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「……うにゅ、祐一ぃ、そんなの入らないよぉ……」
Fortsetzung folgt
わけの分からない寝言を呟く名雪をベッドに寝かせ、布団をかけてやると、俺はそっとドアを閉めた。
しかし、まぁ名雪らしいと言えば名雪らしいよなぁ。
「……祐一」
「どうわぁっ!!」
思わず一人でにやにやしていた俺は、いきなり背後から声を掛けられて、思わず飛び上がった。
慌てて振り返ると、そこには制服姿の舞がいた。
「なっ、なんだっ!? 今から魔物退治に行くのかっ!?」
反射的に訊ねてから、その必要がなくなったことを思い出す。
案の定、舞は首を振った。それから、珍しく困惑した表情を浮かべる。
「なぜここにいるのか、わからない」
「……あ、そうか」
考えてみれば、いきなり栞に薬を打たれて、眠った状態でここまで運んでこられたのだ。
俺は廊下の壁に寄りかかって、その冷たさに思わず飛び退いた。
「……何をしてるの?」
「あ、えーと、なんだ。とにかくここじゃなんだから、俺の部屋に来てくれ」
俺の言葉に、舞は黙って頷いた。
部屋に入ると、俺は振り返って舞に言った。
「とりあえずベッドにでも座ってくれ……」
「もう座ってる」
その言葉通り、舞は既に俺のベッドに座っていた。
俺はその隣りに座ると、肩に手を……。
チャキッ
「説明して」
「うわっ、どこから剣を出したっ!」
喉に感じる冷たい感触に、俺は思わず上擦った声を上げる。
舞は黙って剣を引くと、ベッドに立てかけた。そして俺に視線を向ける。
とりあえず、俺は説明することにした。と言っても、栞が薬を使って舞を眠らせた、なんて言ったら、舞がどんな反応を示すか判ったもんじゃないから、その辺りはちょっと嘘を付く。
「いや、舞があのまま寝ちまったから、とりあえずうちまで運んで来たんだよ」
「寝……た?」
「ああ。栞が言うには、名雪もかくやというほどの寝付きの良さだったらしいぞ」
「……そう」
呟いて、舞は床に視線を落とした。納得した、というよりは、そんなことはどうでもいい、という感じだった。
どう言ったものか、しばらく迷ってから、俺は言った。
「なぁ、舞。本当に、佐祐理さんが舞のことを嫌いになったと思ってるのか?」
「……わからない」
舞は首を振った。
「でも、今までこんなことなかったから……」
俺がこの街に来て、舞と再会するよりも早く、舞と佐祐理さんは出逢っていた。それから、ずっと二人は一緒だった。
ある意味、俺の代わりに佐祐理さんが舞を支えてくれていた、と言っても過言ではないだろう。
そして今や、舞にとって佐祐理さんは、いなくてはならない存在となっているのだ。
悔しいけれど、俺や他の誰かでは、その存在が抜けたあとを埋めることが出来ないくらいに。
そこまで他人に依存するということは、舞は、精神的にはまだあの頃の……幼い少女のままなのだろう。
あれから今まで舞の心を凍り付かせていたのは俺だったのだから、今の舞を何とかするのも俺の責任だ。
「……祐一」
俺が頭の中で考えをまとめていると、舞がぼそっと言った。
「そばにいて……ほしい」
「……ああ」
俺は頷いて、舞の肩に手を掛けて抱き寄せた。
今度は、舞も抵抗せずに、そのまま俺の胸に頬を当てた。
俺達は、ずっとそのままでいた……。
『朝〜、朝だよ〜。朝ご飯食べて学校行くよ〜』
いつものように目覚ましの声で目が覚める。
「……ふわぁ」
手を伸ばして目覚ましを止め、一つ欠伸をしてから起き上がろうとしたとき、不意に隣で何かがもぞもぞっと動いた。
「なんだぁ?」
まだ半分寝惚けた状態で、俺は毛布をはぐった。
目に飛び込んできたのは、長い黒髪だった。
「……名雪、いつの間に髪を染めたんだ?」
その髪を手にとって訊ねてから、手触りが微妙に違うことに気付く。
「あれ?」
俺は視線をその黒髪の持ち主の顔に向けた。
「……」
まだ目を閉じて眠っているその顔は、間違いなく舞だった。
一拍置いて、昨日の事を思い出す。
ええっと、たしかベッドに並んで座ってて……。あれ、でも……。
改めて、舞の姿を見てみる。
確かあの時は制服姿だったはずなのだが、今見ると、舞がここに泊まるときに使っている青いパジャマだった。
と、改めて自分を見ると、こちらもいつも使っているパジャマ姿になっている。
自分で着替えた覚えは、ない。
はて……?
と、不意に舞が身じろぎして、ゆっくりと目を開けた。
「……?」
「よう」
とりあえず片手を上げて挨拶すると、舞はむくっと上体を起こした。そして、腕を広げて自分の格好を見てから、俺に視線を向ける。
「ち、違うぞ。俺が着替えさせたんじゃ……」
慌てて弁明し掛けたとき、不意にノックの音がした。
トントン
「祐一くんっ、起きてる?」
あゆの声だった。俺は慌てて返事する。
「お、おうっ! どうしたあゆあゆっ!?」
「うん、秋子さんが、朝ご飯の用意が出来てるって」
「すぐ行くって伝えてくれっ!」
「うん、わかったよ」
そう返事をしてから、あゆの足音が遠ざかっていく。
俺は一息ついて、ベッドを出た。
「とりあえず、俺が先に下に降りて、秋子さんに聞いてくるから、舞はここで待っててくれ」
そう言って歩き掛けたところで、つんのめる。
何かと思ったら、舞が俺のパジャマの裾を掴んでいた。
「舞?」
「……一緒にいて欲しい」
舞は、そう言いながら俺を見上げた。
長身の舞は俺とほとんど身長差がないから、こうして見上げられるなんて体験は滅多にない。しかも、髪を下ろして、瞳をうるうるさせているから威力は3割り増しだ。
うぉ、パジャマの胸元からふくよかな丘陵の裾野がぁっ。威力7割り増しっ(当社比)!
……3.141592653……。
俺は頭の中で円周率を唱えてようやくどうにか平静を取り戻し、屈み込んで視線の高さを合わせて言った。
「でも、いつまでもこのままじゃ駄目だろ」
「……」
舞は無言で、ただ俺のパジャマの裾を握るこぶしが、さらに固く握りしめられる。
そのこぶしを、俺はそっと手で包み込んだ。
「舞……、すぐに戻るから……」
「……うん」
頷いて、舞はそっと、こぶしを開いた。
その手をもう一度握ってから、俺はそっと部屋を出た。
パタン
ドアを閉めると、俺はひとつ深呼吸した。
「祐一、川澄先輩と変なことしてないよね?」
「そんなことするわけないだろ。……って、名雪っ!?」
俺の部屋のドアの真ん前、廊下の壁にもたれるようにして、制服姿の名雪が立っていた。
「なんで名雪が俺が起こすよりも早く起きてるんだっ!?」
「そんな日だってあるよ。それに昨日は早く寝たし……」
「そう言われてみればそうだっけ。それにしてもなぁ……」
「それに、そんなに早くないよ。ほらっ」
そう言って、自分の腕時計を見せる名雪。確かに、いつもなら朝食を取ってる時間だ。
って、なにぃっ!?
俺は思わず名雪の腕を掴んで、文字盤をじっくり見たが、それで針が逆回転するわけでもない。
「くそ、このままじゃ遅刻じゃないか。早いとこ秋子さんに話を聞かないと……」
「私にですか?」
「どうわぁっ!」
いきなり脇から声を掛けられて、俺は思わず飛び上がった。それからそっちを見ると、秋子さんがお盆に朝食を乗せてそこに立っていた。
「二人が遅いから、持ってきましたよ。ドア、開けてくれますか?」
言われて、俺はドアを開けた。
「すみません」
軽く頭を下げ、俺の部屋に入っていく秋子さん。俺と名雪もその後に続いて部屋に入った。
とりあえず、俺は勉強机で、舞はベッドで朝食を取ることにした。そして、遅い朝食を取りながら、ようやく昨日の顛末を聞く事が出来た。
やはりというか何というか、俺達をちゃんと着替えさせてベッドに寝かせたのは秋子さんだったようだ。
「大丈夫よ。みんなには秘密にしておいたから。あ、でも名雪にはばれちゃいましたね」
そう言って微笑む秋子さん。
「でも、名雪だって悪かったのよ。祐一さんとせっかく二人きりだったのに、一人だけさっさと寝ちゃうんだから。あんまりお母さん、そういうのは感心しませんよ」
「おっ、お母さんっ!」
かぁっと真っ赤になると、名雪は口ごもった。
「そ、それはその、とても眠かったから……。うーっ、お母さんいじわるだよっ」
「はいはい」
娘の抗議を微笑んでいなす秋子さん。
俺は俺で、実は先ほど、自分のパンツも昨日履いていたものとは違うことに気付いたのだが、それを追求すると怖いことになりそうだったのでやめておくことにした。
「とりあえず、ご迷惑をおかけしましてすみませんでした」
「いいのよ、そんなことは。あら、川澄さん。和食の方が良かったかしら?」
「……」
舞は、目の前のお盆に並べられた朝食に、全然手を付けていなかった。
「舞、どうした?」
「……食べたくないから」
そう言うと、舞はお盆を脇に置いて、立ち上がった。
「学校に行く」
「駄目よ、ちゃんと食べないと」
秋子さんはそう言うと、パンを手にとってちぎると、舞に差し出した。
「ほら、美味しいですよ」
「……」
「あ、それともジャムでも付けた方がいいかしら?」
小首を傾げると、秋子さんは呟いた。そして、不意にいいことを思いついたようににっこり笑う。
「川澄さん、甘いのが駄目だったら、甘くないジャムもありますよ?」
「食べる」
そう言うと、舞はパンの切れ端を受け取って口に運んだ。そしてそれを飲み込むと、部屋を出ていった。
秋子さんはその背中に声を掛けた。
「あっ、制服は私の部屋にありますから」
「……」
多分聞こえたのだとは思うが、無言で、舞は廊下を歩いていった。
それにしても、あの状態の舞に言うことを聞かせてしまうとは。秋子さんのジャム恐るべし。
などと思っていたら、秋子さんが俺の方を見た。
「祐一さんはいかがですか?」
「いえっ、これで十分ですっ! いやぁ美味しいですよ、ホントにっ!」
慌ててそう言いながら俺はパンを口に詰め込んだ。
ちなみに名雪は、秋子さんが最初にジャムのことを言いだした瞬間に部屋から消えていた。
舞と並んで家を出ると、門の前で名雪が待っていた。他の連中はもう先に行ったらしい。
俺達に気付いた名雪が、溢れんばかり、というよりむしろわざとらしい笑顔で挨拶する。
「あっ、おはよう祐一、川澄先輩っ」
ぽかっ
俺は無言で名雪の頭を一発叩いた。
「痛っ。ひどいよ祐一〜」
「うるさい。さっさと逃げ出しやがって」
「だって……」
俺達がそんなことをしている間に、舞はその脇をすり抜けるように、さっさと歩き出していた。
「あっ、こら舞! ええい、行くぞ名雪っ」
「う、うん……」
俺達も、その後を追って通学路を歩き出した。
通学路を歩いていると、不意に舞が立ち止まった。
「お、おい、どうした……」
「祐一、あれ……」
名雪が俺の手を引き、前の方を指さした。
その指の差す方を見て、俺は思わず言葉を失った。
「……というわけで、僕はやはり……」
「あはは〜。本当ですか、それは?」
「もちろんですよ」
肩を並べて、楽しそうに談笑しながら歩いていたのは、久瀬と佐祐理さんだった。
と、不意に佐祐理さんがこちらを見た。
「あ……」
「よ、よう……」
「こんにちわ、倉田先輩」
俺はぎこちなく、名雪はとりあえず普通に挨拶する。舞は無言のままだった。
佐祐理さんは、変わってないよな? いつも通り「あはは〜、おはようございます〜」って言ってから、舞に駆け寄ってくるんだよな?
だけど……。
「ごめんなさい、久瀬さん。また、後で……」
それだけ言うと、佐祐理さんは俺達に視線を向けた。そして何か言いかけ、その口に手を当てると、くるりと俺達に背を向けて、学校に向かって駆けて行った。
「……そんな、馬鹿な……」
俺は思わず呟いていた。
「やぁ、川澄さん、水瀬さん、それから……確か相沢くん、だったかな。君たちも早く行かないと遅刻してしまうよ。それでは失敬」
久瀬が勝ち誇ったような口調でそう言うと、悠然と歩いていく。
俺は、ただ呆然とその後ろ姿を見送ることしか出来なかった。
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プールに行こう4 Episode 33 01/2/7 Up