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翌朝。
Fortsetzung folgt
『朝〜、朝だよ〜。朝ご飯た……』
途中で手を伸ばして目覚ましを止めると、欠伸をしながらベッドから身を起こす。
「おはようございます、祐一さん」
「ふわぁ。おはよう、栞。新聞は?」
「……平然と返すなんて、そんなことする人は嫌いです」
口を尖らせて抗議する栞。俺はため息をついた。
「いい加減、慣れてきたわい。そもそも、勝手に俺の部屋に入ってきて、寝顔を見てるような奴に言われたくない」
「ううっ、私の楽しみなのに……」
「妙な楽しみを作るなっ!」
と、ノックの音と、続いてあゆの声がした。
「祐一くん、栞ちゃん来てないかな?」
「ああ、来てるからさっさと持って帰ってくれ」
「あ、やっぱり」
ドアを開けたあゆが苦笑する。
「ボクが目を覚ましたら、栞ちゃんいないんだもん」
「えへへ」
「笑って誤魔化すな」
栞の頭をこつんと叩くと、俺はベッドから出た。
相変わらずの寒さだ。
「それじゃ、朝からいいもの見せてもらいましたから、下に行ってお弁当作ってますね」
そう言いながら、栞は立ち上がった。
「あっ、ボクも手伝うよっ」
「その件については拒否させてもらうよ」
「うぐぅ……」
がっくりと肩を落として、とぼとぼと廊下に出ていくあゆ。
しかし、いい加減あいつの料理はどうにかならんのかなぁ。
俺はドアを閉めながら、今度秋子さんに頼んでみようかと思っていた。
その後、いつものように名雪を叩き起こしてから、1階に降りていく。
ダイニングはいつものように賑やかだった。
「あっ、祐一っ! おはようっ!」
俺の姿を見て、真琴が椅子を蹴立てるようにして立ち上がると、俺に飛びついてきた。
あゆだったら、さっとかわせばそのまま後ろの壁に激突して自爆するのだが、真琴の場合は、空中でも器用に身を捻って軌道修正するという技があることがこの前判明したので、かわしても無意味なのだ。
結果、そのまま抱きつかれる。
べちっ
「あう〜っ」
次善の策として、抱きつかれたところで、真琴の顔面に手のひらを押しつける。とりあえずこうしておけば例のキスは防げる寸法だ。
そうしておいて、俺は言った。
「いいから離せ」
「ふぁっふぇぇ」
真琴の鼻を俺が押さえている形になるので、しゃべり方が変だ。
「いいから、離せって……」
「あーっ、またっ!」
ちょうどキッチンから出てきた栞が、慌てて駆け寄ってくると、真琴を引き剥がしにかかる。
「離れなさいっ!」
「やだ〜」
「あらあら、朝から賑やかですね」
ミルクパンを片手にキッチンから出てきた秋子さんが、その様子を見て嬉しそうに言う。
と、そこにびしょ濡れのパジャマ姿で名雪が入ってきた。
「……名雪、なにしてんだ?」
「顔洗ってたら、溺れた……」
情けない顔でそう言うと、そのまま目を閉じる名雪。
「わっ、待て名雪っ! 眠ったら死ぬぞっ!」
「……祐一ぃ〜、おやふぁぁぁ〜、すみ……」
なんだかわけの判らない事を言って、そのまま夢の中へ夢の中へと入っていく名雪。
しょうがない。
俺は、まだ抱きついたままの真琴のお尻に手を回した。
「わきゃぁぁぁぁっ!!」
派手な悲鳴を上げる真琴。よし、思った通り耳が立った。
「名雪、ほら真琴だぞっ!!」
そのまま身体をくるっと回して、真琴の頭を名雪の目の前に持っていく。と、眠そうに細めていた名雪の目がぱっちりと開いた。
「まこ〜っ、まこ〜っ!」
そのまま、ぐいっと俺から真琴を引き剥がすとぎゅっと抱きしめる。
「うにゅ〜っっ!! 冷たい苦しい〜っ!」
じたばたもがく真琴を無視して、名雪はうっとり猫さんモードに突入していた。
「可愛いよぉ……わたし幸せだよぉ……」
「……」
思い切り抱きしめられている真琴の方はというと、じたばたもがいてはいるが、段々と動きが鈍くなり始めていた。
「祐一さん、大丈夫でしたか?」
栞に訊ねられて、俺は腕をぐるぐる回しながら答えた。
「ああ、なんとかな」
「よかったです。……ところで、真琴ちゃん、そろそろ危ないんじゃないですか?」
言われて真琴の方を見ると、名雪が顔を自分の胸に押しつけるように抱きしめていた。……って、それじゃ窒息するだろうっ!
俺は慌てて名雪の肩を掴んで揺さぶった。
「名雪っ、起きろっ! 真琴が死ぬっ!!」
「♪ねここねこねこっ、ねっねっねこのここねこっ」
自作の「猫さんの歌」(全部で25番まであるらしい)を歌っている名雪。既に事象の地平線の彼方だった。
やれやれだな。
俺は振り返った。
「秋子さん」
「なんでしょう?」
騒ぎに動じる様子もなく、淡々とテーブルに皿を並べていた秋子さんが顔を上げる。
「名雪に例のジャムを……」
「わたし、着替えてくるからっ! お母さん、いちごのジャムが食べたいんだよっ!!」
ぱっと真琴を放して早口でそう言うが早いか、名雪の姿はダイニングから消えていた。さすが陸上部部長、逃げ足は早い。
「はいはい」
秋子さんは微笑んで、トーストを焼くべくキッチンに戻っていった。
それを見送ってから、俺は床に倒れている真琴を覗き込んだ。
「おい、生きてるか?」
「あう……、川の向こうでおばあちゃんが手を振ってるのが見えた……」
息も絶え絶えな様子の真琴だった。
「生きてるから大丈夫ですよ」
にっこり笑って、栞は俺の席の椅子を引いた。
「さ、どうぞ」
「おう、悪いな」
椅子に座ると同時に、焼きたてのトーストが出てくる。
「はいっ、祐一くん。どうぞっ!!」
「……」
俺は、そのトーストを差し出した相手を見て、訊ねた。
「あゆ、これは秋子さんが焼いたのか?」
「ちがうよ。ボクが焼いたのっ」
嬉しそうに言うあゆ。
もう一度トーストを見る。
きつね色にこんがりと焼けた、何の変哲もないトーストだ。バターもちゃんと塗られている。
手にとって、裂いてみる。ふわっと湯気があがり、香ばしい匂いが鼻をくすぐる。
思い切って、一口食べてみた。
「……食える」
「あたりまえだよっ!」
そう言いながら、あゆは笑っていた。
俺はその頭をわしわしと撫でてやった。
「やったな、あゆ。今日は赤飯だっ!」
「うぐ、くすぐったいよ、祐一くんっ」
照れたように、目を細めるあゆ。
そんな俺達を、栞が指をくわえて見ていた。
「……そういう手段もありだったんですね。やっぱり、最初から料理上手っていうのは、間違ってたのかも……」
そして、秋子さんは嬉しそうだった。
「賑やかな食卓っていいですね……」
栞が家に来ているときは(ちなみに週に3日は水瀬家に泊まりに来ている)、栞の走力のことを考えて、少し早めに出るというのが最近の暗黙の了解になっている。今日もそれにならって、俺達はあずさ2号よりも早く家を出た。
通学路を連れ立って歩くのも、最近は慣れてきた。……最初の頃は周囲の(特に男子生徒の)視線が痛かったものだが。
と、俺は前方に、所在なげにじーっと立っている舞の姿を見つけた。
「おーい」
声をかけて手を振ると、舞はこっちを見た。だが、俺達には気付いたようだが、自分から近づいて来ようともしないのが舞らしい。
俺は舞に歩み寄ると、手を上げた。
「よう」
「……おはよう」
いつもなら、「もうちょっと爽やかに言えんのかっ」と突っ込むところだが、今日はそんなことが出来る雰囲気じゃなかった。
昨日、舞の悩みを聞いているし、何より舞は一人で立ち尽くしていたのだ。
いつもなら隣りにいる、いつも暖かな笑顔を浮かべていた親友を欠いて、一人で。
「……心配するなよ。きっと、元通りになるって」
そう言ってから、舞が真っ赤な目をしているのに気付く。
「お前、目が赤いぞ」
「……あまり、寝てないから」
「寝てないって……」
「色々考えてたら、眠れなかった」
そう舞は言ったが、それだけじゃないのはすぐに判った。
目が少し腫れぼったくなっていたからだ。
一晩中、泣いていたんだろう。
そう思うと、俺は自分に腹が立った。
昨日、帰ると言った舞を引き留めて、水瀬家に泊めてやればよかった。そうしたら、少なくとも、一晩中一人で泣くことはなかったのに。
俺はその謝罪の意味も込めて、舞の背中を軽くぽんぽんと叩いてやった。頭を撫でてやるのは、舞が立っていると、背の高さの関係上無理だったからだ。
「大丈夫だって」
「……うん」
舞は頷くと、視線を前に向けた。
「行こう」
「おう」
と答えてから、他の連中がいないのに気付く。
視線を上げると、みんなはさっさと先に行っていた。事情を知ってるだけに、どうやら気を利かせてくれたとみえる。
「……祐一?」
数歩先に行きかけた舞が振り返る。
俺は頷いて、歩き出した。
「よう、今日はどうした?」
教室に着いて、鞄を机に掛けながら、斜め後ろを向いて訊ねた。
「どうしたって、何がよ?」
「いや、いつもだったら栞がうちに泊まったときは、必ずうちまで迎えに来るじゃないか。はっ、まさか、また『私には妹はいないわ』症候群が再発したのか?」
「人を勝手に、わけの分からない病気にしないでよ。今日は日直だったのよ」
肩をすくめて、学級日誌を見せる。俺は納得して頷いた。
「なるほど」
「でも、前だったら、心配で日直なんてやってる場合じゃなかったよね、きっと」
名雪が笑って言う。香里も苦笑した。
「まぁ、そうね」
「なるほど。これで俺と美坂が付き合うことに障害は無くなったというわけだな」
北川がうんうんと腕組みして頷く。
俺は、とりあえず香里にも話しておこうと思って、話しかけた。
「ところで美坂、佐祐理さんのことなんだが……」
「ああ、昨日栞から電話で聞いたわよ。それで、二人が来たら話そうと思ってたんだけど……」
香里は声を潜めた。
「倉田先輩と久瀬が逢ってるところを見たって噂があるのよ」
「……くぜ?」
俺は首を傾げた。それから名雪に尋ねる。
「誰だっけ?」
「ほら、前の風紀委員長だよ。祐一が停学になりかけた……」
「ああ、あの。もうずっと前のような気がするぜ」
「あれだけひどい目に遭わされた人の名前、普通忘れるかしら?」
ため息をつく香里。俺は胸を張った。
「自慢じゃないが、俺は男の顔は12時間で忘れる特技があるんだ」
「まったく、迷惑な特技だな」
「……ところで、お前誰だ?」
「相沢ーーっ! 貴様、心の友の俺まで忘れたというのか〜っっ!」
だーっと泣きながら叫ぶ北川。
おっと、北川をからかってる場合じゃなかった。
俺は香里に向き直る。
「で、その久瀬とかいうやんばるくいなごときが、身の程もわきまえずに、佐祐理さんにまたちょっかい出してるっていうのか?」
「さぁ。私もそんな馬鹿なことって思ったから、聞き流してたんだけどね」
「うーん……」
俺は腕組みして考え込んだ。
「もしかして、やんばるくいなの奴、佐祐理さんに復讐を……?」
「復讐するなら、まず相沢くんだと思うけど。まぁ、理屈が通じるなら、そもそも復讐なんて考えないわよね」
「可能性は否定できないってわけか」
「あ、先生が来たよ」
名雪の声で、俺達は話を打ち切って前に向き直った。
「よし、席につけ。出席取るぞっ!」
とりあえず、休み時間になったら、まっすぐに佐祐理さんの所に行って、話を聞いてみよう。
石橋の声を聞き流しながら、俺はそう決めていた。
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