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「……本当ですか、それは?」
Fortsetzung folgt
天野は眉をひそめた。
「真琴が本当に、相沢さんのベッドの中に?」
「ああ。あ、誓って言うが、俺はなにもしてないぞっ」
「……一応、信じておきます」
天野は、50メートルダッシュをしている真琴をちらっと見てから、俺に向き直った。それから、俺の視線に気付いて、眉をひそめる。
「あの……、何か?」
「いや、巫女服に続いて今回は体操服ブルマとは、サービス満点だな天野は、などと思ってな」
「……」
視線が非難するような険しいものになったので、俺は慌てて両手を上げた。
「……しかし、考えてみれば、メイド服やらスクール水着やらと、やたらマニア受けなコスプレが多かったよな、天野は」
「……相沢さん、言葉に出てます」
「うぉっ!?」
「必要なら、言葉に出せないようにしてあげましょうか、……永遠に」
目がマジだった。
「え〜、こほん。とにかく、今は真琴のことだ」
「あ、はい」
天野も頷いて、それから考え込む。
放課後になり、「練習は出来なくても、顔ぐらい見せなさい。部長でしょっ」と天沢さんに名雪が引っ張って行かれたので、その帰りを待ちがてら、真琴のマネージャーを勤めていた天野に、今朝の真琴のことについて相談を持ちかけた、というわけである。
というのも、昼休みに北川にネコミミ娘のえちぃ本を借りて読んでいて、あることに気付いたからなのだ。
「ですが、私も、妖狐の、その……は、……」
天野は頬を赤くして、視線を明後日の方に逸らしながら、小声で言った。
「発情期がいつなのか、までは……全然知りませんから」
「天野が知らないとなると、困ったなぁ。まさか本人に聞きただすわけにもいかんし……」
俺が腕組みして考え込むと、天野が不意に手を打つ。
「……秋子さんに聞いてみたらいかがでしょう? 私よりもずっと一緒にいる時間が長いわけですし、真琴に変調があったらすぐに気付いているはずです」
「ああ、なるほどな」
確かに秋子さんなら、知っているだろう。帰って聞いてみるとしよう。
「……ところで天野」
「はい?」
「もし真琴が発情して俺に迫ってきた場合は、やっぱりしてあげるのが正しいことなのではないかと思うのだが、どうだろう?」
「……そんなこと、真顔で相談しないでください」
さらに赤くなる天野。う〜ん、ここまで赤くなったのは初めて見たぞ。
「……ただ、一つだけ言っておきますけれど、もし、その……は、発情してたときに、そういうことを、その、したりすると、かなり高確率で、その、子供が出来ますから」
「うぉっ、そ、そうなのか?」
「そのための……ですから」
「う〜む」
俺は腕組みした。
万一真琴に俺の子供が、なんてことになったら、それこそ俺は秋子さんにジャム責めにされたあげく名雪にけろぴー十六段締め・雪崩式イチゴサンデーで殺されかねない。
かといって、放っておいて、我慢しきれなくなった真琴が万一別の男に……となると、それはそれで困ったことになりそうだし。
「……相沢さんが悪いんですよ」
「うぉっ、なんで俺がっ!?」
思わずオーバーアクション付きで聞き返すと、天野はじぃーっと俺を睨んだ。
と。
タタタッ
「美汐〜〜っ、15本終わったよぉ〜〜っ。あっ、祐一っ!!」
駆け寄ってきた真琴が、そのままジャンプして俺に抱きついてきた。
「うわっ、なにすんだ真琴っ!」
「祐一、真琴に会いに来てくれたのっ!? えへへ〜〜っ」
そのまま頬をすり寄せてくる真琴。……うぉ、体操服越しに柔らかな感触がっ、のぉぉっ。
「真琴、相沢さんが困ってます」
「ええ〜? 美汐のけちぃ〜」
そう言いながらも、素直に真琴は俺から降りた。
うう、危なく反応してしまうところだった。悲しいよな男の生理機能というやつは。
「それで、どうしたのっ、祐一?」
「いや、単に名雪に付き合ってここまで来ただけだ。いいからお前は練習に戻れ」
「あう〜〜っ、まだ走るのぉ?」
「……真琴」
天野はちらっと俺を見てから、真琴に言った。
「……『夢のマジック』の3巻24ページ」
「あ、なるほどっ。それじゃもうちょっと走ってくるねっ!」
パタパタッと走っていく真琴を見送って、天野はふっと微笑んだ。
「可愛いですね」
「……えっと」
危うく同意しかけて、俺はなんとか踏みとどまると、訊ねた。
「さっきのなんとかの24ページってどういうことだ?」
「さぁ、なんでしょう?」
そらっとぼける天野。
ちなみに後で判明したが、どうやら、真琴の愛読している少女漫画で、部活の練習にいそしむヒロインに、そのヒロイン憧れの先輩がくらっとくる、というようなシーンがあったのだそうだ。それにしても、巻数とページ数を言うだけでそのシーンがわかるとは、恐ろしい記憶力というかなんというか。
「……というわけなんですが」
もし真琴が本当に発情期だったりしたら、それこそ一大事なので、俺はうちに帰ってから、キッチンで夕食の支度をしていた秋子さんに相談を持ちかけた。
ちなみに、あの後すぐに学校から帰宅したので、他のみんなはまだ部活中。水瀬家にいるのは俺と秋子さんだけである。
「……そうねぇ」
秋子さんは、スープをお玉でかき混ぜながら、頬に手を当てた。
「私は、違うと思うわよ」
「あ、そうですか」
とりあえず、ほっと一息である。
「真琴は、その辺りは人間に近いみたいですよ。確かに、概念的には半分狐ですけれど、身体の造りという点では99%まで人間と同じなわけですから」
「残り1%が、あの耳と尻尾ですか」
「ええ」
頷いて、それから振り返る秋子さん。
「ただ、身体は心に引きずられる、という部分もありますから、はっきりそうだと言い切れないけれど」
「……ええ」
身体は心に引きずられる。俺はその実例をいくつか見てきたわけだし。
と、チャイムの音が鳴った。
「こんにちわ〜」
「……」
「ほら、舞もちゃんと挨拶しないと」
「……お邪魔します」
「挨拶を飛ばして上がり込むなっ!」
思わずキッチンから顔を出して声を上げてしまう俺。
「あっ、祐一さん、こんにちわ〜。今日は早いんですね」
佐祐理さんに笑顔で挨拶されて、腰砕けになる俺。
「あ、いえ、ちょっと用事があって。それより、佐祐理さん達は?」
「今日は授業が早めに終わったんです。それで、早めに来て祐一さんを驚かせようと思ったんですけど、祐一さんも早く帰ってきてたから、ちょっと残念です」
「そりゃ悪いことしたなぁ、佐祐理さん」
「いえいえ〜」
「……」
等と和やかな会話を交わしていると、舞は無言で上がってきた。そのまま、わざわざ俺の目の前まで来て、ぷいっとそっぽを向く。
「……?」
「あ〜、舞ったら拗ねてる〜」
その後から上がってきた佐祐理さんが、そんな舞のほっぺたを指でぷにぷにと押して笑った。
「拗ねてるんですか?」
「はい。祐一さんが佐祐理とばかりお話ししてるもんだから」
「……そんなことない」
さらに拗ねたのか、完全に背中を向けてしまう舞。
舞は、大学に進んでから、今までの尖った部分がだんだん無くなってきているのはいいんだが、その分だんだん子供っぽくなってるような気がする。
「もう佐祐理も祐一も嫌い」
「あ〜ん、ごめんね舞っ」
佐祐理さんは舞の正面に回って手を合わせるが、舞はまた反転して佐祐理さんから逃げる。
が、そうすることで今度は俺ともろに顔を合わせることになる。
「……っ!」
「こらこら」
慌てて顔を逸らそうとする舞を、俺は両手で挟んで止めた。
「悪かったよ、舞。それで、お姫様は今日は何がご所望ですか?」
「……何もない」
無愛想な返事に、まだ拗ねてるのか、と思ったとき、舞は言葉を続けた。
「一緒にいられたら、それでいいから」
「……そっか」
舞の言葉というのは、飾りがない分、いつも真っ直ぐなので、言われた方が照れることがままある。
「あら、いらっしゃい」
いいタイミングで、秋子さんが顔を出した。佐祐理さんがぺこりと頭を下げる。
「すみません、勝手に上がり込んじゃいました」
「いいえ、いつも言ってる通り、勝手に上がってきてもらっていいんですよ。私もにぎやかな方が楽しいですから」
笑顔で言うと、秋子さんはリビングに向かう2人を見送ってから、その後に続こうとした俺を呼び止めた。
「祐一さん」
「はい、なんですか?」
振り返る俺に、秋子さんはにっこり笑った。
「……浮気したら、ダメですよ」
笑顔なんだが、目が笑っていなかった。
「……はい」
背中を冷たいものが伝うのを感じながら返事をすると、秋子さんは微笑んだ。
「ごめんなさいね。やっぱり名雪の母親としては、娘には幸せになって欲しいから」
「……はい」
その言葉の意味を慮りながら、俺は頷いた。
と、不意に秋子さんは、頬に手を当てながら呟いた。
「祐一さん、7年前のこと、思い出しましたか?」
「7年前って、あゆの……?」
「いえ」
秋子さんは首を振って、俺をじっと見つめた。
「……名雪のこと、ですよ」
「ほら、真琴ちゃん、しっかり〜」
「あう〜〜っ」
玄関先から聞こえた声に、俺は廊下に出た。
「あっ、祐一、ただいま〜」
「た、ただいまぁ……」
そこにはいつも通りの名雪と、へろへろになっている真琴の姿があった。
「よ、よう……」
「だめだよ、祐一。挨拶は、おかえり、だよ」
「……そうだな。おかえり」
俺は苦笑して答えると、真琴に尋ねた。
「しかし、どうしたんだ、その有様は?」
「あ、あう……」
そのまま、上がり口にへたり込むように座る真琴。
初めてこの家に来た時を彷彿とさせるへろへろぶりである。
「こら、そんなところに座るな」
「もう動けない……。祐一〜、だっこぉ〜」
「……真琴、舞なら喜んでだっこしてくれるぞ」
「え?」
その言葉に、足下の三和土を覗き込む真琴。そしてそこに舞の靴があることを確認して、慌てて立ち上がる。
「だ、大丈夫ようっ! 舞には言わないでもっ、舞は呼ばないでもっ」
「……どうしたの?」
自分の名前が連呼されてることに気付いたか、舞がリビングから顔を出す。そして、真琴に視線を止めると、すたすたと近寄ってきた。
「おかえり、まこさん」
「あ、あう……」
「ダメだよ真琴。帰ってきたときには、ただいま、だよ」
名雪に言われて、真琴は名雪と舞と俺の顔を順番にきょろきょろと見回してから、おずおずと返事をした。
「た、ただいま……よぅ」
「うん」
舞は嬉しそうに(と言っても無表情なのだが)頷いて、それから真琴の手を掴む。
「え? ……きゃんっ」
そのままぐいっと引っ張り起こすと、舞は真琴の前に背中を向けて屈み込んだ。
「……な、なにようっ」
「おんぶ」
ちょいちょいと、腰の後ろに回した手を動かして見せる舞。
「あ、あう……。祐一〜〜〜っ」
「いいじゃないか。おんぶしてもらえ」
俺が笑いながらきっぱり言い、さらに名雪も笑顔でうんうんと頷いているのを見て、真琴はしぶしぶ舞の背中にしがみついた。
舞はそれを確かめて、すくっと立ち上がり、そのまま2階に向かって駆け出した。
「わきゃぁぁっっ!」
真琴の悲鳴とも嬌声ともつかない声が、舞の軽い足音と共に2階に上がっていくのを聞きながら、俺と名雪は顔を見合わせ、思わず笑みをこぼしていた。
とりあえず、真琴が発情期ではないという秋子さんの言葉を得て、夕食後のリビングで再び原因究明のための会合が開かれた。
「……というか、天野、いつの間に来てたんだ?」
「相変わらず相沢さんは失礼ですね。真琴や水瀬先輩と一緒に来てました」
「そうだよ、祐一くんっ」
「……あれ? あゆ、いつの間に……」
「うぐぅ……」
等というやりとりはどうでもいいので割愛。
「どうでもよくないよっ!」
「……で、どうなんだ、天野?」
なんとかむくれる天野とあゆをなだめてから、俺は天野に尋ねた。
「発情期でないとしたら、どういうことなんだろう?」
「……もしかして」
天野は、ふと思いついたように、真琴に視線を向けた。
「真琴、夕べ部屋に美坂さんが来ませんでしたか?」
「しおしお? うん、なんか肉まん持ってきたから、漫画貸してあげたのよう」
「その時に、何か言ってませんでしたか?」
「うーんと……」
真琴は腕組みして考え込んだ。それからぽんと手を打つ。
「そういえば、不思議なことがあったのよう。時計がいきなり進んだのっ」
「……時計が?」
「うん。ほら、瞬きするでしょっ? そしたらそれだけで、10分くらい時間が進んだのよう。しおしおは気のせいなんて言ってたから、真琴も忘れてたんだけど……」
「……はぁ、なるほど」
天野は肩をすくめると、真面目な顔で立ち上がった。
「すみません、電話を貸してもらえますか? 美坂さんと話をしたいので……」
と、話を黙って聞いていた秋子さんが立ち上がる。
「天野さん、栞さんには私から話をするわ。今回は、私からの方がいいと思いますから」
「……そうですか。それでは、お願いします」
こくりと頷いた天野に笑顔を向けてから、秋子さんは玄関に出ていった。ちなみに水瀬家の電話の親機は玄関に置いてある。
「……にしても、電話するならここにも子機があるのになぁ」
呟いた俺に、天野は静かに言った。
「聞かれたくない話、というものもあるんですよ。きっと」
「……そうだな。あ〜、そういえば……」
それから俺達は和やかに談笑していたので、玄関先の電話から、秋子さんが栞と何を話していたのかは全く知らない。ええ、知りませんとも。
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