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翌日、月曜日。
Fortsetzung folgt
なんとか地獄の特訓を終わらせたものの、へろへろになった俺は、こちらは元気な名雪と並んで校門を出た。
「……うう、明日から俺学校休んでもいいか?」
「だめだよ〜。さぼったらいけないんだからね〜。ほらぁ、祐一〜、しっかり〜」
「やめてくれ名雪、その声で言われると、そのまま地面に倒れて寝てしまいそうだ……」
俺が答えると、名雪はうんうんと頷いた。
「そうだよね〜。わたしもすぐに眠くなっちゃうから、その気持ちはよく判るよ〜」
うむ、今なら名雪があんなに寝まくる訳も理解できそうだ。
等と納得していると、不意に後ろから肩を叩かれた。
「なんだよ、名雪?」
「はぇ?」
振り返る名雪。
……あれ? なんで後ろから肩を叩いたはずの名雪が前にいるんだ?
「あ、こんにちわ」
あまつさえ、俺に挨拶するし。
……と、そこで俺は、名雪が俺ではなくその背後を見ていることに気付いた。
振り返ると、そこにはロングヘアの美人が立っていた。
「……」
もしかして、この人が俺を?
「あ、あの……。俺に何か?」
おそるおそる聞き返すと、その人は何故か俺を責めるような目つきで見る。
「……?」
俺、何かしたんだろうか?
俺はもう一度振り返って、名雪に小声で尋ねた。
「なぁ、名雪。この人知り合いか?」
「……え?」
きょとん、という顔の名雪。
「いや、俺には全然心当たりがないんだが……」
と、いきなり背後から後頭部に衝撃を受ける。
ごすっ
「いてっ! な、何が……」
何事かと振り返ってみると、その女の人が右手を振り上げていた。と思う間もなくその手を振り下ろす。
ごすっ
今度は額にチョップをされた。
「いてっ!? ……あ、もしかして」
改めて向き直る。
よく考えると、いきなり無言でチョップをしてくるような女性には心当たりがあるわけで。
「お前、舞かっ!?」
「……遅い」
舞に遅いって言われてしまうとはなぁ。
じゃなくて。
俺は改めてまじまじと舞を見つめる。
そりゃ判らなくても無理はないだろう。なにしろ、いつもの動きやすい服装とは違って、今日の舞はというとお嬢様風の白いワンピース姿だし、ポニーにしてる髪は下ろしてヘアバンドで止めてるし。おまけに薄くだけど化粧してたりして。
「うむ、こうしてみると舞もなかなかの美少女ぶりではないか」
がすごきっ
素直に評論してみると、前の舞と後ろの名雪から同時に頭を叩かれた。
「あいたた。二人ともなにすんだっ」
「……祐一が、莫迦なこと言うから」
赤くなって俯き加減にごにょごにょと言う舞。
「知らないっ」
一方こっちはぷいっとそっぽを向く名雪。
もう何がなんだか、という状況に陥っていた俺のところに、救いの女神が降臨してくれたのはその時であった。
「あはは〜っ、舞〜っ、お待たせ〜っ」
そう声を掛けながら駆け寄ってきた佐祐理さん。こちらも上品なワンピース姿で、やっぱり淡く化粧していた。
「あっ、祐一さん、名雪さん。こんにちわ。……あれ? どうかしたんですか?」
気まずい雰囲気に気付いて、俺達の顔を見比べる佐祐理さん。
「いや。それより、どうしたんだ、2人とも。今日はえらくめかしこんでるじゃないか」
「あ、はい。実はこれから夕食に誘われてるんです」
「……そう」
こくんと頷く舞。
「なるほど。それでおめかししてると……。って誰にっ!?」
うんうんと納得し掛けて、俺は声を上げた。
佐祐理さんは笑顔で答えた。
「はい。久瀬さんにですよ」
「なにぃっ、あのヤンバルクイナめ、性懲りもなく……」
「……大丈夫」
舞がぼそっと口を挟んだ。
「佐祐理は、守るから……」
「おう、頼むぞ舞。お前だけが頼りだからな」
「任せて」
俺と舞はがっちりと手を握り合った。
佐祐理さんは困ったような顔をする。
「もう、2人とも。久瀬さんはそんなに悪い人じゃないですよ。今日だって、舞も一緒に来てもいいって言ってくれたんですし」
「それは作戦ってもんだよ。佐祐理さん、舞はダメって言われたらどうした?」
「はい、それならお断りしてますよ」
「そういうわけだ。うぬぅ、あいつめ、ヤンバルクイナのくせに意外と知恵が回るな」
「もうっ、祐一さんったら……」
と、そこにその本人が、校門から出てきた。
「やぁ、倉田さんに川澄さん。お待たせしましたか? ……おや、相沢くんに水瀬さんじゃないですか」
「こんにちわ、久瀬くん」
「よう、ヤンバルクイナ」
俺達はてんでに挨拶する。と、久瀬は眼鏡の位置を直しながら俺に尋ねた。
「……前々から聞こうと思ってたんですが、どうして僕がヤンバルクイナなんですか?」
「気にするな。言葉のアヤだ」
「もう、祐一無茶苦茶だよ〜。ごめんね、久瀬くん」
苦笑して久瀬に謝る名雪。久瀬は軽く手を振った。
「いえいえ、水瀬さんが謝ることじゃないですよ」
ちなみに、これでも眼鏡バージョンの久瀬である。
「ったく。最近ずっと眼鏡かけてるもんだから、だんだん素のままでも嫌な奴になってきてねぇか?」
「もうっ、祐一っ!」
「ふふっ、大丈夫ですよ水瀬さん。いちいち彼の言うことに目くじらを立ててはいられませんから。それより倉田さん、川澄さん、そろそろ参りましょうか」
久瀬に言われて、佐祐理さんは頷いた。
「あ、はい。それじゃ祐一さん、名雪さん、おやすみなさい」
「……ばいばい」
ぼそっと言うと、舞はもう一度俺をちらっと見てから、歩き出した久瀬と佐祐理さんの後についていった。
うむ、舞のやつ、少しでも久瀬が佐祐理さんに不埒なことをしたら、後方から速攻でしばき倒せるポジションを取ってるな。
「祐一、帰ろうよ」
何となくそれを見送っていると、名雪に声を掛けられた。
「……ああ、そうだな」
俺は頷いて、名雪の後に続いて歩き出す。
と、名雪は足を止めた。
「ん? どうした?」
「なんでもないよっ」
俺が隣まで来たところで、笑ってそう言うと、名雪は再び、今度は俺と並んで歩き出した。
「でも、川澄先輩も倉田先輩も綺麗だったね〜」
「ああ。まぁ、あの2人は元々美人だから、ああいう風に化粧すると映えるんだよなぁ」
「……わたしも、お化粧してみようかなぁ」
「名雪が?」
帰り道、商店街を並んで歩きながら、俺達は自然とさっきの2人のことを話題にしていた。
「名雪って化粧はしたことないのか?」
「えっと、お母さんに習って少しやってみたことはあるけど……。でも、わたし、祐一の前でお化粧したことはないよ」
「なんでだ?」
「だって、わたしがお化粧しても、絶対祐一は気が付かないと思うし……」
「うんうん。ボクもそう思うよ」
「なんだよ、それ? 俺は朴念仁か?」
「違うの?」
「う。ま、まぁ否定は出来ないけどな」
「そうだよ、祐一くん。事実は認めないとね」
「……ところで」
俺は足を止めた。隣を歩いていた名雪とあゆもそれに気付いて立ち止まる。
「どうしたの、祐一くん?」
「……あゆ、おまえいつからそこにいた?」
名雪の隣を歩いているあゆに、俺はびしっと指をつきつけた。
「さっきからだよ」
にこにこしながら言うあゆ。
「ボク、学校帰りにここでちょっと買い物してたんだけど、その買い物が終わってお店から出てきたら、ちょうど2人が歩いてたから」
「それで合流した、と。相変わらず影が薄いな」
「うぐ……。ね、ねぇねぇ、名雪さん。名雪さんはお化粧の仕方ってわかる?」
露骨に話を逸らすあゆに、名雪はにっこり笑って頷いた。
「うん、お母さんに教えてもらったから、一通りは」
「それじゃ、こんどボクにも教えてよ。ボクもやってみたいんだ」
「あゆが化粧?」
俺は頭の中で想像してみた。それから、あゆの肩に手を置く。
「うん? どうしたの、祐一くん?」
「あゆ、頼むからやめてくれ」
「どういう意味だよっ!?」
拳を振り上げてぶんむくれるあゆ。
「もう、祐一〜。あゆちゃんだって、お化粧したら、きっとものすごいんだよ」
「名雪、それフォローになってるようでなってないぞ」
「……そうかな?」
首を傾げる名雪。
俺は少し考えてから、いいことを思い付いて、あゆの頭にぽんと手を乗せた。
「あゆなら、栞に聞いた方がいいと思うぞ。栞ならお子さま向きの化粧法も知ってるはずだし」
「それって、遠回しに私が子供っぽいって言ってるんですか?」
「ああ、その通り……って何で栞までっ!?」
思わずとびすさると、栞に加えてその背後に大魔神までいらっしゃった。
「相沢くん、言い訳はいらないわよ」
「わぁっ、待て香里! 指をポキポキ鳴らしながら迫ってくるんじゃないっ!」
「香里、祐一をいじめたらだめだよ〜」
名雪がのんびりとだが、間に入ってくれた。
香里は名雪を見て、それから一つ頷いた。
「わかった。それじゃとりあえず名雪に免じてこの場では許してあげる」
ほっと胸をなで下ろす俺の耳に、次の言葉が聞こえてきた。
「ただし、これからちょっとあたし達に付き合ってもらうわよ」
「……はい?」
「お姉ちゃん、どうするんですか?」
訊ねる栞に、香里はにっこりと笑った。
「今から、みんなで化粧品を買いに行きましょう」
「ボクも行ってもいいの? わぁっ、楽しみだよ、ボク初めてだからっ」
見るからにわくわくという感じのあゆ。名雪や栞もやっぱりこういうことは楽しいのか、嬉しそうに微笑んでいる。
こういうところを見ると、みんな女の子なんだなぁ、と思うわけで、その中に一人場違いな男の子の俺なわけで……。
……可哀想な俺様。
「ほら、相沢くん、行くわよ」
「……香里さん、俺に拒否権は……?」
「なし」
「……とほほ」
心の中で泣きながら、俺は意気揚々と歩き出す女の子達に続くのであった。
「それでねっ、これを香里さんと名雪さんがボクに選んでくれたんだよっ!」
夕食が終わってから、リビングで今日の話をするあゆ。
ちなみに、今、あゆが手にしているピンク色のリップは、夕食の間もずっとポケットに入れられていたのを俺は知っている。
嬉しそうなあゆに、話を聞いていた秋子さんも笑顔で答えた。
「良かったわね、あゆちゃん」
あゆは姿勢を正す。
「そ、それでね、あの……、秋子さん、良かったら……教えてくれないかな、って思って……」
「お化粧の仕方ね。ええ、いいわよ」
「わぁい!」
文字通り小躍りするあゆ。
と、そこで俺はふと思い出して口を挟む。
「あれ? お前、名雪に教えてもらうって言ってなかったっけ?」
「うん、そうしようかと思ってたんだけど……」
そう言って、名雪の方に視線を向けるあゆ。
俺もそっちを見ると、名雪は例によってソファに座ったままこっくりこっくりと舟を漕ぎ始めていた。
なるほど。この状態の名雪に化粧を教わるなんて自殺行為だな。
と、今までつまらなそうに話を聞いていた真琴が、俺の横にすり寄ってきた。
「ねぇ、祐一もやっぱり化粧してる女の子の方がいいの?」
「うーん、どうだろ? 真琴は化粧って嫌いなんだろ?」
「うん。だって、変な臭いするし……」
顔をしかめる真琴。もともと妖狐の真琴にとってみれば、香水だって、変な臭いの一言で片づけられてしまうわけである。
「あ、でも、祐一がそれが好きなら、やってみようかなって思うけど……」
まぁ、俺が好きかどうかはともかく、これから先も人間としてやっていくなら、化粧の一つや二つは必要になるんだろうしなぁ。
俺はそう考えて、頷いた。
「まぁ、似合ってれば嫌いじゃないぞ。ただ、似合ってないのは嫌いだけどな」
「……う〜ん、よくわかんない」
真琴は首を傾げた。それから、きりっと口を結んで一つ頷く。
「でも、あゆあゆが出来て真琴が出来ないのって嫌だから、真琴も教えてもらうっ! 秋子さぁん、真琴も〜っ!」
……そういう基準なのか?
秋子さんに声をかける真琴を見ながら、俺は苦笑していた。
それから、3時間後。
リビングでぼーっとテレビを見ていた俺は、ドアが開いた音に顔を上げた。
「お待たせしました、祐一さん」
秋子さんがにこにこしながらリビングに入ってくる。
「いえ、別に待ってたわけじゃないですけど。それよりも、お疲れさまでした」
「いいえ。私も楽しかったですから」
秋子さんは、俺の隣のソファに腰掛けると、嬉しそうに微笑んで声をかける。
「あゆちゃん、真琴、いらっしゃい」
「う、うん。でも……」
「あゆあゆ、さっさと行きなさいようっ!」
ドシッ
「わわっ!」
ドアのところでためらっていたらしいあゆが、後ろから真琴に突き飛ばされるような感じでよろめきながら出てきた。そしてその後ろから真琴が、なんのつもりか腰をくねくねと揺さぶりながら出てくる。
「あいてて、ひどいよ真琴ちゃん……」
腰をさすりながら振り返って文句を言うあゆ。
「……ほう」
「あ」
思わず漏らした俺の声に、あゆは慌てて顔を手で隠した。
「……うぐぅ、ボクやっぱり落としてくるっ!」
そのまま背を向けて逃げていこうとするあゆに、俺は声を掛けた。
「似合ってるじゃないか、あゆ」
「……えっ?」
立ち止まると、おそるおそるこっちを振り返るあゆ。
「ゆ、祐一くん、嘘付いてる?」
「なんでだ? ったく」
俺は肩をすくめた。
「似合ってるって。いや、正直そこまで似合うとは思ってなかったぞあゆ」
俺の言葉に嘘がないと判ったらしく、あゆはかぁっと赤くなりながらも嬉しそうに笑った。
「えへへっ、な、なんだか恥ずかしいよっ」
「ねぇねぇ祐一っ! 真琴はどうよぅっ!」
そのあゆの前に割り込むようにして訊ねる真琴。
「へぇ、真琴も、随分大人っぽく見えるもんだな」
「そ、そう? やっぱり祐一にも真琴の大人の魅力が判るのねっ。あはっ」
照れたように笑う真琴。
俺は、隣でにこにこしている秋子さんに言った。
「すごいですね、秋子さん。まるでプロのメイクアーチストですよ」
「そんなことないですよ。祐一さん、お化粧っていうのは、その娘の持っている魅力を最大限に引き出すためのものなんですから。私は、あゆちゃんと真琴の、本来の魅力を引き出すお手伝いをしただけですよ」
ううむ。相変わらずあなどれない人である。
しかし、あゆや真琴でこれほどとなると、元々美人系の名雪に秋子さんが化粧したらどれくらいのことになるんだろうか。
それはそれで空恐ろしいことになっちまうかもな。
俺は、互いに化粧の感想を話し合っているあゆと真琴を見ながら、しばらく考え込んでいた。
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あとがき
男にはさっぱりな化粧のお話しになってしまいました(笑)
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