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真琴は、ざっと振り返り、男に指を突きつける。
Fortsetzung folgt
「あんたは許さないからっ!」
「くっ」
明らかに焦りの表情を浮かべ、一歩下がる男。
真琴はずいっとさらに進み出る。気圧されたように男は下がる。
「……えーっと、許さないからっ!」
「……もしかして、許さないだけか?」
俺がボソッと言うと、真琴はそのまま固まっていた。どうやら図星だったらしい。
「こけおどしか。ふふふ、なかなか楽しませてくれる」
その間に立ち直ったらしく、男はにやりと笑うと、ばっと右手を振った。同時に、壁から触手がビュンと伸びて真琴を捕らえようとする。
「わわっ!」
ぴょんと跳ねてそれをかわす真琴。さすがというか、身のこなしは抜群だった。
「あ、あぶないじゃないのようっ!」
「おのれちょこまかとっ!」
男が叫ぶと、さらに何本もの触手が伸びるが、真琴はそれをことごとくひょいひょいとかわし、あまつさえあっかんべーをして見せた。
「べぇ〜っだ。真琴がそんなのに捕まるわけないわようっ」
「なにっ!?」
「よぉし、それじゃ、あんたみたいな三下にはもったいないけど、真琴の本当の力を見せてあげるっ!」
もう一度びしっと男を指さす真琴。と、その手に触手がくるくるっと巻き付く。
「ふふふ、捕らえたぞっ」
笑みを浮かべる男。
だが、いつもなら「あうーっ」と困った声をあげるところだが、真琴は余裕の笑みを浮かべたままだった。
「これでどう? 山吹色の波紋疾走!」
ずぎゃぁぁぁぁん
何か、とんでもない音を上げて、触手が内側から破裂する。
そういえば、最近、古本屋で買ってきて読んでたな。確か途中でお小遣いを使い果たして、第3部までしか買えなかったとか……。
「それじゃ、次はっ!」
「幽波紋か?」
「あう……」
俺の言葉にまた固まる真琴。
「真琴のことだから、白銀の星とか法皇の緑あたりだろう? それとも銀の戦車か?」
「うっ、うるさいわようっ、そこの外野っ!」
図星だったらしく、真っ赤になって声を上げる真琴を無視して、俺は真琴の頭の上に乗っている黒猫に訊ねた。
「真琴がえらく強いのは、あゆの時と同じことか?」
「はい」
黒猫は答えると、肉球で真琴の頭を撫でた。
「でも、たまには、この子に好きにやらせてあげてもよいでしょう?」
「いつも好き勝手やってるけどな」
「そんなことはないですよ。でも、確かにそろそろ潮時ですね」
そう言うと、黒猫は真琴の頭からぴょんと飛び降りた。そして、男を見上げると、言った。
「そろそろ、いい加減に終わりにしませんか、秋子さん」
「……なんだってぇ!?」
「ええっ!?」
一拍置いて、俺と名雪は、同時に声を上げた。
男は、ふっと微笑んだ。
「その声は、天野さんですね。あなたには、さすがに判ってしまいましたか」
「ええ」
こくりと頷く黒猫。
と、ふっと男の姿が消え、いつものピンク色のカーディガンを纏った秋子さんの姿に変わった。
同時に、周囲が水瀬家のリビングになり、俺と名雪は触手から解放されてソファの上に落ちた。
「お、お母さん?」
素早くソファから立ち上がる名雪。
秋子さんは、俺達と向かい合うようにソファに座った。それから、黒猫に視線を向ける。
と、黒猫もいつもの天野の姿に戻った。
「あ……」
残念そうな声を上げる名雪。
「……ねぇ、美汐。もしかしてもう終わり?」
「はい」
「あう〜っ……」
こちらも残念そうな真琴。天野はそんな真琴の頭を撫でて、耳元で言い聞かせた。
「我慢してください」
「……わかったわよう」
こくりと頷く真琴。
「天野は相変わらずおばさんくさいな」
「相変わらず失礼ですね」
「祐一、その言い方はひどいよ」
「祐一さん、そのようなことは言うものじゃありませんよ」
3人に同時に言われて、俺は手を上げた。
「悪かった、天野」
「いえ」
天野は首を振った。
「それより、どういうことなの、お母さん?」
「……名雪、祐一さん、それに天野さん、真琴まで……」
秋子さんは、俺達に視線を向けて、呟いた。
「あなた達が止めに来るなんて……」
「……どういうこと?」
「やはり、そういうことでしたか」
天野が頷く。
「変だと思ったんです。あなたがあの程度の呪いを受けて倒れるなんて……」
俺は天野に訊ねる。
「どういうことだ? 判るように説明してくれ」
「……」
天野はちらっと秋子さんを見てから、俺達に言った。
「今回の騒ぎは、秋子さんの狂言です」
「……狂言?」
「はい。確かに秋子さんが呪いを掛けられたこと自体は事実でしょう。ですが、いつもの秋子さんなら、そんな呪いなんて跳ね返して平然としてるはず。ですが、今回に限って呪縛に捕らわれて昏倒してしまった。……それは、秋子さんがあえてその呪いを受け入れた、ということです」
「……」
俺と名雪が顔を見合わせていると、天野は言い直した。
「例えて言えば、ダンプカーが突っ込んできたのに避けようとしなかった、ということです」
「……それって、自殺してるようなもんじゃ……」
言いかけて、俺は秋子さんに視線を向けた。
「まさか、そんな……」
「嘘……だよね?」
「……」
秋子さんは、静かに首を振った。
「私が今まで生きてきたのは、名雪を立派に育てるためです。そして、名雪はこんなにちゃんと育ってくれて、自分を支えてくれる人も、自分で見つけました。もう、私の役目も終わりだと、思ったんです」
そう言うと、秋子さんは、視線を上げた。
「もう、あの人のところに帰っても、いい頃でしょう……」
それは、俺が初めて見る表情だった。
「そ、そんな……」
名雪は、秋子さんに駆け寄った。
「嘘だよねっ!? そんなの、嘘だよねっ!?」
視線を名雪に向けると、秋子さんは諭すように言った。
「……いつかは、子供は親を離れて独り立ちするものですよ、名雪」
「で、でも、だって……」
秋子さんは、そんな名雪の頭をそっと撫でると、俺に視線を向けた。
「祐一さん」
「はい……」
「名雪のこと、お願いしますね」
俺は、とっさに言葉を返せなかった。
その時、名雪がぽつりと呟いた。
「……嫌だよ」
そのまま、秋子さんの手から離れて、名雪は首を振った。
「お母さんがいないなんて、そんなの、嫌だよ。……わたし、まだお母さんなしじゃいられないよ……」
つぅっと、その頬を涙が流れ落ちた。
今まで、初めて見た秋子さんの様子に気圧されていた俺も、その名雪の涙を見て、我に返ったような気がした。
そうだ。秋子さんは間違ってる。
「秋子さん……」
俺は、深呼吸して、考えをまとめてから、言った。
「みんなが、秋子さんが元気になるのを待ってます。栞も、香里も、舞も、佐祐理さんも、天野も……。それに、秋子さんの三人の娘も」
「三人の……?」
「あゆも、真琴も……。やっと、憧れていた人間の温もりに包まれた真琴、そして一度は失った母親の暖かさを取り戻したあゆ。二人にとって秋子さんはいなくなったらいけない人なんだ。それに……」
俺は、名雪の肩を抱き寄せた。俺の顔を見る名雪。
「……祐一?」
「名雪は秋子さんなしでもやっていける。俺が支えてみせる。……でも、やっぱり、俺達の門出を、秋子さんには笑顔で見送って欲しい。それって、我が儘ですか?」
秋子さんは、名雪に視線を向けた。
「名雪……」
「お母さん、わたし、お母さんにいて欲しいよ。今までそうだったように、これからもずっと……いてほしいよ……」
と、今まで黙っていた真琴が、いきなり秋子さんに飛びついていた。
「やだようっ!」
「真琴……」
「いやいやいやっ! 秋子は真琴の人間のお母さんなんだから、いなくなっちゃやだようっ!」
そのままぐりぐりと頭をこすりつけるように、秋子さんにむしゃぶりつく真琴。
「……秋子さん」
天野が静かに話しかけた。
「真琴やあゆさんを放り出して行くと言うのですか? ……そんな酷なことはないでしょう」
「天野さん……」
「あなたには、まだやることがあるはずですよ」
諭すように言う天野。
不意に、秋子さんが、ほろっと涙をこぼした。
「……ごめんね……名雪、真琴……」
そのまま、名雪と真琴を、両腕で抱きしめる秋子さん。……って、あれ? 名雪は俺が抱いてたはずなんだが……。まぁ、秋子さんの心の中だから、いいか。
そんなことより。
「ごめんね……」
秋子さんの呟き。その意味は、どちらなのか、俺は計りかねていた。
願わくは、俺の意図した謝罪であって欲しかった。
と、不意にガラスの砕けたような音が聞こえた。
ガシャーン
「な、なんだ?」
思わず辺りを見回す俺の耳に、同じ音がいくつも連続して聞こえてきた。何処から聞こえるのかは判らないが、感覚が、段々近づいてくると告げているのが判った。
「どうやら、タイムリミットですね」
落ち着き払って言う天野。
「タイムリミット?」
「あれは、呪いが、水瀬先輩や相沢さん、そして真琴の思いの力を受けて、壊れていく音です。全部壊れる前に私達がここを去らないと、呪いの次に、今度は秋子さんの心が壊れ始めます。急いで出ないと」
と、秋子さんが、涙を拭いて、顔を上げた。
「名雪、真琴、祐一さん。ありがとう」
「お母さん……」
不安そうにその顔を見る名雪。
秋子さんは、いつもの微笑みを浮かべた。
「もう大丈夫。まだ必要とされているなら、私はまだ、あの人のところに行くわけにはいかないわ。だから、あなた達はもう戻りなさいね」
秋子さんがそう言うと同時に、ふっと俺達の意識が薄れた。
「……あなた達がいてくれて、よかった……」
最後に、秋子さんの声が聞こえたような気がした……。
「……っ!!」
「きゃぁ!」
飛び起きた俺は、左右を見回した。
水瀬家のリビング。だが、さっきと違う点は、目の前に、胸に手を当てた栞がいたことだった。
「び、びっくりしました……」
「栞……? それじゃここは……?」
「現実の世界です」
その声に振り返ると、巫女服姿の天野がいた。
「天野……。それじゃ、俺達……」
「お帰りっ、ただいまっ、祐一っ!!」
それ以上言う前に、後ろからパジャマ姿の真琴が飛びついてきた。そのまま後ろからのしかかられて、潰されそうになった俺は振り返る。
「こら、まこ……」
ちゅっ
「えっへへ〜。一番乗りっ!」
「ああーっ、真琴さんっ! 何てことするんですかっ!」
慌てて栞が真琴を俺から引き剥がすと、なにやら二人で言い合いを始める。
俺はリビングをぐるりと見回し、隣の布団で名雪が寝息を立てているのを確認してから天野に尋ねる。
「あゆや舞は?」
「川澄先輩と倉田先輩は病院です。秋子さんの様子を見てもらっていますから。あゆさんは、さっきの疲れが出たんでしょう、自分の部屋で休んでいます」
「……天野、俺達は成功したのか?」
俺が訊ねると、天野は頷いた。
「ええ、おそらくは……。ただ……」
「なんだ?」
「……いえ」
天野は首を振って、微笑んだ。
「なんでもありませんよ」
「……?」
と、不意に電話が鳴りだした。
トルルル、トルルル
「もう、二人とも止めなさい」
真琴と栞にそう言いながら、香里が子機を取る。……って、香里もいたのか。全然気付かなかった。
「はい、水瀬です。……あ、倉田先輩ですか? はい。……ええ、今起きたところですけど。……いえ、名雪はまだ寝てます。はい。……あ、それでは代わりますね」
そう言いながら俺のところまで来ると、香里は俺に子機を渡した。
「はい、病院の倉田先輩よ」
「おう、サンキュ」
俺は子機を耳に当てた。
「佐祐理さん、どうしたんだ?」
『あっ、祐一さんですね。それじゃやっぱりうまくいったんですね。佐祐理は嬉しいです』
佐祐理さんの声の調子を聞いただけで、向こうの様子も判った。
「その声だと、そっちも万歳って感じだな」
『はい。秋子さん、ついさっき意識が戻ったんですよ。舞も喜んでます。ね、舞?』
『……』
『あはは〜、そんなに照れなくてもいいんですよ。あ、祐一さん、それじゃ佐祐理たちはもうしばらくしたら戻りますね〜』
「おう。それじゃ詳しい話はその時に」
『はい。ではでは〜』
電話が切れた。俺は大きく息をついた。
「どうやら、一件落着、かな?」
「……どうかしらね」
香里は、俺から子機を受け取りながら、意味ありげに呟いた。
「……香里、出番が少なかったから拗ねてるのか?」
「違うわよっ!」
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あとがき
うーん、我ながら消化不良……。
後でDC版書いて補完します(苦笑)
プールに行こう4 Episode 24 01/1/15 Up