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Kanon Short Story #16
プールに行こう6 Episode 10

『朝〜、朝だよ〜。朝ご飯食べて学校行くよ〜』
 枕元から聞こえる名雪の声に、目が覚めた。
 とりあえず目覚ましを叩いて止めると、身体を起こして一つ伸びをする。
「ふわぁ〜」
 カーテン越しに、朝の光が部屋の中を照らしていた。
 ベッドから出るのにも抵抗のない季節っていうのはいいなぁ、と思いながら、カーテンを開ける。
 白い光がさぁっと部屋に差し込む。
「……あう〜、まぶしぃよぉ……」
 ベッドから声が聞こえて、俺は一つため息をついた。
「……あのなぁ、マコピー」
「真琴よぉ……。ふわ」
 生あくびをしながら身体を起こす真琴。
 うぉっ、パジャマの一番上のボタンが外れていて、柔らかそうな膨らみの裾野があらわにっ!
 そういえば、最近なんやかんやで名雪ともご無沙汰してたから、溜まってるのか俺?
 いかん、セルフコントロール、セルフコントロール。
 窓に向き直って大きく深呼吸してから、そのまま真琴には目を向けないで言う。
「なんでまたお前、俺の部屋のしかもベッドの中で寝てるんだ? 秋子さんにも言われたはずだぞ、俺の部屋に無断で入るなって」
「……あ、あう? あ、あれっ、ここどこようっ!」
「どこって、俺の部屋だ」
「な、なんでっ? 真琴、ちゃんと自分の部屋で寝てたのようっ!」
 その声がマジっぽかったので振り返ってみると、真琴はわたわたとしていた。
「ど、どうしようっ、祐一っ! 秋子さんに怒られるっ!」
「いや、どうしようって言われても……。とりあえず自分の部屋に戻ればいいんじゃないか? 今ならまだ目撃者もいない……」
 トントン
「祐一さん、おはようございますっ! 起きてますかっ!?」
 俺が言いかけたところで、ノックの音と栞の声がドアの向こうからした。
「わっ、どうしよう祐一っ!」
「とりあえず、ここに入ってろっ!」
 俺はクローゼットを開けて言った。真琴はこくこくと頷いてその中に飛び込む。
 パタンとその扉を閉めるのと同時に、ドアが開いて、白いパジャマにストールを羽織った姿の栞が入ってきた。
「おはようございます、祐一さん」
「お、おう、おはよう」
「……クローゼットの前でなにしてるんですか?」
「あ、いや、朝の体操をな。それより栞も早く着替えた方がいいぞ」
「……なんか、慌ててないですか?」
 じとーっと俺を睨む栞。
「そ、そんなことないぞ」
「……それに、さっき祐一さん以外の人の声が聞こえたような気がしたんですけど……」
「それは、ほら、名雪の目覚ましの声だ。ほら」
 俺は目覚ましのボタンを押した。
『朝〜、朝だよ〜』
「ほら、な?」
「……こんなのぼぉ〜っとした声じゃなかったような気がしたんですけど……」
 うぉ、ますますじと目が激しくなってるっ。
「とにかく、俺も着替えるから、下で待っててくれっ」
 そう言いながら、俺は栞の背中を押して、部屋から押し出した。
「わわっ、祐一さん強引ですっ」
「それじゃまた逢おうっ!」
 パタン
 ドアを閉めて、そのまま様子を伺ってみる。
 小さな足音が、階段を降りていくのを確認して、一つため息。
「助かった……。真琴、もういいぞ」
 クローゼットを開けて、真琴が転がり出てくる。
「あう〜っ、狭かったようっ」
「とにかく、今のうちに戻れっ!」
「あ、うんっ」
 頷いて、ドアを開けた真琴。
「あ〜っ、やっぱりっ!」
「あうっ!? し、しおしおっ、なんでここにいるのようっ!」
「あちゃぁ」
 俺は思わず額を叩いた。
 俺の部屋の前にはしっかり栞がいたのである。
「下に降りていったんじゃなかったのか?」
「あ、さっきの足音ならあゆさんですよ」
「へ?」
 言われて階段から1階を見下ろしてみる。
「えへへ〜、ぶいっ!」
 そこにはあゆがいて、あまつさえVサインをして見せている。
 俺は静かに宣告した。
「……あゆあゆ、あとで梅干しぐりぐりフルコースだ」
「うぐぅっ!? ど、どうしてっ!?」
「そ・の・ま・え・に・どういう事なのか説明してくださいねっ」
 何故か、妙に嬉しそうな栞であった。
「あ、そうだ。その前に秋子さんにお知らせしてこないといけないですねっ」
「わぁっ、待ってようっ!!」
 慌てて、くるっと背を向けた栞のストールをひっ掴む真琴。
「きゃぁ、ストールを引っ張らないでくださいっ!」
「お願いっ、このことは秋子さんには言わないでようっ!」
 おお、珍しいぞ、真琴が頭を下げるとは。
「……そうですねぇ」
 栞は頬に指を当てた。
「私も鬼じゃないですから、黙っててもいいですけど……」
「ホント?」
「ただ、やっぱりそれなりの代償は欲しいところですね」
「あう……。それじゃ、真琴の買ってきた漫画、読んでもいいから……」
「真琴にしては精一杯の譲歩だな。栞、それくらいで勘弁してやらないか?」
 しょぼんとする真琴が余りに惨めっぽかったので、俺も口を挟む。
「……祐一さんがそう言うなら、それでいいことにします」
「わぁい!」
 一転して笑顔でばんざいする真琴。
「ありがとっ、しおしおっ!」
 ……そんなに秋子さんに叱られるのは怖いのか、真琴?
「ただし」
 栞は笑顔を俺に向けた。
「祐一さんにも、それなりのことをしてもらわないと」
「俺にっ?」
「はいっ」
 う、栞の笑みが悪魔に見える。
 ……と言っても、いわゆる小悪魔ってやつだが。
「祐一さんに免じて真琴さんを許してあげるんですから、祐一さんにもそれなりの代価を支払ってもらわないと帳尻が合いませんよ」
「へいへい」
 栞と議論をしても勝てそうにないので、あっさり白旗を上げる。
 まぁ、栞を論破できそうなのは、天野か佐祐理さんか秋子さんくらいだろうし。
「それで、何をしろと?」
「そうですね……」
 栞は少し考えてから、「そうだ」と手を打った。
「今度の日曜はお暇ですか?」
「日曜か? 今のところは特に予定はないけど」
「それじゃ、日曜に絵のモデルをしてくれませんか?」
「やだ」
「……えぅ〜、即答しないでください〜」
 マジ泣きする栞に、俺はやれやれとため息をついた。
「わかったわかった。モデルだな?」
「はいっ」
 けろっと笑顔に戻って頷く栞。
「ありがとうございますっ。きっと傑作を描いてみせますねっ」
「……シュールリアリスムの? とツッコミを入れてみようかと思ったが、また栞に拗ねられるのも面倒なので言わないことにしておいた」
「思いっきり言ってますっ!」
 ちょうどその時、名雪の部屋から一斉に目覚ましが鳴り響いた。
「おう、もうこんな時間か。それじゃ俺は着替えて名雪を起こすから」
「はいっ、それじゃ下で待ってますねっ」
 笑顔で頷いて、今度こそ階段を降りていく栞。
 それを見送ってから、ふと真琴がぶす〜っとしているのに気付く。
「お、どうしたマコポン?」
「……なんでもないわようっ!」
 どすん
「ぐはぁっ! な、なにすんだっ!」
 拳を振り上げた時には、もう真琴は自分の部屋に飛び込んだ後だった。
 俺は思いっきり踏みつけられた右足を引きずりながら、とりあえず着替えるために部屋に戻った。……ったく、俺が何したってんだ、真琴のやつ……。
 しかし、うやむやになっちまったが、なんで真琴が俺のベッドの中にいたのかっていうところは、結局判らなかったんだよなぁ。
 ……ま、いいか。
 苦笑しながら手早く制服に着替え、俺は名雪を起こすべく、目覚ましの鳴り響く部屋に向かった。

「いただきま〜す」
 全員揃って(若干1名が、いつも通りに寝ぼけているが)声を上げ、いつものように朝食が始まった。
 俺は自分の前の皿を見て、思わず首を傾げた。
「あれ? 今日の卵焼き、なんか変な形だな」
 いつもなら秋子さんの名人芸とも言える焼き方で、正しい同心円を描いている卵焼き……目玉焼きという方がポピュラーなのだろうか? それとも、ちょっと気取ってサニーサイドアップ……。ま、呼び方はどうでもいいんだが。
 それが、今日は妙にひん曲がっている。
「例えるなら、栞の描くシュールリアリスムのように……」
「まだ言うんですかっ。祐一さんあんまりですっ!」
 栞の抗議の声を聞き流しながら、俺は首を捻る。秋子さんにしては非常に珍しく失敗したのだろうか。
「まぁ、食べてみてくださいな」
 秋子さんに言われて、とりあえず口に運んでみた。
「……うん、味はいつも通りだけど……」
「ほんとっ!?」
 がたんっ、と椅子を倒しかねない勢いで立ち上がるあゆ。
「あ? ああ、そうだけど……」
「うぐぅ……、秋子さん、ボクやったよぉ」
「おめでとう、あゆちゃん」
 涙ぐむあゆと、笑顔でそれを祝福する秋子さん。
 ……ってことは、もしかして……。
「これ、あゆが?」
「はい、そうなんですよ」
 秋子さんは頷いた。
「えへへ〜〜」
 照れ笑いを浮かべるあゆ。
 俺はもう一度、じっくりと観察してみた。
 黄味がつぶれてるわけでもないし、味も普段と変わらない。なによりも焦げていない。それどころか、黄味を割ってみると、とろり半生状態(間違ってもどろり濃厚ではない)なのが一番ポイント高い。
 かつて、消し炭になったトーストと卵焼きを作っていたことを考えると、これはまさに2001年宇宙の夜明け、ガンダム大地に立つって感じだ。
「……ふっ。あゆ、俺の教えることはもう何もないようだな」
「祐一くんに教えてもらったことないよっ」
 そう言いながらも嬉しそうなあゆ。
「むぅ〜〜っ。真琴も目玉焼き作るっ!」
 突然真琴がすくっと立ち上がって宣言した。
「あらあら、それじゃ学校から帰ってきたら、真琴にも教えてあげるわね」
 秋子さんがそう言うと、真琴はうんうんと頷いてから、あゆをびしっと指さした。
「みてなさいようっ! 絶対あゆあゆよりもうまく焼いてみせるんだからねっ!」
「えへへっ、ボクも教えてあげるよっ」
「あう〜〜っ」
 まさに今のあゆは勝者の余裕ってやつか、真琴が口惜しそうに唸るのを笑顔で見守っていた。
「おっと、もうこんな時間じゃないか」
 壁に掛かっている時計を見て、俺は慌ててトーストをコーヒーで喉の奥に流し込んだ。それから、まだイチゴジャムをぺたぺたとトーストに塗っている名雪を見て、ため息をついた。
「こら名雪、急いで食えっ!」
「もう、朝ご飯はゆっくり食べないと消化に悪いんだよ〜」
「そう思うんなら、もっと早く起きろっ!」
「けろぴーもそう思うよね〜」
 くっ、逃避しやがったな。
 俺はぬいぐるみに話しかけている名雪を見てため息をついた。それから席を立つ。
「それじゃ秋子さん、行って来ます」
「はい、行ってらっしゃい」
「わわっ、待ってよ祐一くんっ!」
「私もまだ食べ終わってないです〜っ」

「こうして、結局、今朝もマラソンする羽目となったわけだ」
 予鈴1分前になんとか教室にたどり着いた俺は、香里に説明した。
「毎朝大変ね。栞は大丈夫だったの?」
「ああ。とりあえず2時間目には間に合うと思う」
「……それは、大丈夫とは言わないわよ、相沢くん?」
 じろりと俺を睨む香里。
「あなた、人の妹の皆勤賞を邪魔しておいて、よくものうのうと……」
「待てっ、そもそも遅れたのは俺のせいじゃないぞっ! 第一、栞はもうとっくに皆勤賞じゃないだろっ!」
「……まぁ、それもそうね」
 思ったよりも結構あっさりと納得する香里。
 俺はほっと胸をなで下ろし、それから後ろの席に目を移した。
「……やぁ北川、なかなか爽快な朝じゃないか」
「……そう見えるのか、相沢〜」
「いや、全然」
 ちなみにここは、感情を込めずにさらっと平坦な口調で言うのがポイントである。
 北川は目の下に隈を作るほど憔悴していた。
「考えてみれば、男子生徒の数は偶数なんだから、票が同じってことはあり得たんだよなぁ……。くっそぉ、やりやがったなぁ……」
 ぶつぶつと呟くと、北川は俺に視線を向けた。
「どうしよう、相沢〜」
「こうなった以上、お前が実行委員裁定としてどっちかに決めるしかないだろ?」
「うう、香里と同じこと言うなぁ、お前も……」
 どうやら先に香里に相談していたらしい。もはや、どこが女子にはヒミツなんだか。
「水瀬さんと七瀬さん、どっちも捨てがたい、って言ったらぶん殴られたし……」
 どうやら目の下のは隈じゃなくて痣だったらしい。

 そして、4時間目の授業中にその紙が回ってきた。

輝け! 第5回全校美少女コンテスト
 3年1組クラス予選・決戦投票結果発表

 七瀬留美 12票
 水瀬名雪 12票

 再び同票となったため、これ以上は投票での決定は不可能とみなし、
実行委員として裁定を行いました。
 今後、クラス対抗コンテストで優位に戦うため、他クラスの候補と
比較検討した結果、七瀬留美さんを3年1組のクラス代表として推す
ことに決定しました。
 過去2年連続でクラス代表となった水瀬さんですが、相沢の野郎と
付き合っていること、また今年の1年生でロングヘアの候補が林立し
たことから、今回は一人もいないツインテール、さらに転校生である
というポイントを突いた七瀬さんに決めさせていただいた次第です。

 なお、異議申し立てのある場合は、本日中に実行委員の方まで
申し出てください。それ以降の異議は受け付けません。

 美少女コンテスト実行委員


 北川にはとても書けそうにない、理路整然とした文章である。それもそのはず、筆跡は香里のものだった。
 そういえば、さっき、授業中なのに2人でごそごそ何か話してたな。これを作ってたってわけだな。
 香里も北川の憔悴ぶりを見るに見かねたってところか。
 俺は苦笑しながら、紙を前の席に回した。

Fortsetzung folgt

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あとがき
 どうにかこうにか、クラス予選は終わりました。
 いよいよ「乙女・七瀬、晴舞台に立つ!」ですかね(笑)

 これまでのシリーズに比べると、かなりのんびりまったり進んでるプール6ですが、やっぱり賛否両論です。
 さて、どうしたものやら……。

 プールに行こう6 Episode 10 01/10/12 Up

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