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「ねぇ、相沢くん。ちょっと来てくれない?」
Fortsetzung folgt
翌朝、今日は朝練という名雪と別れ、珍しく一人で教室に入ると、声を掛けられた。
「……うぐぅ、一人じゃないよう……」
訂正。うぐぅも一緒だった。
「誰がうぐぅだよっ!」
「それじゃうぐうぐ星人」
「そんなにうぐうぐ言ってないもん」
「それじゃうぐもん星人」
「うぐぅ……」
「……ねぇ、漫才してないで、ちょっと来て欲しいんだけど」
もう一度声を掛けられて、そっちを見る。
「よう、七瀬じゃないか」
「……はぁ」
何故かため息をつかれた。
「どうしたんだ七瀬、朝から元気がないじゃないか七瀬」
「あんたねぇ、あたしになにか恨みでも……。ま、いいわ、とにかく来てよ」
七瀬はずかずかっと近づいてくると、俺の襟首を掴んでそのまま自分の席に引っ張って行く。
「わわわっ、なにすんだ七瀬っ」
「いいから来なさいっ」
「うわー、あゆたすけてー」
「え、ええっ!?」
あゆが目を白黒させている間に、七瀬の席にたどり着いた。
「ちょっと、これ見てよ」
「……椅子」
「そうじゃなくて、その上に乗ってるものよっ!」
そこには、小さな金属物が一つ。
「……画びょう、だな」
「そうなのよ」
深々と頷く七瀬。
確かにそこにあったのは、画びょうである。しかもご丁寧に、鋭利な先端を上に向けて、さらに落ちないようにセロテープで固定してある。
「……新手の針治療?」
「んなわけあるかぁっ!」
バキッ
問答無用に殴られた。
「これは陰謀よ。そうよ、きっと美少女コンテストであたしが優勝するのを妨害しようという他のクラスの策略に違いないわ」
俺を殴った拳をそのままに盛り上がる七瀬。
「あのな。どうやったら画びょう一つで七瀬が優勝しなくなるんだ?」
「……違うかしら?」
「絶対違うと思うな。むしろ姑息ないじめの……」
言いかけたところで、俺は不意に先日見かけた連中のことを思いだした。
「生意気よね、最近」
「ええ。ちょっと可愛いからって」
「少し、思い知らせてやりましょうか」
そんな穏やかならぬ会話をしていた同級生の女子。
残念ながら遠目すぎてどのクラスのやつかまでは判らなかったんだが。
「相沢くん、何か心当たりでもあるの?」
不意に黙って考え込んだ俺に、七瀬が聞き返す。
……でも、まだ七瀬に言うには証拠が足りないな。
そう判断して、俺は首を振った。
「いや。それより、立ち話もなんだから、まぁ座れ」
「う、うん、そうね」
頷いて、椅子に座る七瀬。
ぷすっ
「くわ……」
「うん、どうした七瀬?」
「……は、うぐっ……」
「わ、祐一くんなにしたのっ! 七瀬さん泣いてるよっ!」
あゆが慌てて駆け寄ってくる。
俺は念のために七瀬に聞いてみる。
「……なぁ、七瀬。画びょうはどけたんだよな?」
ふるふる、と首を振る七瀬。その七瀬にあゆが声をかける。
「大丈夫? 一緒に保健室に行こっか?」
「なんだ、あゆ? まるで保健委員みたいだな」
「まるでじゃないもん。ボク、保健委員だもん」
えへんと胸を張るあゆ。
「なにっ!? それは初耳だぞっ!」
「祐一くん、いつもホームルームで寝てるからだよっ。あ、それより七瀬さん、保健室行こっ」
「……ひんっ」
そのまま、尻を押さえながら保健室に連れて行かれる七瀬。
自爆とはいえ、哀れな格好だった。
「……という事があってな」
一応、クラス委員の耳に入れておいた方がいいかと思って、登校してきた香里に七瀬が自爆した一件を話すと、香里は腕組みした。
「……あ、そう」
「なんか素っ気ないな、香里」
「そんなことないわよ。今どきいじめかっこわるい」
「……香里、なんか変なもんでも食ったのか?」
「別に」
肩をすくめて、香里は考え込んだ。
「正直言うと、あんまり首を突っ込みたくはないんだけどね……」
「奇遇だな、俺もそうなんだ」
「でも、放っておくわけにもいかないのよね」
「七瀬のことなんだから、北川に任せておけばいいんじゃないか?」
「嫌よ」
あっさりと言う香里。
「潤ならなんとかするでしょうけど、それで七瀬さんと潤が親密になったらどうするのよ?」
「あいつにそんな甲斐性はないと思うけどな」
「可能性はゼロじゃないわ。というわけだから相沢くん、お願いね」
「あのな。何でも俺に押しつけるんじゃない。第一、香里の論法でいけば、俺と七瀬が親密になる可能性だってゼロじゃないんだろ?」
「あたしと相沢くんが付き合ってるわけじゃないもの」
「うわ、名雪の親友にして栞の姉とは思えないセリフだ」
「……そうね。名雪はともかく、栞が悲しむのはあたしとしても本意じゃないし……」
「ひどいよ香里〜」
「あら、来てたの、名雪」
「今来たところだよ」
そう言いながら、名雪は学生鞄を机の横のフックに掛けた。それから俺に尋ねる。
「祐一、何かあったの?」
「まぁ色々と」
「う〜っ、祐一教えてよ〜」
「わ、わかったから揺さぶるなっ」
襟首を掴んでかっくんかっくんと揺さぶられては敵わないので、俺は再び七瀬が自爆した一件を最初から説明する羽目になった。
その間、香里は再び考え込んでいた。
事情を聞き終わると、名雪は珍しくむっとした声を出す。
「ひどいよ、それ。七瀬さんが可哀想だよ〜」
「まぁそうなんだけどな。でも、迂闊にお前が首を突っ込んで、今度はお前がいじめられてみろ、最後は俺が退学になりかねん」
「え? どうして?」
「そんなの言えるか」
「えへへっ、祐一くんはね……」
「言うなあゆあゆ」
ばらしかけたあゆの頭をげんこつで両側から挟んでぐりぐりとする。
「うぐっ、痛い痛いっ、ごめんなさい言いませんからやめてぇっ」
「もう、あゆちゃんいじめたらだめだよ〜」
名雪が割って入ってきたので、俺はあゆを解放してやった。
「……うぐぅ、祐一くんのいじめっこ……」
頭を押さえながら涙目で睨むあゆ。
「そういえばあゆ、七瀬の容態は?」
「うん、大丈夫だったよ。ね、七瀬さん」
「ええ。ありがとう、月宮さん」
七瀬はあゆに礼を言ってから、席に着こうとする。
「……七瀬、画びょうは取ってから座れよ」
さすがに可哀想になって言うと、七瀬は中腰になったところで動きを止める。
「……取っててくれたりはしてなかったわけ?」
「現場保存は捜査の第一歩だからな」
「……はぁぁ」
七瀬は長々とため息をついてから、身体を起こして、椅子から画びょうを取った。それから俺に視線を向ける。
「捜査ってことは、あんたが調べてくれるってわけね?」
「なにっ!?」
「それじゃ任せたわよ、相沢くん」
「こら待てクラス委員っ! 責任放棄するんじゃないっ!」
「頑張ってね、祐一くん。ボク応援するよっ」
「ふぁいと、だよっ」
……とほほ。
仕方ない。香里には恨まれるだろうが、後で北川の応援を頼むことにしよう。
俺は腹をくくることにして、七瀬に言った。
「まぁ、とりあえずやるだけはやってみる、けど……」
「けど、何よ?」
「俺には惚れるなよ」
「惚れるかっ!」
バキィッ
思い切り殴られた。
前途は多難だぞ、こりゃ。
「反対ですっ!」
「いきなりだな、栞」
昼休みに、例によって食堂で弁当を囲みながら(大学生2人は今日は来ない日である)七瀬の話をすると、栞が猛然と俺に向かって声を上げた。
「だいたいですねっ、こういうドラマだと、女子高生と探偵は事件を解いていく過程で恋に落ちていくんですよっ!」
「ほうほう。それで?」
「それで、10時手前でえっちな……。じゃなくてですねっ!」
栞は、はっと我に返って話を戻した。
「とにかく、祐一さんが、七瀬さん、でしたっけ? その人のことに首を突っ込む必要なんてないじゃないですか。
「いや、俺もそう思って、代わりに北川にやらせようとしたんだが、香里が反対したんでな」
「お姉ちゃん」
じろり、と香里を睨む栞。さりげなく窓の外に視線を逸らす香里。
そんな香里に、栞ははぁとため息をついた。
「もういいです。判りました。そういうことなら、私もお手伝いします」
「お、栞が手伝ってくれるのか?」
「はい。探偵とその有能な助手が、事件解決を通じてお互いに愛を育んでいくっていうのも、ドラマではよくあることですし」
にっこり笑う栞。と、真琴がしゅたっと手を挙げる。
「真琴もやるっ!」
「無理ですよっ。いいですか、真琴さん。探偵とその助手に必要なのは、論理的思考なんですよ」
「あ、あう……」
びしっと指をさされて口ごもる真琴。と、その横から天野がお茶を飲みながら口を挟んだ。
「もう一つ、論理に捕らわれない直感力も必要ではないですか?」
「え? そ、それはそうですけど……」
思わぬ方向からの反論に、今度は栞が口ごもった。まぁ、確かに、直感力という点では真琴に勝る者はいないかもしれない。
「……いいの、祐一くん?」
俺が思わず頷いていると、脇からあゆが小さな声で言った。
「何がだ?」
「だって、このままだと栞ちゃんと真琴ちゃんの二人とも、祐一くんのお手伝いをすることになりそうだよ」
「はっ!?」
我に返った俺は慌てて2人を止めようとしたのだが、既に時遅し。
「それじゃ、私が助手1号ですっ」
「もう、しょうがないから真琴は2号でいいわようっ」
「……はぁぁ」
こうして、『相沢祐一と美少女探偵団』(命名・美坂栞)は華々しく発足したのであった。……とほほ。
とりあえず聞き込みを栞に任せて、真琴には何もするなと厳命し、ついでにその監視を天野に頼み込んでから、俺は教室に戻った。
「あっ、相沢くん」
「おう、七瀬。無事なようで何よりだ」
「無事じゃないわよっ! これ見てよこれっ!」
七瀬が指をさした方を見ると、七瀬の鞄に見事に靴跡がついていた。
「なるほど」
「なるほどじゃないわよっ!」
「まぁ、なんだ。今日明日の辛抱だろ」
「なにか当てでもあるような言い方ね」
そう言いながら、七瀬はハンカチで靴跡をふき取りに掛かっていた。
「まぁな」
なんだかんだと言っても、栞の情報収集能力はかなりのもんだ。校内のいじめの犯人くらいならすぐに探し出してくれるだろう。
犯人がわかりさえすれば……。
「……七瀬、犯人がわかったとしてどうする?」
「私としては、嫌がらせを止めてくれさえすれば、あとはどうでもいいんだけど……」
そう言って座り掛けてから、立ち上がって椅子に画びょうが仕掛けられてないかを再確認する七瀬。
「うん、大丈夫みたいね」
一つ頷いてから、勢いよく座ると、5時間目に使う教科書を出そうと机の中に手を入れる。
「……くわ……」
「どうした、七瀬?」
聞き返すと、七瀬はゆっくりと手を机から出した。
人差し指の先に、画びょうが刺さっている。
「……ひんっ」
「……あゆ〜、急患だぞ〜」
「えっ、どうしたの? わ、七瀬さん、大丈夫?」
「……えぐっ」
指先を怪我しただけでオーバーな、とも思ったが、まぁ乙女とはそういうものなのだろう。
俺はあゆに七瀬を託すと、慎重に七瀬の机の中を覗き込んでみた。
……ううむ。
さらにもう一つ、七瀬の教科書に画びょうが仕込んであるのを発見した。
放っておくと、冗談じゃ済まされないレベルになりそうだな。
この手のいじめってのは、誰かがブレーキを掛けないと、際限なくエスカレートしていくもんだし。
ま、授業中は特に何も起こらないだろうから、とりあえずは栞の情報待ちだな。
俺はもう一度七瀬の身の回りを確認してから、自分の席に戻った。
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プールに行こう6 Episode 27 01/11/14 Up