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Kanon Short Story #14
プールに行こう4 Episode 34

 キーンコーンカーンコーン
「ん、チャイムか。よし、それじゃ今日はこれまで」
「起立、礼!」
 日直の号令でおざなりな礼を済ませ、4時間目の古文の教師が出ていくと、途端に教室は生徒達のざわめきに包まれる。
「祐一っ、昼休みだよ」
 嬉しそうに名雪が隣から声を掛けてきた。
「言われなくても判ってるって」
「あのね、見て見てっ」
 名雪が、鞄からスカーフに包まれた弁当箱を出す。
 俺は、窓の外を眺めた。
「……午後から天気が悪くなるのかもな」
「わっ、ひどいよ祐一っ」
 むくれる名雪に、俺は振り返って肩をすくめた。
「冗談だ、冗談。で、ここで食べるのか?」
「うんっ、もちろんだよ。あ、でも祐一が行きたいところがあるなら、どこでもいいよ」
 そう言われて、俺はにやりと笑って指を立てた。
「そうだな。それじゃ、体育倉庫あたりはどうだ?」
「え〜? あそこはほこりっぽいよ」
 陸上部の部長である名雪にとっては、言うまでもなく体育倉庫は身近な場所である。
 俺は顎に手を当てて答えた。
「まぁ、確かに。でもデザートも味わえるしなぁ」
「デザート? なに、それ?」
「それは、おまえだぁ!」
「きゃぁ〜」
「あのね、親父ギャグを交えてラブラブするのもいいけど、川澄先輩のことはどうするつもりなの?」
 後ろから香里に言われて、俺は肩をすくめた。
「佐祐理さんに話を聞けない以上、俺に出来ることはないだろ?」
 あれから、授業の合間の休み時間に数回、佐祐理さんのクラスまで行ってみた。だが、俺の顔を見るなり、今朝と同じようにささっとどこかに行ってしまうのだ。
 俺まで避けられていたことが判って、正直かなりショックだった。
 名雪が妙に明るく俺に接してるのは、俺がショックを受けてるのを感じ取ったからなのだろう。それが判ってるだけに、俺も落ち込んでるわけにはいかず、その結果、妙にラブラブな空間を形成してしまったわけだ。
「……今の、ラブラブっていうよりせくはらだとボクは思うよ」
「うぐぅ」
「うぐぅ……真似しないで……」
「されたくなかったら俺の考えを読むのはやめろ。第一セクハラって何の略か判ってるのか?」
「えっと……。うぐぅ、ボク勉強してくる……」
 またしても、背中を丸めてしおしおと立ち去るあゆ。
 俺は香里に視線を向けた。
「それはそれとして、香里のことを学年トップと見込んで頼みがあるんだが」
「月宮さんに勉強を教えてあげて欲しい、と? でも、進級試験って来週でしょ? 今からじゃ、さすがにどうにもならないんじゃないかしら」
 肩をすくめる香里。
 立ち去りかけながら、こっちの様子をそれとなく伺っていたあゆの足がぴたりと止まる。
「うぐぅ……」
「……おい、香里。聞こえてるぞ」
「あ、ごめん……。でも、嘘は付けないでしょ?」
「うぐっ、うわぁーーん」
 泣きながら教室を飛び出していくあゆ。
 名雪が珍しく顔をしかめて香里を睨む。
「香里、あゆちゃんいじめたらだめだよ」
 香里はため息をついた。
「はぁ、判ったわよ、お姉ちゃん。……そうね、とりあえず、判らないところを教えるくらいならやってあげてもいいわ」
「うん」
 一転してにっこり笑う名雪。俺も頷いた。
「おう、それじゃ早速放課後から頼むぞ、美坂先生」
「それはいいとして……。で、倉田先輩の方はどうするの?」
 話を元に戻されたので、俺は頬杖をついて考え込んだ。
「こうなったら、追いかけ回して逃げ場を無くしたところで強引に話を聞くか?」
「そんなの意味ないわよ。お互いに感情的になって、話が余計にこじれるわよ」
「だったら、どうしろって……」
「祐一ーーっ」
 言いかけたところに、いきなり横合いから声と一緒に真琴が抱きついてきた。
「うわぁっ、なんだマコピーっ!」
「朝逢えなかったから、朝の挨拶よっ。えっへへ〜」
 笑いながら、俺の制服にほっぺたをすりすりとすりつける真琴。
「相沢、お前毎朝そんなうらやましいことしてるのかっ!」
「してねぇっ!」
 横から突っ込む北川に言い返してから、俺は手のひらを開いて突き出した。
「あぶっ」
 案の定、俺にキスしようとしていた真琴は、そのまま俺の手のひらにキスする羽目になった。
 まったく、直情的な奴。いつも沈着冷静な後見人がついているからバランスが取れてていいんだが……。
 待てよ。
 俺は、ちょうど教室に入ってきた、その後見人の名前を呼んだ。
「天野、ちょっといいか?」
「私に、真琴の行動に責任を持てと言うのですか? そんな酷なことはないでしょう」
 そう言いながら、天野は俺のところにゆっくりとやって来た。
「いや、今回は真琴の話じゃないんだ。まぁ座ってくれ」
「……はい」
 頷いて、天野は空いていた椅子に腰掛けた。
「なんでしょうか?」
「あうーっ、祐一〜、真琴も話す〜っ!」
「名雪、真琴をとりあえず大人しくさせてくれ」
「あ、うん。真琴、こっちにおいで」
「あう……、うん」
「返事は「うん」じゃなくて、「はい」だよ」
「はぁい」
 どうやら着実にお姉さんレベルを上げている名雪であった。
 俺は天野に向き直った。
「で、話っていうのは、佐祐理さんのことなんだが……」

 手短に、俺は今までの話を天野にした。
「……というわけで、俺じゃ避けられてろくに話が出来ない状況なんだ」
「そうですか。それで、私に何をしろと言うのですか?」
「率直に言おう。佐祐理さんに話を聞いてきて欲しい」
「……」
 天野は、視線を伏せて考え込んだ。
 俺は言葉を続けた。
「たとえば、俺が佐祐理さんを追いかけ回して、話を聞くことも出来るかも知れない。でも、それじゃ互いに感情的になって、ますます話がこじれるだけなんだ」
「……それ、私がさっき言ったことじゃない」
「……と、香里が言ったんだ」
 香里に突っ込まれて、訂正する。
 天野は得心した様子で頷いた。
「それで、私に話を聞いてこいというのですね」
「ああ。なんとか頼まれてくれないか?」
「わかりました」
「そこをなんとか……。あれ?」
 いつもの調子で「私にそんなことを頼むのですか? そんな酷なことはないでしょう」と断ると思っていた俺は、逆に驚いた。
 天野は立ち上がった。
「相沢さんには借りがありますから。それでは、失礼します」
「……あ、ああ」
 頷いて、俺はその後ろ姿を見送った。

「倉田先輩にお話しを聞くくらいなら、私でも出来ましたよ」
 少し遅れて教室にやって来た栞が、話を聞いてちょっと拗ねたように頬を膨らませた。
 俺は肩をすくめた。
「いや、栞では佐祐理さんには太刀打ちできないだろうと思ってな」
「そんなこと言う人嫌いです」
 そう言うと、栞はどん、と重箱を机に置いた。
「ひどいこと言った罰です。全部食べてくださいね」
「……おいおい」
「冗談です」
 くすっと笑うと、栞は重箱を軽く叩いて見せた。
「倉田先輩がいらっしゃらないと思ったので、今日は張り切ってみました」
「なるほどな。よし、それじゃ行くか」
 俺は立ち上がった。
 行き先は、屋上に通じる踊り場だ。舞がそこで待っているはずだから。

 予想通り、一人でぽつんとそこで待っていた舞と無事に合流して、昼食を取っていると、天野が階段を上がってきた。
「やはり、ここでしたか」
「美汐〜っ、こっちこっち〜」
 ぱたぱたと手を振る真琴。天野は微笑んでその隣りに腰を下ろすと、俺に視線を向けた。
「倉田先輩と、お話ししてきました」
「さすが天野。で、どうだった?」
「……そうですね。みんな関係者と言ってもいいでしょうから」
 一同の顔を見回してから、天野は静かに言った。
「倉田先輩からの伝言です。……卒業式が終わるまで、皆さんとは逢わないようにしたい、とのことです」
「……なんでっ!?」
 思わず俺は語気を荒げてしまった。
 名雪が、俺の肩を押さえる。
「祐一……」
 それで我に返って、俺は天野に謝った。
「悪い。でも、どうして……?」
「理由は……、私は教えてもらいましたが、皆さんには教えられません。ただ、悪いことではないですよ。ですから、心配はいりません」
「……そう言われても、こっちも困るわよ」
 香里が肩をすくめた。
 天野は、香里に、そして舞に視線を向けた。
「倉田先輩も、辛い思いをしてます。でも、そう決めたんだそうです」
「……」
「……川澄先輩」
 天野は、舞にそっと話しかけた。
「倉田先輩は、川澄先輩のこと、今でも大好きですよ。それだけは、絶対に間違いはありません」
「……そう」
 それで安心した、というわけでもないだろうが、舞は目を伏せて頷いた。
「それから、昨日言った婚約のことですが、あれは真琴の聞き間違いです」
 その天野の言葉に、俺は安堵のため息をついた。
「……そっか、あれは真琴の聞き間違いか」
「ええーっ!? そんなことないわようっ!」
 真琴が抗議の声を上げたが、天野はそんな真琴を見て、小さく呟いた。
「……」
「えっ? こんにゃく?」
「違います。婚約って言ったんですよ」
 あっさり首を振ると、天野は手を伸ばして、真琴の頭を撫でた。
「真琴、聞き間違えることだってあるでしょう?」
「う、うん……。そっか……。ごめん、祐一。真琴の聞き間違い」
 真琴は素直に頷いて、俺に謝った。
 しかし、何にせよ一安心、というわけだな。まぁ、佐祐理さんの逢えない理由っていうのが気になるけど。
「あ、そうそう」
 天野は、不意に思い出したように、俺に向き直って言った。
「倉田先輩と久瀬先輩が、仲が良いというのは本当ですよ」
「……なんですとっ!?」
 安心したところにいきなりのカウンターを喰らって、思わず方言じみた言葉遣いになってしまった。
 真面目な顔で、天野は俺に言った。
「それについては、倉田先輩よりも、むしろ久瀬先輩に直接お聞きした方がいいと思います。それから……」
「それから、何だ?」
「……あの二人の間に介入するのは皆さんの勝手ですけれど、それに私や真琴を巻き込むのは止めてください」
 その天野の言葉に、俺はそれ以上追求することはできなかった。

 放課後になり、俺はあゆと名雪を連れて図書室に向かった。
 あゆは単に図書室に行くから一緒になっただけだが、名雪は俺のストッパー役を買って出てくれたのだ。
 そう。俺は久瀬に直接話を聞くつもりだった。
 図書室のドアを開けると、室内を見回す。
「……いないな」
 半分落胆、半分安堵のため息を付いて、それからあゆに訊ねる。
「本当に久瀬は毎日ここに来てるのか?」
「うん。少なくとも、ボクがここで勉強してるときはいつもいたよ」
 香里も同じことを言っていた。曰く、生徒会を首になってから、暇をもてあましてるせいか、図書室に入り浸って本を乱読しているらしい。
「まぁ、いないものはしょうがない。それじゃ帰ろうか名雪」
「あ、ボクたい焼きが……」
「月宮さんはお勉強でしょ?」
 後ろから声を掛けられて振り返ると、香里が立っていた。普段は掛けていない眼鏡を掛けて、やる気満々の家庭教師といった風情だ。
「おう、香里。それじゃこいつのことはよろしく頼むぜ」
「ええ。ほら、月宮さん、行きましょうか?」
「で、でも……」
「美坂っ、俺にも勉強を教えてくれっ! 特に下半身……」
「おぷてぃっくぶらすと」
 どどむ
 瞬時に吹き飛ばされる北川を無視して、あゆににっこりと笑いかける香里。
「さ、お勉強しましょうか」
「よ、よろしくおねがいします……」
 すっかり怯えきった表情のあゆは、そのまま香里に連れられて、閲覧席の方に行ってしまった。
 なんかドナドナって感じだった。
「さて、それじゃ俺達も帰ろうか」
「そうだね」
 俺達は肩をすくめて向き直ろうとした。
「……君たち、入らないのならさっさと退いてくれないか? 通行の邪魔だよ」
 そこにいたのは、間違いなく久瀬だった。

Fortsetzung folgt

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あとがき


 プールに行こう4 Episode 34 01/2/8 Up 01/2/11 Update

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