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Kanon Short Story #14
プールに行こう4 Episode 42

 昇降口から校舎の中に戻ると、通りかかった生徒達が一様に俺の顔を驚いた表情で見ていく。
「……どうしたんだ?」
「だって、祐一の顔腫れてるんだもん。目立ってるよ」
「げ」
 そう言えばそうだった。
「とりあえず、保健室だね」
 何故か嬉しそうな名雪であった。
「♪ほっけんしつっ、ほっけんしつっ」
 ……あやしげな歌まで歌いはじめてるし。
「判った判った。行くから歌うな」
「うん。約束……だよ」
「それはやめろ」
 仕方なく、俺は名雪に着いて保健室に向かうのだった。

 パチン
「うん、上出来」
 最後に包帯を金具で留めると、名雪は一歩下がって満足そうに頷いた。
 しかし、美人と噂の保健室の先生なんだが、俺がいつ来てもいないんだよなぁ。
「……祐一、変なこと考えてない?」
「そっ、そんなことないぞうっ!」
「本当に?」
 俺の目を覗き込む名雪。俺はつぅっと視線を逸らすと、咳払いした。
「ごほんごほん。あ〜、それより名雪、陸上部はいいのか?」
「祐一、ごまかそうとしてない?」
 と、その時、ノックの音がして、保健室のドアが開くと、見慣れた顔が出てきた。
「……えっと、祐一くん……じゃなくて、相沢くん、いますかぁ?」
「おう、あゆ! こっちだ、こっち!」
 俺の声に、あゆは俺達の方を見た。
「あっ、祐一く……うぐぅっ!?」
「わぁっ、あゆ、いきなり気絶するなぁっ!」
 俺の顔を見るなりばたっと倒れかかったあゆを支えて大声で名前を呼ぶ。
 すると、あゆは「うぐぅ」と呻いて目を開けた。
「祐一……くん?」
「ああ」
「うぐぅ、ミイラ男かと思った……」
「名雪に包帯でぐるぐる巻きにされたんだよ」
 そう、俺の顔は目のところを除いて包帯ぐるぐるであった。
「でも、ちゃんと治療しないといけないしね」
 何故かにこにこ顔の名雪である。
 俺はため息をついて、座っていた椅子から立ち上がった。
「さて、いつまでもこうしてるわけにもいかないな」
「祐一、どこかに行くの?」
「この時間なら、生徒会長は生徒会室か?」
 尋ねると、名雪はえっと、という顔をして頷いた。
「たぶん、そうだと思うよ。よくわからないけど……」
「祐一くん、どうするの?」
 あゆが尋ねる。
 俺は言った。
「生徒会長に直談判して、舞の退学を取り消してもらう」
「……無理だと思うよ……」
 あゆは、ぽつりとつぶやいた。
「あのね、あの後、ボクと佐祐理さんで会長さんに頼みに行ったんだよ。舞さんの退学を取り消してくださいって。……でも、駄目だった」
「あゆ……」
 俺は、ぽんとあゆの頭に手を置いた。
「うぐぅ……。ボクだって、舞さんがいなくなるのやだよ。でも、どうしたらいいのかわかんないよ……」
「でも、ここでこうしてても何もならないだろ? 俺もやるだけはやってみるさ」
「祐一らしいね」
 後ろから名雪がそう言うと、あゆに声をかける。
「あゆちゃん、もう一度、行ってみようよ」
「……うん、そうだね。その方が祐一くんらしいよね」
 あゆはこくこくと頷いて、えへっと笑った。

 俺達3人は、生徒会室の前にやってきた。
 俺はごくりと唾を飲み込み、扉に手をかけようとした。
 不意にその手が押さえられた。
「えっ?」
「待ってください」
 そう言って俺を見上げたのは、栞だった。
「栞? どうしてここに? 香里なら中庭だぞ」
「私、お姉ちゃんの幸せをじゃまするほど野暮じゃないですよ」
 そう言って笑う栞。どうやら、中庭で起こったことは既に知っている様子である。
「それに、お姉ちゃんよりも祐一さんの方が優先ですし……」
 さらっと言うと、栞は急に右の耳を押さえて静かに、という身振りをした。
 その耳からイヤホンのコードが伸びているのを見て、俺は了解した。
「……また、盗聴器か?」
「女の子のたしなみです」
「……ソレは絶対に違う」
「そんなこと言う人嫌いです。……あ、皆さん、こっちへ」
 そう言って小走りに歩いていく栞。俺達はその後を追った。
 栞は柱の影に身を潜めると、生徒会室の入り口を伺った。俺達もその後ろで息を潜める。
 と、ドアが開いて、中から出てきたのは久瀬だった。
「久瀬くん? でも、生徒会は辞めてたんじゃ……」
 小さく呟く名雪。
 その瞬間、俺の中で何かがひらめいた。
「……そうか、そういうことかよ……」
「どういうこと、祐一くん?」
「今回のことは、全部久瀬が仕組んだってことだ」
 俺は、そう言うと、怪訝そうな顔をしているあゆと名雪に説明した。
「つまり、久瀬が生徒会に復帰するために、その手みやげとして舞を退学に追い込んだっていうことだ。佐祐理さんに近づいたのも、舞を暴走させるための策略だったんだ!」
「なるほどっ、さすが祐一くん。頭いいんだねっ!」
 あゆが感心してうんうんと頷く。
「……そうかなぁ?」
 小首を傾げる名雪。
「そうなんだっ。畜生、久瀬めぇっ! すっかり騙されたけど、これからはそうはいかねぇからなっ!!」
 俺は拳を固めた。
「……ぷっ」
 その時、不意に栞が吹き出した。
「くくっ、ご、ごめんなさい、祐一さん……。で、でも、……くくく、ふふふふ……」
「ど、どうした栞!? 頭が悪いのか?」
「そっ、そんな事言う人、きっ、きらっ……、あははっ、あははははっ」
 お腹を押さえて、しばらく笑った後、栞は目尻に浮かんだ涙を拭った。
「さすが祐一さんです。すごい想像力ですぅ」
「……そこはかとなく馬鹿にされてるような気がするのは気のせいか?」
「そんなことないですよ。えーと……」
 少し考えてから、栞は言った。
「今から、祐一さんの家にお邪魔してもいいですか?」

 着替えてリビングに集まった俺達の前に、栞はトン、とテープレコーダーを置いた。
「お待たせしました。それでは、聞いてください」
「栞、言っておくけど、お前の歌なんて聴いてもしょうがないからな」
「……残念です。せっかくの自信作でしたのに……」
 残念そうに、テープを取り替える栞。……って、マジに自分の歌を聴かせるつもりだったのか?
「それじゃ、どうぞ」
 栞は改めて、再生ボタンを押した。
 微かなノイズの向こうから、声が聞こえてくる。
 最初に聞こえたのは、女生徒の声だ。
「会長、面会したいという人が……」
「また倉田さんか? それなら断って……」
「いえ、僕ですよ」
 軽く息を飲む気配。
「……久瀬君じゃないか。久しぶりだね」
「ええ。風紀委員長の任を解かれて以来、ですか」
「おいおい、人聞きの悪いことを。あれは君が自主的に職を辞した。そうだろう?」
「まぁ、あなたに言わせるとそうなりますか」
「それで、どうしたんだい? 昔話なら聞いてるような暇はないんだよ。君とは違って忙しい身なんでね」
「そうですね、昔話なら、別の機会にするとしましょうか。とりあえず、座らせてもらいますよ」
 がたっ、という音と、続いて何かがきしむような音。どうやら、久瀬がパイプ椅子に座ったようだ。
「……下がってくれ」
「はい」
 女生徒の返事がして、つかつかと足音が遠ざかる。
「……それで、何かな?」
「いえ、ちょっと小耳に挟んだんですが、川澄舞を退学に追い込んだそうですね」
「まだ公表はしていないはずだがね……」
「こう見えても、まだ僕に情報を流してくれる人もいますからね」
「なるほど、それで君が来たわけか。君が辞職するきっかけになった川澄舞もいなくなったことだし、自分も風紀委員長の座に戻りたい、と」
「……やはり、そう思いますか?」
「ああ、他に理由はないだろう? しかし、残念ながら、もう風紀委員長の座は別の者で埋められていてね、今更君の戻る場所などないのだよ」
「ええ、そうでしょうね」
 あっさりと答える久瀬。
 少し間があって、生徒会長が尋ねる。
「……では、君は何をしに来たんだ?」
「これで判らないとしたら、しばらく逢わないうちにあなたの洞察力も落ちたものだと思いますよ」
 久瀬はそう言うと、一拍置いた。
「……僕は、川澄舞の退学処分の撤回を要求しに来たんですよ」
「……それは、考えなかった訳じゃないが……。それにしても意外だな。君が仇敵とも言える彼女の恩赦を要求しに来るとは。彼女は君が生徒会から追放された、言わば原因そのものじゃないか」
「まぁ、そうですがね」
「それに、我々が君の言うことを、たとえ元は仲間だったとはいえ、はいはいと聞くとでも思っているのかね?」
「いいえ、まさか。生徒会長がそんな甘い人じゃないことは、よく存じてますから。それに、僕は他にも色々と知っている事はありますしね」
「……なるほどね、そういうことか」
「ええ、そういう事です」
「しかし、これは脅迫だぞ……」
「脅迫? 結構。脅迫と呼びたければどうぞお好きに。もっとも、今まで僕が、生徒会風紀委員長の名の下にやってきたことと、そう大差ないですがね」
「……」
「ああ、御安心を。僕は口が堅いですから、反生徒会派の喜びそうな情報を漏らすなんてことはありませんよ。少なくとも、あなた方が僕を放って置いてくれさえすれば、ですがね」
「……」
「さて、会長。ご決断を」
 久瀬の声に促されるように、生徒会長は答えた。
「校長が退学届けに判を押す前に、もう一度最終決定を行うための会合が開かれる」
「なるほど。感謝します。それでは……」
 ぎしっ、ときしむ音。どうやら久瀬が腰を上げたらしい。
「あ、そうそう」
 不意に久瀬が言った。
「このことは、ご内密に」
「無論だ」
「ありがとうございます。では、失礼します」
 しばらく間をおいて、女生徒の声がした。
「……会長、よろしいのですか?」
「仕方あるまい。久瀬の持っているネタだけで、生徒会を全員リコールに追い込むに十分な醜聞だ。しかし、……飼い犬に手を噛まれるとはな」
「はい。久瀬は、しょせんは虎の威を借る狐。大樹の元でなければ只の役立たずだと思っておりましたが……」
「男子三日見ざれば……か。あるいは失敗だったかもしれないな、彼を生徒会から追放したのは……」
 ため息混じりにそう言うと、会長は言った。
「ともかく、校長に連絡を取ってくれ。川澄舞の退学を撤回するように、と」
「判りました……」

 カチャ
 栞はテープレコーダーのスイッチを切った。そして、俺達に顔を向ける。
「……ということみたいですよ」
「……マジ?」
「ホントです」
 思わず聞き返す俺に、自信満々に答える栞。
 あゆがほぇーっとした表情で呟く。
「久瀬くんっていい人だったんだね……」
「……まいったなぁ……」
 俺は頭を掻いた。
「久瀬の野郎、美味しいところを全部持って行きやがって……」
 名雪が嬉しそうに言う。
「でもこれで、川澄先輩、退学にならないで済むんだよね?」
「……ああ、そうだな」
 苦笑して、俺は名雪の肩を叩いた。それからふと気付いて立ち上がる。
「そうだ! 早く舞と佐祐理さんにも知らせないと……」
「……それは、やめた方がいいと思いますよ」
 テープレコーダーを片づけていた栞が言った。
「えっ? なんでだ?」
「どうせ学校側から知らされれば判る事ですし、それにどう説明するんですか?」
 栞に聞かれて、俺ははたと気付いた。
「そっか、久瀬が〜なんて言ったら、佐祐理さん久瀬にメロメロになってしまうじゃないか」
「……それはどうだかわかりませんけど……。でも、本人が言わない限りは、こっちから言うことでもないと思いますよ。それに、久瀬さんがやったって、私たちがどうして知ってるんですか?」
「それは栞が盗聴器を……。なるほど、言えないか」
 俺は苦笑した。栞もにっこり笑って、俺の胸を指でつついた。
「これは、私と祐一さんだけのヒミツです」
「ボク達も聞いてるけどねっ」
「えぅ〜、そんなこと言うあゆさんは嫌いです〜」

Fortsetzung folgt

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あとがき

 ラヴェルのボレロっていう曲がとても好きなんですが。といっても、知らない人も多いんじゃないかな、と思いますが(笑)
 同じ旋律をひたすら繰り返しつつも、それぞれが微妙に異なっており、次第に力強く増幅していく。そして最後にぱっと弾けて終わる。
 いやぁ、いいですねぇ。

 さて、どうやら舞の退学騒動も収集ついたようで、次回はいよいよ3人の進級試験、のはずです。はい。
 ……それにしてもChoir……どこにもねぇ(泣)

PS(私信)
 16日にメッセでChoir買った君っ、私が11時頃に行ったらもう無かったんだぞっ(号泣)

 プールに行こう4 Episode 42 01/2/17 Up

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