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Kanon Short Story #16
プールに行こう6 Episode 14

「……というわけで、栞と絵のモデルをするって約束しちまったんだが、そもそも真琴の一件にしても栞が仕組んだらしいわけだし、キャンセルってことにしようかと思うんだが」
 部活が終わっての帰り道。
 俺がうち明けると、名雪は少し考えて、それから首を振った。
「ダメだよ、祐一。しちゃった約束は、ちゃんと守らないと」
「でも……」
「それとも祐一は、モデルするの、嫌なの?」
「いや、そういうわけじゃないけどな」
「それなら行ってあげないとね。……それと」
「うん?」
「ありがと。ちゃんと事前に相談してくれて」
「前にも言っただろ? お前に隠し事はしないって」
「……そうだよね。うん」
「なんだ、その微妙な間は?」
「なっ、なんでもないよ〜」
「ほうほう、そんなことを言う奴は〜……、こうだぁっ!」
「きゃぁ〜、祐一のえっちぃ〜〜っ」

 そして、日曜日。
 まぁ、約束は約束である。というわけで、駅前に10時で待ち合わせ、ということを昨日のうちに決めてはいたのだが。
「でも、同じ家から行くんじゃ、あまりデートらしくないですね」
「デートじゃねぇだろ。それに、待ち合わせしたいんだったら、ここに来なけりゃいいじゃないか」
「う〜っ、祐一さんひどいですっ」
 朝の水瀬家のリビングで、俺と栞はそんな会話を交わしていたりする。
 そう、栞はその前日から水瀬家に泊まりに来ていたのである。
 あ、念のために言っておくが、栞が寝ていたのはいつも通りあゆの部屋である。
 閑話休題。
「それよりも、問題は、だ」
 俺は窓の外に視線を移した。
 ざぁぁーーーーーっ
 外は土砂降りの雨であった。
「なぁ、栞……」
「楽しみですねっ」
「……どうしても、行かないといけないのか?」
「祐一さんっ、私おっきなパフェが食べたいですっ」
「……」
「それから公園に行って、そこでスケッチですっ」
「無理だっ!!」
 俺が声を上げると、栞はぷっと膨れた。
「祐一さん、意地悪ですっ」
「無茶苦茶言うなっ! 第一、栞だって、いくら病気は治ったっていっても、こんな雨の中でスケッチなんてしてみろ。あっという間に風邪引いてぶっ倒れるぞ」
「その時は、祐一さんが看病してくれますよねっ」
「……隣のベッドで一緒に倒れてなければな……」
「あ、それもいいですねっ」
「いいわけあるかっ」
 それまで黙って、ソファに座って俺達のやりとりを聞いていたあゆが、ぼそっと口を挟む。
「祐一くん、栞ちゃん、もしかして漫才の練習?」
「違うっ!」
「違いますっ!」
 俺達に同時に言われて、あゆは慌てて「そうだよねっ」と相づちを打つ。
 ちなみに舞と佐祐理さんは今日は来ておらず、真琴は天野と部屋で何かしているらしく、リビングに今いるのは俺達3人だけである。……名雪がどうしているかは、言うまでもないだろう。
 俺は栞に視線を向け直した。
「……ところで栞、文化祭では、飛び入り歓迎、勝ち抜き素人漫才大会っていうのがあるらしいんだが」
「祐一さん、一緒に出てくれますか?」
「絶対嫌だ」
「残念です」
 すました顔でそう言うと、壁の時計を見る栞。
「あ、もう9時ですね。そろそろ準備しないと……」
「栞、絵のモデルならここでも出来るぞ」
「祐一さんが構わないのなら、ここでもいいですけど……」
 栞は唇に指を当てながら、悪戯っぽく微笑む。
 そこはかとなく危険を感じて、俺は聞き返した。
「……俺が構わないならってどういうことだ?」
「その通りですけど」
 さらに特大級の嫌な予感を感じる。
「栞、まさかとは思うけど、モデルするときに、服は着ていてもいいんだよな?」
「もちろん、全部脱いでくださいね」
 さも当然のようにあっさりと言う栞。
「ええーーっ!? そ、そ、それってぬぅどっ!?」
 素っ頓狂な声を上げると、真っ赤になるあゆ。
「し、し、栞ちゃんっ、それっていけないと思うよっボクっ! だ、だって裸の祐一くんがそんなぁっ!」
「落ち着けあゆあゆ」
 毎度の事ながら、あゆが当事者以上に取り乱してくれるので、却ってこちらは冷静になれたりするものである。
「だ、だって、祐一くんが祐一くんがぁっ!」
 ……あゆの頭の中では今頃俺が裸に剥かれてたりするんだろうか?
 嫌な想像を頭を振って追い払い、俺は栞に言った。
「却下」
「うぐぅです……」
 がっくりと肩を落とす栞。
「せっかく祐一さんの青春のメモリアルを私のキャンバスに残すことを楽しみにしてたのに……」
「……栞、ひとついいか?」
「はい、なんですか?」
「さっきのお前の予定だと、公園でスケッチするって言ってたよな? まさか俺に天下の往来で一糸まとわぬ姿になれと言うつもりだったのか?」
「芸術の為ですっ!」
 きっぱり言い切る栞。
 俺は、はぁ、とため息を付いた。
「栞……」
「なんですか?」
「そんなことだから、可哀想なヒロインに選ばれてしまうんだぞ」
「……ひぅっ」
 びしっ、と固まる栞。
 慌ててあゆが取りなしに入る。
「そ、そんなことないよっ。それに、頑張ってればいつかはいいことがあるよっ!」
「あゆ、それってフォローになってないぞ」
「うぐぅ……、だってぇ……」
 と、朝ご飯の後かたづけをしていた秋子さんが、それも終わったらしくリビングに入ってきて、俺達に声をかける。
「あら、まだ出かけてなかったんですか?」
 ちなみに、栞の絵のモデルをすることは、既に秋子さんにも了承済である。
「いや、ちょっと天気が悪いんで、どうしようかと。これじゃ外でスケッチってわけにもいかないですし」
「そうねぇ……」
 秋子さんは、ちらっと窓の方を見てから、俺達に向き直った。
「それなら、映画でも見てくればいいんじゃないかしら?」
「映画ですか?」
「あっ、それもいいですねっ」
 いきなり復活する栞。両手を合わせてうっとりする。
「暗い映画館でロマンチックな恋人達って、素敵ですよねっ」
「ちょっと待て栞っ! それって絵のモデルとは何の関係もないだろうっ!」
「ちょうど、この間お米屋さんにもらった映画のペア招待券があるのよ」
 そう言って、チケットを取り出す秋子さん。……というか、既に俺は無視ですかっ?
「秋子さんっ! ちょっと待ってくださいよっ! それじゃまるで俺と栞がデートするみたいじゃないですかっ!」
「あら、違うの?」
「ええっ、違ったんですかっ!?」
 2人に同時に驚かれてしまった。って、おいっ!
「そんなの却下だ! 絵のモデルはまだしも、デートなんて名雪に悪いじゃないか!」
「祐一さんは、私とデートするのは嫌なんですかぁ?」
 うるうる目で手を組みながら俺に迫る栞。
 秋子さんがその後ろでため息をつく。
「祐一さん、それじゃ栞ちゃんが可哀想よ」
「あのですねぇっ!」
「それにね、芸術家にとっては、イマジネーションを養うのはとっても大切な事よ。それに協力してあげてるって考えればいいんじゃないかしら?」
「そうですよ。それに、私は2号さんでも気にしませんし」
 そう言ってから、ぽっと赤くなって「やだ、私ったらぁ」と照れる栞。
 それにしても、栞自身はともかく、秋子さんが栞を煽るようなことを言うとは思わなかったぞ。
 俺は小声で秋子さんに尋ねた。
「秋子さんは、俺が栞とデートしてもいいんですか? こないだは、名雪のことをよろしくって言ってたじゃないですか」
「恋愛には、スパイスがあったほうがいいのよ」
 そう言って、にっこり笑う秋子さん。
 ……楽しんでる。絶対楽しんでるよ、この人っ。
 どうやら、これ以上の抵抗は無意味だ、ということらしい。
 俺は両手を上げた。
「はいはい、映画でもショッピングでもお付き合いしますよ。ただし、今日だけだからなっ」
 うう、あとで名雪にイチゴサンデーおごってやらないといけないんだろうなぁ……。とほほ。
 がっくりする俺をよそに、既に話はその先に進んでいた。
 あゆが真面目な顔で栞に言う。
「栞ちゃん。何の映画なのか、ちゃんと確認した方がいいよ……」
「あゆさん、経験者みたいですけど、前に何かあったんですか?」
 そういえば……。
「ああ、前にあゆと一緒に見に行ったら映画が、ホラー映画だったっていうことがあったっけ」
「うぐぅっ、そ、その話は忘れてようっ!」
 俺が言うと、慌ててしゃがみ込むあゆ。
「でも、ふらふらになるまで楽しんでたじゃないか」
「うぐぅ……、ほ、ほんとに怖かったんだもんっ!!」
「ま、栞ならホラー映画でも普通に楽しめるだろうけどなぁ」
 俺が何気なしにそう言うと、栞はぷんとむくれた。
「祐一さん、私をなんだって思ってるんですかっ」
「一見可憐な下級生、その実体は不屈の闘志を秘めた影のフィクサー。ただし、いまいち詰めに甘さが残る」
 正直に答えると、栞はさらにむくれた。
「祐一さん、嫌いですっ」
「大丈夫よ、栞ちゃん」
 秋子さんが笑顔で話しかける。
「詰めの甘さは、経験でカバーできますから」
 ……そっちのフォローをしてどうするんですか秋子さんっ。
「そうですね。がんばります」
 栞も納得してるし。

 そして、それから15分後。
 俺と栞は、並んで駅前に向かって歩いていた。
 今日の栞の出で立ちはというと、若草色のスカートに白いブラウス、ピンク色のカーディガンという、いかにも春の装いですっと主張しているようなコーディネートである。
 うららかな春の日差しのもと、芝生の上でスケッチを繰り広げるならピッタリの格好なのだが、あいにくの雨である。
 傘の端から、雫がぽたぽたと流れ落ちているのを目にして、俺はため息を付く。
「……悪いな」
「なんですか?」
 俺を見上げる栞に、俺は苦笑した。
「なんとなく、な」
「……いいですよ。それに……」
 栞は傘をくるっと回した。
「こういうのも、憧れてましたから」
「傘を回すのに?」
「違いますよっ。もう〜」
 膨れるが、すぐに笑顔になる。
「本当は相合い傘が良かったんですけど、とりあえずはこれでもいいです」
「なんだそれ?」
「あはっ、なんでもないですよっ」
 バシャッ
「きゃっ!」
 足下をよく見てなかったのか、水たまりに足を突っ込んでしまう栞。
「えぅ〜、冷たいです〜」
「莫迦だな、よく見てないからだ」
「祐一さん、意地悪ですっ」
「ほら行くぞっ」
「わわっ、待ってくださいっ」
 慌てて駆け寄ってくる栞。
 俺は振り返って訊ねた。
「大丈夫か?」
「えっ? ああ、大丈夫ですけど、冷たいです〜」
 濡れてしまった方の足をふるふると振ってみせる栞。
「我慢しろ。映画館に入れば靴は脱げるぞ」
「ううっ、はい〜」
 情けない顔をしながらも、こくこくと頷く栞。
 そんな栞が、なんとも嬉しかった。
 ……男ってのは、心に棚を作る生き物なのだろうか?
 名雪という恋人がいるくせに、栞とデートして、あまつさえ可愛いな、なんて思う俺は、最低な奴かもしれない。
 だけど……。
「あっ、祐一さんっ! ここですよねっ!」
 傘を少し傾けて、頭上の看板を指さす栞に、俺はポケットから、秋子さんにもらったチケットを出して見比べる。
「ああ、間違いない。ここだ……。って、なんだこの映画はっ!?」
「なんだって、『愛の伝説・パート3』ですよ?」
「ぐはぁ……」
 外人らしい男女がキスシーンをしている巨大な絵が描かれた看板。
 ある意味、ホラー映画よりもたちが悪いかも知れないことに、遅まきながら気付いた俺であった。
「……帰ろう」
「わ、いきなりUターンしないでくださいっ」
「念のために聞くけど、これって、恋愛映画なんだよな?」
「はい。えーっと、『全米で大ヒット! 愛の賛歌に世界が泣いた! 感動の120分! ハンカチを2枚用意してお入り下さい』だそうです」
 看板の横に書いてある煽り文句を朗読する栞。
 それを聞いているだけで胸焼けがしてきた。
「ほらっ、行きましょうよっ!」
 そんな俺の腕を引っ張り、栞は映画館の中に元気良く入っていった。

 館内は、7・3の割合で女性客が多かった。しかも、男性客は見たところほとんどカップル入場のようである。
 まぁ、好きこのんで恋愛映画を見に来る男性客っていうのも、あまり考えたくはない。
 などと思いながら、後ろの方に空いている席を見つけて腰を下ろそうとすると、栞が腕を引いた。
「そこじゃだめですよっ。もっとこっちですっ」
 そのまま、映画館のほぼ中央まで引っ張ってこられる。
「ここが一番いいスポットなんですよっ」
「ど真ん中じゃないか」
「はいっ」
 にっこり笑って頷く栞に、俺は、まぁいいかと思って腰を下ろす。
「それじゃ、パンフレット買って来ますから、待っててくださいねっ。あ、祐一さんの分も買ってきましょうか?」
「謹んで遠慮させてもらう」
「残念です」
 笑って、栞は通路を歩いていった。
 俺は、椅子にもたれて、まだ真っ白なスクリーンを眺めた。
 館内は、独特のざわめきに包まれている。
 そのざわめきに耳を傾けているうちに、だんだん目蓋が重くなってきた……。

「嫌いですっ!」
「そんなに膨れなくても……」
「映画の最中は、私が一生懸命起こしても全然起きてくれなかったのに、終わった途端に起きるってどういうことですかっ」
 映画が終わり、同じビルの中にある喫茶店に入った俺達は、和やかに映画の感想などを話し合う……というのが栞のプランだったらしいのだが、結果はこの通りである。
「……なぁ、栞」
「なんですかっ?」
 とげのある口調に、俺はため息を付いた。
「わかった。バニラアイスおごるから」
「……わかりました。今回はそれで許してあげます」
 こうして、ようやく俺は380円なりのバニラアイスと引き替えにして、栞に機嫌を直してもらったのであった。……とほほ。

Fortsetzung folgt

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あとがき
 急に寒くなったせいか、ものすごい勢いで体調を崩しました。
 皆さんも身体には気をつけてくださいませ。

 プールに行こう6 Episode 14 01/10/18 Up 01/10/19 Update

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