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玄関から出ると、もう朝とは言えない高さに上がった太陽の光が、俺達を照らし出す。
Fortsetzung folgt
「気持ちいいね〜」
大きく深呼吸して、名雪が笑った。
「名雪は冬が好きなんじゃなかったっけ?」
「冬も好きだけど、春も嫌いじゃないよ」
「俺は冬は嫌いだけどな」
「もう、好き嫌いは良くないよ〜」
そう言って、名雪は歩き出していた。
「あ、こら、待てっ!」
「それじゃ、走るよ〜」
俺から逃げるように駆け出す名雪。
その後を追いながら、空を見上げる。
青い空に、白い雲が所々に浮かぶ。気温も、ついこの間までの凍るような寒さが嘘のようだった。
……このまま、学校に行って、校舎の中に閉じこもって、教師の話をぼけーっと聞くっていうのは、なんだかもったいない。
そんな気がして、名雪に視線を向けた。
タッタッタッタッ
「でも、久し振りだねっ」
俺の視線に気付いた名雪が、隣を軽快に走りながら、声を掛けてくる。
「何がだ?」
「こうして、二人だけ一緒に学校に行くのが、だよ」
「そう言われてみれば、そうかもな」
「みんなで一緒に行くのはもちろん嬉しいんだけど、祐一と二人だけで登校するのも気持ちいいよ」
そう言われると、なんだかこそばゆい感じがする。でも、悪くない。
でも、こんな時間も、学校についたらそれで終わりなんだよなぁ。
そう思いながら走っていた俺の目に、右に入る細い道が写った。
「お、あんなところに横道があるじゃないか。もしかしたら近道かもしれないぞ」
「そんなことないよ〜。第一、近道があったらもう使ってるよ〜」
もっともらしいことを言う名雪。
「でも、そんな地元民でさえ今まで知らなかったような道を発見するという可能性もないわけではないだろ?」
「そんなことないよ〜。あっ、祐一どこ行くのっ?」
いきなり横道に曲がった俺を、行き過ぎてから慌てて戻ってきた名雪が呼ぶ。
だけど、答えられなかった。ただ、着いてきて欲しいだけだった、なんて。
でも。
タッタッタッ
背後から軽い足音が聞こえてきた。
「祐一が急に曲がるから、びっくりしたよ」
そう言いながらも、俺の後についてくる名雪。
「別に、わざわざ俺に付き合うことも無いんだぞ、名雪。うん、お前には安全な道を選ぶのが似合ってる」
ついてきてくれたのが嬉しかったけど、それを素直に言うのが恥ずかしくて、ついつい憎まれ口を叩いてしまう。
「……似合ってなくても、祐一のそばにいたいんだよ」
そう言ってから、名雪は辺りを見る。
「でも、方向が学校とは違うような気がするけど……」
「そうか。それじゃこっちに曲がってみるか」
「わ、待ってよ〜」
そう言いながら、やっぱり俺についてくる名雪が、本当に嬉しくて。
だから、俺は走り続けて……。
そして。
「……迷った」
お約束だった。
「……知らないところだよ」
さすがに不安そうに、鞄を胸に抱える名雪。って、マジかっ!?
「名雪が知らない場所がこの街にあったのか?」
「そりゃそうだよ。わたしだって全部知ってるわけじゃないよ」
言われてみればもっともだった。
「むぅ。まぁ、学校の近くなことは間違いないんだし……」
「でも、チャイムの音も聞こえないよ」
「……名雪、時間は?」
名雪は、腕時計を覗き込んだ。
「ちょうど、予鈴の鳴ってる時間だよ」
俺達は顔を見合わせて、そして黙って耳を澄ませたが、車の騒音は微かに聞こえるものの、チャイムの音はまったく聞こえてこなかった。
「どうしよう……。わたし達、ホントに迷子になっちゃったよ」
「俺は、この街に来て以来だな」
あの時は、再会したあゆに引きずり回されたあげくに迷子になって、たまたま通りかかった女の子に道を聞いてやっと戻ってこられたわけだが。
ちなみに、その道を教えてくれた女の子が栞だったりするのだが。
しかし……。
俺はぐるっと辺りを見回してみたが、誰の姿もない。
「……とりあえず、歩いてみよう。もしかしたら公園に出て、茜シナリオのフラグが立つかも知れない」
「茜しなりお?」
「まぁ、気にするな」
小首を傾げる名雪の背中を軽く叩いて、俺は歩き出した。
「ひどいよ、祐一〜」
後ろから非難の声が聞こえてくる。
振り返ると、名雪がぷくっと膨れていた。
確かに今回は俺が悪かったので、とりあえず降伏する。
「悪い。イチゴサンデー1つおごる」
「嬉しいけど……」
名雪は、たたっと俺に駆け寄ってくると、隣に並んだ。
「でも、たまにはいいかも」
「さぼってデートするのが?」
「こんなの、デートとは言わないよっ」
怒った口調で、でも名雪の顔は笑っていた。
二人で並んで歩いていると、不意に名雪が言った。
「ね、祐一」
「うん、どうした?」
「……ホントはね、わたしも気付いてたんだよ」
「……」
「だからね」
不意に前に出ると、名雪はくるっと振り返って、首を傾げるようにして笑った。
「おあいこ、だよ」
「……ちぇ」
結局、見透かされてたってわけか。
でも、だとすると……。
「……ちょっと待て。それじゃさっきのイチゴサンデーは無効だぞ」
「ええ〜っ!?」
名雪は口を尖らせた。
「……うそつき」
「まてっ、なんで俺が嘘つきなんだっ!?」
「男の子が一度口にしたことは、ちゃんと守らないと、だよっ」
そう言って、にっこりする名雪。
……ったく。
俺は肩をすくめた。
「判ったよ。でも、代わりに名雪も俺におごってくれよ」
「コーヒーならいいよ」
それじゃ釣り合わないだろ、と思ったが、考えてみると、百花屋で俺が頼むのはいつもコーヒーだった。
と、T字路に出たところで、名雪が足を止めた。
「あ、この道って……」
「知ってる場所か?」
「うん。ほら、こっちに行ったらものみの丘だよ」
左の方を指す名雪。そっちを見ると、緩やかに上り坂になっている。
「それじゃ、そっちに行ってみるか」
「もう、祐一。そっちは学校じゃないよ〜」
「それじゃ、名雪は学校に行くか?」
「う〜っ、祐一いじわるだよ」
そう言いながら、名雪は俺の手を掴んだ。
「一緒、だよ」
「……ああ」
俺達は、そのまま左に曲がって歩き出した。
「……ん、いい風」
サワサワッ
緑色の海。
それが、最初に見たときの印象だった。
春を迎えたものみの丘は、今までとはまるで印象が違っていた。
「こんなになるのか」
「わたしも、あんまり来たことないから、知らなかったけど」
名雪は、額に手をかざして、緑の海の向こうに見える町並みを眺めた。
ここに来ると、街の喧噪も微かにしか聞こえない。
俺が草を折って座ると、名雪も隣に腰を下ろした。
「……ね、祐一」
「どうした?」
「わたしね……」
名雪は、そっと俺に身体を預けてきた。
「今、とっても幸せ、だよ」
「……俺もだ」
いつもなら恥ずかしくて言えないような事が、なぜかさらっと言えた。
名雪にもそれが判ったらしくて、くすっと笑った。
「な、なんだよ?」
「ふふっ。なんでもないよっ」
俺は、俺に預けていた名雪の身体に、腕を回して引き寄せた。
「わっ」
バランスを崩して、名雪が倒れながら手を伸ばして、俺を引っ張る。ちょうど横に引っ張られる形になって、俺もそのまま倒れていた。
パサッ
ふわりと、名雪の長い髪が揺れて、そして草の上に広がった。
ちょうど、俺の身体の下に名雪を組み敷いたような形になっていた。
束の間、見つめ合ってから、名雪がそっと目を閉じた。
その唇に俺の唇を重ねて、柔らかさを楽しみながら、手をそっと名雪の胸に這わせる。
「きゃ」
名雪は小さな悲鳴を上げて、それからう〜っと俺を睨む。
「祐一〜」
「いや、こういう体勢でこうきたら次はこうだろ?」
「う。でも、わたし制服だし……」
「うむ、まだ名雪と制服えっちはしてなかったしな」
「そ、それにここは外だし」
「うむ、屋外プレイというのもまだだったしな」
「そ、そんなぁ……」
俺は、名雪の頬に手を当てた。
「当然、名雪が嫌ならやめる」
「……う〜っ、祐一のばかぁ……」
視線を逸らして、名雪は耳まで赤くなって呟いた。
「そんなこと言われたら……、わたしが断るわけないよ……」
「ふっふっふ、名雪もえっちだな」
「……ばか」
結局、俺達が学校にたどり着いたときには、もう昼休みになっていた。
職員室に寄ってから教室に入ると、香里が声をかけてきた。
「……夫婦揃って今頃重役出勤とは、いいご身分ね」
「うう、香里までいじめる〜」
「ただでさえ、職員室で石橋に散々絞られてきたんだ。これ以上は勘弁してくれ……」
「……ま、いいけど。あなた達、お昼はどうするの?」
余りに俺達が哀れっぽかったせいか、口調を和らげる香里。
「もう私たちはとっくに済ませたから、お弁当は何も残ってないし、この時間だと食堂にも購買にも何もないと思うけど」
……訂正。全然和らいでいなかった。
「う〜っ、どうしよう祐一」
「それから、名雪、髪に白いのがついてるわよ」
「ええ〜っ!?」
慌てて立ち上がって髪を押さえる名雪に、香里は苦笑した。
「嘘よ。まぁ、今ので何をしてたのかは判ったけど」
「……香里、だいっ嫌いっ!」
珍しく憤然として座り直すと、名雪はぷいっと香里から顔を逸らした。
香里は俺に視線を向ける。
「相沢くん、あなたが何をしても別にいいけど、名雪を巻き込むのはやめなさいよね」
「……そうだな。今後は気を付けよう」
確かに、学校さぼって外であんな事をしてたってのはちょっとやり過ぎだったと、後になってみればそう思ったりもする俺であった。
「いや、しかし俺は初めて相沢をリスペクトしたな」
北川が後ろの席から俺の肩を叩いた。香里に聞こえないように小声で囁いている辺りがちょっと情けないが。
いや、そんなことよりも、この空腹をどうしてくれよう。
「祐一〜、お腹空いたよ〜」
名雪が哀れっぽく俺に視線を向ける。
と、そこにあゆがやってきた。
「あっ、祐一くん、名雪さん。やっと来たんだねっ。ボク心配したよ〜。はい、これ二人の分のお昼だよっ」
どさどさっとビニール袋に包まれた菓子パンを俺の机の上に落とすあゆ。
「おおっ、あゆ! 俺は今お前の背中に天使の羽根が見えたぞっ!」
「うんっ、わたしもだよ〜。ありがとう、あゆちゃん」
あゆを拝む俺達に、あゆはふるふると首を振った。
「ち、違うんだよっ。これは、香里さんに買っておけって言われたんだよ」
がたん、と音を立てて立ち上がる香里。
「あ、あゆちゃん、それは言ったらダメって!」
「うぐっ! ご、ごめんなさいっ!」
慌てて謝るあゆ。
俺は香里に視線を向けた。
「ったく、人の悪い」
「べ、別にそういうんじゃないわよ。ただ、午後の授業中にお腹減ったとか騒がれたら嫌だったってだけよ」
香里は、少し赤くなって早口にまくしたてた。
あゆがそんな香里を見てから、笑顔で口を挟む。
「あ、ボク、ちゃんと香里さんの言うとおり、イチゴジャムパンも買っておいたよっ」
「えっ? イチゴジャムパン?」
一転してくるっと香里に向き直った名雪が、その首にぎゅっと抱きつく。
「香里、大好きっ」
「ちょ、ちょっと、離れなさいよっ」
「やっぱり香里はわたしの親友だよ〜」
抱きついたまま、ぶんぶんと香里を揺さぶってから、名雪は俺のところに椅子を持ってきて、パンを選び始めた。
「これとこれと、あ、これももらっていい?」
「おう。あ、でもこのカレーパンはくれ」
「うん、いいよ。それじゃ、頂きま〜す」
俺達は、仲良く二人でパンを食べるのであった。
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あとがき
ツッコミを食らうとあれなんで書いておきますが、確かにプール6Episode7で祐一は真琴を捜しにものみの丘まで来てますが、あの時はもうとっぷりと日も暮れて真っ暗な状態でしたんで、明るいところで春のものみの丘を眺めたのは今回が初めてということです。はい。
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