トップページに戻る  目次に戻る  前回に戻る  末尾へ  次回へ続く

Kanon Short Story #16
プールに行こう6 Episode 8

 翌朝。
「それじゃ、祐一さん。名雪のこと、お願いしますね」
「は、はぁ……」
「お願いね、祐一っ」
「……あのな」
 俺はため息をつきながら、立ち上がった。
「お、重い」
「……祐一、イチゴサンデー7つ」
「冗談だ、冗談」
「……いいなぁ、名雪さん」
「あ、やっぱりあゆさんもそう思います?」
「うん……。あっ、ち、違うよっ、ボクは楽そうで良いなぁって思っただけだよっ。別に変な意味じゃぜんっぜんなくって、えっと、その……、うぐぅ……」
「……あゆさん、それって自爆ですよ」
「あゆあゆ自爆〜っ」
「う、うぐぅ、真琴ちゃんまで……」
「ほらほら、早く行かないと遅刻ですよ」
 秋子さんがぱんぱんと手を叩いて、俺達は学校に向かった。

 とまぁ、ここまでのやりとりで判るとおり、俺の背中には名雪がコアラよろしくしがみついているのであった。
「だって、まだ足が痛いんだもん」
「……おまえ、ここぞとばかりに甘えてるだろ」
「えへへっ」
 ……否定しないところがまた小憎らしいというか可愛いというか、複雑な心境の俺である。
「舞、祐一さん、それにみなさんも、おはようございますっ」
 そんなことを考えて思わずにやけそうになったところで、良いタイミングで声を掛けてきたのは佐祐理さんだった。
「お、佐祐理さん。舞を迎えに来てくれたのか?」
「あはは〜っ、そんなところですよ」
 にっこり笑う佐祐理さん。今日は清楚に白いブラウスと紺のプリーツスカート姿である。
「昨日は実家に帰ってたんだって?」
「はい、お父様がたまには帰ってこいって」
 佐祐理さんはそう答えてから、俺の背中の名雪を見て首を傾げた。
「それよりも、名雪さん、どうかなさったんですか?」
「ああ、ちょっと足を怪我してな」
「そうなんです。それで、祐一が学校まで連れてってくれるって」
「おい、待て。連れて行ってってせがんだのはお前だろうが」
「もう、祐一〜。こういうときはかばってくれるものだよ〜」
「あのなぁ……」
「あはは〜、仲良しさんですね〜」
 佐祐理さんに無邪気な声で笑われてしまい、言い合いをしかけていた俺達は、同時に我に返って赤面する羽目になった。
「舞も負けてられませんよ〜」
 ずべしっ
 舞は佐祐理さんにチョップをすると、そのままずんずんと歩いていく。
「あっ、舞、待ってよ〜。それじゃ祐一さん、みなさん、佐祐理達の学校はこっちですから」
「そうだな。じゃ、また」
「はい。名雪さんもお大事に。待って、舞〜〜」
 最後に名雪に声を掛けてから、佐祐理さんは舞を追いかけて小走りに駆けていった。
 それを何となく見送っていると、今度は横合いから声を掛けられた。
「ホントに仲が良いわね」
「まぁ、舞と佐祐理さんの友情は盤石だからな」
「あなた達のことよ」
「もう、香里〜」
 名雪が俺の背中で声を上げる。
 俺は香里の方に視線を向けた。
「ま、とりあえずおはようさん」
「おはよ。……栞」
「どうしたの、お姉ちゃん?」
 聞き返す栞の手を取る香里。
「栞、辛いかも知れないけど負けちゃダメよ」
「大丈夫ですよ。私、こう見えてもあきらめはとことん悪いですから」
 にっこり笑う栞。
 やれやれ、って感じだな、しかし。
「そういや、香里。北川と一緒じゃないのか?」
「潤なら、ここのところ妙に朝早いみたいよ。例の美少女コンテストやらで」
 肩をすくめる香里。って、香里も知ってるのか?
 ……まぁ、栞の姉だし、知ってても無理はないか。
「北川さん、お姉ちゃん達のクラスのコンテスト実行委員ですものね」
「ええ。まったく、お祭り好きなんだから、あの人は」
「あははっ、お姉ちゃんも苦労しますね」
 ……ちょっと待て。
「栞、それは本当か?」
「はい、お姉ちゃん、こう見えても裏で苦労しまくるタイプなんですよ」
「ちょ、ちょっと栞っ」
「いや、そっちじゃなくて、北川が実行委員ってところだ」
 俺は訂正した。栞はこくりと頷く。
「はい、そうですよ。祐一さんのクラスの票の取りまとめしてるのは北川さんですから」
「なにぃっ!? あいつ、自分でも誰が集計してるかはよくわからん、みたいなこと言ってたくせにっ」
「一応はヒミツって事になってるからじゃないんですか? 北川さん、1年のときからずっとコンテスト実行委員やってるんですから」
「ええっ? わたし、全然知らなかったよ……」
「ま、背中の天然ボケ娘はおいといて」
「うう、酷いよ祐一〜」
 背中でぶつぶつと名雪が呟くが、構わずに話を続ける。
「3年続けてるってことは、今回は最上級生なわけだし、結構重要なポジションやってるんじゃないのか、あいつ?」
「そんなわけないでしょ? 潤はただの実行委員よ」
 香里が肩をすくめる。と、栞がくすくす笑った。
「お姉ちゃんが圧力かけたんですよね」
「なっ、なんでそこまで知ってるのっ?」
 今度こそかぁっと赤くなる香里。栞はすまして続ける。
「ホントは、北川さんには実行委員長って話もあったんですよ。でも、お姉ちゃんがそんなことしたらコンテスト出来ないようにするからっ、なんて拗ねちゃって、北川さん泣く泣く委員長は辞退したんですよ」
「……実行委員なら、してもいいのか?」
「お姉ちゃんも妥協したんですよ。それに、元々お姉ちゃんの焼き餅なんですから」
「しっ、栞っ!」
「うふふっ」
 悲鳴のような声を上げる香里と、くすくす笑う栞。
 俺は肩越しに名雪と顔を合わせて、思わず笑ってしまった。
「も、もうっ、さっさと行くわよっ!」
 これ以上サカナにされたくないとばかりに、香里はさっさと歩き出した。
「あっ、お姉ちゃん、待ってください〜」
「あたしに栞なんて妹はいないわ」
「もうっ、拗ねないでくださいよ〜」
 そんな会話を交わしながら歩いていく美坂姉妹を、俺達は追いかけて学校に向かうのだった。

「祐一〜、放課後だよ〜」
「そんなことはどうでもいいことさ。俺はこの青く広がる空の向こうに向かって……」
「どうでもよくないよ〜。今日は帰りに百花屋に寄るんだから〜」
 名雪にそう言いながら腕を引っ張られては仕方がない。
 俺はため息をついて立ち上がろうとした。
「おい、相沢」
「どうしたんだ、同志北川ビッチ」
 振り返ると、北川は手招きした。
「いいから、ちょっと耳を貸せ」
「高いぞ。ちなみに利子は十日で1割だ」
「アホなこと言ってないで貸せって。あ、水瀬さん、3分くれ」
「うん、いいよ〜。ちゃんと返してね〜」
「あのなっ! あいたたっ、判ったから耳を引っ張るな北川っ」
 そのまま北川は、俺を教室の隅に引っ張って行った。そして、ちらっと辺りを見回してから小声で言う。
「相沢、誰に投票するか、そろそろ決まったか?」
「明日までだろ、投票は?」
「だが、うちのクラスであと投票してないのはお前だけだぞ」
「……マジ?」
「おう」
 頷く北川。
「まぁ、一人を選びがたいというのは判らないでもないが、ここは思い切ってすぱっと決めろよ」
「そうだな……」
 俺は少し考えて、投票用紙(ちなみに、昨日どこからともなく授業中に回ってきた)に名前を書き込むと、二つ折りにして北川に渡した。
「ほらよ」
「確かに」
 北川はその紙片をポケットに突っ込むと、俺の肩を叩いた。
「それじゃ、結果は明日の授業中に回覧されると思うから、楽しみにしてな」
「お、おう……」
「じゃなっ」
 意気揚々と立ち去っていく北川。
 その背を見送ってから、俺は名雪のところに戻った。
「よ、待たせたな」
「ううん。それじゃ百花屋に行こっ!」
「……ああ、そうするか」
 また茶道部に寄って、部長さんやあゆと雑談するというのも悪くはない気がしたが、まぁ名雪が楽しみにしてるみたいだし、今日のところは名雪の言うとおりにしよう。

「はぅ〜〜っ、やっぱりここのイチゴサンデーが一番だよ〜〜」
 スプーンをくわえて、目をキラキラさせる名雪を前に、俺は苦笑しながらブレンドを口に運んだ。
「わたし、幸せだよ〜〜」
「……安上がりな幸せだな」
「もうっ、祐一、水を差さないで」
 じろっと睨まれて、俺はへいへいと両手を上げた。
「好きなだけ浸っててくれ」
「う〜〜っ、祐一も一緒に浸ろうよぉ」
「勘弁してくれ」
「もういいもん。わたし一人で浸ってるからっ」
 そう言うと、再びいちごを口に運んでうっとりする名雪。
「はぅ〜〜〜」
 ……まぁ、幸せそうなこいつの顔を見てると、俺もなんだか幸せっぽくなるから、これはこれでいいんだろうな。
 そう思って、俺はもう一口ブレンドを口に運んだ。
 そして、ふと気付いたことを口にする。
「……そう言えば、名雪と二人だけでこういうところに来るのは、最近あんまりなかったな」
「うん、そうだね……」
 名雪はずっと部活が忙しかったし、たまに部活の無いときでも、他の誰かがいつもいたから、二人っきりにはなれなかったからなぁ。
 そう思うと、結構貴重な時間を過ごしてるような気がしてくるから不思議なもんだ。
 名雪もそう思ったのか、イチゴサンデーを口に運ぶペースがやや落ちていた。
「……ねぇ、祐一」
 しばらく、黙々とそれぞれの前にあるものを口に運んでいたが、その沈黙を破ったのは名雪だった。
「うん、どうした?」
「祐一は、誰に投票したの?」
 手も止めて、じぃーっと俺を見つめる名雪。
 俺はにやっと笑った。
「ヒミツ」
「う〜〜っ」
 拗ねたように、上目遣いに俺を睨む名雪。
「そんなに気になるのか?」
「そりゃ、やっぱり気になるよ〜」
「そんなもんかなぁ」
「祐一だって、同じ立場だったら絶対気になるよ」
 ……考えてみる。
 クラス対抗美男子コンテストの予選で、名雪が誰に票を入れるのか……。
「うぉ〜〜っ、それはものすごく気になるっ!!」
 走れ正直者な俺だった。
「でしょ? だったら、祐一も教えてよ」
 にっこり笑う名雪。
 仕方ない。
 俺は腹をくくって、正直に答えた。

 そして翌日。
 1時間目の授業中、後ろの席の北川に肩をつつかれた。
「結果が出たみたいだぞ」
「おう」
 頷いて紙切れを受け取って広げた俺は、目を丸くした。

輝け! 第5回全校美少女コンテスト
 3年1組クラス予選結果発表

 七瀬留美 8票
 水瀬名雪 8票
 月宮あゆ 7票
 美坂香里 1票

 トップが同票のため、七瀬さんと水瀬さんの2名を候補として、
決選投票を今日中に実施します。

 美少女コンテスト実行委員


Fortsetzung folgt

 トップページに戻る  目次に戻る  前回に戻る  先頭へ  次回へ続く

あとがき
 いろんなことがありまして、今日も雨です。

PS
 ほのぼのさん、いつも感想ありがとうございます。毎回感想文を楽しみにしていますよ。

 プールに行こう6 Episode 8 01/10/10 Up

お名前を教えてください

あなたのEメールアドレスを教えてください

採点(10段階評価で、10が最高です) 1 10
よろしければ感想をお願いします

 空欄があれば送信しない
 送信内容のコピーを表示
 内容確認画面を出さないで送信する