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Kanon Short Story #14
プールに行こう4 Episode 39

「……なぁ、相沢」
 1時間目が終わった休み時間、トイレに行って、手を洗っていると、後ろから声をかけられた。
「……ええっと、すまん、誰だったっけ?」
「北川だっ!!」
「おう、そうだったか」
「いや、冗談を言ってる場合じゃなくてだな……」
 振り返ってみると、北川は深刻そうな顔をしていたので、俺もちょっと真面目に聞いてやることにした。
「どうしたんだ?」
「ああ、美坂のことなんだが……」
「香里の?」
 北川は頷いた。
「今日、なんかいつもと違うんでな。昨日何かあったのかと思って。ほら、昨日お前のところに泊まっていったんだろ?」
「なんでそんなことまで知ってる?」
 栞は2日に1日の割合で泊まっていくのだが、香里まで来ることはあまりないのだが。
 北川は胸を張った。
「美坂のことなら何でも知ってるぞ」
「その割に、香里に昨日何があったのかは知らないのか?」
 ツッコミを入れると、北川は俺の襟首を掴んだ。
「だからこうして訊いてるんじゃないかっ!」
「わかった、わかったから落ち着けっ!」
「あ、すまん」
 北川は、慌てて手を離した。
 さて、何と答えたものか……。
「……北川は一応友人だから、嘘を付くことは出来ないな」
「ということは、本当に何かあったのかっ!?」
「……まぁ、ここで話すのもなんだから、とりあえずトイレからは出よう」
「お、おう」
 頷く北川を連れて、俺はトイレを出た。

 廊下を歩きながら、北川に尋ねる。
「最近、どうよ?」
「そうだな、やっぱりここ数年来美少女系も相当に細分化されたから、ときメモみたいに「これさえ押さえれば万事オッケー」みたいなものが無くなって、その分作家個人に対しての人気っていうのが上がってきてるな。ジャンルよりも作家、って感じかな?」
「なるほど。しかし、そうなると壁がますます厳しくなるんじゃないか?」
「当然だな。まぁ、壁のオフセ本はショップに出ることが多いから、コピー本は狙わないと割り切ってしまえば、最初から島を回っていくという戦術も有効だ。……って、違うーっ!!」
 いきなり立ち止まると、地団駄踏む北川。
「何が悲しくて即売会の購入戦術をこんなところで語り合わないといかんのだっ!!」
「しかし、重要なことだぞ」
「それはそうだが、それよりも美坂の方が重要だっ!」
 おおっ、言い切った!
 俺は、頷いた。
「わかった。全てを話そう。実は昨日……」
「かおりんチョップ」
「おふぅ」
 いきなり後ろから後頭部に衝撃を喰らって、俺はそのまま床に崩れ落ちた。
 微かに声が聞こえる。
「おわ、美坂っ!?」
「あたしは何ともないから、御心配なく」
「で、でもなぁ……」
「何?」
「……何でもないです」
「よろしい」
 ……弱い、弱すぎだぞ北川っ!
 ツッコミを入れながらも、俺の意識は遠退いていった。

「……あ、あれ?」
 目を開けてみると、見知らぬ天井だった。
「あっ、祐一、気が付いた?」
 その天井をバックに、名雪が俺の顔を覗き込んだ。
「……ここは?」
「保健室だよ。でも、びっくりしたよ〜」
 そう言いながら、名雪は起き上がろうとした俺の背中に手を添えて助けてくれた。
「お、悪いな。で、どうして俺が保健室で寝てるんだ?」
「廊下で急に倒れたんだって。わたし、香里に知らせてもらって急いで来たんだよ」
「……」
 真実は言わない方が良さそうだな。
「でも、そんなに疲れてたの? えっと、もしかして、昨日のあれのせい、かな?」
 頬を赤くして、恥ずかしそうに訊く名雪。
 うう、そんな表情されると、こっちも理性が飛びそうになるじゃないかぁ。
 いかん、ここは神聖なる学校の保健室だぞっ。体育倉庫と並ぶ学園内えっちの殿堂の……。
 なんだ、問題ないじゃないか。
「名雪っ!」
 俺はがばっと名雪を抱き寄せた。
「きゃんっ! えっ、えっと、えっと……」
 状況が飲み込めずに、目を白黒させている名雪の唇を強引に……。
「名雪さんっ、祐一くんはどうぐぅっ!!」
 ちょうどそのタイミングで、仕切りの隙間からあゆが顔を出して、そのまま妙な悲鳴を上げて硬直する。
 まあ、いきなり目の前で熱いキスシーンを見せられたら俺でも硬直する……って……。
「……どうわぁっ!!」
「きゃぁっ! あ、あゆちゃんっ!?」
 名雪はあたふたと乱れた制服を伸ばして、髪をなでつけてから、照れ笑いをする。
「あは、あは」
 俺もとりあえず当たり障りのない事を言っておく。
「ええっと、今何時だ?」
「え? あ、うん、3時間目と4時間目の間の休み時間だよ。ああっ! それより、祐一くん、名雪さん、大変なんだよっ!」
 あゆが不意に思い出したように手を振り回した。
「何かあったの、あゆちゃん?」
「うん、さっき、ボク、ちょっと用事があって職員室に行ったんだよ」
「先生に呼び出されたのか?」
「ボクじゃないよっ! うん、それで職員室に行ったら、舞さんが呼び出されてたんだよっ!」
「舞が?」
「川澄先輩が?」
 俺と名雪の声がはもった。それから、俺は名雪に視線を向けた。
「ところで名雪、もしかしてずっと俺のそばについてたのか?」
「う、うん。わたし、保健委員さんだし」
「……そうだったっけ? まぁ、いいや。で、何で舞が呼び出されたんだ?」
「うん。なんでも、学校のガラスを割ったとかなんとかって聞こえたんだけど、ボクが立ち聞きしてたら先生に職員室を追い出されちゃって……」
 あゆはうなだれた。
「それで、知らせに来たわけか」
「う、うん……」
「まずいなぁ……」
 俺は腕組みした。
 ガラスを割ったっていうのは、間違いなく一昨日の舞の力が暴走したときのあれだろう。
 生徒会にとっては、卒業式までほとんど間がない今となっては、散々苦汁を嘗めさせられた(俺達に言わせれば、生徒会側の自爆だが)舞を退学に追い込む最後のチャンスだ。事件を知って、きっと飛び上がって喜んだことだろうな。
 さて、どうしたものか……。
「で、舞は一人だったのか?」
「うん、ボクが見たときには……」
「まずいな、それは……」
 唇を噛んで、俺は名雪に視線を向けた。
「名雪、佐祐理さんに知らせてきてくれるか? もう手遅れかも知れないが……」
「うん」
 頷くと、名雪は身を翻した。
「あ、それならボクが知らせてくるけど……」
「いや、あゆよりも名雪の方が足が速いからな」
「そっか……」
 俺は、ベッドから足を降ろした。
「あ、もう大丈夫なの?」
「ああ。それに、こんな状況で寝ていられるか」
 と、そのとき、チャイムが鳴り出した。
「うぐぅ、4時間目が始まっちゃったよ……」
「あゆはすぐに教室に戻れ。進級試験が控えてる今、教師の心証を少しでも悪くするのは避けないといかんからな」
「う、うん。でも祐一くんは?」
「舞に逢ってくる。俺はまだ保健室で寝てるって先生には言っておいてくれ」
「うん、任せてよ」
 とん、と胸を叩くあゆ。……不安だったが、まぁいいだろう。

 俺が職員室の前に来ると、ちょうど外に出てきた舞がドアを閉めているところだった。
「舞っ」
「……」
 俺の言葉に顔を上げる舞。
「……祐一?」
「おう。どうだった?」
「処分は後で出すって」
「……とりあえず、処分保留ってことか」
「昼休みに、会議室に来いって」
「会議室ということは、生徒会の連中も含めて協議ってことか」
「舞〜っ」
 佐祐理さんの声がした。そっちを見ると、佐祐理さんが廊下を走ってきていた。
「佐祐理……」
 小さく呟くと、舞はくるっと佐祐理さんに背を向ける。
「ま、舞?」
「卒業式までは話さないって、昨日言ったから……」
「そんなこと言ってる場合じゃないだろっ!」
 俺は舞の肩に手を掛けて、強引にぐるっと回して佐祐理さんの方を向かせた。
 と、その舞に佐祐理さんが抱きついた。
「ごめんね、ごめんね、舞……」
「佐祐理……」
 佐祐理さんは、舞の胸に顔を埋めて、肩を震わせて呟いた。
「ごめんね……。佐祐理が、守らないといけなかったのに……」
 舞は戸惑った表情を浮かべていたが、やがて佐祐理さんの背中に手を回した。
「佐祐理は、私の大切な人だから……」
「舞……。うん……」
 頷いて、佐祐理さんは顔を上げた。
「あのね、舞。佐祐理は舞に隠してることがあるの……」
 ああ、そうか。
 不意にその時、俺にはなぜ、佐祐理さんが舞や俺達を避けたのかが判った。
「佐祐理さん、それは卒業式まで言わないんだろ」
「……祐一さん?」
 振り返って、佐祐理さんは初めて俺がいたことに気付いたように目を丸くした。
「どうしたんですか、祐一さん? 今は授業中じゃなかったですか?」
「それを言うなら佐祐理さん達も……って、3年はもう授業はないのか」
「はい」
「よし、それじゃちょっと早いけど、いつもの所に行こうか。昼休みは忙しいだろうしな」
 俺は2人に提案した。
 佐祐理さんは手を叩いて微笑んだ。
「そうですね。そうしましょう」
「……私は、構わないから」
「よし、行くぞっ!」
 俺は廊下を歩きだした。

 屋上に通じる踊り場に着いてから、俺はふと佐祐理さんに訊ねた。
「……ところで、佐祐理さん、お弁当はあるんですか?」
「あ……。ごめんなさい、舞、祐一さん。今日はお弁当、ないんです……」
 はたと気付いて、済まなさそうな顔をする佐祐理さん。
 と、舞がこくりと頷いた。
「わかった」
「……舞?」
「買ってくる」
 それだけ言い残し、そのまま舞は、すたーんすたーん! と3段飛ばしくらいの勢いで階段を降りていった。
「……行ってしまった」
「あはは〜」
 しかし、こうなると、舞が戻ってくるまでは、俺と佐祐理さんは二人で待たされるというわけだ。
 ちょうどいい機会だった。
 俺は佐祐理さんに向き直った。
「佐祐理さん、訊きたい事があるんだ」
「はぇ、なんですか? あ、あのことだったら……」
「待てっ。久瀬のことだっ!」
 慌てて先回りする俺。
「久瀬さんですか?」
「ああ。率直に訊くけど、佐祐理さんは久瀬のことをどう思ってるの?」
「どうって……、ええと」
 佐祐理さんは少し考えてから、俺を見た。
 俺ははっとした。
 その時の佐祐理さんの瞳は、俺が初めて見る色を湛えていた。
 それを一言で言えば、『哀しみ』だろうか?
「……佐祐理は、悪い子ですから……」
 その答えをどう解釈して良いのか戸惑っていると、佐祐理さんはぱっと元のような明るい表情に戻った。
「あっ、舞が戻ってきましたよ、祐一さん」
「えっ?」
 振り返ると、舞がすたーんすたーん!と3段飛ばしで階段を駆け上がってきた。その手には3つの丼を乗せて。
「……牛丼、買ってきたから」
「あはは〜っ、さすが舞ですね〜」
「……あぁ、そうだな」
 結局、俺達は3人で仲良く牛丼を食べるのだった。

Fortsetzung folgt

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あとがき


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