」
真琴はしばらく考えていたが、やがてがっくりと肩を落とした。
「今日は……我慢する」
「偉いね、真琴」
名雪がその頭を撫でると、真琴はへらぁ〜っと笑った。
「真琴、偉いの?」
「うん、偉いよ」
「えへへ〜っ」
「さて、それじゃ帰ろうか」
「……祐一、イチゴポッキー」
ちっ、どさくさ紛れにこのまま誤魔化そうと思ったのに。
「え? なにそれ?」
「そうだ、真琴も食べてみる? 美味しいよ」
「美味しいのっ? 食べる食べるっ」
「うんっ。それじゃ祐一、お願いねっ」
「俺かぁっ!?」
結局、俺は名雪のに加えて真琴にもポッキーを買ってやる羽目になったのである。
他にも夜食代わりのお菓子をあれこれと買い込んだ俺達が、コンビニの袋を手に提げて水瀬家に着くと、玄関の前であゆあゆがうろうろしていた。
玄関をじーっと見つめながら、右へ左へ行きつ戻りつを続けている。
「……なにしてるんだ、あれは?」
「さぁ……。あゆちゃん、どうしたの?」
名雪の声に、あゆは振り返った。心細そうだった表情が、ぱっと変わる。
「祐一くんっ、名雪さんっ、真琴ちゃんっ!」
「なんだ、どうしたあゆあゆ。不審船でも見つけたのか?」
「うぐぅ……、ここに海はないよ……。そうじゃなくて、さっき家に入ったら、知らない人がいたんだよっ!」
「なにっ? 水瀬家に無断侵入するとは生命知らずな奴め。で、家の中に怪しいやつがいるとして、あゆは何をしてるんだ?」
「うぐぅ……」
びくっと身を震わせるあゆ。俺はははぁと頷いて、顎に手を当てた。
「察するところ、家に帰って来るなりそのアンノウンとばったり出くわして、そのまま外に飛び出して、戻るに戻れなくなってるんだな」
「……う、うん」
こくりと頷くあゆ。よく見ると、靴も履いておらず、制服に三つ折りソックスのみという、その手の需要のありそうな格好であった。
「……その手の需要って、何?」
「知りたいのか、あゆ?」
「……うぐぅ、やっぱりいいです……」
「ま、それはそれとして、真琴」
「うんっ?」
手にしたポッキーの箱をためつすがめつしていた真琴が、名前を呼ばれて振り返る。
俺は訊ねた。
「本当に、中に知らない奴がいるのか? 他には誰がいる?」
「えーっとね」
真琴は、じぃーっと水瀬家を見つめた。ぴょんと狐耳が髪の間から飛び出す。
元妖狐だけあって、真琴は気配を探るのを得意としているのだ。大体100メートル以内なら、間に壁があろうとなんだろうと、人の気配は感じ取る事が出来るのだと、天野が言っていた。もっとも、この能力を使うには、今のように耳を出す必要があるのだが。
やがて、真琴は言った。
「……中にいるのは2人だよ。1人は秋子さんだけど……もう1人は、よくわかんない。初めて……なんだけど、なんか初めてな感じが……しないんだけど」
その瞬間、俺の背筋を冷たいものが、青梅市民マラソンのスタートのごとく大群で駆け抜けていった。
生唾を飲み込み、真琴に尋ねる。
「そのもう1人の気配って、秋子さんに……似てないか?」
「うん、似てる」
俺はその言葉を聞いた瞬間、名雪の手を握った。
「逃げるぞ」
「うん」
こくりと頷く名雪。
と、真琴が声を上げた。
「あ、こっちに来るよっ」
「なにぃっ!?」
ガチャ
聞き返すよりも早く、水瀬家の玄関のドアが開いた……。
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あとがき
というわけで、いよいよ新章突入、というところですかね。
果たしてドアを開けてきたのは誰なのか?
さて、それはそれとして、そろそろあっちもやらないとな(笑)
プールに行こう6 Episode 32 02/1/8 Up