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Kanon Short Story #16
プールに行こう6 Episode 2

 昼休み前に、授業を1時間潰して特別ホームルームが行われていた。
「それじゃ、まずは3年A組が文化祭で何をするか、を決めたいと思います」
 クラス委員の香里が壇上で言うと、北川がしゅたっと手を挙げた。
「はいっ!」
「……北川くん」
 香里が言うと、北川は勢いよく立ち上がって、言った。
「コスプレ喫茶!」
「おおーっ!」
「さすが北川!」
「勇者だっ!」
 男子生徒達がどよめき、北川はピースサインを返す。
 香里は壇上で額を抑え、ため息をついた。
「あのね、真面目に考えてるの、北川くん?」
「当然。今年は総合優勝を狙っていくからな」
 ……総合優勝?
 なんだかよくわからんが、後で名雪にでも聞くか。
 ちなみに、その名雪はおおかたの予想通り夢の国に旅立っていた。
「……くー」
「はいっ!」
 やれやれ、とそっちを見て肩をすくめていると、その向こうの席の七瀬が手を上げた。
「私は、乙女らしくぬいぐるみ喫茶がいいと思います!」
「賛成〜」
「さすが七瀬さん、女の子っぽいよね〜」
「えへへっ、そうかな?」
 照れてる七瀬というのも結構不気味……。
 カコンッ
「そこっ! なにか言った!?」
「いえ、なんでも」
 俺の背後の壁に突き刺さっている押しピンを見て、俺は手を振った。
 教室の後方でそんなことをしている間に、香里は自分で黒板に「コスプレ喫茶」「ぬいぐるみ喫茶」と書いて、クラスを見回す。
「他に意見はありませんか? それなら、この2つで決を採ります」

「それで、結局どうなったんですか?」
 昼休み、食堂でいつものように食事をしながら、栞が興味津々に訊ねた。
「うん、それでねもがっ」
「そこまでだ、栞。こういうことの情報は、漏らすわけにはいかないからな」
 あっさりばらしかけたあゆの口を、手近にあったもので塞ぐと、俺はにやっと笑ってみせた。ぷっと膨れる栞。
「祐一さん、意地悪ですっ」
「祐一〜〜っ! それ、真琴の肉まんっ!!」
 耳元で大声を上げる真琴。言われて見てみると、あゆの口に突っ込んだのは真琴の言うとおり肉まんだった。
「ああ、悪い悪い」
「あう〜、真琴の肉まん……」
 ……なにも涙ぐむことないと思うんだが。
「……相沢さん、もうシーズンオフですから、肉まんはなかなか手に入らないんですよ」
 天野にまで睨まれてしまった。
 とはいえ、真冬でもアイスを売ってたような食堂だから、真夏でも肉まんくらい売っていそうな気はするんだが。
「まぁ、悪かった。あとであゆが買って返すって言ってるから」
「……そんなこと言って無いもんっ! 祐一くんが突っ込んだんだようっ!」
 とりあえず肉まんを飲み込んでから、言い返してくるあゆ。
「ま、それはそれとして、真琴のところは何をするんだ?」
「うん、うちはお化け屋敷っ!」
 嬉しそうにきっぱりと言い切る真琴と、隣で頭を抱える天野。
「口止めしなかった私が馬鹿でした……」
 口止めって何だ? ま、いいか。
「なるほど、お化け屋敷か。ま、天野と真琴がいればバッチリだな」
 2人とも本職だし。
「そうようっ!」
 判ってるのか判ってないのか、笑顔で胸を張る真琴。
「真琴に任せとけば、ばっちり優勝なんだからねっ! ね、美汐っ」
「……はい」
 一言では言い表せないような複雑な表情で答える天野。
 ……優勝? そういえば、さっき北川も総合優勝がどうとか言ってたっけ。
 だが、その疑問を尋ねようとしたところに、名雪と香里がトレイを持ってやって来た。
「お待たせ、祐一〜」
 笑顔で言いながら、俺の隣に腰掛ける名雪。
 俺は、その向い側に座る香里に声を掛けた。
「……香里、世話かけたな」
「いいのよ。慣れてるから」
 肩をすくめる香里。
「……うう、なんとなくわたしが莫迦にされてるような気がするよ〜」
「気のせいだ」
「気のせいね」
 同時に2人に言われて、不満ありげながらランチに箸を付ける名雪。というよりも、Aランチに付いているイチゴムースを早く食べたいだけなのかもしれないが。
 ちなみに、他のみんなは既にもう食べ終わってる。
「で、今日はどうしたわけだ?」
「ええ、名雪が人混みに飲まれてね」
 パチン、と割り箸を割りながら答える香里。ちなみに香里の前にあるのはラーメンだった。
 まぁ、そんなことはどうでもいいとして。
 と、ふと名雪が顔を上げた。
「そういえば、真琴」
「うん? 何?」
「陸上部に入ってくれるんだよね。ありがとう」
「あ、結局そうしたのか?」
「名雪にどうしてもって頼まれたからよっ」
 また偉そうにふんぞり返る真琴。
 まぁ、他の部に入るよりは、全ての事情を知ってる名雪が部長をしている陸上部に入った方が、トラブルも起こらないだろう。
 ……俺の商売の予定がぽしゃったのは残念だが。
「祐一くん、まだあきらめてなかったの?」
「当然だろ? 濡れ手に粟の一攫千金は人として当然の浪漫だ」
「うぐぅ……、ボクにはよくわかんないよ……」
 あゆは首を傾げた。
 俺はその頭をぽんと叩いた。
「まぁ、ゆっくりと学べばいいんだよ」
「うん、そうだね」
 こくんと頷いて、あゆは笑った。
 向こうで香里が額を抑えているのが見える。
「相沢くんに学ぶと、ろくな人生送れないわよ」
「……どういう意味だ、香里」
「言ったとおりよ」
「むぅ……」
「お姉ちゃん、祐一さんを困らせたらダメですよ」
 栞が笑いながら口を挟むと、唇に指を当てて首を傾げる。
「あ、でも、ろくな人生を送れないっていうのはあってますけど」
「いきなり断言かよ」
「はい、それはもう」
 何故か嬉しそうな口調でそう言うと、栞はイタズラっぽく付け加えた。
「私なんて、相沢さんのせいで、もう普通の人生を送れない身体にされてしまいましたし」
 ざわっ
 周囲が栞のいきなりの発言にざわめく。
「し、栞っ、お前なぁっ!」
「うふふっ」
「あ、それなら真琴だってそうようっ!!」
 おおっ
 さらにどよめきが走る。
 俺はため息をついて、さじを投げた。
「……もう、どうにでもしてくれ」
「はい、そうしますねっ」
「真琴もするのっ!」
 にっこり笑う栞と、対抗するように拳を突き上げて高らかに宣言する真琴。
 ずるずるとラーメンを食べながら、香里が名雪に尋ねる。
「……いいの、名雪は? 目の前であんなこと言われても」
「え? うん、別に気にしてないよ」
 イチゴムースを幸せそうに口に運びながら答えると、名雪は俺と視線を合わせて微笑んだ。
「だって、判ってるもん」
「……ハイハイ、ごちそうさま」
 やれやれ、という感じで肩をすくめ、香里は丼を置いた。

 夕食が終わった後は、リビングで皆で談笑するのが、このところの水瀬家の慣例となっていた。
 ちなみに、今日は舞達も栞も来ていないので、久し振りに本当の水瀬一家のみである。
「……ちょっと寂しくて残念ですね」
 そう言いながら、お茶を出してくれる秋子さん。
 俺は湯飲みを片手に礼を言うと、あゆに視線を向けた。
「ところで、茶道部では文化祭になにかやらないのか?」
「部長さんは何も言ってなかったよ」
 ねこ舌のあゆは、湯飲みを持ったままである。どうやら、冷めるのを待っているらしい。
「あ、うちは中庭でお店出すよ」
 名雪が言った。
「店?」
「うん。運動部は中庭に屋台を出すのが慣例なんだよ」
「肉まんも出るのっ!?」
 勢い込んで訊ねる真琴に、名雪は宙を睨んで思い出すように答える。
「うーんとね、去年は確かたこ焼きの屋台だったよ」
「なんだぁ、つまんないの」
 がっかりする真琴とは対照的に、張り切るあゆ。
「それじゃ今年はたい焼き出るかなっ?」
「まだ決まってないんだけど、うん、たい焼きもいいかもね」
「だよねっ! やっぱりたい焼きだよっ!」
 何故か力説するあゆ。
 名雪は頷いた。
「そうだね。それじゃたい焼き屋さんを提案してみるね」
「やったぁ!」
 手を叩くあゆ。
 名雪は、秋子さんに尋ねた。
「お母さんも見に来てくれるよね」
「ええ、御邪魔するわ」
「うんっ」
 嬉しそうに頷く名雪。
「絶対だよっ、お母さん」
 と、俺はふと思い出して名雪に尋ねる。
「ところで名雪、ホームルームの時、北川の奴が総合優勝がどうとか言ってたけど、あれは何のことだ?」
「あ、そうか、祐一は知らなかったよね」
「あ、ボクもわかんなかった!」
 しゅたっと手を上げるあゆ。
「それじゃ、説明するね。体育文化祭はクラス対抗戦をするんだよ」
「ああ、まぁどこでもそうだろうな……、ってちょっと待て」
 俺は頷きかけて、はたと気付いた。
「体育祭はまぁ、競技ごとにポイントとればクラスごとに順位も出るだろうからいいんだろうけど、文化祭はどうするんだ?」
「うん。文化祭が終わってから、全校生徒で投票するの。自分のとこ以外のクラスで一番面白かったところにね。それで順番を決めるんだよ」
 なるほど。
 それで、昼休みに真琴が自分のクラスの出し物をばらしたとき、同じクラスの天野が渋い顔をした理由が判った。要するに、自分以外のクラスは全て敵、というわけなのだ。
「それで、みんなのクラスは何をするのかしら?」
「真琴はお化け屋敷だもんっ!」
 秋子さんの質問に速攻で答える真琴。相変わらず何も考えてないようである。
「へぇ、そうなの。名雪の方は?」
「うん、あのね……」
「わぁっ、待て名雪っ!」
 慌てて、秋子さんに答えようとする名雪の口を塞ぐ俺。
「真琴がいるんだぞっ! 言ったらまずいだろうがっ!」
 名雪は俺の手を外して反論してきた。
「でも、これから家で準備とかしないといけないし、それに5月になったらプログラムが出るから、そのときに全部判っちゃうよ」
「まぁ、それもそうだが……」
 うーむ、名雪に理路整然と反論されると、それはそれでなんか口惜しい。
「祐一くん、それは名雪さんに失礼だよ」
「だから読むな」
「うぐぅ……」
「あの……」
 秋子さんがやんわりと声を掛けてきた。
「別に教えてくれなくてもいいんですけど。ただ、何をするか判らないと、私も協力出来ませんから」
「む……」
 少し考えて、俺は白旗を上げた。
「すみません、ちゃんと教えますから、秋子さんもご協力お願いします」
「あら、いいの?」
「はい。名雪、ほら」
 俺に促されて、名雪はこくりと頷いた。
「あのね、お母さん。今年は、こすぷれぬいぐるみ喫茶になったんだよ」
「……?」
 きょとんとする秋子さん。
「ええっと、それは何なの?」
「わたしもまだよくわかんないんだけど……」
「お前、ホームルーム中寝てたからな」
「わ、ここで言わないでよぉ」
 ぷくっと膨れる名雪。
 あゆが首を傾げる。
「ボク、ずっとちゃんと聞いてたけど、でもよく判らなかった……」
「まぁ、細かいことは来週決めるって言ってたしな」
「う〜っ、祐一意地悪だよ〜」
 さらに膨れる名雪。
 俺達は顔を見合わせて、噴き出していた。

Fortsetzung folgt

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あとがき
 2話です。  
 プールに行こう6 Episode 2 01/10/3 Up

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