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「……祐一」
Fortsetzung folgt
ゆさゆさ、と揺さぶられて、心地よい微睡みを楽しんでいた俺は、ゆっくりと目を開けた。
長い黒髪を青いリボンでまとめた、端正な顔。
「……舞か?」
一つ欠伸をしてから、枕元の時計を見る。
だが、そこに時計はなかった。っていうか、そもそも俺はベッドに寝てたわけでもないし、ここは俺の部屋でもないようだ。
……あ、そうか。学校から帰ってきて、リビングのソファでごろ寝をしてたんだった。
午後5時過ぎなのを壁の時計で確かめると、舞に視線を戻す。
「どうしたんだ?」
確か、今日は名雪が部活のお別れ会とかで遅くなるとかで、一人で帰ってきたんだよな?
「……相談に乗って欲しい」
「相談?」
聞き返す俺に、舞はこくりと頷いた。そして、言う。
「佐祐理のことで……」
「佐祐理さんの?」
「そう」
いつも無表情な舞が微かに表情を浮かべているのに、俺は気付いた。
途方に暮れて泣き出しそうになっている子供のような表情。
「……」
俺はソファに座り直すと、舞にも座るように促した。
と、そこに秋子さんが入ってきた。手にはティーセットとクッキーを乗せたお盆を持っている。
「お茶はいかが?」
「秋子さん、まだ休んでいた方が……」
「祐一さん、いつまでも病人扱いしないでくださいね」
にっこり笑うと、秋子さんはテーブルの上に紅茶とクッキーを並べた。そして、空になったお盆を持ってキッチンの方に戻っていった。
まぁ、すっかり元気になったようでなによりだ。
その後ろ姿を見送ってから、俺は舞に視線を戻した。
「で、どうした?」
「……佐祐理が、変」
「変って、具体的にどう変なんだ?」
「ここ最近、私を避けている」
「舞を、佐祐理さんが避けてる? また日直とかじゃなくて?」
「日直なら1日で終わる。それに、佐祐理は私に理由を言ってくれなかったから」
「……」
俺は腕組みした。
確かに、佐祐理さんが舞に理由も告げずに避けてるとしたら、それは変だ。変すぎる。
「佐祐理さんに直接聞いてみたのか?」
舞はこくりと頷き、答えた。
「でも、はっきりと答えてくれなかった。困ったように笑うだけで……」
「うーん」
そう言われてみれば、ここのところお昼の食事会にも、佐祐理さんは参加してなかったな。てっきり卒業式の練習とかで忙しいせいだとばかり思ってたんだが。
俺は、舞の肩にぽんと手をおいた。
「事情は判った。とにかく俺の方からも調べてみるよ」
「……うん」
舞は頷くと、俺のおでこにこつんと自分のおでこをぶつけた。
「私は……こんなとき、どうしていいかわからないから……」
「舞……」
と、その時、耳をつんざく叫び声がリビングに轟いた。
「ああーーーーーっっ!! 祐一になにしてるのようっ!!」
「どわぁっ!」
思わず飛び上がると、俺は慌てて振り返った。
そこには、わなわなと震える制服姿の真琴がいた。狐耳をぴんと立て、尻尾を上げているのでスカートがめくれかけていて、もう少しで見えそうになっていた。
「そこっ!! 祐一に変なコトするんじゃないわようっ!!」
びしっと舞を指さして叫ぶ真琴。
「変なコトしたら、許さないんだからねっ!! このっ、何とか言いなさいようっ!!」
「……お前こそ、リビングの外から叫んでないで入ってこい」
「……あう〜」
俺が言うと、ぱたっと耳を寝かせてしまう真琴。どうやら舞に近づくのはごめんらしかった。
「あら、真琴。お帰りなさい」
そこに秋子さんが顔を出して挨拶する。そして、返事をしない真琴の頭をこつんと軽く叩く。
「帰ってきたら、ただいま、でしょう?」
「あう……、ただいま……」
さらに尻尾も下げて小さな声で返事をする真琴。
「ほら、手を洗ってきなさい。肉まんふかしておいたから」
「肉まんっ!? うん、洗ってくるっ!」
ぴんっと耳を立てると、真琴はスキップするように洗面所の方に向かっていった。
「♪にっくまん、にっくまん〜」
「……単純な奴」
思わず呟くと、秋子さんはにっこり笑った。
「祐一さん、真琴をいじめちゃダメですよ?」
「はい」
両手を上げる俺に、満足そうに頷いて、秋子さんはキッチンに戻っていった。
しかし、さっきは紅茶とクッキー出してたのに、今度は肉まんふかしてあるのか? さすがは秋子さんだ。
真琴がダイニングで肉まんを食べている間に、俺は舞に言った。
「とにかく、佐祐理さんのことは俺に任せておいてくれ。舞は我慢だ」
「我慢……?」
「ああ」
もし、佐祐理さんの様子がおかしい原因が生徒会絡みだと(前のこともあって、俺にはそれしか思いつかなかった)、それを知った時点で舞は必ず生徒会と大騒動を巻き起こすだろう。
もうすぐ卒業だっていうのに、ここでそんなコトしたら、前々からの因縁もある生徒会のことだ。嬉々として舞を退学にしてしまうだろう。
どうしても、それだけは避けたかった。
「出来るな?」
「……それは、祐一のお願い?」
「ああ、俺のお願いだ」
「なら、我慢する」
こくりと頷く舞の頭を撫でてやる。
「よしよし」
「……」
心なしか、固くなっていた舞の表情が和らいだようだった。
舞は元々、こういう直接的なスキンシップが結構好きだったりする。小さい頃から、“力”のせいで色々と辛い目にあってきたこともあるんだろう。
よし、それじゃ胸でも触ってやろうかと……。
ずびしん
「……痛いぞ」
「妙な気配を感じたから……」
……すると、こうなるわけだが。あいてて。
俺が身を張って実験をしていると、玄関先から話し声が聞こえてきた。
「……から」
「そうですか? 楽しみですね……」
どうやら貧乳コンビが帰ってきたらしい。
「うぐぅ。ちょっとはあるもん……」
「だから、俺の考えを読むなっ! っていうか、いつの間にっ!?」
思わず振り返ると、真琴がにやーっと笑っていた。
「今の、似てた? ね、似てた?」
俺は問答無用でモンゴリアンチョップをお見舞いしてやった。
「いたーいっ!!」
「くだらんコトするなっ!」
「だからっていきなり殴ることないでしょっ!! 優秀な頭脳が傷ついたらどうしてくれるのようっ!」
「誰が優秀な頭脳だ、誰が?」
「沢渡真琴っ!」
自分で言って、えへん、と胸を張る真琴。
俺が呆れていると、部屋にあゆ達が入ってきた。
「あ、祐一さん、川澄先輩、それにまこちゃん。お邪魔します」
ぺこりと頭を下げる栞。
そうだな、栞には相談してみるか。結構頼りになるし。
「うぐぅ、ボクだって頼りになるもん」
と口を尖らせたのは、今度こそ正真正銘のあゆあゆだ。
「あゆあゆじゃないよう……」
「まぁまぁ。それで、私に相談ですか?」
にこにこしながら俺の右隣りに座る栞。
「あーっ、真琴も座るっ!」
そう言うが早いか、ソファの背を飛び越えて真琴が俺の左に着地する。
「うぐぅ……」
あっという間に両隣りがふさがってしまい、あゆはがっくりと肩を落とした。
「……ボク、着替えてくるよ……」
そのまましおしおとリビングを出ていくあゆ。背中に哀愁が漂っていた。
まぁ、あゆのことは兎も角だ。
俺はクッキーをぽりぽりと食べていた舞に訊ねた。
「栞にも助けてもらおうと思うんだが、構わないか?」
「はちみつくまさん」
こくりと頷く舞。
俺は改めて、舞から聞いた話を栞にした。
話をしているうちに、いつものセーターにキュロットという私服に着替えたあゆも降りてきて、舞の隣りに座って話を聞いていた。
「……というわけなんだ」
「きっと生徒会のいんぼうよっ!」
いきなり真琴が拳を突き上げて叫んだ。
「きっと裏では悪の生徒会が麻薬を売ったり買ったりしてるのようっ!」
「……どの漫画読んだんだ?」
「あう……」
図星だったらしく、そのまま固まる真琴は放っておいて、栞に訊ねる。
「で、栞はどう思う?」
「どう、と言われても……。確かにここ何日か、倉田先輩にはお会いしてませんでしたけれど……」
栞は頬に指を当てて考え込んだ。それから、俺に視線を向ける。
「とりあえず、倉田先輩に盗聴器でも仕掛けてみましょうか?」
「……それは最後の手段にしてくれ」
「残念です」
本当に残念そうな栞だった。俺は苦笑して、話を進めた。
「とにかく、明日、直接佐祐理さんにあたってみる。栞は情報を集めてくれ。生徒会あたりが、何か動いてるのか、とかさ」
「判りました」
頷く栞。
「それで、真琴は何をすればいいの?」
「ボクも役に立つよ、きっと!」
「お前らは、その前に自分のことがあるだろ? 勉強しろ、勉強!」
「うぐぅ……」
「あう〜」
編入組の真琴とあゆは、進級試験が間近にあるのだ。
ちなみに長期欠席をしていた栞にも進級試験があるのだが、学年トップの姉曰く「あたしの栞がその程度の試験、落ちるわけないでしょう?」とのことなので、別に心配していない。
……その後の香里の独り言は、俺は聞かなかったことにしている。
「もし落とすようなコトがあったら、……ふふふ、腕が鳴るわ」
「……とまあ、そういうことがあったんだ」
「そうなんだ」
夕飯を食べた後、俺は名雪に、今日のことを話していた。
「倉田先輩になにかあったのかな?」
「とにかく、明日聞いてみないことには何とも……。でも、舞が言うことだから、何かがあったのは間違いない」
「親友同士だもんね。それで、川澄先輩は帰っちゃったの?」
「ああ」
「そっか……」
頷くと、名雪は小さく欠伸をした。
「……あふ、眠い……」
「相変わらずの睡眠魔人だな」
「ひどいよ〜。でも、今日はもうそろそろ寝ることにするよ」
「今日も、だろ?」
「……くー」
言ってるそばから寝ている名雪。
俺は苦笑して、その肩を抱き寄せた。
「……うにゅ……。眠り姫は、王子様のキスで目が覚めるんだよ……」
わざとらしい寝言に苦笑して、その唇を塞ぐ。
「……ん」
名雪の手が、そっと俺の背中に回された。
「……で、目が覚めたか?」
「まだだよ」
悪戯っぽく笑う名雪にもう一度キスをしてから、俺は身を離した。
「さて、それじゃ今日はこれくらいにしとくか」
「うん、そうだね」
あゆや真琴がいる家であんまりいちゃいちゃするのも気が引ける、というわけで、俺と名雪は、2人が家にいるときはあまりべたべたしないことにしていた。
別に隠しているわけでもないが、あんまり大っぴらにするものでもないだろうし。
ちょっと残念そうな顔をする名雪のおでこを、指でつつく。
「なんだ、まだ足りないのか?」
「もちろんだよ……」
名雪は背を向けた。そして、くるっと振り返る。
「女の子はね、好きな人にはいくらでも甘えていたいんだよ」
俺は、明後日の方を見ながら答えた。
「……男も、好きな娘にはいくらでも甘えていたいんだけどな」
「ふふっ」
名雪は小さく笑った。
「それが聞けただけで、十分だよ。それじゃ、おやすみ」
「ああ、おやすみ」
名雪は部屋に戻っていった。
サッシが閉まる音を背後に聞きながら、俺は火照った頬を冷ますように、もうしばらく夜空を見上げていた。
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あとがき
プールに行こう4 Episode 26 01/1/23 Up