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Kanon Short Story #14
プールに行こう4 Episode 40

 昼休み、俺と佐祐理さんは、じりじりしながら会議室の外の廊下に立っていた。
 中では教師達と生徒会役員が、舞に対して裁断を下そうとしているのだ。
 俺達は、その場に同席することすら許されなかった。
 10分ほど、そうしていただろうか。
 不意に会議室のドアが開き、舞が出てきた。
「舞っ、どうなったんだ?」
「……舞?」
「……」
 舞は、俺達を見て、それから呟いた。
「もう、学校には来るなと言われた」
「……そんなっ」
 佐祐理さんが絶句し、そして俺も言葉を失った。
 舞は退学処分になったというのか?
 茫然自失している俺達の横を、続いて会議室から出てきた生徒会役員達が、そして教師達が通り過ぎていく。
 そして、最後に出てきた一人の生徒が、俺達のそばで立ち止まった。
「ああ、倉田さん。お久しぶりですね」
 それは、生徒会長だった。
 彼は肩をすくめた。
「さすがに、生徒会としても、もう川澄さんをかばい切れませんでしたよ。残念です。……確かに、積極的にかばおうとしなかったのは確かですが。可能性の問題ではありますが、もし一人でも、積極的にかばおうとする役員がいれば、状況も変わったかもしれませんでしたけれどもね」
 それは遠回しに、舞が退学になったのは佐祐理さんのせいだと言っているのだ。
「……」
「では、ごきげんよう」
 何も言えずにうなだれる佐祐理さんを残して、彼は立ち去って行った。
 以前の俺なら、後先考えずに生徒会長をぶん殴っていたかもしれない。でも、今の俺には背負っているものがあった。俺が暴走すれば、名雪やあゆ、真琴達にまで迷惑が掛かるだろう。
「……もう、どうにもならないのか?」
 俺は、遠ざかる生徒会長の背中をにらみつけながら、小さく呻いた。
「どうにも……ならないのかよ……。奇跡でも起こらない限り、どうしようもないってのかよ……」
「奇跡は起こるって、教えてくれたのは、祐一さんですよ」
 後ろから声が聞こえた。思わず振り向いた俺の前で、栞が微笑んでいた。
「栞?」
「みんな、いつものところで待ってますよ」

 栞に続いて、屋上に通じる踊り場に着くと、いつものメンバーには一人足りなかった。
「あれ? 香里がいないな……」
「香里なら、北川くんと何か話してたかよ」
 名雪が、何故か嬉しそうに言った。
 一方、佐祐理さんの姿を見て、天野が首を傾げた。
「倉田先輩、どうして川澄先輩とご一緒に?」
「舞の一大事だからな。それに、まだ秘密についてはしゃべってないぜ」
 俺が言うと、天野は頷いて、佐祐理さんを手招きした。そして、その額に指で何かを描いた。
「……これでいいです。とりあえず昼休みくらいはなんとか防げますから」
「ありがとうございます、天野さん」
「……いえ」
 俺は天野に訊ねた。
「今、何をしたんだ?」
「簡単な禁呪です」
 さらっと答える天野。ええっと、確か……。
「禁呪って、俺と名雪が秋子さんの心の中に潜ったあれみたいなやつだろ?」
 聞き返すと、天野は首を振った。
「違いますよ。あれは禁じられた呪文という意味の禁呪で、今やったのは、禁じる呪文という意味の禁呪ですよ」
「禁じる呪文? ……っと、まぁそんなことはどうでもいいんだ。舞のことなんだが……」

「ええーっ!?」
 俺が話をすると、みんな同時に声を上げた。
 俺は、一人だけ声を上げなかった天野に視線を向けた。
「なんとか、退学処分を撤回させる方法はないか?」
「……相沢さん、相変わらず私なら何でも知ってると思ってませんか?」
 天野はため息混じりに言った。
「第一、一年生にそういうことを頼むのはお門違いです」
「そこをなんとか。この通り」
 俺は両手を合わせて頭を下げた。
「……今回のは、これまでのような、倉田先輩を生徒会に入れる為の手段ではないですね。単なる意趣返しでしょう」
 そう言うと、天野は舞に視線を向けて、言葉を継いだ。
「要するに、嫌がらせしたいだけです。理由があってないようなものですから、逆に言うと、余程のことがないと撤回は難しいですね」
「余程のことって何だ?」
「だから、余程のことです。それこそ、奇跡でも起こらないと無理でしょうね」
「佐祐理さんの時のリコール選挙みたいな隠し技はないのか?」
「それは……、考えてはみますけれど、あまり期待はしないで下さい」
 全員の視線を集めていることに気付いたせいか、無碍に否定はしなかったものの、天野の歯切れは悪かった。
「お姉ちゃんが来てくれれば、いい知恵を出してくれたかもしれないんですけど……」
「いや、悪いが香里でも無理だと思うぞ」
 栞に首を振ってみせると、俺は腕組みした。
 と、不意に考え込んでいた天野が顔を上げた。
「とりあえず、お昼にしましょう。お腹が空いていては、戦は出来ませんから」
「あうーっ、お昼〜っ!」
 話に退屈していたらしい真琴が、歓声を上げる。
 俺は片手を上げた。
「悪い。俺達は先に食ったから……」
「わっ、ずるいですっ」
 栞が非難の声を上げた。
「なにがずるいんだ?」
「ええっと……」
「祐一くん、授業さぼって先に食べちゃうのは良くないと思うよ」
 口ごもる栞に代わってあゆが言うと、我が意を得たりとばかりにこくこくと頷く栞。
「そうですよねっ」
「うん、そうだよっ」
「黙れ貧乳コンビ」
「わぁっ、祐一さん人類の敵ですっ!」
「うぐぅ……ぜったいおっきくなるもん……」
「そうですよねっ!」
「うんっ。はたちになるまで望みを捨てちゃいけないんだよっ!」
「わかりますっ!」
 がっしりと手を取り合うあゆと栞。
「どうでもいいから、早くお昼にしようよ〜」
 名雪がいつもの調子で口を挟み、栞は「そうでした」と頷いて重箱を広げた。それから舞達の方に視線を向ける。
「倉田先輩も川澄先輩も、いかがですか?」
「舞、どうする?」
「食べる」
「あははーっ、それじゃ佐祐理も、少しだけお相伴に預かりますね〜」
「……栞さん、俺は?」
「知りません」
「……うぐぅ」
「わぁっ、祐一くんボクの真似しないでっ!」
「そうか、うぐぅはあゆのものだったな」
「そうじゃないけど……。うぐぅ……」
「あうーっ、肉まんが入ってない〜っ!」
 なんだかんだで、いつもの賑やかな昼食風景だった。
 俺は、黙ってもくもくとおかずをつついている舞に視線を向けた。
「……?」
「いや、なんでもない」
「そう……」
 頷いて、重箱に視線を戻す舞。
「……栞の弁当は、どうだ?」
 訊ねると、舞は視線を重箱から逸らさずに答えた。
「……相当に嫌いじゃない」
「そっか」
「えぅ〜、微妙な答えです〜」
「あ、大丈夫だよ、栞ちゃん。舞の相当に嫌いじゃないっていうのは誉め言葉なんだから」
「あっ、そうだったんですか」
「うん。ね、舞?」
「はちみつくまさん」
 この輪から舞だけがいなくなる、なんてことが許されていいはずはない。
 なんとしても、舞の退学は阻止しないとな。
 俺はその意も新たに、重箱から唐揚げを摘み上げた。
「わっ、祐一さんには食べていいって言ってないですっ!」
「む、美味いな、これ」
「誉めてもだめですっ」

 重箱が空になり、栞がそれを片付け始めたところで、天野が俺に視線を向けた。
「一つだけ、方法を思いつきました。……上手くいくかどうかは判りませんが……」
「さすが天野。この際、どんな方法でもいいぞ。で、どういう方法だ?」
「……多分、相沢さんはいい顔をしないでしょうね」
「この際、何でも構わない。で?」
「……」
 天野は、ちらっと舞の髪を結び直している佐祐理さんを見た。そして、首を振った。
「やっぱり、ダメですね」
「……話が見えないぞ、天野」
「すみません、忘れてください」
 そう言うと、天野は立ち上がった。
「真琴、行きましょうか」
「あう? でも、まだ祐一にお昼の挨拶してないよ……」
「それじゃ、お昼の挨拶をしてください」
「うんっ!」
 俺はそれを聞くや、反射的に手を突き出した。
 しゅっ
「えへへ〜っ、いつも同じ手にはひっかかんないわようぶっ」
「ふふふ、甘いぞ真琴。最初のはフェイントだ」
 顔面に掌底をカウンター気味に喰らった格好になった真琴は、あうあう言いながら鼻を押さえていた。
「みてなさいようっ、今度はちゃんとキスしてみせるんだからっ!」
「おう、受けて立つぞ」
「行こっ、美汐っ!」
 そのままずんずんと階段を降りていく真琴。天野はすっと頭を下げて、その後を追った。
「……真琴さん、最近ますます目的の為に手段を選ばず、手段のために目的を忘れるパターンになってませんか?」
 栞が俺の脇に寄り添って呟く。
「まぁ、真琴だしなぁ」
「そうですね」
「はいはい、そこまでだよ」
 名雪が後ろから笑いながら言うと、栞はぷっと膨れて振り返る。
「名雪さん、ひどいですぅ。せっかくいい雰囲気だったのに。ね、祐一さん」
「いや、全然」
「わっ、そんな祐一さん、人類の敵ですっ!」
「いいから、さっさと教室に戻れよ。そろそろ予鈴が鳴るぞ」
「はぁい」
 栞は空になった重箱を包んだナプキンを手にして、ぺこりと頭を下げた。
「それでは」
「おう。さて、俺達も教室に戻るか。佐祐理さん達はどうする?」
「もう少し、ここにいます。天野さんのおかげで、あ……ごほごほごほっ」
 不意に咳き込む佐祐理さん。驚いて覗き込もうとすると、すぐに顔を上げた。
「大丈夫ですよ。とにかく、ここしばらく舞と一緒にいられませんでしたから、今日はその分一緒にいたいんです。ね、舞?」
「……」
 こくんと頷く舞。相変わらずの無表情だが、そこはかとなく嬉しそうな感じだ。
「そっか。それじゃ邪魔はしないことにするか。な、名雪」
「そうだね。それじゃわたし達は教室に戻りますから」
「はい。授業、ちゃんと受けて下さいね〜」
 2人に見送られながら、俺達は階段を降りていった。

 廊下の角を曲がったところで、名雪がポツリと言う。
「……本当に、仲が良いんだね」
「ん? ああ、佐祐理さんと舞か。そうだな……」
「わたしと香里も親友同士だって思ってたけど、あそこまで仲が良いかって言われるとどうかなって思うし……」
「ん〜。でも、あの2人は本当に運命共同体って感じだからな。あそこまでべったりするだけが親友ってわけでもないだろ? いろんな形があっていいんじゃないか?」
「……そうだね」
 名雪はなにやら考え込みながら頷いた。と、不意に立ち止まる。
「祐一、ちょっと……」
「ん?」
「あれ、香里と北川くんだよ」
 窓の外に視線を向けて言う。
 そこからは、中庭を見て取ることが出来た。
 春が近づきつつあるとはいえ、まだ雪も残っているその場所……。かつて、栞が佇んでいた、ちょうどその辺りに、香里と北川が立っているのが判った。
「なにしてるのかな?」
「話をしてるんだろうけど……」
 向かい合っているんだから、お互いに黙ってるとしたらかなり妙だ。
 もっとも、窓が閉まっているうえに直線距離では20メートルはあるので、2人の会話が聞こえるはずもない。
 と、不意に香里が右手を振り上げた。
「わ!」
 その手が振り下ろされるのと、名雪が痛そうに声を上げたのは同時だった。
 そして、香里はそのまま身を翻して駆けていく。
 北川は、その後を追うわけでもなく、打たれた頬に手を当てるでもなく、そのままじっとしていた。
「なにがあったんだろ……」
「さぁ……」
 俺達は、顔を見合わせて、首を捻るばかりだった。

Fortsetzung folgt

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あとがき

 ここのところ、後書きが無くて寂しいという声があったので、久しぶりに後書きを書いてみることにしました。
 ……と言っても、何を書いたものやら。
 とりあえず、近況って感じでいいのかな。

 ここしばらく、プール4を連続アップしてますが、調子に乗ったときは大体こんなペースです。……オーバーペースなのは否めませんが、まぁ調子悪いときは全然書きませんから、平均すればいい感じになるのかな、と(笑)
 もっとも、調子に乗ってしまうと他のことはやらなくなってしまうので、他の執筆は全部停止してます。あと時節ものも書く余裕がありませんので、今年はバレンタインSSはなしです(苦笑)
 しかし、プール4もあっという間に40話。通算では160話。ううむ、最初は前後編だったはずなのになぁ(笑)

 ところで、掲示板で時々騒いでいたメインマシン、佐祐理さん改めみらくるさゆりん改めすぅぱぁさゆりんは、何とかかんとか動作してます。相変わらず不安定ではありますが(苦笑)、45G×4のHDDを搭載し、元気にやっておりますとさ(笑)
 しかし、ここまで容量を上げてくると、Win98の想定範囲外らしくスキャンディスクもfdiskもおかしいという……。困ったもんです、まったく。

 ええと、この後ちょっとダークなことを書いてたんですが、読み返してみて気分のいいものでもなかったので削ります(苦笑)
 その代わりに、と言ってもなんですが、謝辞など。
 感想メールシステムを導入してから1年と1ヶ月ほどたちましたが、その間に頂いたメールの数は2500通近くになります。ま、何も考えずに送信ボタンだけ押したんだろうな、というものも少なくはないんですが(笑) 採点が1点で名前も感想もなしっていうのは結構こちらもへこみます(苦笑)
 それでも、以前に比べると飛躍的に感想の数が増えて嬉しいです。ホントですよ?

 プールに行こう4 Episode 40 01/2/14 Up 01/2/15 Update

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採点(10段階評価で、10が最高です) 1 10
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