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その日の4時間目、ホームルームの時間は大荒れとなった。
Fortsetzung folgt
議題は、「文化祭のクラス出展について」
要するに、例のコスプレぬいぐるみ喫茶の内容を詰めよう、というものだったのだが、議論百出してまとまらず、とうとう意見を羅列して責任者に一任、ということになってしまったらしい。
らしい、というのは、頭を叩かれて目が覚めてみると昼休みになっていたからだ。
「で、俺にどうしろと?」
「ちゃんと何をどうするか決めてってことよ。はい、議事録」
香里は丸めていたノートを広げて俺に渡した。ちなみに丸めたノートは俺を叩き起こすときに使用されたわけである。
俺はパラパラとノートをめくって、ため息を付く。
「ぬいぐるみの部分は、男子生徒はどうでもいいってことで、女子の意見がそのまま通ったのか。うーむ、知らなかった」
「あなたねぇ、仮にも責任者なんだから、それくらいは把握しててよね」
「いや、その頃にはもう寝てたらしいんでな」
「それからが大事だったんだぞ、相沢」
後ろから北川がそう言いながら割り込んできた。
「どうしたんだ、北川? 声がしゃがれてるぞ」
「ああ、どうやら叫びすぎたらしい」
なんで叫んでたのかは聞かないことにして、俺はノートを読み進める。うむ、議論がわかりやすく書いてあるあたり、さすがは香里。学年トップの成績は伊達じゃないってところだな。
「教室の飾り付けとして、それぞれの家から持ち寄ったぬいぐるみを置く、と。で、不要なぬいぐるみは、そのまま販売する。って、いいのか、香里?」
「何が?」
「文化祭で、売り買いなんてしてもいいのかってことだ」
「ええ。まぁ、バザーみたいなものだから、大目に見られてるわよ。第一、お金を取っちゃいけないなんてことになったら、模擬店なんてやってられないでしょ?」
「なるほど了解。で、問題はこっちか」
俺はノートをめくった。
「コスプレについて、と」
「俺としては、やっぱりロイヤルバニーさんのコスプレが……」
「北川くん」
香里が静かに口を挟むだけで、北川は「あ、いや、なんでも……」と口ごもってしまった。
追求は避けることにして、俺はノートに視線を落とす。
「しかし、よくもまぁこれだけ出たもんだなぁ」
ノートには、ずらっと数ページに渡ってコスプレの衣装案が並んでいた。
「なんだよ、この“Pia4号店の制服(トロピカルタイプ)”ってのは」
「あたしに聞かないでよね。何かのゲームのでしょ? ともかく、あたしは、露骨に肌を出したりするようなセクハラなのは、断固反対ですからね」
香里は不機嫌そうにそう言うと、腰を下ろした。
俺は名雪の方に視線を向けた。
「名雪はどういうのがいい?」
珍しく俺と同じくらいに目を覚ましていた名雪は、小首を傾げて考えながら答える。
「うーん、わたしは、やっぱり大人しいのがいいと思うけど」
「それなら、俺としては馬車道の制服が一押しでええっと、なんでもないです」
北川を一睨みで黙らせたのが誰かは、いちいち言うまでもなかろう。
「はいはいっ!」
あゆがしゅたっと手を上げて言った。
「まず、その衣装が手にはいるかどうかで決めたら……」
「うるさい却下だ」
「うぐぅ……」
俺はノートを閉じた。そして立ち上がる。
「とりあえず、昼飯にしよう。そろそろ舞と佐祐理さんが来る頃だしな」
週に2日ほど、大学に進学した2人も昼休みにみんなと昼ご飯を食べたいとやってくるわけだが、さすがに高校の時間割に合わせて来ることは出来ず、昼休みの開始時間から15分ほど遅れてくる。そのため、少し昼食を始める時間をずらすというのが暗黙の了解になっているのだ。
これがそれに合わせてパンを買わなければならなかったりすると致命的なタイムロスだが、佐祐理さんはいつも例の重箱弁当を持参してくれるし、栞も対抗してか重箱弁当を持ってくる事が多いので、食料はむしろ余るくらいという贅沢な状況になっているので、こうしてのんびりと待っていられるというわけ。
「それじゃ、俺もお相伴に……」
北川が言いかけたところで、教室の出入り口の方から声が聞こえる。
「お、いたいた! 北川、お前何やってんだ? そろそろ文化祭美化運営委員会の時間だぞ」
ちなみに、この『文化祭美化運営委員会』とかいうたいそうな名前の委員会の実体は、例の美少女コンテストの運営委員会のことなのだそうだ。一応秘密のコンテストなので表向きはそう呼んでいるらしい。
「なにぃっ!?」
「ほら、お前が来ないと話にならないだろっ。さっさと来いよなっ」
そう言い残して、隣のクラスの運営委員はさっさと行ってしまった。
俺はぼう然としている北川の肩をぽんと叩く。
「北川、後のことは任せろ。佐祐理さんの美味しいお弁当は俺が責任を持って胃の中に納めておいてやろう」
「あ、青い空なんて大っ嫌いだぁ〜〜〜っ」
叫びながら教室を駆け抜けていく北川。
名雪がのんびりと香里に言った。
「香里も大変だね〜」
「あんたよりはましだと思うわよ」
「そっかな?」
首を傾げて、名雪は俺に尋ねた。
「祐一はどう思う?」
「俺に聞くな」
「はぇ〜、祐一さんも大変ですね〜」
「……」
「こら、舞も無心に食ってないで少しは考えてくれ」
「……みまみま」
「いやすまん。先に食いたいだけ食ってくれ」
口の中に一杯にものを詰め込んだまましゃべろうとする舞を制して、俺は自分も佐祐理さんの弁当に箸を伸ばした。
「でも、他のクラスの人に、自分のクラスのことをしゃべっても良いの?」
あゆが唐揚げに箸を伸ばしながら訊ねる。
俺は肩をすくめた。
「いいんじゃないか? どうせ、この中で一番情報が漏れるとやばいやつには、既にその姉を通じて情報がだだ漏れになってることであろうし」
「祐一さん、その一番情報が漏れるとやばいやつっていうのは誰ですか?」
栞が笑顔で俺に尋ねる。が、その眼は笑っていなかった。
俺はきっぱりと答えた。
「この中で一番バストサイズが貧弱なやつだ」
「そんなこと言う人だいっきらいですっ! それに少しはおっきくなったんですよっ!」
奮然として大声を上げる栞を、愕然として見るあゆ。
「そ、そんな、栞ちゃんがおっきくなったなんて」
「はい。大台は突破しましたっ!」
えへん、と胸を張る栞に、ますますショックを受けた様子のあゆあゆ。
「うぐぅ、みんなボクを置いて行っちゃうんだ」
「ちなみにあゆのサイズは?」
「はち……言わないよっ!」
言いかけて、慌てて首を振るあゆ。
「ええっ? あゆさんって、もう既に大台に乗ってたんですかっ!?」
驚く栞。
「えぅ〜、裏切り者です〜」
「ご、ごめんなさいっ。でも、ボクそんなつもりじゃ」
「心配するな、あゆ。俺が見たところ、舞以外は全員80台だぞ。大体だな、俺としては、大きさはそりゃあるにこしたことは無いけど、問題はむしろ感度と手触り感で……」
「相沢くん、あんまり変な方に話を持っていかないでくれるかしら」
香里がじろりと睨む。俺は肩をすくめた。
「心配するな、男は俺しかいないんだから。なぁ、天野?」
「なぜ、私に振るんですか?」
「いや、なんとなく……」
「あの、祐一さん。私、考えてみたんですけど……」
佐祐理さんが不意に言った。
「まずは、その衣装が用意できるかどうかでふるい落としてみたらどうでしょうか?」
「おお、なるほど。さすが佐祐理さんだ」
「それ、ボクがさっき言ったのと同じだよ」
俺は、あゆの頭に手を乗せて言った。
「あゆの意見は自動的に却下されるようになってるのだ」
「うぐぅ、そんなのひどいよっ」
「祐一、あゆちゃんいじめたらだめだよ」
名雪がデザートに付いていたイチゴゼリーを口に運びながら言った。
「へいへい。さて、それじゃあとは家に帰ってから、秋子さんにも聞いてみることにするか」
「秋子さんならどんな衣装でも用意できそうだけどね」
香里が呟いた。
放課後。
今日は部活がない日なので、みんなで一緒に帰ろうということになったのだが、まだぶつぶつ言っているあゆをなだめるべく、俺は商店街に寄って、屋台でたい焼きを買ってやることにした。
「うぐぅ、ボクのこと、たい焼きですぐになんとかなると思ってるんだ」
「じゃ、いらないのか?」
「……欲しい」
本人はそれなりに葛藤したらしいのだが、俺からみるとあっさりとたい焼きに懐柔されるあゆである。
が。
「なんでだっ? なんで俺がこんなにたい焼きに散財する羽目になるんだっ!?」
「えへへ〜」
結局俺は、たい焼きを20匹ばかり買う羽目になるのだった。
「うぐうぐ、やっぱりたい焼きは焼きたてが一番だねっ」
「うん、そうだね」
隣でクリームたい焼きを頬張る名雪。
「バニラアイスには一歩譲りますけど、でもこれもなかなかいけますね」
「栞、そんなに急いで食べなくても、逃げないわよ」
「肉まんほどじゃないけど、でも美味しいねっ」
「ほらほら、そんなに急いで食べるから、ほっぺたにあんこがついてますよ」
「……たい焼きさん、相当に嫌いじゃない」
「あはは〜、舞ったら欲張りさんですね〜」
以上、いつものトリオとその保護者の面々のお言葉である。ちなみに栞がチョコたい焼き、真琴と舞はスタンダードに粒あんである。
「なんで、みんなの分まで俺がおごらないといかんわけだ、あゆ?」
「ボクの心はそれくらい深く傷ついたんだよっ」
嬉しそうにそう言われても、全然信用出来ないのだが。
ま、いいか。
と、嬉しそうに3匹目のたい焼きを口に運んでいたあゆが、不意に俺に尋ねた。
「祐一くん、それはそうと、祐一くんのお母さんっていつ来るの?」
「うぐぅ」
「うぐぅ、真似しないで……」
またあゆが拗ねかけたので、これ以上たい焼きをたかられる前に答えることにする。
「まだあれから連絡無いからなぁ。このまま忘れてくれれば一番いいんだが」
「え〜? ボク、楽しみにしてたのに」
「あゆちゃん」
不意に名雪が真面目な顔で言う。
「滅多なことを言っちゃダメだよ」
「な、名雪さん?」
「でも、やっぱり一度はちゃんとご挨拶しておかないと」
栞が口を挟む。
「私のご主人様のお母さまですから」
「待てこら。誰がご主人様だ?」
「祐一さんですっ」
にっこり笑って、腕を俺の腕に絡めると、栞は俺を見上げた。
「それとも、祐一さんは、ご主人様って呼ばれるのは嫌なんですか? あ、それとも旦那様の方がいいですか?」
ううっ、それはそれで甘美な誘惑ではある。……あるのだが。
「やっぱり俺は名雪のナイスバディの方がいい」
「わ、それって差別ですっ!」
「や、やだぁ、祐一ったらぁ〜」
栞が抗議の声を上げ、名雪が真っ赤になって照れたところで、初めて口に出していたことに気付く俺。
「あはは〜っ、舞も負けてられませんね〜っ」
「祐一っ、真琴だってナイスバディなのようっ!」
「……真琴、あまり大声でそんなことを言うものでは……」
「えぅ〜っ、お姉ちゃ〜ん」
「相沢くん、ひとの妹を捕まえて随分な言いようねぇ」
……とりあえず、ここは、だ。
俺は名雪の手を掴んだ。
「名雪、行くぞ」
「えっ? わ、わっ!」
そのまま、俺は名雪を引っ張るようにして、その場を脱兎のごとく駆け出したのだった。
「あーっ、祐一が逃げたーっ!」
「ま、待ってくださいっ! 逃げるなんて卑怯ですっ!」
「待てと言われて待つ奴はいないぞっ!」
そのまま、俺達は小一時間、商店街の中を追いかけっこする羽目となった。
「……というわけなんですけど」
夕食後、俺は秋子さんにノートを見せて、準備できるものがどれかを聞いてみた。
「ちょっと、そのノートを見せてくださいね」
そう断ってから、ノートをぱらぱらとめくり、リストのところで手を止めると、秋子さんはしばらくそれを読んでいた。
やがて、読み終わったらしく、ノートを閉じて俺に返しながら、訊ねた。
「それで、何着用意すればいいのかしら?」
俺は少し考えた。
「一応、コスプレするのは女の子のみですから……、今のところ4交代制で考えてるので、10着もあればいいかと」
「あら、そんなのでいいんですか? 女子生徒全員分にそのスペアで40着くらい用意するのかと思ってたんですけど」
40着!?
「で、でも、同じ種類の制服ばかり揃えてもあまり新鮮味がないと思うんですけど」
「全部、別々の制服がいいのね。そうね……、このノートに載っているやつくらいなら、どれでも用意できますよ」
「ええっ? この“チカとちよりのウェイトレス服”もですかっ!?」
ちなみに、俺にはこれがどんな服なのかさっぱり判らないのだが。
「ええ。来夢来人の制服のことですよね」
秋子さんには判っているらしく、あっさりきっぱり答えられてしまった。
頼もしい答えを返してもらったのはいいが、結局、俺の悩みは解決されないのであった。
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あとがき
えーと、とりあえずPia4号店の制服(トロピカルタイプ)はF&Cの、チカとちよりのウェイトレス服はユニゾンシフトのそれぞれのHPに見に行ってください(笑)
プールに行こう6 Episode 26 01/11/13 Up 01/11/14 Update