春休み。それはあまりに儚い。
Fortsetzung folgt
というわけで、あっという間に過ぎ去った春休みを惜しむ間もなく、新学期となった。
当然ながら、俺達は全員、無事に進級し、それぞれ新しい学年となったわけだ。
「……3年生らしく、自覚を持って、かぁ」
石橋が出ていき、俺は窓から外の景色を眺めながら呟いた。
教室が変わり、当然ながら窓から見える風景も変わって見える。
「祐一っ、今日はもうおしまいだよっ」
「嬉しそうだな、名雪」
俺が振り返ると、そこには恋人にしていとこの少女が、満面の笑顔で頷いていた。
「だって、祐一と同じクラスになれたんだもの」
これで卒業まで一緒だね、と付け加える。
俺は肩をすくめた。
「まぁな。で、部活は?」
「あるけど、祐一がどうしてもって言うならパス……」
「していいわけないでしょ!」
いきなり後ろからがしっと名雪の肩を掴んだのは、陸上部副部長の天沢さんだ。
「新入生勧誘の打ち合わせに部長が来なくてどうするのよっ!」
「うう、郁未ちゃん、最近きついよ」
「部長がちゃんとやってくれれば、あたしもこんな事言わなくて済むのよ?」
ため息混じりに言う天沢さん。
うーん、やっぱりここは俺からも一言謝っておくべきか。
そう思って声をかける。
「悪いな、天沢さん。名雪が迷惑かけて」
「ホント。みんな陸上に命を賭けて頑張ってるのに、この部長ときたら、のほほんと恋人なんて作ってるんですものね」
「やだ、そんなぁ」
ほわぁんと赤くなる名雪。
「もう、郁未ちゃんったらぁ……」
「はいはい、行くわよ部長。相沢くん、またね」
「おう。名雪のことよろしくな」
「ばいばい、祐一〜」
パタパタと手を振る名雪に軽く手を振り返して、教室から出ていくのを見送ると、俺は自分の鞄を手にして立ち上がった。
そのまま廊下に出ようとドアに手を伸ばした、ちょうどそのタイミングで、教室のドアが開き、うぐぅが顔を出す。
「……うぐぅじゃないもん。あゆだもん」
「だから、俺の考えを読むな。で、どうした?」
「うん。祐一くんが良ければ、一緒に帰ろうと思って……。ダメかな?」
ちょっと上目遣いに俺を見上げるあゆ。
俺は苦笑した。
「まぁ、いっか」
「やったぁ」
ぽんと手を打ち合わせると、あゆは嬉しそうに笑った。
廊下を歩きながら、訊ねる。
「でも、いいのか? お前も部活だったんじゃなかったっけ?」
「それがね、今日はお休みでいいですよ〜って部長さんが言ったんだよ」
にこにこしながら、俺の隣を歩くあゆ。
「しかし、なんでお前が茶道部なんだ?」
「えへへっ」
何故そこで照れる、あゆ?
「まぁ、おおかた部活でお菓子が食べられるからとかそんな理由だったんだろ?」
「そそそそそんなことないよっ!」
……いきなり的中だったか。
「まぁ、いいんじゃないか?」
廊下の真ん中であわあわしているあゆの頭に、ぽんと手を乗せる。
「うぐぅ……、意地悪……」
と。
「あっ、祐一〜〜〜〜〜っ!!」
廊下の端から端まで響き渡る声を上げながら走ってくる、緑のリボンの女の子の姿を見て、俺はそのまま、あゆの頭をがしっと掴む。
「うぐっ?」
「スペルゲンうぐぅバリアー・新学期スペシャル!」
そのままぐいっと俺の前に突き出す。と同時に、前から走ってきた真琴がそのあゆとまともに衝突。
ドシィン
「うぐっ」
「あうっ」
同時に声を上げて大人しくなる2人。
「……あいたたた、なにするのようっ、あゆあゆっ!」
「うぐぅ、ボクのせいじゃないもん……。いたた……」
「あ、そんなことより祐一、助けてようっ!!」
慌てて俺の制服を引っ張る真琴。
「なんだ、どうしたんだ?」
聞き返したところで、不意に声が聞こえる。
「いたぞっ!」
「あそこだっ!!」
「わわっ、来たっ!!」
身をすくめて俺の後ろに隠れる真琴。
その声の方を見ると、男子生徒やら女子生徒やらが数人、いや十数人の単位で駆け寄ってきている。
「……真琴、悪いことをしたらちゃんと謝らないとダメだぞ」
「そうだよ、真琴ちゃん」
あゆがお姉さんらしく諭す。……もっとも、顔面を押さえたままそんなことを言っても、威厳もへったくれもないが。
「ちがうわようっ!」
ぶんぶんと首を振る真琴。と、そいつらが俺達のところに駆け寄ってきた。
「沢渡さんっ! 是非水泳部に!」
「いえ、私たちテニス部に!」
「バトミントン部ですっ!」
「女子バスケ部に来てくださいっ!」
「……なるほど」
口々に真琴に迫る生徒達は、つまりは運動部の勧誘員だった。
俺は苦笑して、みんなに声をかけた。
「まぁまぁ、真琴を怯えさせてもしょうがないだろ? ここは俺に免じて、一旦引いてくれ」
「……まぁ、相沢がそう言うなら」
「相沢くんに言われたら、しょうがないわね」
頷き合って、一歩さがる勧誘員達。
幸か不幸か、運動部の連中には、「陸上部部長の恋人」というステータスのおかげで、一目置かれている俺である。
……いや、正確には「“あの”水瀬名雪の恋人」というステータスらしいのだが。
ま、それはともかく、とりあえず真琴に事情を聞いてみることにした。
「それにしても、なんだってお前が追っかけられてるんだ?」
「すみません」
「おわぁっ、いたのか天野っ!」
いきなり後ろから声を出されて、思わず飛び上がる俺。
「ボ、ボクもびっくりしたぁ……」
「お二人とも失礼ですね」
天野はふっと肩をすくめた。
「で、どうして天野が謝ってる?」
「はい、実は、最初の体育の時間に体力測定があったのですが……」
「ああ、だいたいそうだろうなぁ……。あ」
俺ははたと気付いた。天野はこくりと頷く。
「はい。力をセーブするように真琴に言い含めるのを忘れていました」
「……そりゃ、まぁ……」
一応、今は人間の姿を取ってはいるが、こう見えても元妖狐。運動能力はそこらの人間の比ではない。……半分人間とはいえ、その人間部分のベースにしても、舞の“ちから”なんだし。
「で、それが知れ渡ってこうなってるわけか」
「……はい」
頷く天野。
俺は勧誘員達に向き直った。
「事情は判ったけど、とりあえずこのままじゃ真琴も決められないだろうから、今日のところは俺に預けてくれないか? 悪いようにはしないぞ」
「どうする気なんだ、相沢?」
「うむ、それについてはもう腹案があるのだよ」
「……祐一くん、真琴ちゃんを1日1000円で希望の部に貸し出すっていうのはどうかとボクは思うよ」
「だから読むなっ!!」
とりあえず、あゆの頭をがしっと掴んでシェイクする。
「うわわわわっ! ……うぐぅ、目が回る……」
がくっとその場に突っ伏すあゆ。
そのやりとりで毒気を抜かれたらしく、勧誘員達は大人しく引き下がってくれた。
もっとも、その後で復活したあゆに恨まれる羽目になってしまったのだが。
「というわけで、あゆに脅迫されて帰りに百花屋に立ち寄っている俺であった」
「脅迫なんて聞こえが悪いよっ♪」
上機嫌でたい焼きパフェをぱくつくあゆ。
「……うぐぅ、抹茶パフェだよ」
「ま、あゆはともかく、どうしてマコピーまでくっついてきてるのか、俺にはよくわからんのだがなぁ」
「なにようっ! 毒を食えば毒を制すのよっ!!」
チョコパフェのスプーンを振り回して力説する真琴。横から天野がボソッという。
「それを言うなら“毒を食らわば皿まで”です」
「えっと……、そ、そうとも言うのようっ!」
「お前、“毒をもって毒を制す”とごっちゃになってるだろ。
「……あう〜」
スプーンをくわえたままで困った声をあげる真琴。
と、不意にドアの開くベルの音が背後から聞こえた。そして声が。
「あっ、やっぱりここにいたんですね、祐一さんっ」
「うん?」
振り返ると、そこにいたのは栞だった。両手で鞄を提げて、ぺこっと頭を下げる。
「こんにちわですっ」
「おう。まぁ、座っとくれ」
「はいっ」
笑顔で頷くと、あゆの隣の椅子に腰掛ける栞。
その鞄にスケッチブックが入っているのに気付いた俺は訊ねた。
「で、美術部はどうだ?」
「はい、楽しいですよっ」
本当に嬉しそうに言う栞。
「先生が、基礎からちゃんと教えてくれるって約束してくれましたし」
「……えーと、コメントは避けることにする」
「うぐぅ、ボクも……」
俺とあゆがさりげなく視線を逸らす中、真琴が言う。
「つまり、基礎も出来てないってこと?」
「……っ!」
ピシッ、と笑顔のまま固まる栞。俺とあゆが慌てて真琴の口を塞ぐが既にアフターフェスティバル、後の祭り。
「で、でも、ほら、ちゃんと基礎からやればもっと上手くなるよ、栞ちゃん!」
「そうだぞ、それに今のままでもシュールレアリスムの旗手として画壇にデビューできるかもっ!」
「ゆ、祐一くんっ、それ褒めてないようっ!」
小声で囁くあゆ。
栞はさらにずぅーんと沈み込んでしまった。机にのの字を書いている。
「……いいんです、私が今回は可哀想なヒロインですし……」
「えっと、栞はアイスでいいんだっけ?」
とりあえず俺はメニュー片手に訊ねる。
「……ジャンボミックスパフェデラックスぅ」
拗ねたような声の栞に苦笑して、俺はウェイトレスさんに頼んだ。
どうせ食いきれないだろうが、他のみんなにも手伝ってもらうとしよう。
「えへへ。ありがとうございますっ」
一瞬で機嫌を直して、栞は嬉しそうに笑った。
「……そういえば、祐一さん、聞きましたか?」
バケツのような器から、クリームをスプーンですくい取りながら、栞は言った。
「何をだ? 目的語をはっきり言いたまえ栞くん」
「あ、そうですね。ええと、文化体育祭のことです」
「……なんだ、その文化祭と体育祭をごたまぜにしたような名前は?」
「相沢さんの言うとおりです」
このメンツの中で唯一、入学からずっとうちの学校に在籍している天野が答えた。
俺(2年3学期から転入)と、あゆ(同じく2年3学期から転入)、真琴(1年3学期から転入)、栞(入学式の翌日から1年3学期まで休学)の4人は顔を見合わせた。
それから、俺は天野に聞き返す。
「天野、ホントに?」
「はい。少なくとも、去年はそうでした」
頷いて、ずずーっとお茶を飲む天野。
うーむ、あゆよりよっぽど茶道部が似合いそうだ。
「……何か失礼なことを考えてませんか、相沢さん?」
「そ、そんなことよりも、それじゃここじゃ文化祭と体育祭を一緒にやるのか?」
「正確にはちょっと違いますけれど。1週間かけて、月・火・金・土が文化祭、水・木が体育祭だったかと」
「はい、そうなってました」
今年の行事一覧を見て知ったという栞が頷いた。
「で、その文化体育祭とやらは、いつやるんだ?」
「はい、5月の終わり頃だったか、と」
「それじゃ、1週間勉強なしっ?」
天野の返事に目を輝かせる真琴。
「まぁ、そういうことになるかな」
「やったぁっ!」
「うう、文化祭はともかく、体育祭はちょっと憂鬱です〜」
えぅ〜、と涙目になる栞。
「大丈夫だ。ここに体育祭はともかく、文化祭では役に立たないのもいるし、なによりどっちでも役に立たないのがいるんだし」
「うぐぅ、そんなこと……ないといいなぁ……」
遠くを見ながら呟くあゆ。
「はぇ〜、懐かしいですね〜」
水瀬家に俺達が帰ってくると、舞と佐祐理さんが白猫を連れて遊びに来ていた。
文化体育祭のことを話すと、佐祐理さんが本当に懐かしそうにしみじみと呟く。
「でも、舞は体育祭じゃ大活躍じゃなかったのか?」
「ええっと……、それはですね……」
言いにくそうに口を濁す佐祐理さん。
ああ、そうか。去年はそれどころじゃなかったからな、舞は。
「悪い、舞、佐祐理さん。でも残念だな。今年は参加出来ないもんなぁ」
「はい。残念です〜」
「……うん」
佐祐理さんのみならず、珍しく舞も感情を顔に出して頷いていた。
「……祐一と、一緒に回りたかった」
「わ、舞ったら大胆」
ぽかぽかぽかぽか
「きゃぁきゃぁ」
真っ赤になってチョップを連打する舞と、悲鳴を上げながら逃げ回る佐祐理さん。
それを見ていると、足下に猫がすり寄ってきていた。
「お、久し振りだな。……あれ? もしかして太ったか?」
うにゃぁあ
抗議するように鳴く猫。
「あ、その子、お母さんになるんですよ」
佐祐理さんに言われて、納得した。
「なるほど。そっか、良かったな」
喉の下をくすぐってやると、猫はごろごろと喉を鳴らした。
と。
「……ねこ〜、ねこ〜〜」
「いかんっ、名雪が帰ってきたっ!」
玄関からの声に、俺は思わず飛び上がった。そして舞に猫を押しつけると、玄関に走る。
「名雪っ、猫なんていないぞっ!!」
「ねこだよ〜〜、ねこねこ〜」
既に聞いちゃいない。靴を脱ぐのももどかしく、そのままリビングに走っていこうとする名雪を、とっさに抱き留める。
「待てっ、落ち着け名雪っ!」
「祐一離して〜、猫さんがいるんだよ〜〜〜っ」
「ダメだって言ってるだろっ!!」
「ねこ〜〜〜っ、ねこ〜〜〜〜」
……玄関先で泣きわめきながらもがく名雪を羽交い締めにしている俺って、一体……。
そう思っていると、不意にキッチンから秋子さんが顔を出した。
「あら、お帰りなさい、名雪」
「お母さ〜〜ん、祐一が意地悪するんだよ〜〜」
「違うっ、誤解を招くような言い方するなっ!!」
「ねこ〜〜、ねこ〜〜〜」
修羅場の俺達を見て、秋子さんは頬に手を当ててにっこり笑った。
「相変わらず仲が良いのね」
「……そう見えますか?」
「ええ」
思わず聞き返す俺に、きっぱりと頷くと、秋子さんはそのままキッチンに戻っていってしまった。
結局、それから30分ばかり俺は泣き叫ぶ名雪を押さえつけ続ける羽目になってしまった。
あとがき
さて、いい加減ぽややんとしてるのも問題なので、とりかかることにしました。
続くかどうかは感想によります(笑) いやまじに。
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