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「あっ、祐一さんっ! こっちですよこっち!」
Fortsetzung folgt
放課後。
今日も今日とて、天沢副部長プロデュースの地獄の特訓を受け、へろへろになって帰途についた俺は、校門のところで呼び止められた。
「……おう?」
反応が遅れたのは、言うまでもなく疲れているからである。
「おう、じゃないですよっ。有能な助手1号さんに向かってそんな態度を取っていいんですか?」
「……おう」
と、背後から俺にのしかかるようにして真琴が顔を出す。
「えへへ〜っ。真琴は2号だもんっ!」
「違いますっ。真琴さんは助手2号ですっ。2号は私なんですからっ」
「なにようっ! 真琴のほうが2号だって言ったのしおしおじゃないのようっ!」
「だから、それは美少女探偵団の助手2号ですってば!」
「……こほん」
天野が咳払いをして、割って入る。
「あの、こんなところであまり騒がないほうがいいと思いますが」
「……はっ」
その言葉に我に返る栞。
ちょうど部活の終わる時間ということもあって、第2の帰宅ラッシュの時間帯であり、通りかかる生徒の数も多い。そんな校門で2号だなんだと騒いでいる栞達は、当然ながら注目の的であった。
今更ながらそれに気付いた栞は、こほんと咳払いしてから、俺に言う。
「ええっと、と、とにかくここじゃなんですからっ……」
「それじゃ、百花屋に行こうよ」
のんびりとした声で、今まで笑顔でそんな栞達を見ていた名雪が割って入る。
「……いたのか、名雪」
「最初からいたよ〜」
一転、ぷくっと膨れる名雪。
「祐一嫌い〜」
「……イチゴサンデーおごる」
「祐一、大好きっ!」
……つくづく判りやすい奴である。
「あ、それじゃ私はバニラアイスで……」
「真琴は肉まんっ!」
「ボクはたい焼きっ!」
「誰がお前らにまでおごるっつーたっ! っていうかあゆあゆ、いつの間にっ!?」
びしっと指をさすと、あゆは不満げに口を尖らせた。
「ボクを置いていこうなんてひどいよ〜」
「いや、別にあゆとは約束してたわけでもないし……」
「祐一、あゆちゃんいじめたら……」
いつものように名雪が割って入ってくる。とはいえ、いつもいつもこうして割って入られるのも芸がないな。
そう思った俺は、試しに指を1本立てて言ってみる。
「イチゴサンデー追加」
「早く百花屋に行こっ!」
名雪はさっさと俺を引っ張って歩き出した。当然、あゆはそのまま放置プレイである。
「うぐぅ……、酷いよ、名雪さん……」
というわけで、百花屋にたどり着いた俺達は、早速1つのテーブルを占拠して、栞の報告を聞くことにした。
「はぅ〜、バニラアイス美味しいです〜」
「それが報告だったら、お尻百叩きだ。……ちなみに叩くのは真琴」
一瞬栞が嬉しそうな顔をしたので、一言付け加える。と、見る間に栞はスプーンをくわえて膨れた。
「祐一さん、鬼ですっ」
「任せて祐一っ。びしびし叩いてあげるわようっ!」
早速腕まくりしてみせる真琴を天野がたしなめる。
「真琴、はしたないことは止めた方がいいです」
「あう〜っ」
さすが天野。真琴も一言で黙らせてしまう、おばさんくさい言い回しは健在だった。
ま、それはおいといて。
「で、どうなんだ?」
俺は栞に先を促した。
「はい。それがですね……」
栞はスプーンをくわえたまま、鞄からメモ帳を出した。
そのメモ帳を見て、ふと思い付いて訊ねてみる。
「……なぁ栞、報告の前に一つだけ聞いて良いか?」
「はい、なんですか?」
「そのメモ帳、もしかして水に溶けたりするのか?」
「当たり前じゃないですか」
さも当然のように言うと、栞はその「水に溶けるヒミツ手帳」をめくった。
「えっとですね……」
「……というわけで、七瀬さんに嫌がらせをしてたのは、どうやら3年C組の不良さん達みたいですよ。昼休みに、A組の教室に入ってきて、七瀬さんの机のところで何かしてたっていう目撃証言もありますし」
「うーん、考えてみれば、クラスの誰かに聞いておけば良かったな」
そうすれば、少なくとも昼休みの一件は、すぐに判ったわけだし。
「というわけで、もう解決ですねっ。さ、後は有能な助手と愛を育むだけですっ」
笑顔で言う栞。
「おいおい、まだ犯人がわかっただけだろ?」
「大丈夫です。あの人たちの弱みもばっちり掴んできましたから」
「……あ。そうなの」
「はいっ。これさえ突けば、もう二度と嫌がらせなんてしないですよっ」
「すごいね、栞ちゃん」
あゆが横から感心したように口を挟む。
まぁ、確かに、昼休みと放課後だけでこれだけ色々と掴んでくるのは、さすが栞と言うべきか。
あとは、その不良とやらを……。
「その話、ちょっと待ってくれないか」
不意に後ろから声が聞こえた。
振り返ると、そこにいたのは北川と香里だった。
「俺はコーヒー。香里は?」
「あたしも潤と同じでいいわ」
「ブレンドコーヒー二つですね。かしこまりました。少々お待ち下さい」
ウェイトレスさんが一礼して下がる。
それを見送りながら、北川は俺に言った。
「やっぱりウェイトレスはミニに限るな」
「そうか? こないだは和服もどうとか言ってなかったか?」
「同志相沢ビッチ。それはそれ、これはこれ、だ」
「なるほど。奥が深いな」
「そういうことだ。相沢、精進せぇよ」
「……北川くん、あたし帰ってもいいかしら」
「わわっ、待ってくれ香里っ!」
立ち上がろうとした香里を、慌てて引き留める北川。
仕方ないわね、という表情で座り直した香里に、俺は声をかけた。
「香里も苦労してるよな」
「名雪ほどじゃないけど」
「うにゅ? 香里、呼んだ?」
イチゴサンデーを幸せそうに食べていた名雪が顔を上げる。香里はひらひらと手を振った。
「なんでもないわよ」
「そう? ……ううっ、イチゴサンデーおいしい……」
再びクリームを口に運んでうっとりする名雪。なんというか、本当に幸せそうで見ていて飽きない。
と、北川が声をかけてくる。
「おい、相沢。水瀬さんに見とれてないで俺の話を聞けって!」
「お前の顔を見るよりも、名雪の顔を見る方がずっと幸せなんだがなぁ」
「うぐぅ……。祐一くん、恥ずかしいこと言ってるよ……!」
いつもなら名雪が照れるところだが、肝心の名雪はイチゴサンデーに夢中で、その代わりにあゆが真っ赤になって照れていた。
一方、栞と真琴は不満そうである。
「そんなこと言う祐一さん、好きじゃありませんっ」
「あう〜っ、美汐〜〜っ」
「……私に言われても困ります」
真琴にしがみつかれて、ため息をつくと、天野はコーヒーを口に運んだ。それから北川に視線を向ける。
「北川先輩、先ほどの言葉はどういう意味ですか?」
「さすが天野。ちゃんと話を進めようとしてるな」
「……帰ってもいいですか?」
今度は天野が席を立とうとする。
真琴がその制服を引っ張って引き留めているのを横目に、俺は北川に視線を向け直した。
「七瀬いじめの犯人がわかったぞ、というところでちょっと待ったコールをかけたということは、この件にはこれ以上関わるな、ということかね同志北川スキー?」
「まぁ、そういうことだ。いや、ずっとほっとけってことじゃもちろんないんだけどな」
あゆや栞が非難の視線を向けたので、慌てて手をふる北川。
「ただ、今しばらくはいじめられててくれた方が俺としては都合がいいわけで……」
「なんで七瀬がいじめられたらお前の都合がいいんだ?」
「まぁ、それはそのだな……」
ガタンッ
「同情票ですねっ!」
北川が言いよどんでいると、栞が椅子を蹴るようにして立ち上がり、びしっと指を突きつけた。
「このまま七瀬さんがいじめられてるって噂が広がったら、美少女コンテストの本選で、七瀬さんに同情票が集まることは間違いないですっ。北川さんはそれを狙ってるんです! 間違いありませんっ!」
「さすが栞ね」
腕組みして椅子の背もたれに身体を預けながら、香里は満足そうに微笑んだ。それから俺に視線を向ける。
「ま、そういうことよ」
「お姉ちゃん……」
栞は、テーブルに両手をついて、姉を睨む。
「お姉ちゃんが北川さんにそうするように勧めたんですねっ」
「……証拠は無いわよ」
栞の視線を受け流すように、さらっと答える香里。
俺は栞に訊ねた。
「なんで香里が黒幕だって思うんだ?」
「北川さんにそんなややこしい神経戦を仕掛けられるわけないですっ」
躊躇無く明快に言い切る栞。俺は納得して頷いた。
「なるほど。それもそうだな」
「そこで納得するなっ、相沢!」
声を上げる北川に、俺は聞き返す。
「違うのか?」
「いや、その通りだけど……」
「……あのね」
香里が眉根を押さえるようにしてため息を付く。
俺は香里に声を掛けた。
「将来、完全犯罪をもくろむのなら、絶対に北川はパートナーにしない方がいいぞ、香里」
「なんであたしが完全犯罪をしないといけないのか判らないけど、忠告は受け入れておくわ」
「か、香里〜〜」
情けない声を上げる北川を無視して、香里は俺に視線を向けた。
「もちろん、七瀬さんに相談して決めるべきことだとは思うけれどね。犯人が判って、味方もいて、さらにその気になればすぐに解決するってことも判れば、心理的に優位に立てるわ。いじめが最悪なのは、いじめられている人が心理的に圧倒的に不利な立場に追いやられるっていうことだもの」
「いじめられてる本人が悠然と構えてれば、いじめはあまり効果を成さない、ってことですね。でも、それでいじめてる方が妙に焦ってしまって、行為がエスカレートするって危険があるんじゃないですか?」
栞が反論する。香里は頷いた。
「そのリスクは当然あるけどね。そのリスクと、コンテストの優位性と、どちらを七瀬さんが取るか、という話よ」
「まぁ、あの乙女ぶりを考えれば、ほとんど答えは決まってるようなもんだな」
俺は肩をすくめた。
「だめですよっ、祐一さん! お姉ちゃんに説得されちゃ! いじめは絶対になくさないといけないんですっ!」
何故か力説する栞。
香里は、そんな妹の顔をじっと見て、ぼそっと呟いた。
「あ、そういうことなのね」
「ど、どういうことですかっ!?」
「言葉とは逆に、栞は見るからにうろたえていた」
「祐一さんっ、そこで変なナレーション入れないでくださいっ!」
「ど、どういうことなのっ?」
あゆが姉妹をきょときょとと交互に見ながら訊ねると、香里は肩をすくめた。
「栞としては、七瀬さんに有利な状況は避けたいということでしょ。ね、2年A組のクラス代表さん?」
「う〜っ」
どうやら図星らしく、栞はぷっと膨れた。
「そんなこと言うお姉ちゃんは嫌いですっ!」
「なるほど、そういうことだったのか」
俺は腕組みして栞に視線を向けた。
「えっと……、あ、でも祐一さんのお役に立ちたいから頑張ったっていうのも、嘘じゃないんですよっ! それだけは信じてくださいっ」
うるうると瞳を潤ませ、ひし、と俺を見つめる栞。その迫力に俺は頷いていた。
「あ、ああ。わかった」
「よかった。お姉ちゃんに裏切られた今、私が信じてついていくのは祐一さんしかいませんから」
「ちょっと栞、どさくさ紛れに人聞きの悪いこと言わないでくれる?」
香里が苦笑して言葉を挟む。
俺は栞の頭にぽんと手を置いて、言った。
「ともかく、明日の朝にでも七瀬に全部経緯を説明して、その上で本人にどうするかを確認しよう。不良達をとっちめるのはそれからでも遅くはないだろ。まさか、今夜のうちに七瀬に闇討ちを掛ける、なんてことはないだろうし」
「そうですね。祐一さんがそう言うならそうします」
こくん、と栞は頷いた。
ちなみに、真琴は途中から話がややこしくなって理解出来なくなったせいか、俺達にそっぽを向いて天野にごろごろと甘えていた。
まぁ、天野もそれはそれで幸せそうだったので、よしとするか。
「……はぁ、美味しかった」
名雪がスプーンを置いて、俺に視線を向けた。
「祐一、お話しは終わった? もう少し掛かるんだったら、わたしもう一つ頼んじゃうけど……」
「いや、もう話は終わったから帰ろう」
これ以上俺の財布に負担が掛かるのを防ぐべく、俺は席を立った。
「う〜っ、残念……。それじゃ残りは明日にするよ……」
「明日かよっ!」
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あとがき
今日はプール。
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