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Kanon Short Story #16
プールに行こう6 Episode 22

「ごちそうさま、祐一」
「美味しかったです」
「……とほほ」
 満足そうな名雪と栞を連れて、俺は百花屋を出た。
「それじゃ……」
 帰るか、と言いかけたところで、いきなり背後から聞こえてきた大声が、それに待ったをかけた。
「ああ〜〜〜っ!! 祐一ぃっ!!」
「な、なんだっ!?」
 声の方を見ると、真琴がすごい勢いで走ってくるのが見えた。かと思ううちに、いきなりジャンプして飛びついてきた。
「つっかまえたぁっ!」
「うわ、なんだよ?」
 真琴がじっくりと助走を取った場合、5メートルくらいは平気で翔んでくる。しかも、どういう風にしてるのか、飛びつかれてもそれほどの衝撃がなく、文字通りふわりとしがみついてくるのだ。
 それはさておき、真琴は俺にしがみついたまま、名雪に視線を向けた。
「もう、名雪もっ。ふくぶちょーさんがむっちゃくちゃ怒ってたよぉ」
「あ、えっと……、あははっ」
 笑って誤魔化す名雪。
 俺は訊ねた。
「ホントに怒ってたか?」
「うん。ね、美汐?」
 くるっと振り返り、真琴はあれっという表情を浮かべた。
「美汐? どこ?」
「……お前、さては天野を置いてきただろ?」
「……う〜ん、そうかも」
「そ・れ・は・と・に・か・くっ、いつまでひっついてるんですかっ!」
 栞が割り込んでくると、背後から真琴を引きはがしにかかった。
「わわっ、なにすんのようっ、しおしおっ!」
「しおしおじゃありませんっ! そんなしなびそうな名前は嫌いですっ!」
 そう言いながら、ぐいっと真琴を引きはがす栞。あゆだったら栞を巻き込んでこけそうなところだが、真琴はすたっと着地するや振り返ってくってかかる。
「邪魔しないでようっ!」
「そうはいきませんっ。なにしろ私は祐一さんの2号さんですから」
 えへん、とない胸を張って偉そうに言う栞。って、なんだとっ?
「ちょっと待て栞っ! 誰が2号だっ!?」
「私ですけど?」
 きょとんとして俺に言う栞。
「待てこら。俺は2号なんて認めた覚えはないぞ!」
「ううっ、それじゃ私とのことは遊びだったんですねっ」
「そうようっ! そんなの当然じゃないっ!」
「まこまこさんは口を挟まないでくださいっ!」
「あう〜〜っ」
 栞に大声で言い返されて、口ごもる真琴。
 と、その真琴の背後から、ようやく追いついたらしい天野がぼそっと口を挟んだ。
「美坂さんこそ、こんな往来で恥ずかしいことを大声で言わない方がいいと思います」
「あっ」
 はっと辺りを見回す栞。
 夕方の人通りの多い商店街である。当然ながら、俺達は注目の的であった。

 とりあえず、愛想笑いをしながらその場を撤収し、ようやく周りに人のいない川沿いの道にまで出てから、俺達は歩調を緩めて水瀬家に向かってのんびりと歩いていた。
「あ〜っ、恥ずかしかったぁ! しおしおのせいようっ!」
「何言ってるんですかっ! 元はと言えばまこまこさんのせいじゃないですかっ!」
「なにようっ、そのまこまこってっ!」
「人のことをしおしおって言うからですっ!」
 再び口げんかを始めてしまう2人を、毎度のことに止めるのも面倒になった俺は、天野に声をかけた。
「おう、天野。今日も相変わらず影が薄いな」
「……失礼ですね。慎み深いと言ってください」
 天野がそう言いながら、真琴の背中をぽんぽんと叩いた。
「真琴も、いつまでも美坂さんに付き合ってないで、いい加減にしなさい」
「あう〜っ、だってぇしおしおが〜」
「……天野さん。なんだか私の悪口言ってないですか?」
 栞が頬をふくらませるが、天野は「そんなことありません」とあっさりかわした。
 その栞の矛先がこちらに向けられる前にと、俺は名雪に声をかけた。
「ところでさ……。名雪、どうした?」
 憂鬱そうに考え込んでいた名雪は、俺の声に顔を上げる。
「う、うん。……ねぇ、祐一。明日、郁未ちゃんに怒られるよね、きっと……」
「まぁ、そうだろうな。天野、天沢副部長ってどれくらい怒ってた?」
 真琴よりは冷静に観察していたであろう天野に尋ねると、天野は肩をすくめた。
「怒髪天を突くとはあのことですね」
「……マジですか、それ?」
「冗談です」
 あっさり言うと、天野は俺の方を伺うように聞き返した。
「面白くありませんでしたか?」
「ぜんっぜん」
 俺が大きく首を振ると、がっくりと肩を落とす天野。
「……そうですか。私もまだまだ精進が足りませんね……」
 ……天野さん、一体何があったんですか?
 と、ばたばたっという足音と、背後からの声。
「祐一くんっ!」
 素早く俺は右に飛ぶ。と同時に、ずしゃぁっとあゆが空いた空間にヘッドスライディングを敢行していた。
「うぐぅ、祐一くんがよけたぁ……」
「当たり前だっ! ったく」
「あゆちゃん、大丈夫?」
 名雪が引っ張り起こして、パタパタと制服についた土埃を払ってやっている。
「うん、ありがと、名雪さん」
「で、何がしたかったんだ、お前は?」
「えっと、祐一くんが前を歩いてたから、ちょっと久しぶりにやってみたくなったんだよ……」
「ヘッドスライディングを? さすがチャレンジャーだな」
「うぐぅっ、もういいもんっ!」
 何故か拗ねるあゆ。そこでいつも通り名雪が割って入る。
「祐一、あゆちゃんいじめたらダメだよ」
「いや、俺はあゆが少しでもいじめに耐えられるようにだな」
「そんなの耐えたくないよっ!」
「何を言うんだあゆ。今の日本社会において、いじめは避けては通れない問題だぞ。確かにあってはならないことだが、雨に向かって文句を言っても濡れるだけだ。この場合は、傘をさすというのが現実的な対応というものだろ。違うか?」
「う、うん、そうかも……」
「ならばっ、今ここですべき事は、いじめにも耐えられる強靱な精神力を養うことではないだろうかっ! なればこそっ、その悲しみを怒りに変えて、立てよ国民っ! ジーク・ジオン!」
「えっ、ええっ?」
「もう、祐一無茶苦茶だよ〜」
 名雪が笑って口を挟む。
 ……助かった。ここで誰かが止めてくれないと、自分でも収拾付けられないからなぁ。
「ありがとう、名雪。やっぱり俺のパートナーはお前だけだな」
「またぁ、冗談ばっかり言っててもだめだよぉ」
 笑ってかわす名雪。
「うう、私にもそう言って欲しいですぅ」
 栞が指をくわえて上目遣いに俺を見る。
「祐一さぁん」
「そんな声出しても無駄だ無駄」
「えぅ〜、意地悪です〜」
「……そういう問題か?」
 と。
「あはは〜っ、楽しそうですね〜」
「あれ?」
 佐祐理さんと舞が、並んで来た……のはいいけど、後ろからではなく前から来たので、俺は首を傾げた。
「どうしたんだ、2人とも」
「はい。実は、秋子さんにお使いを頼まれたんです」
「……おつかい」
 こくん、と頷く舞。
「夕食のおかずが足りないんだそうです」
「……何でもいいからって……」
 なるほど。俺達よりも先に水瀬家に行っていたわけか。
 俺は納得して、舞に言った。
「だからって牛丼買って帰るなよ。まぁ、佐祐理さんがついてるんならそんな心配ないけどな」
「あはは〜、いくら舞でもそんなことしませんよ〜。ね、舞?」
「……祐一は、牛丼は嫌い?」
「いや、嫌いじゃないが……、でも今日は勘弁してくれ」
「……判った」
 頷く舞に、ほっとする俺。
「牛丼は明日にするから」
「結局、食うのかよっ!」
 おもわずさまぁ〜ずのようなツッコミを入れてしまう俺。
 と、舞がぼそっと呟く。
「……バカルディ?」
「古っ!」

 とりあえず、商店街に行くという佐祐理さんと舞とはそこで別れ、俺達は家に戻った。
「ただいま〜」
 名雪が声をかけると、秋子さんが手を拭きながらキッチンから出てきた。
「あら、みんな、お帰りなさい」
「ただいま、秋子さんっ」
「ただいまっ!」
「お邪魔します」
 それぞれの声をかけながら、ばたばたと靴を脱いで上がり込む一同。
「それじゃ、ボク着替えてくるから」
「真琴も着替えるっ!」
「わたしも〜」
 水瀬家の娘3人はそう言ってそれぞれの部屋に向かい、
「それじゃ、天野さん。私達はリビングに行ってましょうか?」
「……そうですね」
 一応お客の2人は、そう言い合ってリビング直行。
 なんとなくそれを見送ってから、俺も着替えるために2階に上がっていった。

 男の着替えは素早く終わる。というわけで、俺がリビングに降りると、まだ他の3人は着替え中らしく、そこにいたのは栞と天野の2人だけだった。
 その2人は、ソファの上で例の子猫をじゃらして遊んでいた。
 うむ、栞はまだしも、天野も結構楽しそうじゃないか。
「ほらほら〜」
 ねこじゃらしを子猫の上で振って、子猫が前足でそれをたしっと押さえるのを嬉しそうに見守る天野。
 う〜ん、なんか絵になる。
 と、天野がぱっと顔を上げて、俺を見た。
 ぱちっと視線が合う。
「……見てました?」
「ばっちり」
 俺は、ぐっと親指を立てて爽やかに笑って見せた。
 天野はかぁっと赤くなって、なにやらぶつぶつ呟く。
「そ、それは、やはり私も可愛いものは好きですし……、それに少女ですから……」
「別にいいんじゃないか? それより栞」
 栞の方に声をかける。
「はい、なんですか?」
「その子猫、どこに持ってたんだ?」
 栞は、さも当然というように答えた。
「ポケットの中ですけど」
 やはり、栞のポケットは四次元なのだろうか?
「なぁ、栞。是非、そのポケットに手を入れさせてくれ」
「わ、ダメですっ」
 両手をわきわきさせて迫る俺から、ざっと下がる栞。
「そんなことする人嫌いですっ」
「まぁまぁそう言わずに」
「……どうしても手を入れたいんですか?」
「どうしても」
 俺が言うと、栞ははぁとため息を付いた。
「わかりました。それじゃ手を入れてもいいです。ただし、私のポケットに手を入れたら、その人とは永遠に幸せになれるという伝説が……」
「いや、やっぱりいい」
「わ、即答しないでくださいっ」
 俺と栞がそんなことを言い合ってる間、天野は猫と戯れていた。

 その後、リビングに降りてきた名雪が子猫を見て大騒ぎになったのは言うまでもあるまい。

 栞が子猫をポケットにしまい込み、どうにか名雪の発作が収まってから、俺達はようやく夕食にありつくことが出来た。
 ちなみに、佐祐理さん達が買ってきたのはイモの天ぷらだった。
「スーパーに行ったら、目の前で店員さんが揚げてたんですよ。それを見て舞が食べたいって」
「……佐祐理も食べたそうだった」
 ということらしい。
 ともかく、そのイモの天ぷらは確かに絶品だった。それに舌鼓を打ちながら、雑談に花を咲かせる俺達。
 今日も何事もなく、平穏な一日が終わろうとしていた……。
 少なくとも、その時までは。

 トルルルル、トルルルル
 不意に、電話の音が鳴り響いた。
「あら、電話ね」
 そう言って、秋子さんが立ち上がると、リビングにおいてある子機を取った。
「はい、水瀬です……。あら、久しぶりですね……。ええ、いますよ。代わりましょうか? はい……。祐一さん」
 不意に俺を呼ぶ声に、顔を上げる。
「はい?」
「祐一さんに代わって欲しいって」
 手にした子機を掲げてみせる秋子さん。
 俺は手にしていた箸を置いて訊ねた。
「誰からです?」
 秋子さんは、答えた。
「姉さんからよ」

Fortsetzung folgt

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あとがき

 プールに行こう6 Episode 22 01/11/7 Up

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