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「というわけで、すっごく可愛かったぞ、2人とも」
Fortsetzung folgt
「へぇ〜」
「うぐぅ、恥ずかしいよぉ」
「えへへ〜〜」
翌朝、朝食の席で、今日は珍しくちゃんと起きている名雪に、俺は夕べの話をしていた。
あゆと真琴は、こちらも珍しく俺の言葉にへにょへにょに照れている。
「残念だなぁ。わたしも見たかったよ〜」
「それじゃまたしてあげるわようっ!」
「真琴、お化粧っていうのはね、ここぞというときにしてこそ効果があるものなのよ」
ハムエッグの皿を置きながら言う秋子さんに、真琴は「ふぅん」と腕組みした。
「……結構、難しいものなんだねぇ……」
「でも、それが女の武器というものですから」
「あ、なるほどっ」
こくこくと頷く真琴。
俺は秋子さんに声を掛けた。
「秋子さん、あまり真琴に変なことを教え込まないでください」
「あら、どうしてかしら? 女の武器の効果的な使い方は、大切なことだと思いますけど」
頬に手を当ててにっこり笑う秋子さん。
「ね、名雪?」
「しっ、知らないっ」
話を振られて、かぁっと赤くなると、名雪はトーストにイチゴジャムをべたべたっと塗った。
うーん、なんだかフォースの暗黒面を見た若きジェダイ騎士の気持ちが判るぞ。
と、あゆが口を挟んだ。
「そういえば、祐一くんって結局陸上部に入部したの?」
「そうよっ!」
ぼかっ
「違うわっ。単に特訓してるだけだ」
偉そうに胸を張って言った真琴の頭を一発叩いてから答える俺。
「う〜〜っ、せっかく祐一と同じ部活だと思って楽しみにしてたのにぃ……」
「そうだよ〜」
「お前まで言うなっ」
名雪にそう言ってから、俺はため息を付いた。
「おかげで毎日死にそうに疲れてるから、まぁよく眠れていいのかもしれないけどさぁ」
「うん、睡眠は必要だよ〜」
「名雪のは多すぎるだろっ!」
「う〜っ、そんなことないよ〜」
「それじゃ、他のみんなの意見を聞いてみようか?」
「少し多いかも知れないわね」
「うぐぅ……、ごめんなさい……。でも、ボクも……」
「名雪、寝過ぎ〜」
全員に言われて、名雪はむ〜っと膨れた。
「みんなひどいよ〜」
「そう思うんだったら、もう少し早く起きろ」
「あ、そろそろ行かないと」
トーストを口に運びながら、壁の時計の方を見て言う名雪。
あからさまな話題の逸らし方だったが、時間が無くなりつつあるのもまた事実だったので、俺はコーヒーを喉に流し込んで立ち上がった。
「そうだな。それじゃ先に玄関に行ってるぞ」
「真琴もっ!」
この中では俺に次いで食うのが早い真琴が、ばっと立ち上がる。
「うぐっ、ちょ、ちょっと待ってっ!」
続いて、パンを口の中に押し込むようにしながら立ち上がるあゆ。コップの中の牛乳でそれを流し込むようにして、俺達の後についてきた。
「なんだ、あゆあゆ。コーヒーじゃないってことは、相変わらず猫舌なのか?」
「うぐぅ……。だって……」
「ったく。一々そんなことで泣くなっ」
そう言ってから、自分の部屋に置いてある鞄を取るため、階段を駆け上がっていく俺と、それに続く真琴。ちなみにあゆの部屋は1階なので、そのまま廊下を走っていく。
特に何も入っていない薄い鞄を手に階段を駆け下りて、玄関で手早く靴を履き替えると、俺は外に出た。
さすがにこの季節ともなると、外に出て待っていても寒いということもないし、第一玄関は2人以上が並んで靴を履き替えるほどのスペースがない。
続いて真琴が出てくる。
「あう〜っ、今日も祐一に負けた〜っ」
「ふっふっふ。まだまだだな、真琴」
「悔し〜〜っ」
本気で悔しがって地団駄踏んでいる真琴をからかっているうちに、あゆと名雪が出てきた。
「お待たせしましたっ!」
「お待たせ〜」
何故か張り切ってるあゆと、こちらはいつも通り脱力しそうな口調の名雪。
「よし、行くか。BGMはオンユアマークだ」
「……なに、それ?」
怪訝そうな顔の真琴に、きっぱりという。
「企業秘密」
「わ、気になるよ〜」
「ボクも気になる〜」
声を上げる名雪とあゆをほっといて、俺は駆け出した。
「あ〜っ、祐一ずるい〜っ! 逃げるな〜っ!」
「あ、競争だね。よーし、走るよ〜っ」
後ろで声がしたかと思うと、あっという間に2人に追いつかれる。相変わらず足の速い陸上部コンビである。
そして案の定取り残される茶道部員。
「うぐぅ〜っ、待ってよぉ〜っ」
「祐一〜、あゆちゃんが〜」
「くそっ、傷ついたあゆが邪魔で逃げ切れないっ」
「え? あゆちゃん怪我してるの?」
「冗談だ、冗談」
「もうっ。本気でびっくりしたよ〜」
ちょっと膨れる名雪。
しかし、なんて言うか、こういうのも悪くはない。
そう思える爽やかな朝。
「ゆ〜う〜い〜ち〜、ま〜え〜」
などと思うのだ。
「……って、へっ?」
名雪ののんびりとした声にはっと気付いて前を見直したときには、既にそれが目の前に立ちふさがっていた。
「えっ、きゃぁ!」
「うぉっ!?」
ずどぉぉぉぉん
とっさに腰を低くして肩から入るくらいのことしか、俺には出来なかった。もっとも、あの一瞬でそこまで反応出来るのも、あの舞と夜の学校で魔物と戦っていた日々のたまものといえるわけだ。
結果、俺の前に立ちふさがったものは、俺のショルダータックルを受ける形となって、そのままごろごろごろーっと転がっていった。
俺は身体を起こすと、肩についた埃を払い、笑顔で名雪に声を掛けた。
「さて、それじゃ行こうか」
「あほかぁっ!! 爽やかに無視して行くなぁっ!!」
背後から怒声が響き渡った。
振り返ると、女子生徒が、地面に突っ伏した格好で顔だけをがばっと上げて、俺を睨み付けていた。
「あんたねぇっ! いきなり出会い頭に人を吹っ飛ばしておいて、そのまま逃げる気っ!?」
その顔には、見覚えがあった。というか、毎日見ている顔だった。
「……あれ? 七瀬じゃないか?」
「あ」
七瀬は相手が俺で、さらに後ろに名雪やあゆがいるのに今更ながら気付いたらしい。慌てて口を押さえると、立ち上がろうとする。
「……いつっ」
が、その途中で腹を押さえた。
「七瀬さん、大丈夫〜」
名雪が心配そうに七瀬の顔を覗き込んだ。
「だ、大丈夫……。あいたたっ」
何でもないところを見せようと、身体を起こそうとした七瀬だったが、すぐにまた身体を折り曲げてしまう。
「祐一くん、七瀬さん痛そうだよ。どうしよう。これじゃ祐一くんがお巡りさんに捕まっちゃうよ……」
心配そうに俺に小声で言うあゆ。
「……なんで俺が警察のお世話にならないといけないんだ?」
「だ、だって……うぐぅ……」
「そうなったら真琴と一緒に逃げよっ!」
ぺたっと俺の背中にしがみつきながら言う真琴。
「だっ、だめだよっ! ちゃんと罪は償わないといけないんだよっ!」
「ほう。その言葉、たい焼き屋の親父にも聞かせてやれ」
「うぐぅ……、だってあの時はホントにお金無かったし……」
たちまちへこむあゆ。
と、名雪が俺に声を掛けてきた。
「祐一〜、七瀬さんに謝らないとダメだよ〜」
「そ、そうよ……、それとも、あんた、か弱い乙女を傷物にしといてそのまま逃げる気?」
お腹を押さえたままでじろりと俺を睨む七瀬。
「その鋭い眼光を見て、俺はただ者ではないという認識を深めた。いや、それは確信の域に達していた。そう、七瀬はきっと、一撃で電話帳を引き裂く超絶的な……」
「あほかぁっ! 誰が一撃で電話帳を引き裂くってのよっ!!」
再び大声で怒鳴ってから、「いたた」と腹を押さえる七瀬。
あゆは、そんな七瀬を見て、目を丸くしていた。
「……七瀬さんって、こんなに怒鳴る人だったんだ……。ボク、知らなかったよ……」
「あ、これはそのっ、そうじゃなくて……」
何故かあたふたする七瀬。
名雪が俺に向き直って言う。
「祐一〜、このままじゃ、みんな遅刻しちゃうよ〜」
「それもそうだな。それじゃさっさと走っていこうか」
「あのねぇっ! それはあんまりだと思わないのっ!?」
後ろから恨めしそうな声がしたので、俺は振り返った。
「あれ? どうしたんだ七瀬、そんなところで座り込んで」
「誰のせいよっ! あいたた……」
結局、俺は七瀬を背負って学校まで走る羽目になった。
「それにしても、七瀬って意外と愉快な奴だったんだなぁ」
1時間目の休み時間に、俺は北川に朝の話をしていた。
「いきなり、あほかぁっ、って怒鳴られたときはたまげたもんだ」
「……何言ってんだ、相沢?」
北川は、呆れたように肩をすくめた。
「あのおしとやかな七瀬さんが、そんな言葉遣いするわけないだろ?」
「おしとやか、ねぇ」
俺は七瀬の席の方に視線を向けた。
今も、男子生徒とにこやかに話をしているところだった。
たしかに、今の様子だけを見れば、おしとやかなお嬢さんって感じだし……。でも、今朝の勢いはすごかったもんなぁ。
「……それじゃ、もしかして双子の妹かお姉さんでもいるのかなぁ? それで、俺達が今朝逢ったのは実はそっちだったとか」
「七瀬さんに? そんな情報は入ってないぞ」
北川はメモ帳を取り出してパラパラとめくりながら答えた。
「でも、名雪やあゆだって、七瀬が雄叫びを上げてたのは聞いてるぜ」
「ホントかよ?」
疑わしそうに、北川は名雪の方を見たが、名雪はいつも通り熟睡していた。
「……くー」
「水瀬さんに聞くのは無理だな。よし、月宮さんに聞いてくる」
立ち上がろうとする北川。
「なにをマジになってんだ、お前は?」
「何を言うんだ同志相沢スキー。もし七瀬さんが実はがさつな女だったら、その七瀬さんをクラス代表に担いでる俺達はどうなるっ!? 文化祭で赤恥をかくんだぞっ! それどころか、下手すると卒業してからも後ろ指を指されかねんっ!」
真面目な顔で力説する北川に、俺は肩をすくめた。
「いや、そりゃないだろう」
「とにかく行ってくるっ!」
そのまま、ずだだっと走っていく北川。
「……何をマジになってんだか」
「好きなようにさせておきなさいよ」
俺達の話を聞いていたらしく、香里は教科書をトントンとまとめてから鞄に入れながら言った。
「彼にとっては重要なことなんでしょうから」
「そんな事言って、実は妬いてるんじゃないのか?」
「……ふん」
香里は俺から視線を逸らし、肩をすくめた。
「あたしが妬いてどうするの?」
「いや、どうするっていわれても、俺も困るんだけどな」
と、そこに北川がばたばたと戻ってきた。
「おいっ、相沢。月宮さんも知らないって言ってたぞっ」
「……は?」
あゆの方に視線を向けると、そのあゆはちらっと俺を見て、慌ててそっぽを向く。
あれは、何かあったな。後で問いつめてやるか。
「ま、相沢が言うことはあまり当てにならないってことだな。わっはっは」
北川が嬉しそうに笑いながら、俺の背中をバンバンと叩く。
「ててっ。何をハイになってんだ、お前は? あんまり他の女にうつつを抜かしてると、香里に愛想尽かされるぞ」
「そうね、そうかもしれないわね」
香里が、次の時間の教科書を揃えながら口を挟んだ。
北川は慌てて香里の傍らに駆け寄る。
「香里っ、俺はだな、七瀬さんに変な噂が立ってうちのクラスが負けたら困るから、一生懸命やってるだけだぞっ。俺の本命はあくまでも香里だけなんだからなっ」
バシッ
「も、もう。そんな恥ずかしいこと大声で言うんじゃないわよっ」
北川の顔面に、たまたま手にしていた大学ノートを押しつけるようにして止める香里。
「お、おう……」
顔面を赤くしながら、こくこくと頷く北川に、俺は笑いながら言った。
「しかし情けないな、北川。もうちょっと俺みたいに悠然と構えてみろって」
「あら、相沢くんこそ。悠然と構えていられるのは誰のおかげか、ちゃんと自覚してるのかしらね?」
さっきのお返しとばかりに、笑みを浮かべて言う香里。
と、
キーンコーンカーンコーン
チャイムが鳴り、日本史の教師が入ってきた。
「よし、授業始めるぞ〜」
授業が始まってしばらくたっても、俺の頭から、さっきの香里のセリフが消えなかった。
……悠然と構えていられるのは誰のおかげか……か。
ちらっと視線を隣に向ける。
「……くー」
名雪は相変わらずぐっすり眠っていた。
まぁ、日本史の時間というのは、寝ていられる貴重な時間だからいいんだけど。
俺がもし名雪の立場だったら、どうだろう?
少し考えて、首を振る。
そして、改めて名雪を見た。
……今日は帰りに、この眠り姫に、イチゴサンデーを奢ってやろうかな。
「……うにゅ、けろぴー……」
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あとがき
プールに行こう6 Episode 17 01/10/20 Up 01/11/1 Update