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Kanon Short Story #16
プールに行こう6 Episode 31

「……あれ?」
 屋上の扉を開いての、俺の第一声はそれだった。
「誰もいないね」
 後ろからひょこっと顔を出して見回す名雪。
「おかしいな。時間は……」
 腕時計を見て時間を確かめる。
「わわっ、祐一さんっ、私の腕を掴まないでくださいっ!」
「しょうがないだろ? 俺は時計を持ってないんだし」
「それなら、わたしの見せてあげるよ〜」
「いや、こういうときには栞の腕時計に決めてるんだ」
「勝手に決めないでください〜」
 文句を言う栞はとりあえず放っておいて、俺は腕組みした。
「うむ、確かにいつもならとっくにあの2人は来てるはずの時間だ。……ということは、だ」
 あまり考えたくはなかったのだが、こういう状況ではそれしか考えられない。
 俺は頭を抱えてから、みんなに言った。
「ちょっと俺は教室に行って来るから、みんなはここで待っててくれ」
「え〜っ? 真琴も行くっ!」
 声を上げる真琴の頭をくしゃっと撫でてから、天野にほいと突き出す。
「頼んだ」
「……真琴、あまりわがまま言うと、嫌われますよ」
「あう……。わ、わかったわよう……」
 効果覿面。真琴はしょんぼりすると、すごすごと天野の側に下がった。
 その頭を撫でながら、天野は俺に視線を向けた。
「相沢さん、真琴は言うことを聞きましたから……」
 ちゃんと優しくしてあげてください、と視線で言う天野。
「……了解」
「……はい」
 天野はこくりと頷く。
 俺は名雪に肩をすくめて見せてから、階段を駆け下りた。

 教室の前まで来ると、中で男子生徒達の歓声が聞こえてきた。
 ……やっぱり、遅かったか。
 ため息をつきながら、俺は教室のドアを開ける。
 俺の席の周りに、男子生徒達の人垣が出来ている。
「そうそう、それでさぁ〜」
「はぇ〜、そうなんですかぁ〜」
 中から聞こえてきた、聞き覚えのありまくる声に、俺はもう一度ため息をついて、人垣を割って入っていった。
「はいはい、ごめんよっ。そこ開けてっと。よう」
 人垣の中心になっていた俺の席に、ちょこんと座っているのは、佐祐理さんだった。そしてその脇で、まるで佐祐理さんを守るように立っている舞。
「あ、祐一さん。遅かったですよ〜」
 その佐祐理さんが、俺を見てすねたように頬を膨らませる。
「うぉ〜っ、その拗ねた顔も萌え〜っ」
「ナイスっ!」
 パンパン、と手を打ち合わせる男子生徒達。そんな連中を、「はぇ?」という顔で見る佐祐理さん。
 いかん。
 これ以上野郎どもの妄想の渦中に、純真な佐祐理さんとそれ以上に純真な舞をそのままにしておけるわけがない。
 俺は佐祐理さんの腕を取った。
「ほら、行こうぜ」
「こら相沢っ! お前、お嬢に何をするっ!」
「誰がお嬢だ、誰が?」
「……さぁ」
「いや、舞には聞いてないけどさ」
「とにかく相沢、お嬢を連れて行くというなら俺を倒していけっ!」
「……舞、任せた」
 俺の一言に、今まで彫像のように動かなかった舞が、すっと視線を男達に滑らせた。
 根性の無い連中なら、それだけで蜘蛛の子を散らすように逃げ去るような冷たい視線だが、うちのクラスの男連中はこういう部分は性根が据わっている。
 それを感じて取った舞は、俺に視線を向ける。
「……やっつけるの?」
「怪我はさせないようにな」
「……わかった」
 頷いて、舞は右手を振り上げた。そして、俺の机に振り下ろす。っておいっ!!
 パキン
 むしろあっさりと、俺の机は真っ二つに割れた。
「わっ!」
 俺の席に座っていた佐祐理さんが、目の前で割れた机にびっくりした声を上げる。
 舞は視線を男子生徒達に向けた。
「次は……誰?」
 ざわっ、とざわめく男子生徒達。
「も……、萌え〜っ!」
「クールな口調がたまらんっ!」
 ……馬鹿だ。真性の馬鹿達だ。
 だが……。
 俺は、皆に向かってぴっと親指を立てた。
「クリナップクリンミセス!」
「……相沢、お前意外に古いな」
「はぇ? 祐一さん、何がどうしたんですかぁ?」
 きょとんとしている佐祐理さんを見て、またほぇ〜っと和む男子生徒達。
 舞が、いつもの手が通じないので、泣きそうな顔で俺を見る。
「……祐一。もう、どうしていいのか、わからない……」
「しょうがないなぁ。佐祐理さん、立って」
「あ、はい」
 頷いて立ち上がる佐祐理さん。
 俺は、窓の外を指した。
「おおっ、あんなところに12人の妹がっ!」
「なにぃっ!?」
 どどっと全員が窓に飛びつく。
「いまだ、脱出!」
 俺は舞と佐祐理さんの手を取って、教室から脱出した。

 とりあえず、階段を駆け上がり、踊り場まで出たところで、足を止めて後方を伺う。
 どうやら、追っ手は振り切ったらしい。ほっと一息ついたところで、まだ二人の手を握っていたことに気付いて、慌てて手を離す。
「ごめん、無理矢理引っ張って来ちゃって。……あれ? 佐祐理さん?」
 舞はいつも通りだったが、佐祐理さんがなんだか元気なさげであった。
 もしかして、いきなり走らせたせいか? と思って謝ろうとしたとき、佐祐理さんがぼそっとつぶやいた。
「……最近は、年上よりも妹の方が、萌えるんでしょうか……?」
「そ、それはどうかな……?」
 思わず口ごもる俺を見て、佐祐理さんは不意にあははっと笑った。
「冗談ですよ〜」
「な、なんだ。やだな、佐祐理さん。はははっ」
 と、佐祐理さんは不意に再び表情を変えて、俺の顔をのぞき込んだ。
「でも、祐一さんは、妹萌えじゃないですよね?」
「……ちょっと待って。佐祐理さん、妹萌えって何のことか判ってる?」
「はい。さっき祐一さんのクラスメイトさん達に教えてもらいましたから。ね、舞?」
「……」
 ぽっと赤くなって頷く舞。
 ……あいつら、2人に何を教えたんだ?
「それで、どうなんですか、祐一さん?」
 ずいっと俺に迫る佐祐理さん。
 俺は頭を掻いた。
「いや、どうでしょう? 少なくとも妹萌えだったら、名雪よりはあゆや栞の方にいくと思いますけどね……」
「はぇ〜、あゆちゃんや栞ちゃんは妹なんですかぁ?」
「まぁ、そんな属性かなぁ、と……」
「……難しいんですねぇ」
 なにやら考え込んでしまった佐祐理さん。
 と、舞がぼそっと口を挟んだ。
「……お腹空いた」
 同時に、くー、と可愛らしい音。ちなみに名雪が寝こけているときの声ではない。
「あ、ごめんね、舞。それじゃ行きましょうか」
 佐祐理さんは、重箱を提げて階段を上がりだした。って、もしかして教室からずっとそれ持ってたのか、佐祐理さん?

 何はともあれ、これで全員揃っての昼食となった。
「はぇ〜、そんなことがあったんですかぁ」
 栞達を助けに行っていた話をすると、佐祐理さんは目を丸くして驚いていた。
 ちなみにその隣で舞はというと……。
「……もぐもぐ」
 無心に芋の煮っ転がしをぱくついていた。
 俺は栞に視線を向けた。
「で、なんで栞があそこにいって、あゆあゆが助けを呼びに来て、行ってみたら真琴に助けられてたんだ? そこんところを判りやすく説明してみたまえ、自称有能な助手1号」
 栞はぷくっと膨れた。
「祐一さん、なんか言い方が嫌みたらしいですっ」
「祐一くんって、相手に弱みがあったら徹底的にそこをつくもんねっ」
「……そんなこと言うのはこの口か、この口かぁっ!」
 そう言いながら、あゆの口に指を差し込んでびにょんと左右に広げる。
「ひひゃひ、ふぉふぇんふぁふぁい」
「判ればよろしい」
 頷いて指を離すと、あゆは口を押さえて涙目で俺を睨んだ。
「ううっ、祐一くんのいじめっ子……」
 名雪が口を挟む。
「祐一、あゆちゃんいじめたら……」
「イチゴポッキー1箱」
「ありがとっ、祐一♪」
「うぐぅ……。名雪さん、ボクよりもイチゴポッキー1箱の方が大事なんだ……」
 あゆがぼそっと言うと、名雪ははっと我に返って、慌てて手を振る。
「そっ、そんなことないよ〜。あゆちゃんはわたしの大切な妹だもん」
「……う、うん。ありがとう、名雪さん」
 ころっと表情を変えて、嬉しそうに微笑むあゆ。
 俺はやれやれと肩をすくめて、それから栞に視線を向けた。
「で?」
「えーとですね……」
「いや、脚色は要らないから」
 釘を刺しておくと、栞はまた膨れた。
「祐一さん意地悪ですっ。芸術家にはイマジネーションが必要なんですよっ」
「この場合はいらん」
「う〜っ」
「美坂さん、話が進みませんから」
 脇からぼそっと天野が言った。ちなみにここまでは、真琴のために煮魚の小骨を取る作業に熱中していたらしい。
 天野にも言われたので、栞はまだ不満げに口を尖らせたまま話を始めた。
「ええっとですね、もう少し証拠固めをしようと思ったんですよ」
「証拠って、あの不良達が七瀬をいじめてるっていう証拠か?」
「はい。それで、昼休みになったらすぐに3年の教室まで来て、それからあの人達を尾行していたんですけど……」
 栞は、ちらっとあゆを見る。慌てて視線を逸らすあゆ。
「物陰に隠れて不良達を観察していた栞に、いつもの調子でえんぜるうぐぅが体当たりをかましてきたんだな」
「えんぜるうぐぅって何だよっ! ……合ってるけど……」
「それで、その人たちに見つかってしまって……。でも、ただ捕まるのも芸がないなって思ったので、あゆさんだけは逃げられるように、私、頑張ったんですよ」
 えへん、というように無い胸を張る栞。
 俺はあゆの頭にぽんと手を乗せた。
「お前、栞にまで借りを作ってどうするんだ?」
「うぐぅ……。そんなにしみじみ言わないで……」
 落ち込むあゆ。
「それでですね、不良の人たち、あの倉庫で何か約束があるらしくって、時間がないからって、捕まえた私をそこに一緒に連れて行ったんです」
「その途中で、真琴がしおしおを見つけたんだよっ」
 むしゃむしゃと魚(天野が小骨を除去済み)を頬張っていた真琴が、偉そうに手を挙げた。
 俺は天野に視線を向けた。頷く天野。
「はい。私もその場にいました。様子が変だったので、すぐに助けるよりはしばらく様子を見た方がいいかと思いまして……」
「後をつけた、と」
「それだけじゃないですけどね」
 くすり、と笑う天野。なんか邪悪っぽかったぞ、今の笑いは。
「天野、何かしたのか?」
「後を付けていたら、その人たちが美坂さんを倉庫に連れ込んだので、そこでちょっと術を使わせてもらいました。大した術では無いですけどね」
「術?」
「ええ。その人たちは、倉庫に入ると美坂さんのことを忘れていたでしょう?」
 後半は、栞に尋ねたセリフである。栞はこくりと頷いた。
「そうですけど……。あれって、天野さんが何かしたんですか?」
「ええ、僭越とは思いましたが」
「しかし、栞もムチャするな……」
 俺はため息をついた。
「無事だったからよかったようなものを……」
「それで、しばらくそのまま待っていたら、生徒会の人が来たんです。不良の人たちと待ち合わせてたのが、その生徒会の人だったんですよ」
「ああ、真琴に扉ごとふっとばされてのびていた奴だな。で、なんで不良が生徒会と?」
「それなんですけど……」
 栞は、頬に指を当てて、怪訝そうな表情をした。
「不良の人たちが、その人になんだか「これでいいんだよな?」みたいなことを言ってたんですよ。話を聞いてたら、どうやらその生徒会の人が、不良の人たちが前にした悪いことの処分をたてにして、いいように操っていたってことみたいです」
「私もそこまで聞いて、これ以上放っておいても益はないと思いましたので、真琴に行ってもらったというわけです」
「真琴、頑張ったのようっ!」
 ガッツポーズをしてみせる真琴。どうやら久しぶりに全開で暴れ回ってストレス発散をしたらしい。
 多少抜けているところがあるとはいえ、元妖狐の現役陸上部員である。そこらの不良程度では相手にならなかったらしい。
 栞が話を続けた。
「結局のところ、どうもその生徒会の人が不良の人たちの黒幕だったみたいですよね……。でも、どうして生徒会の人が不良の人を使って七瀬先輩をいじめさせてたのかが、わかんないんです……」
 俺は、栞に聞き返した。
「……生徒会の連中が七瀬になにか恨みを持ってるとか?」
 首を振る栞。
「そんな話は、私、聞いてないですよ。祐一さんならいっぱい恨まれてますけどね」
 その栞の言葉に、佐祐理さんはすまなさそうに頭を下げる。
「ごめんなさい。佐祐理のせいで、祐一さんまで……」
「いや、佐祐理さんのせいと言うよりは舞のせいだし、それに俺は舞のためになるんなら、生徒会の一つや二つ、敵に回しても後悔はしないからながふぅ」
「……祐一、恥ずかしい」
 俺の眉間を箸で突きながら言う舞。真っ赤になっている辺りが、佐祐理さん曰く、舞の可愛らしいところである。
「……祐一さん、私のためでも生徒会を敵に回してくれますか?」
「気が向いたらな」
「わ、ひどいですっ」
 再度膨れたところで、栞は不意にぽんと手を打った。
「あ、そういうことなんだ……」
「ん? どういうことだ?」
「あ、はい。なんとなく判った気がするんです」
 栞は俺に視線を向けた。
「やっぱり、生徒会は祐一さんをターゲットにしてたんだと思います」
「俺を? それでなんで七瀬が不良にいじめられるんだ?」
「よくぞ聞いてくれました」
 栞は指を立てて、それを振りながら言った。
「七瀬先輩は、3年A組、つまり祐一さんのクラスメイトです。その七瀬先輩が違うクラスの不良の人からいじめを受けた。普通一般の生徒だったら、見て見ぬ振りをするでしょうけど、祐一さんなら絶対に七瀬先輩を助けようとします」
「俺って、そんなにお人好しに見えるのか?」
「それが祐一のいいところだもん」
 デザートのイチゴを口に入れながら笑顔で言う名雪。俺は何度目になるか判らないため息をついた。
「で?」
「はい。七瀬先輩をいじめてるのが不良の人たちだっていうのはすぐに判るでしょうから、それが判ったら祐一さんは不良の人たちと何か事を起こすはずです。その現場を生徒会の人が押さえれば……」
「言いがかりを付けて、俺を処分出来る、と……。はぁ、なんかややこしいこと考えるなぁ」
「……それに、今のところは状況証拠に過ぎません」
 天野が口を挟んだ。栞は不満げに天野を見る。
「天野さんは違うと思うんですか?」
「いえ。それが正解だと思います。ですが、それをネタに生徒会を追求するのは無理だと思います。確たる証拠がありませんし」
 そう言うと、天野は立ち上がり、フェンスのところまで歩いていくと、その倉庫を見下ろした。
「もし不良の人達が、生徒会の人に脅されてやった、と白状したとしても、その証言と生徒会の人の証言ではどちらが信用されると思いますか?」
「……まぁ、そうかもしれませんけど……」
「それに、その生徒会の人も、生徒会の中では下っ端に過ぎません。久瀬先輩のときと同じように、トカゲの尻尾切りで、はい終わり……となるのではないでしょうか?」
 そこまで言ってから、振り返る。
「まぁ、少なくとも七瀬先輩がいじめられることは、もう無いと思いますけれど。生徒会の人と不良が接触しているところを見られた時点で、そこまで推察されることは、誰にでも判りますから。これ以上このまま続行するのはリスクが高すぎますから」

「……とまぁ、そういうわけで、七瀬がいじめられることはもうないらしいぞ」
 放課後。
 俺が説明を終わると、腕組みして話を聞いていた七瀬は、俺に視線を向けた。
「それじゃつまり、あたしが嫌がらせをされてたのは、あんたのせいだったってわけなのね?」
「……まぁ、そういうことになるかな」
 その七瀬の口調に、後頭部に汗が伝うのを感じながら答える俺。
「さて、それじゃ俺はそろそろ部活にいくから」
「待ちなさい」
 がしっと肩を掴まれる。
「それじゃ、あたしが受けた精神的苦痛のいくらかは、あんたにも責任があるってことよね?」
「な、七瀬さん、肩が痛いんですけど?」
「七瀬さん、祐一が悪いんじゃないよ〜。だから、許してあげてよ〜」
 隣で心配そうに見ていた名雪が、口を挟んできた。
 七瀬は、ふぅ、とため息をついた。
「わかったわよ。さて、それじゃいじめられる心配も無くなったことだし、あたしも部活に行こうかなっ♪」
「魚拓部か? こう豪快にばしゃーっと墨を魚にぶっかけて、うぉりゃぁ〜〜〜〜〜〜っ、って……」
「うふふっ、相沢くんには、あたしがそういうことするように見えるのかなぁっ?」
「……ごめん、祐一。わたし、もう笑えないよ……」

 後日、保留になっていた処分を結局受ける羽目になった不良の連中が、七瀬を逆恨みして帰りに待ち伏せしていたのだが、ことごとく返り討ちにあって、その処分(ちなみに停学1週間)の間、病院で過ごす羽目になったらしいと、風の噂に聞いた。
 だが、その頃、俺達はそれどころではなかったのである……。

Fortsetzung folgt

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あとがき
 さて、そろそろこちらも参りますか。
 それにしても、もう年明けて1週間かぁ。月日がたつのは早いものです。

 プールに行こう6 Episode 31 02/1/6 Up

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