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Kanon Short Story #14
プールに行こう4 Episode 44

 キーンコーンカーンコーン
 チャイムが鳴り、廊下の壁にもたれていた俺と名雪は、顔を見合わせた。
「……これで、終わりだよね?」
「そのはずだが……」
 ガラッ
 その時、会議室のドアが開いて、あゆが出てきた。そのまま、俺達に気付かない様子でふらふらと歩いていく。
「……お、おい、あゆ?」
「……あ、祐一くん?」
 俺が声をかけると、あゆは初めて気付いた様子で顔をあげた。
 その目がうつろだった。
「ど、どうしたんだあゆあゆっ!?」
 驚いて訊ねる俺に、うつろな視線をさまよわせながら、あゆは呟いた。
「うぐぅ……。全然わかんなかった……」

 あれから1週間ほどたち、とうとうあゆ達の進級試験の日となった。ちなみに、この日は卒業式の予行演習で、在校生……1年生と2年生は休みである。
 というわけで、俺と名雪は、試験が終わる時間を見計らって登校し、あゆが試験を受けている会議室の前で待っていたというわけだ。
 ちなみに、応接室で試験を受けている1年生組……栞と真琴のところには、それぞれ香里や天野が行っているはずだ。

「それで、結果はいつ出るの?」
「うん……。明日には採点して結果を教えるって……」
 名雪に答えながらも、あゆの目はうつろなままだった。
「うぐぅ……、ボク、今日は帰る……」
 そう言い残して、よろよろと歩いていくあゆ。
 俺と名雪は顔を見合わせた。
「……こりゃ、相当やばかったらしいな、あゆの奴」
「うん……。祐一、どうしよう?」
「どうしようっても、今更どうしようもないぞ。あゆだって、やるだけのことはやってたわけだし……。それとも、こっそり職員室に潜入して、あゆの答案を書き直すか?」
「やっぱり、それはまずいと思うよ……」
「そうだよなぁ。自分のならまだしも、あゆのために犯罪者にはなりたくないし」
「……祐一、自分のでも駄目だよ」
 おっとりと言う名雪。
 俺は肩をすくめた。
「まぁ、あゆはいいとして、栞と真琴はどうなったか、だな」
「あゆちゃんのことはよくはないけど……。でも、そうだね。行ってみようか?」

「あれ? 栞達はまだなのか?」
 こちらは1年組の試験が行われていた応接室の前。まだ待っていた香里と天野に気付いて声をかけると、2人はドアから目を離して、こっちを見た。
 天野が答える。
「いえ、試験は終わっています。今、採点をしているところですから」
「へぇ、1年は試験してからすぐに採点なのか」
「そうらしいわね」
 そう言う香里に、名雪が言う。
「あれ? 香里、北川くんは?」
「教室で待ってるって……。あっ」
 はっと気付いて口に手を当てると、香里は赤くなって名雪を睨む。
「名雪〜」
「香里だって、わたしが祐一と付き合い始めたときに、散々からかったじゃない。お返し、だよ」
 嬉しそうな名雪に、香里はため息をついた。
「……家じゃ栞にからかわれるし、学校じゃ名雪に……。あたしも不幸よねぇ……」
「それ以上に幸せそうですけれども」
 天野がそう呟くと、ぱっと振り向いた香里に軽く手を振る。
「あ、今のは独り言ですから」
「……はぁ、まったく。なによ、みんなして……」
 ぶつぶつ言う香里だが、そこはかとなく嬉しそうでもあった。
 と、その時、ドアが開いて栞と真琴が出てきた。二人とも、その手に採点済みらしい答案用紙を持っている。
 香里がぱっと立ち直って尋ねた。
「栞、どうだったの?」
「……真琴?」
 天野も真琴に声をかける。
「……お姉ちゃん」
「……美汐〜」
 2人は情けない声を上げ、視線を伏せた。
「栞、まさか……」
 香里が蒼白になった。
「まさか……」
 と、そこに天野が口を挟む。
「2人とも、あまり趣味が良くないですよ」
「……あう〜っ」
 困ったような声を上げて、真琴は栞を見る。栞は肩をすくめた。
「やっぱり、天野さんはだませませんね」
「え?」
「せーの、じゃん!」
 2人は、声を合わせて同時に答案用紙を広げて見せた。
「私は、合計で469点でした」
「真琴は、480点っ!」
 ええっと、確か進級試験は5科目で500点満点だよな? 合格点はその6割って言ってたから、300点越えればOKのはず。ということは……。
「合格だねっ。おめでとう、ふたりとも」
「おめでとうございます」
 名雪と天野の言葉に、嬉しそうに頷く2人。
 それから、栞は香里に視線を向けた。
「……お姉ちゃん?」
「……あたしに、姉をかつごうとする妹なんていないわ」
 ふっと窓の外を眺めて言う香里。
「わっ、お姉ちゃん!? ご、ごめんなさい……」
 慌てて謝る栞に、香里は振り返って笑顔を見せた。
「う・そ・よ」
「お姉ちゃん、ひどいです〜」
 膨れる栞の頭を笑って撫でる香里。
「姉をからかったお返しよ。でも、よくやったわね、栞」
「はい。がんばりましたっ」
 栞も嬉しそうに笑った。
 俺は、名雪に撫でられている真琴に視線を向けた。
「それにしても、確かお前、全部の答えを暗記してたんじゃなかったのか? その割には満点取れなかったんだな」
「あ、それは私の指示です。さすがに満点では不審がられますから、わざと少し間違えるようにさせたんですよ」
 天野が言う。俺はため息をついた。
「はぁ。さすが天野。おばさんくさいだけのことはあるな」
「相沢さんも失礼ですね。でも、真琴も合格したので、今日は許してあげます」
 やはり、天野も機嫌が良いようである。
「さて、そうなると、あとはあゆだけだな」
「えっ? あゆさんまだ試験やってるんですか?」
 聞き返す栞に、俺は首を振った。
「いや、あゆの方は採点結果が明日出るんだ」
「でも、なんだか出来が悪かったみたいなんだよ」
 名雪が呟くと、今まで盛り上がっていた空気が一瞬にして沈んでしまった。
「あっ、で、でも、もし落ちても私達と一緒ですよ」
「……栞、それ、あまり慰めになってないわよ」
「えぅ〜、そんなこと言うお姉ちゃん嫌いです〜」
「それに、栞ちゃんや真琴達と同じになっちゃったら、制服のケープも取り替えないといけなくなるよ」
 ……名雪、なんだか心配してるところが違うような気がするぞ。
「ともかく、そういうことだと、月宮さんの結果が出るまで、お祝いもお預けね」
「そうですね」
 栞は頷いた。
「それじゃ、今日はバニラアイスで我慢します」
「……栞、それ我慢してないぞ」
「真琴は肉まんっ!!」
「だ〜か〜ら〜っ!」
「こら、お前らっ! 廊下で騒ぐんじゃないっ!」
 俺達は、応接室から出てきた教師に注意されてしまった。

 栞を連れて家に戻ってくると(ちなみに香里は、教室で待っているという北川の所に行ってしまった)、秋子さんが出迎えてくれた。
「あら、お帰りなさい、みんな」
「あ、真琴、ちゃんと試験通ったよっ!!」
 嬉しそうに答案を振り回す真琴。秋子さんはにっこり笑って頷いた。
「よかったわね、真琴」
「うんっ!」
 笑顔満面・得意絶頂の真琴であった。
「これで祐一と一緒のクラスになれるよねっ!」
「……真琴、それは無理だ」
「ええーっ!? なんでようっ!!」

 その後俺は、真琴に教育制度と学年制度について延々と説明をする羽目になった。

 ようやく説明が終わった頃を見計らって、秋子さんが肉まんを持ってきてくれた。
「真琴、肉まん食べる?」
「えっ? あ、うん、食べるけど……。はぁ〜っ」
 深々とため息をつく真琴。
「せっかく祐一と一緒のクラスになれると思ってたのに……」
「お前と一緒のクラスだと、こっちの身が持たんわ」
「あう〜っ」
「まぁまぁ。それより栞ちゃんはアイスだったわね。さぁ、どうぞ」
「わっ、嬉しいですっ」
 例のリッターパックの登場に、栞は瞳を潤ませていた。既にその右手にはスプーンがスタンバイしている。って、どこから出した、そのスプーン?
「あ、これはいつも持ち歩いているマイスプーンですよっ」
「……まぁいいけどな」
 俺はため息混じりに、どうやら1学年下で落ち着いた2人を眺めていた。

 そして翌日の朝。
 時間は既にかなりやばめで、栞や真琴達はもう先に学校に向かっている。そんな時間なのに、あゆはまだ、朝食の席でうぐうぐしていた。
「うぐぅ……。やっぱりボク、行かなくちゃだめ?」
「だめだよ。ほらっ」
「う、うん……」
 名雪に促されて、あゆは頷いた。その前に並ぶ朝食には、まだほとんど手がついていない。
 俺はあゆの頭にぽんと手を乗せた。
「行こうぜ」
「……祐一くん、うん……」
 あゆはこくりと頷いて、立ち上がった。
 名雪が秋子さんに視線を向ける。
「お母さん……」
「了承」
 にっこり笑って頷く秋子さん。名雪も微笑んだ。
「うんっ」

 家を出ると、前をうぐうぐと歩くあゆに聞こえないように、小声で名雪に尋ねた。
「さっきの秋子さんの了承って何だ?」
「あゆちゃんのお祝いの用意を頼んだんだよ」
「お祝いって……、まだ結果も判らないのにか?」
「大丈夫だよ。だって、あゆちゃん一生懸命だったもん」
 さも当然とばかりに言い切る名雪。
 俺はふと疑念を抱いて、さらに小声になって尋ねる。
「まさかとは思うけど、秋子さんが裏から手を回して……」
「そんなことはしませんよ。出来なくはないですけど、そうやって合格したとしても、後であゆちゃんが苦労するだけですから」
「どうわぁっ!!」
「あ、お母さん。どうしたの?」
 硬直している俺をよそに、平然と尋ねる名雪に、これまた平然と答える秋子さん。
「名雪、忘れものよ。はい、お弁当」
「あっ、ありがとう。……でも、確か入れたはずだったんだけど……」
 そう言いながら、鞄を開けてみる名雪。
「……あれ、ないよ……」
「でしょう? はい」
 ぽんと名雪に弁当を渡す秋子さん。……って、あの弁当、俺も確かに名雪が鞄に入れるところを見たぞ。
「祐一さん」
 それを指摘してやろうかと思ったとき、秋子さんが俺に声をかけた。
「はい?」
「……」
 無言でにっこり笑う秋子さん。しっ、しかし、なんだこのプレッシャーはっ!?
「行ってらっしゃい、祐一さん」
 これ以上の追求は生命に関わる。俺の本能が唸りを上げて警告した。
 ここで生命を落とすわけにはいかない。
「は、はいっ、行って来ますっ!」
 結局、俺は脱兎のごとく学校に向かって駆けだしていった。
「わっ、祐一待ってよっ! それじゃお母さん、行って来るねっ!」
「はい、行ってらっしゃい」

「……はぁはぁはぁ」
 校門に手をかけて、荒い息をついていると、名雪が駆け寄ってきた。
「祐一、どうしたの? すごい早さだったよ」
「ま、まぁな……」
「うん、これだったら、夏のインハイ狙えるよ」
「勘弁してくれ」
「……あれ?」
 ふと、名雪が気付いて辺りを見回す。
「ねぇ、祐一。あゆちゃんは?」
「……あ」

 結局、その日あゆは石橋との競争に負けて、廊下に立たされる羽目になった。
「うぐぅ……、二人ともひどいよう……」

「よし、これで朝のホームルームは終わりだ」
 そう言うと、出席簿を片手に石橋は出ていった。
 教室の中をざわめきが包む。
「祐一、あゆちゃん迎えに行ってあげようよ」
「そうだな。おつとめご苦労さまでしたって盛大に迎えてやらないとな」
「うぐぅ、おつとめじゃないよう」
 いつの間にか、あゆがそばまで来ていた。
「二人ともひどいようっ」
「……」
 俺と名雪は顔を見合わせた。それからあゆに向き直る。
「なぁ、あゆ……。顔面崩壊してるぞ」
「え? えへ、えへへっ、やっぱりわかっちゃった? さっき、石橋先生に教えてもらっちゃったんだよっ!」
「石橋に?」
「うん。廊下に出てきて、ボクに、『月宮も4月から最上級生になるんだから、もう遅刻するんじゃないぞ』って」
「そっか」
 名雪は頷くと、笑顔で言った。
「おめでとう、あゆちゃん」
「一応おめでとうと言っておいてやろう」
「えへへっ、ありがとう祐一くん、名雪さんっ」
「わたし、お母さんに電話してくるよっ」
 そう言って名雪は外に飛び出していった。
 俺はなおもにへらっと笑っているあゆに尋ねた。
「で、何点だったんだ?」
「それはまだわかんないけどねっ。でも、春からは祐一くんと3年生だよっ!」
 とても嬉しそうなあゆだった。

 ちなみに、後で判明したのだが、実はあゆの点は合格点ぎりぎりの300点ぴったりだった。それも、ロリコンという噂の現国教師が点数をおまけしてくれた結果らしい。
「合格出来たから、いいんだよっ!」

Fortsetzung folgt

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あとがき

 今日は一日、任意たんをいじってました。てゆうか、偽春菜騒動関係のところを読みあさってました。
 色々と勉強になります。
 ……今週末はChoirに没頭してるはずだったのに……(泣)

 プールに行こう4 Episode 44 01/2/18 Up

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