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Kanon Short Story #16
プールに行こう6 Episode 12

 翌日。
 珍しく名雪が余裕を持って起きたので、いつもより早めに登校すると、既に教室には香里が来ていた。ちなみに、他には誰の姿もない、というくらいの時間である。
「あら、3人とも。もうそんな時間?」
 そう言ってわざとらしく時計を確認する香里。
「香里〜、ひどいよ〜」
「ま、それはそれとして、栞は今日は来てるか?」
 俺が訊ねると、香里は顔をしかめた。
「相沢くん、何か知ってるの?」
「やっぱり、何かあったのか?」
 聞き返すと、肩をすくめる香里。
「大丈夫よ。あの娘は強いから……。あたしよりも、ずっとね……」
「これは、空とぼけようとしてる顔だよ」
「……名雪、つまらないこと言わないで」
「心配するな、名雪。今のは俺にも判ったぞ」
「うぐぅ、ボクわかんなかったよ」
 と言いながら、自分の席に鞄を置いてきたあゆが加わる。
 俺は、「こいつのことはおいといて」とゼスチャーで示してから、香里に尋ねる。
「で?」
「昨日はあたしも早めに寝ちゃったからよくしらないんだけど、秋子さんから電話が掛かってきたそうよ。あ、それは母さんから聞いたんだけど」
「香里のおばさん?」
「ええ。電話の取り次ぎをしたから。それで、その電話の後、急に栞ったら、「すぐにこの街を離れないと」とか言い出して、大騒ぎになったみたいなの」
「……」
 俺達3人は顔を見合わせた。
「結局、その時は母さんに父さんまで繰り出して説得したみたいなんだけど、とにかく動揺が激しいらしくて、とりあえず今日は学校を休ませるって」
 そう言ってから、ため息をつく香里。
「ほんとに、なにしてるのかしら、あの娘は……」
「心配じゃないの、香里?」
 名雪に聞かれて、香里は頷いた。
「そりゃ心配だけど……。ええ、ホントはずっとそばにいてあげたいくらいね。でも、いつまでも一緒ってわけにもいかないでしょ?」
「……香里って、なんか極端だな」
 俺は、思っていたことを口にした。
「極端?」
「ああ。栞に対してさ……、すごくウェットだったりすごくドライだったり、なんだか端から端に飛んでるような感じだ。あ、悪い……」
 名雪とあゆが目で「言い過ぎ」と言ってるのに気付いて、俺は自分でも言い過ぎだと思って謝った。
「……いいのよ。多分、それ、当たってるから」
 香里は、席を立つと、窓際に立った。
 そこからは、2年の時とは角度が違うが、あの場所が見えた。
 中庭に立つ、1本の木。
 かつて、その下で、姉のプレゼントのショールに身を包んだ、白い肌の少女が立ちつくしていた、その場所を香里は見つめていた。
「……自分でも、判ってる。栞のことは大切。とても大切。でも、一度私はその大切な栞を、自分から手放してしまったわ……。私と栞の間には、埋めようのない亀裂が出来てしまった……」
「そんな……」
 名雪が口を挟もうとしたが、香里は首を振った。
「だから、躍起になって“いい姉”であろうとしてる。それが、今の私よ。……可笑しいわよね、今更……」
 と、ドアが開いて、クラスメイトが入ってきた。
「おはようっ。……あれ、どうしたの?」
「なんでもないわよ」
 そう答えて振り返る香里は、いつものクラス委員の顔に戻っていた。

「今日の議題は、体育祭の出場種目です……」
 ホームルームの時間、壇上で仕切る香里を見ながら、俺は北川に小声で今朝のことを話していた。
「……って言ってたんだが……」
「ああ」
 北川は頷いた。
「それは、俺も前に香里から聞いたことがあるよ」
「そっか……」
「あいつ、本当のところは結構激情家だからなぁ。」
 そう呟いて、北川は目を細める。
「ただ、その激情の果てに何があるかを知ってしまった。……いや、知ってしまったような気になってる。そしてそれを恐れてるから、その激情を封印してる……」
「どうしたんだ、北川? 保健室に連れて行ってやろうか?」
「……あのな、俺がマジに語るとそんなにおかしいか?」
「うん」
「……相沢にマジに語ろうとした俺が悪かったよ」
 はぁぁっとため息をつく北川。
「ともかく、香里は、栞ちゃんとの距離を測りかねてるんだ。だから、他から見ると必要以上にべったりしてるように見えたり、必要以上に冷たいように見えたりする。そういうことだよ」
「お前は、何とかしようとはしないのか?」
「……正直、俺もどうしていいのかわからんからなぁ……」
「……そうだな。俺よりもよっぽど香里のことはよく知ってるお前がそう言うのなら、そうなんだろ」
 そう言ってから、前に向き直って、俺は凍った。
「これで決定です」
 香里が手に付いたチョークの粉をはたき落としながら振り返ったところだった。
 そこには、俺の名前。
 クラス対抗2000メートルリレー・アンカー、相沢祐一。

 俺のそれから10分にわたる抗議は、あっさりと聞き流されてしまった……。

「大丈夫だよっ」
 ホームルームが終わり、放課後となった。
 がっくりと机に突っ伏した俺の肩を、名雪が嬉しそうに叩く。
「わたしがその前に走るんだから」
「頼りにしてるぞ、第3走者。……っと、足はいいのか?」
「うん。もう走っても大丈夫なくらいだし。今日から練習に出てもいいって、お医者さんも言ってたんだよ」
 右足をさすって頷くと、名雪は俺に視線を向けた。
「それじゃ、祐一、行くよっ」
「……はい?」
「はい、じゃないよ〜」
 口を尖らせる名雪に、後ろから声がかかる。
「名雪〜、迎えに来たわよ〜」
「あ、郁未ちゃん。あのねっ、お願いがあるんだよ」
「あら、どうしたの? あ、今日祐一と帰る約束してるんだよ〜、なんて言ったら、死ぬまでくすぐるからね」
 天沢さんはにっこり笑って言った。だが目が笑ってない。
 異様な迫力を見せる副部長を、だが名雪は笑っていなす。
「そんなことしないよ〜。やだぁ、もう郁未ちゃんったらぁ〜」
 ……名雪が陸上部長な理由がなんとなく判る。あの異様な迫力の天沢さんをいなせるとしたら、この天然ぼけぼけぽんこついとこしかいないだろうな。
「……祐一くん、それって失礼だよ……」
「いいからさっさと茶道部に行けっ」
 あゆあゆを一喝して追い払い、さて帰ろうと立ち上がったところで、いきなりがしっと肩を掴まれた。
「へ?」
「名雪から話は聞いたわ」
 天沢さんがにっこりと笑っていた。
 俺の背中を冷や汗がつぅっと流れ落ちる。
「あの、どういうことでしょうか?」
 念のために聞いてみると、天沢さんは笑顔のままで答えてくれた。
「陸上部にようこそ、相沢くん」
「うわぁ〜〜っ、やっぱりぃぃぃっ!」
「これで祐一とずっと一緒だね〜」
 いかにも嬉しそうな名雪であった。

「へはっ、へはっ、へはっ……」
「あれ? どうしたの、祐一?」
 膝に手をついて息を整えていると、名雪が駆け戻ってきた。
「だめだよ〜、あと20周残ってるんだから〜」
 俺と同じ距離走ってるのに、息も切らしていない。
「……ええいっ、連邦のモビルスーツは化け物かっ」
「はいそこ、立ち止まってないのっ」
 天沢さんの叱責が飛んでくる。
「ほら、郁未ちゃんに怒られちゃうよ〜」
 そう言いながら、俺の腕を引っ張る名雪。
「ち、ちくしょぉぉ」
 俺は血の涙を流しながら、地獄の特訓に舞い戻るのであった。

「……も、もうだめだぁ」
 体操服のままで、グラウンドに倒れ込む俺。
 天沢さんがつかつかとやってくる。
「天沢……さん、もう、何を言われても、ダメだぞ……」
「……名雪の言うとおりね」
 俺の傍らに屈み込むと、天沢さんはふっと笑った。
「……どういう、意味だ……」
「逸材って意味よ。普通、いきなり連れてこられて15キロ走らされて、曲がりなりにも1時間掛からずに完走するんですもの」
「だから言ったでしょ、郁未ちゃん。祐一はすごいよって。えへへっ」
「……はいはい」
「……あ、あの、なぁ……」
 俺が体力の限界に挑戦させられてる横で、のんびりと会話する陸上部部長と副部長。
 に、憎しみで人が殺せたらっ……。
「ま、とりあえず体育祭までは毎日このメニューでいくから」
「死ぬわぁっ!!」
 思わず立ち上がって怒鳴る俺に、天沢さんはにぃっと笑った。
「まだまだ元気そうじゃない。メニュー追加しようかしら」
「……すみません、勘弁してください」
 とりあえず、真琴が初日で逃亡した理由が、なんとなく判った相沢祐一17歳であった。

「郁未ちゃん、ああ見えて本当は優しいんだよ〜」
「マジですか?」
「うんっ」
 へろへろになった俺と、こちらはまだまだ元気な名雪は、並んで校門を出ようとしていた。
「下級生の面倒見もいいしね〜」
「……まぁ、コメントは差し控えさせていただく」
 と。
「あら、相沢くんに水瀬さんじゃない」
 振り返ると、そこにいたのは七瀬だった。
「よう、七瀬。そういえばおめでとう」
「えへへっ」
 にっこり笑う七瀬。何のことか聞き返してこないところを見ると、どうやら美少女コンテスト・クラス予選の結果は知っているらしい。
「ごめんね、水瀬さん」
「ううん。ちょっと残念だけど、でも七瀬さん、がんばってね〜」
 互いの激闘を称え、がっしと握手する2人を夕陽が照らし出す。ううむ、絵になる。
「それじゃ」
「軽く手を振って雄々しく去っていく七瀬」
「……ちょっと相沢くん、何か言った?」
「いえ、何にも」
 首を振る俺をじろっと睨んでから、去っていく七瀬。
 俺は肩をすくめた。
「大変だな、これから」
「え? 何が?」
「いや、しばらく本性隠していかないといけないからなぁ、七瀬のやつ」
「でも、そのままでも、七瀬さんは可愛いと思うんだけどなぁ……」
 何となく、七瀬の背を眺めながらその場に佇んでいると、声をかけられた。
「あっ、祐一! 待っててくれたのっ!?」
「おう、マコピー」
「マコピーじゃないわようっ!!」
 ぶんぶんと手を振って抗議する真琴と、その後ろに黙ってついている天野。
「そういえば、祐一も走ってたみたいだけど、もしかして祐一も陸上部っ!?」
「絶対違うっ!」
「あ、残念」
 名雪ががっくりと肩を落とす。って、あのなぁ。
 抗議しようとしたところで、後ろのほうからあゆの声が聞こえた。
「あ、祐一くんっ、名雪さんっ、真琴ちゃんっ!」
「……私は無視ですか……」
 天野が小さな声で呟く。が、小さな声なので聞こえなかったらしく、あゆはそのままこっちに向かって駆け寄って……。
 ずさぁっ
 そのまま、俺達の手前にヘッドスライディングを敢行する。
 俺はそのまま動かないあゆの傍らに屈み込んだ。
「なぁ、何かコメントした方がいいか?」
「うぐぅ……、何も言わないでいいよぉ……」

Fortsetzung folgt

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あとがき
 まったりと続く日々。
 ……何というか、かなり疲れている今日このごろです。はい。

 歌月十夜、ようやくフルコンプ。
 だが、まだインストールしただけの銀色完全版と、インストールすらしてない水夏、さらにはパッケージを開けただけのDC版こみパが残ってます。
 ……とりあえずPSOやろうっと(笑)

 プールに行こう6 Episode 12 01/10/16 Up

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