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Kanon Short Story #14
プールに行こう4 Episode 31

 既に夕陽も西に落ち、辺りは薄暗くなりかけていた。
「もう、川澄先輩も帰ってるんじゃないですか?」
 もう閉まってるかと思ったのだが、校門はまだ開いていた。そこから入りながら、栞が言う。
「いや、まだいる」
 なんとなくだが、俺にはそんな気がしていた。
 と、栞がぶるっと身を震わせて、俺にしがみついた。
「寒いですね……」
「あーっ、そこっ! 必要以上にひっつくんじゃないわようっ!」
「もうっ、せっかくいい雰囲気だったのに……」
 と、俺と栞の間に割り込もうとしていた真琴が、不意にびくっと身を震わせ、空を見上げた。
「……真琴?」
「なんか、変な感じがするっ」
 ぴょこんと髪の間から耳を立たせてそう呟く真琴。制服のスカートから、ふさふさの尻尾も見えている。
 他の生徒がいなくて良かった。
 そう思いながら訊ねる。
「変な感じって、どんな感じだ?」
「うまく言えないけど、変な感じなのようっ!」
 真琴は、左右を見回してから、ぴっと指をさした。
「あっちからっ!」
「3年生の教室ですね、そちらは」
「となると、舞か!」
 それしか考えられない。
 俺達は駆け出した。

 階段を駆け上がり、廊下に飛び出す。
 後ろから泣き声が聞こえる。
「えぅ〜、早いですぅ〜」
「泣くな栞っ! そんなことじゃ変な歩き方省から補助金はもらえないぞっ!」
「そんなの、いらないですっ」
 と、いきなり真琴が俺の前に飛び出した。
「危ないっ、祐一っ!」
「えっ?」
 ガッ
 真琴が、両腕を交差させて、なにかを受け止めた。が、そのままこちらに押されているように、ずりずりと下がってくる。
「うくっ」
「真琴っ!?」
「うう〜っ!!!」
 腰を落とし、真琴は叫んだ。そして、そのなにかを払いのけるように、一気に腕を振り、大見得を切る。
「なめないでよねっ! ななせなのよあたしっ!!」
 どこかで聞いたような決め台詞だった。っていうか、それ以前にお前は七瀬じゃないだろ。
 思わず呆れる俺をよそに、真琴は腰に手を当ててずいっと肩で風を切ってみせる。
「祐一の愛がある限り、真琴さまは無敵なんだからねっ!!」
「ないない、そんなの」
 俺のツッコミに、振り返って泣きそうな顔をする真琴。
「あう〜っ、祐一ぃ〜〜……」
「……わかったわかった。とりあえず少しは愛があるってことで」
「すっごく気になる言い方だけど、とりあえずそれでいいわようっ。それでっ!!」
 どうやら立ち直ったらしく、ぐるっと向き直ると、真琴はびしっと指さした。
「大体、なんであんたがまたでてきてるのようっ!!」
「……真琴さん、もしかして一人芝居ですか?」
 栞の言うとおり、俺達から見ると一人芝居にしか見えない。だが。
「違うわようっ!!」
 真琴は地団駄踏むと、もう一度びしっと前の方を指さす。
「あれが見えないのっ!!」
「はい、見えません」
「もうっ!」
 俺にも何も見えない。だが、俺には判っていた。
「……そうか、魔物か」
 舞の持っている、不思議な“力”。それが魔物の正体。
 そして、魔物が暴走するときのキーワード。それは、“寂しさ”。
「真琴、魔物は任せた。栞、舞を捜すぞっ!」
「うんっ、真琴にお任せっ」
「はいっ」
 2人の返事を聞いて、俺は駆け出した。
「魔物がいるっていうことは、必ず近くに舞がいるはずだ」
 俺はそう言いながら、廊下を走る。
 と、パシッと音がする。
 魔物の立てる音だ。
 だが。
「祐一の邪魔は、させないからねっ!!」
 俺と魔物の間に、真琴が割り込んだ。
 妖狐である真琴は、どうやら魔物の姿を見ることが出来るらしい。
「祐一、ここは任せて早く行ってっ!」
 最近、某ジャンプ系の漫画をよく読んでいる真琴は、なんだかやる気十分だった。
 とりあえず合わせてやることにする。
「だ、だがお前一人じゃ……」
「大丈夫っ! 後で追いつくからっ! だから祐一は先に行ってっ!」
 思った通り、ノリのいい奴である。
 俺と栞は、思わず噴き出しそうになりかけ、顔を見合わせてから駆け出した。
 まだ俺達が魔物の正体を知る前に、真琴は堂々とその魔物と渡り合ったという実績がある。それほど心配はしなくても大丈夫だろう。

 俺と栞は、手分けして3年生の教室を全部覗いてみたのだが、舞の姿を見つけることは出来なかった。
「ここにもいませんね」
「ああ……」
 ガシャーン
 廊下の向こうの方で、ガラスの割れる音がした。真琴と魔物が派手にやっているようだ。
「……もしかして」
 俺は、一息入れて駆け出した。
「あっ、どこに行くんですかっ?」
「屋上だ!」
 そう言って、階段を駆け上がる。

 屋上に通じる踊り場。
 そこにやはり、舞はいた。
「……舞」
「……」
 後ろから、階段を駆け上がってくる足音と、荒い息が聞こえた。
「ゆ、祐一、さん、いました、か?」
「……ああ」
 俺の答えに、栞は俺の隣まで来て、はっとして立ち止まった。
「川澄……先輩?」
 舞は、その場に膝を抱えて蹲っていた。俺達のことに気付いているのかいないのか、顔を上げようともしない。
 肩に手をかけて、揺さぶってみる。
「舞、わかるか? 俺だ、祐一だ」
「川澄先輩、美坂栞です」
 栞の声にも反応しない。
「舞っ!」
 声をあらげて、俺はちょっと強く揺さぶってみたが、やはり反応は……。
「……放っておいてほしい」
 微かな声だったが、確かに俺達には、そう聞こえた。
「私は、佐祐理に嫌われてしまったから……」
「何を馬鹿なこと言ってるんだっ!」
 俺は思わず大声を上げていた。
「佐祐理さんが、舞を嫌いになるはずないだろっ!!」
「……」
「舞っ、本当にそう思ってるのかっ!?」
「祐一さん、落ち着いてくださいっ」
 後ろから栞が俺の肩を揺さぶった。それで、俺は我に返った。
「わ、悪い……。でもさ、舞。佐祐理さんがそんな女(ひと)じゃないっていうのは、俺よりもお前の方がよく知ってるだろ? 絶対にそんなことないって」
 と、不意に舞が小さく呻いた。
「……うっ」
「どうした、舞?」
「……なんでもない」
 そう答える舞。だが、こいつの「なんでもない」ほどあてにならない返事もないもんだ。
 あの時だって……、と回想シーンに入りかけたところで、俺ははたと思い当たった。
 真琴が、魔物に何かしたんだ。魔物は舞の“力”、つまり舞そのもので、それに対する攻撃は、そのまま舞に対する攻撃となる。
 俺は慌てて立ち上がった。
「栞、すまん、舞を見ててくれ。俺は真琴を止めてくるっ!」
「えっ? あ、はい」
 頷く栞を残し、俺は階段を3段飛ばしで駆け下りていった。

 曲がり角を曲がると、廊下の向こうに真琴の姿が見えた。
「真琴、止めろっ!!」
「この……え?」
 俺の声に、ちらっとこっちを見る真琴。その隙を突くように、目に見えない魔物が真琴に襲いかかった(らしい)。
 だが。
「へへーん、見えてるよっ!」
 ぽん、と宙に手を置いて、馬飛びのように魔物を飛び越える真琴。……魔物が見えない俺から見ると、ほとんど無重力の世界だ。
 そのまますたっと着地すると、真琴は真っ直ぐ俺の所まで走ってきた。
「祐一っ、見つかったの?」
「ああ。とりあえずご苦労さん」
「だったら、キスっ!」
 そのままキスしようとする真琴の顔面にべちっと手のひらを押しつける。
「ふぁふぅ〜っ」
「ったく。それより、ここは一旦撤退だ」
「えーっ? もう少しでやっつけられるのにぃ」
「馬鹿っ、やっつけたら駄目なんだっ! 魔物は舞の一部なんだぞっ!」
「えっ?」
 一瞬きょとんとしてから、真琴はぽんと手を打った。
「あ、そういえばそうだったね」
 俺は無言でその頭をぽかっと叩いた。
「あう〜っ」
 頭を押さえて恨みがましい目で俺を見る真琴を無視して、俺は魔物がいた方を眺めた。
「で、魔物は?」
「ええっとね……。あれ? いない……」
 真琴もそっちを見て首を傾げた。
「消えてるよ」
「そっか……」
「隙ありっ!」
 ちゅっ
 振り向きざまに唇を押しつけられた。真琴はゆっくりと顔を離すと、ぺろっと自分の唇を舐めて笑った。
「えへへ〜っ」
「……こ、こいつはぁ」
「ほら、舞の所に行くんでしょっ!」
 そう言って走っていく真琴に、俺は慌てて怒鳴った。
「こら馬鹿っ! そっちじゃない。こっちだっ!」
「え? あ。そうなんだ……。あははっ」
 笑って誤魔化しながら、降り掛けた階段を上がってくる真琴。
 俺はため息をついて、屋上にとって返した。

「……で?」
 すやすや、と寝息を立てている舞を膝枕している栞に、俺は説明を求めた。
「どうして舞がお前の膝枕で寝てるわけだ?」
「やだ、祐一さんも私の膝枕が希望だったんですか? それならそうと言ってくれれば、いつだって……」
 ぽっとほっぺたを赤く染めて恥ずかしそうに言う栞。
「いや、膝枕ならやっぱり名雪の方がいい。適度な脂肪と引き締まった弾力のある筋肉の絶妙なバランスの太股がだな……って、そうじゃなくてっ!」
「そんなこと言う人は嫌いですっ。私の膝枕もきっと気持ちいいですっ」
「そんなこと聞いてないわっ! どうして舞がすやすや眠ってるんだっ!?」
「これを使いました」
 栞はポケットからなにやら銃のようなものを出した。
「その物騒なものはなんだ?」
「無針注射器っていって、圧搾空気で薬物を打ち出す最新型の注射器なんです。ちょっと普通の注射器よりも痛いですけど、素人でも打てますよ。祐一さんも打ってみますか?」
「いや、結構」
 俺はため息をついた。
「で、舞に何を打ったんだ?」
「ただの鎮静剤ですよ。睡眠導入剤も兼ねてますけど」
 そう言うと、栞は眠る舞の額に手を当てた。
「川澄先輩、ここのところ寝てないようでしたから。こうでもしないと、休んでくれそうにありませんし」
「……強引だな。他にもう少し方法は無かったのか?」
「すみません。でも、今の状態では、これ以上の方法は私には思いつきませんでした」
 栞は静かに言った。
「川澄先輩は、精神的な疲労がピークに達しています。普通の人ならともかく、川澄先輩の場合、精神的に疲労しすぎると、“力”を押さえられなくなってしまいますから、強制的にでも休ませないといけないんです。……鹿沼先生が、前にそんなことを言ってました」
 鹿沼先生というのは、市立病院の精神科の医師だ。あゆの主治医だった関係上、俺達のまわりのいわゆる非常識なことも色々と知っており、またカウンセラーの資格も持っているので、俺達にとっては良き相談相手というところだ。
 それはともかく、どうやら魔物がかき消えたのも、舞が意識を失ったせいらしかった。
「……とにかく、ここにいてもしょうがないか。よし、一度うちに戻ろう」
 俺はそう決めると、舞のほっぺたをぺちぺちと叩いてみた。
「おい、舞。起きろ〜。牛丼あるぞ〜」
「無理ですよ。お薬が効いてますから、5時間は目が覚めないと思います」
 栞の言葉に、俺はため息をついた。
「やれやれ。それじゃ背負って帰るしかないか。真琴、栞、手伝ってくれ」
 俺はその場に屈み込みながら言った。

Fortsetzung folgt

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あとがき


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