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「……決選投票、か」
Fortsetzung folgt
俺は、投票結果のお知らせを前の席に回してから、腕組みして考え込んでいた。
名雪か、七瀬さんか……。
確かに、最初の投票では、俺は名雪に1票を入れたのだが……。
勝った方が、クラス代表として全校の男子生徒の目にさらされることになるわけ、だよなぁ……。
そっと隣を盗み見る。
そこでは、名雪がいつものようにこっくりこっくりと舟を漕いでいた。
と、不意に目を開けて俺に視線を向け、にこっと笑う。
俺は前に向き直り、一つ頷いた。
よし、決めたぞ。
キーンコーンカーンコーン
1時間目が終わると、俺はおもむろに名雪に声を掛けた。
「名雪っ、1時間目が終わったぞっ」
「えっ? あ、……うん」
名雪は目をこすりながら頷いた。
「寝ぼけてる場合じゃないだろ? 次は教室移動だぞ」
「うん……」
「足は大丈夫か? まだ痛いんだろ? よし、またおんぶしてやろう」
「ど、どうしたの……? 今朝は、もう大丈夫だろっとか言っておんぶしてくれなかったのに……」
「些細なことだ。俺の名雪への愛に比べればこの程度のことはなっ」
俺がきっぱりと言い切ると、周囲の生徒達にざわめきが走った。
「ええっ?」
かぁっと真っ赤になる名雪。
「そ、そんなぁ、祐一ったら……」
つんつんと指を突き合わせながら照れる名雪に、俺は促した。
「ほら、行くぞっ」
「あっ、待ってよっ」
慌てて道具をまとめる名雪。
「あ、名雪さん、祐一くん、道具ならボクが持ってってあげるよっ」
「そうか、悪いなあゆ」
「ううん」
首を振りながら道具を手にすると、あゆは笑顔で言った。
「それに、2人が仲良くしてくれたら、ボクも嬉しいもん」
「えへへっ、あゆちゃん、ありがとう」
そう言いながら、俺の背中に身体を預ける名雪。
俺は立ち上がった。
「さて、それじゃ行こうか、名雪」
「うん」
そのまま教室を出て行く俺と名雪。
一拍置いて、教室の中でざわめきが広がるのを耳にして、俺は笑みを浮かべるのだった。
「……祐一、どうしたの?」
「あ、いや、別に……」
「うぐぅ……」
後ろからついてきたあゆが何か言いかけたところで、機先を制するように言う。
「あゆ、後でたい焼きおごってやる」
「うんっ、ボクなにも言わないよっ」
あゆは一瞬で笑顔に変わって、うんうんと頷いた。
「はぇ〜。でも、それじゃお昼も名雪さんとご一緒の方が良かったんじゃないですか?」
「ああ、投票は今日の放課後までだから、まだ予断を許さない状況なんだけどな。ただ昼休みはクラスのみんなもバラバラになるから、あまり効果もないのかなと思ってさ……」
「なるほど、そうとも考えられますね〜」
……って、あれ?
俺は左右を見回した。
場所は屋上。
コンクリートの床にビニールシートを敷き、俺と舞と佐祐理さんの3人で座っている。今まさに、佐祐理さんが風呂敷包みを解いて中から重箱を取り出そうとしていたところである。
それは、かつて良く、屋上に通じる踊り場で昼休みに展開されていた風景だった。違うところはと言えば、舞と佐祐理さんが制服ではなく私服姿であることだけ。
そう、今俺とお昼を共にしようとしているのは、とうに卒業したはずの、舞と佐祐理さんなのであるっ!
「佐祐理さんっ! それに舞も! どうしてここにっ!?」
「あ、踊り場で食べてたのは冬の間だけなんですよ〜。そのほかのときはずっと屋上だったんです」
「……祐一、うるさい」
「いや、そうじゃなくって、どうして二人がここにいるんですかっ!?」
俺の言葉に、佐祐理さんは手を止めて、悲しそうな顔をする。
「……祐一さんは、佐祐理達が来たら迷惑ですか?」
俺は、思い切りブンブンと首を振る。
「モウマンタイ。というかむしろ願ったりかなったり! でも、卒業生とはいえ、学生以外の人が入って来てたら、先生に怒られるんじゃ?」
「あはは〜っ。実は、先生にお願いして、屋上の使用許可はもらってるんですよ〜」
にっこり笑う佐祐理さん。あ。
「……さては、こないだ佐祐理さんが学校に来てたのは……?」
「はい、その許可をもらいに来てたんです」
そう言うと、重箱を展開させる佐祐理さん。
「でも、2人とも大学の授業が……」
「あ、その点は御心配なくっ。ここに来るときは授業が無いときだけですから」
「……祐一は細かい」
「細かくないっ」
はむはむ、と、早速唐揚げを口に運びながら言う舞にツッコミを入れておいてから、俺はまぁいいかと重箱に箸を伸ばした。
「お、この卵焼きいけるぞ」
「あはは〜、もっとありますから、どうぞどうぞ」
ちょっと久し振りの佐祐理さんのお弁当は、相変わらず文句なく美味かった。
「9点だな」
「ありがとうございます〜。でも満点じゃないんですね」
「悪いな。10点は名雪のためにとっておいてやらないといかんから、9点は事実上の満点だ」
「あ、なるほど〜」
まぁ、この3人で弁当を囲むっていうのも久し振りだな。
そう思いながら、俺は黙々と弁当を口にする舞に視線を向けた。
「ところで、2人とも、もう大学には慣れた?」
「そうですね〜」
小首を傾げてから、笑顔で頷く佐祐理さん。
「はい、佐祐理はもう大丈夫ですよ〜。舞も、ね?」
「……」
無言で頷く舞。
「でも、佐祐理さんほどの美人だと、サークルの勧誘とか結構うるさかったんじゃないか? 舞だって黙って立ってれば美人だしなぁ」
「……祐一は一言多い」
「あははっ」
佐祐理さんは俺と舞のやりとりを嬉しそうに笑ってから、答えた。
「祐一さん」
「うん?」
「佐祐理は、舞に言われました。嫌なものは嫌だってはっきり言わないとダメだって」
「へぇ、舞がそんなことを?」
「……佐祐理が、誰にでも、はいはいって言うから」
舞がぼそっと言った。
確かに、事情を知らなければ、佐祐理さんは八方美人的に見えなくもないからなぁ。
舞と佐祐理さんは、自分にとって最重要なこと以外はどうでもいい、という点で似ている。ただ、その「どうでもいい」という部分についての対応がまるで逆なので、全然違う風に見えるだけなのだ。
具体的に言えば、「どうでもいいからやる」のが佐祐理さんで、「どうでもいいからやらない」のが舞。
「ですから、サークルさんの勧誘は、全部お断りしてるんですよ」
「そりゃもったいない。別に嫌なことをやる必要はないけど、やりたいことがあればやればいいのに」
「佐祐理のやりたいことは、舞を幸せにしてあげることですよ、祐一さん」
「……そっか。そうだったな。ごめん」
佐祐理さんの心の傷。
それが癒えるのはいつになるのか。俺にはわからない。
でも、舞やみんなが支えている限り、いつかは佐祐理さんは立ち直れる。それだけは、確信を持って言える。
俺は、無心にシュウマイを頬張る舞の肩にぽんと手を置いた。
「……?」
俺に視線を向け、箸を止める舞。
「……欲しいの?」
「違う」
「……そう」
再びシュウマイを口に運ぶ舞。そしてそれを嬉しそうに見つめる佐祐理さん。
そんな2人の輪に加われることが嬉しくて、俺も重箱に箸を伸ばすのだった。
「それじゃ今日はここまで」
「起立、礼!」
日直の号令に従って一礼すると、石橋が出ていき、今日の授業は終わった。
もうすぐ、決選投票の締め切り。というわけで、最後の追い込みといくことにしよう。
俺は名雪に声を掛ける。
「それじゃ帰ろうか」
「そうだね」
嬉しそうな名雪である。
「ようし、またおんぶしてやるぞ〜っ」
「わぁい、ありがと、祐一っ」
「何を言ってるんだい、名雪。俺の背中は君のためにあるんだぞっ」
「も、もうっ、祐一ったらぁ」
「はいはい」
香里が額を抑えながら割り込んできた。
「その万年新婚バカップル風の会話はやめてくれないかしら?」
「なんだよ、香里。俺と名雪のラブラブな語らいを邪魔しないでくれ」
「そうだよ〜」
「……」
げんなりした顔をすると、香里は名雪に聞こえないように、俺の耳に囁いた。
「あなた、名雪がクラス予選でトップを取らないようにしてるんでしょ?」
「な、なんのことかなっ!?」
「それくらい判るわよ。それだけラブラブされちゃ、そりゃ投票したくはなくなるわよね」
肩をすくめて、今度は名雪に声を掛ける香里。
「名雪、今日のうちにたっぷり甘えときなさい。明日にはきっといつも通りに戻ってるから」
「えっ? それってどういう……」
「ほら帰るぞ名雪〜っ」
俺は慌てて名雪に声を掛けて、強引に背負い上げるとそのまま教室を飛び出した。
「ちょ、ちょっと祐一っ、わたしの鞄〜〜」
「気にするな、俺も持ってないっ」
ずずーっ
「わ、美味しいっ」
「ありがとうございます」
結局、俺は名雪を連れて茶道部の部室にお邪魔していた。
あゆが俺達の荷物を持ってくれるというので、その帰りを待っていようと部室の前にいたら、部長さんにお茶に誘われたというのが正確なところ。
「しかし部長さん、これってアリですか?」
「アリですよ、相沢くん」
にっこり笑う部長さん。
俺は、自分の持っている大きな湯飲みの中を覗き込んだ。
中に入っているのはインスタントコーヒー。ちなみに名雪の湯飲みにはイチゴシェーキが入ってたりする。
「要は、お茶は楽しく頂ければいいんですよ」
「はぁ、なるほど」
部長さんの茶道哲学に相づちを打っていると、そこにあゆが入ってきた。
「祐一くん、名雪さん、お待たせしましたっ!」
そう言いながら、俺達の前に木皿を置く。その上にはもなかが並べてあった。
「いや、別にお菓子を待ってたわけじゃないんだが」
「うぐぅ……。でっ、でも美味しいよっ。たい焼きとはまた違って、こうなんていうかあんこが甘くてっ」
「別にあゆにもなかの美味さについて講義してもらってもなぁ」
「……うぐぅ」
「祐一、あゆちゃんいじめたらダメだよ〜」
そう言いながら、名雪がもなかに手を伸ばす。そして手で割って口に運ぶ。
「わ、ほんとに美味しいね」
「そうだよねっ!」
味方を得て盛り上がるあゆ。
しかし、もなかにお茶とくれば、いかにも天野の方が似合うのになぁ。
「……っくしゅん」
「どうしたの、美汐? 風邪?」
「いえ、多分相沢さんあたりが噂してるのでしょう。それより、50メートルダッシュをあと5本ですよ、真琴」
「あ、あう〜〜っ」
「ああ、そういえば、1組のコンテスト予選が大変なことになってるみたいですね」
不意に部長さんが口を開いた。
名雪とあゆは顔を見合わせた。それから名雪が訊ねる。
「どういうこと?」
「はい。なんでも、決選投票でも決まらなかったとか。さっき北川くんが青くなって走り回ってましたよ」
「決選投票?」
もう一度顔を見合わせる2人。
「あら、知らなかったんですか? 1組は水瀬さんと七瀬さんが同票で、決選投票が今日行われてたんですよ」
名雪がじろっと俺に視線を向ける。
「祐一、そういえば、今日になってから急に優しくなったよね〜。何か関係あるの?」
「そそそそんなことはないぞっ!」
「ふぅん」
名雪はあゆに視線を向けた。びくっとするあゆ。
「う、うぐぅっ……。ボ、ボク、なにも知らないって言うように祐一くんに言われてるからっ!」
……それってほとんどばらしてるじゃないかこの天然うぐぅ娘がぁっ!
と怒鳴りかけて、かろうじて自制する俺をよそに、名雪はにっこり笑って言う。
「あゆちゃん、お姉ちゃんには教えてくれるよね?」
「ああっ、汚いぞ名雪っ、こういうときだけ姉ぶってっ!」
「うぐぅ……、ごめんね祐一くん。お姉ちゃんには逆らえないんだよ……」
「あゆあゆの裏切り者〜〜っ」
俺の悲痛な叫び声をよそに、あゆは名雪にぼしょぼしょと囁き始めた。
がっくりと肩を落とす俺に、部長さんが笑顔で話しかけてくる。
「まぁまぁ相沢くん。カレーパンでもどうですか?」
「……いえ、結構です」
と、あゆの耳打ちを聞いていた名雪が、かぁっと赤くなった。
「そ、そうなんだ……」
「うんっ。そうなんだよ、名雪さんっ」
こっちは妙に楽しそうなあゆ。
名雪はちらっと俺を見て、畳の縁を指でなぞり始めた。
「そんなぁ……、もう祐一ってばぁ……」
……あゆ、お前名雪に何を言ったんだ? って、俺の本心なんだろうなぁ。はぁぁ。
まったく、隠し事が出来ないってのは、困ったものだ。
俺は大きくため息をついた。
そんな俺達を、部長さんはずっと笑顔で見守っていたのだった。
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