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今日は美坂姉妹も加えての水瀬家の夕食タイムである。
Fortsetzung folgt
「すみません、妹に加えて私まで……」
「いいのよ。大勢の方が楽しいですから」
香里に笑顔で答えると、秋子さんは手にしたお盆からテーブルに茶碗を移す。
「あ、手伝いましょうか?」
「いえ、香里さんはお客様ですから、座っててくださいね」
「そうですか。すみません、それじゃお言葉に甘えさせていただきますね」
素直に頷く香里。
まぁ、秋子さんに加えてあゆと真琴がキッチンとリビングの間をせっせと往復して配膳している状況では、これ以上人数を増やしても混乱するだけだろう。
ちなみに、あゆがいつものようにお手伝いを申し出て、真琴がそれに対抗して自分もやると手を上げた、という状況である。
名雪は、そんな3人を嬉しそうに眺めていた。
「名雪、どうした?」
「うん……。ほら、わたし、お母さんとずっと二人だけだったでしょ? だから、食事のときもいつもお母さんのお手伝いをしてたから、こうして眺めてるってことが無かったんだよ」
「なるほどな。何となく判ったよ」
たまにはこういうのもいいな、と思ってるわけだな、名雪は。
「いろいろあったにしても、今が幸せだからそれでいいんですよね、きっと」
同じように3人を眺めていた栞が、ぽつりと漏らした。
「……幸せなのか?」
聞き返すと、栞は俺に視線を向けて、笑顔で頷いた。
「とっても幸せですよ。唯一の不満は、まだ祐一さんの2号にしかなれないことですけどね」
「ダメだよ、栞ちゃん。1号は譲れないから」
笑顔で名雪が釘を刺すと、栞は肩をすくめた。
「はい。でも、名雪さんが隙を見せたら、容赦なく攻めますからねっ」
「うん。わたしはいつでも受けて立つよ」
顔を見合わせて、笑う2人。
香里がため息混じりに俺に言う。
「相沢くんも、大変ね」
「……コメントはしないことにしておく」
「賢明ね」
夕食が終わり、そのままいつものように団らんモードに突入した。
秋子さんも名雪も、この団らんがことのほか好きらしい。昔、真琴の悪戯から真夜中に焼きそばパーティー状態になったときも、2人とも平然と参加してたし。
……あれ以来、焼きそばは真琴のトラウマになったらしく、今でも余り食べたがらないのだが。
「ああ、そうそう」
今までみんなの話を笑顔で聞いていた秋子さんが、不意に手を叩いて、俺に向き直った。
「忘れるところでした。お昼に姉さんから電話があったんですよ」
「……」
一瞬、頭の中が真っ白になった。
ようやくのことで言葉を見つけて、口を開く。
「お、お母様からですか?」
「ぷっ」
噴き出したのは真琴である。くそ、後で尻を叩いてやる。
「ええ。こちらに来週の月曜に来ることが決まったんですって」
「ら、来週って!? 前に電話してきたときは、来月って言ってましたよっ!?」
「祐一くん、4月は今週で終わりだよ」
あゆにツッコミを入れられてしまった。うう、痛恨の極み。
「うぐぅ……、そこまで言わなくても……」
何故か落ち込むあゆを無視して、俺は秋子さんに訊ねた。
「……い、いつまでというのは……?」
「1週間くらいはゆっくりしたいって言ってたけど」
「……し、栞、1週間泊めてくれないか?」
「はいっ、大歓迎ですっ」
間髪入れずに答える栞。
「なんなら、1週間なんて言わずにずっとでもいいですよっ」
「ちょっと待ちなさいよ、栞。相沢くん、どういうこと? 相沢くんのお母さんがこっちに来るの?」
香里が俺に尋ねる。
そう言えば、前にお袋が電話してきたときは、香里はいなかったんだっけ。
「まぁ、そういうことらしい……」
「確か、アフリカに行ってるんだっけ? でも、お母さんが帰ってくるわけでしょ? なんで逃げようとしてるわけ?」
「……俺のお袋っていうのは、秋子さんの姉にあたる人なんだよ」
「……あ、そういうこと」
さすが香里。一言で納得したらしい。
「でもダメよ。そういうことならなおさらね」
「お姉ちゃん、意地悪なこと言わないでくださいっ。そんなこと言う人嫌いですっ」
栞がぷっと膨れた。香里は苦笑してその頭を撫でながら、俺に言う。
「どうせ相沢くんのことだから、名雪と付き合ってることも、お母さんには報告してないわけでしょ?」
「なんでそこまで判る?」
「なんとなくよ」
「……祐一、どうするの?」
名雪が不安そうに俺を見る。
俺は、深呼吸して答えた。
「名雪、一緒に逃げよう」
「うん、わかったよ」
「こらこらっ、名雪も即答しないの」
香里が苦笑しながら突っ込む。
「ともかく、事実を正直に述べるしかないわけでしょ?」
「まぁそうだけどなぁ……」
「……ねぇ、祐一。その祐一のお母さんって怖い人なの?」
真琴が不意に訊ねてきた。
秋子さんがやんわりと答える。
「そんなことありませんよ。ただ、姉さんは……、そうね……、多分に気分屋なところがありますから」
「その上パワーは秋子さんに匹敵するぞ」
俺が付け加えると、栞が唇に指を当てながら言った。
「つまり、わがままな秋子さんを想像すればいいんですか?」
「そうだな。まぁ、当たらずといえど遠からずだ」
「祐一さん。あまり姉さんを悪く言うものじゃないですよ」
秋子さんが俺を睨んだ。
「……すみません」
「……でも、確かに……、祐一さんの言うこともあながち間違ってるわけではありませんけど」
秋子さんは苦笑した。
「姉さんは、自分の思い通りに事が運ばないと怒るタイプの人ですから」
「……秋子さんも、結構悪く言ってませんか?」
「ふふっ」
秋子さんは謎めいた微笑みを漏らしただけだった。
真琴がそれを見て、怯えたように名雪にぴたっとくっつく。
こういうときに頼る相手はやっぱりあゆではないようだ。
「……うぐぅ、ボク、やっぱり信頼されてないのかな……」
はぁ、とため息を付くあゆ。俺はその頭にぽんと手を置いた。
「そう言うな。どう見ても名雪より頼りないのは事実だし」
「うぐぅ、それ慰めになってないよ……」
うぐうぐしながら俺を見上げるあゆ。
「ボク、このままじゃまた可哀想なヒロインだよ……」
「やったな、首位奪回だ」
「ぜんっぜん嬉しくないよっ」
そう言うと、あゆは拗ねてそっぽを向いてしまった。
……というところで、俺はさっきまで慌てていたのがすっかり平静に戻っているのに気付いて、もう一度あゆの頭に手を置くと、髪をくしゃっとかき回してやった。
「まぁ、一応俺の精神安定剤の役は果たしてるようだからな」
「うぐ、複雑だよ……」
言葉通りに複雑な表情をしてみせるあゆ。
「大丈夫だよ、あゆちゃん。あゆちゃんは、わたしの大事な妹なんだから」
名雪が笑顔で言うと、背後からあゆをぎゅっと抱きしめた。
「うぐ、くすぐったいよぉ、名雪さん」
「うふふっ」
「……しかし、今ふと思ったんだけどな……」
俺はあゆに言った。
「俺と名雪が結婚したとしたら、あゆって俺の妹ってことになるんだよな」
「うぐっ? そ、そうなんだ……」
「よし、特訓だ。今から俺のことは「祐一お兄ちゃん」って呼んでみろっ」
俺がビシッと言うと、あゆは恥ずかしそうに上目遣いに俺を見ながら、小さな声で言った。
「えっと、えっと……。ゆ、祐一……お兄ちゃん……」
「……すまん、あゆ。俺が悪かった」
「うぐぅ……、どういう意味だよっ」
「祐一、あゆちゃんをいじめたらだめだよっ」
名雪があゆをぎゅっと引き寄せるようにしながら、俺をめっと睨んだ。
どうやら名雪も俺とあゆと話をしてるうちに平静に戻ったらしい。
「というわけで、あゆには水瀬家の精神安定剤の称号を与えよう」
「うぐぅ……。喜んでいいのか旅立っていいのかわかんないよぅ……」
「真琴にもなんか称号ちょうだいようっ」
そう言いながら、真琴が割り込んできた。
俺は腕組みして考えてから、言った。
「無駄飯食らいっていうのはどうだ?」
「それって称号じゃないわようっ!」
拳を振り上げて怒る真琴。
「やれやれ、贅沢な奴だ。それじゃ……、こげぱん」
「……なに、それ?」
「純粋に俺の内なる乙女心をくすぐる宇宙、その名も乙女コスモより生まれでたワードだ」
「……前にもそんなこと言ってなかったぁ?」
じろっと真琴は横目で俺を睨んだ。
「そんなことあったか?」
「あったわようっ! ほら、ぴろの名前を付けてもらった時っ!」
「でも、あれでお前もぴろも納得してたじゃないか」
「あう、それはそうだけど……」
「というわけで真琴の称号はこげぱんに決まりだ。良かったな、こげぱん真琴」
親しみを込めて肩を叩いてやると、真琴はぷく〜っと膨れた。
「やっぱりそんなのやだようっ!」
「祐一、真琴もいじめたらだめだよ〜」
名雪がおっとりと声を掛けてきた。
「あう〜っ、名雪〜っ、祐一がいじめるの〜」
とたたっと名雪に駆け寄って訴える真琴。
「やれやれ。まぁ、名雪がお姉さんと認められてるわけだからいいのか」
「うん。わたし、お姉さんだもん」
嬉しそうな名雪。一方、あゆはソファの背に顔を埋めてうぐうぐしていた。
「ボクもお姉さんなのに……」
「胸の差だな」
「そんなことありませんっ!」
唐突に栞が割り込んできた。
「胸の大きさで比べるなんて人種差別ですっ! そんなコトする人は人類の敵ですっ!」
「そ、そうだよねっ、栞ちゃん」
「はい、もちろんですっ!」
がしっと手を取り合うあゆと栞。
「やれやれ」
俺は肩をすくめて立ち上がる。
「あれ? 祐一、どこに行くの?」
「部屋に戻るだけだって。名雪はまだいるのか?」
「えっと……、うん、そろそろ眠くなってきたから、わたしも部屋に戻るよ」
一つあくびをして、名雪も立ち上がった。
「じゃ、お休みなさい、祐一」
「おう」
2階に上がったところで、名雪は俺に挨拶して部屋に入っていった。
俺もそのまま部屋に入る。
「わ」
部屋の中では、名雪が上着を脱ぎかけた姿勢で固まっていた。ちっ、早かったか。
「ど、どうして祐一っ?」
「いや、なんとなく」
「……出ていって」
びしっとドアを指さして言う名雪。
「はいはい」
仕方なく、俺はドアに手を掛けた。と、背後から声を掛けられる。
「あ、ちょっと待って」
「やっぱり俺と愛欲におぼれたいと?」
「そ、そんなこと……」
かぁっと真っ赤になって、指をつつき合わせる名雪。
「そんなこと、ないもん……。ただ、ちょっとお話しくらいは、いいかなって思っただけだもん……」
そんな名雪は、やっぱり可愛いな、と思うわけで。
結局、俺が自分の部屋に戻ったのは、それから2時間後だった。
そして翌朝。
「……まぁ、あれだけ寝れば元気も回復するよなぁ」
「ううっ、ごめんね」
俺と名雪は仲良く並んで通学路を爆走していた。ちなみに、他のメンバーは全員既に登校済みである。
「それじゃ……」
「今日はダメだよ。この間、先生にも怒られたんだから」
先手を打たれてしまったので、俺はため息を付いて、名雪の後ろについて走っていく。
でも、今日もいい天気だな……。
「なぁ、名雪……」
「ダメだよ。今日はちゃんと学校に行くんだからっ」
うう、先手を打たれてしまった……。
仕方なく、俺は名雪の後に続いて、学校に向かって走っていくのであった。
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あとがき
今日はプール。
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