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「……見えますか?」
Fortsetzung folgt
不意に後ろから声を掛けられて、俺は思わず飛び上がりかけた。
「お静かに」
そう言って、俺の口を押さえたのは、社務衣姿の天野だった。
俺がこくこくと頷くのを見て、俺の口を押さえていた手を外すと、天野は俺が見ていた隙間に目を当てて、中の様子を窺った。
さすがにいつもの朱色に白の巫女服は目立つからやめたんだろうな、と思いながら、俺は大人しく天野の脇に屈み込んだ。。
「……っ」
小屋の中を探るように見つめていた天野の眉がつり上がった。どうやら、縛り付けられている真琴の姿を見つけたらしい。
そして、天野は俺に視線を向け、小さな声で言った。
「相沢さん、お願いがあります」
「何だ?」
「私があの人達の注意を引きますから、その間に真琴を助けてやってください」
「……ああ、わかった」
「では、とりあえず、相沢さんは隠れていてください」
そう言われて、俺はとりあえず小屋の脇に身を潜めた。
天野は頷いてから立ち上がると、声を掛けた。
「真琴がいるというのは、ここですか? 返してもらいに来ました」
「お、来た来た」
男達がどやどやと小屋から出てくる。それをやり過ごして、小屋の中に……と思ってたら、最後の一人が手足を縛り上げた子狐を逆さにぶら下げて出てきた。
「へっへっへ。どうして呼ばれたのかは、判ってるんだろうなぁ?」
「巫女さんだぜ、巫女さん」
「……」
無言で、天野は男達を睨んでいた。もっとも、それぐらいでひるむような男達ではなく、逆ににやにや笑いながら天野の身体を舐めるように見つめている。
「巫女さんの服じゃないのが残念だな、おい」
「なぁに、これからはいつでも。なぁ」
俺は男達の声を聞き流しながら、何かないかと辺りを見回した。
すると、ちょうど足下に、手頃な長さの棒切れが落ちているのを見つけた。
その棒切れを拾い上げると、俺は足音を忍ばせて、そいつらの後ろに忍び寄った。そして、一番後ろにいる子狐をぶら下げていた奴を、後ろから手加減なしに棒切れでぶん殴った。
バキッ
「ぎゃぁっ」
悲鳴を上げて、そいつは子狐を放り上げて倒れた。
「おっと……」
俺は咄嗟に棒を捨てて、落ちてきた子狐を抱き止めた。
「なんだ、てめぇっ!」
男達が一斉にこっちに向き直る。そのうち、腰に刀を付けていた何人かは、それを抜いた。
「くそっ、やっちまえっ!」
「天野、逃げろっ!」
そう言うと、俺は子狐を抱えたまま、右に跳んだ。間一髪、そこに真剣が振り下ろされる。
あぶねぇ……。
バキッ
そこで気を抜いてしまったのが失敗だった。別のやつに背中から殴られた。
「……ってぇな」
ブンッ
振り返りかけて、後ろから殺気を感じ、反射的に左に飛んで、振り下ろされた刀をかわす。
剣を持ってるのが……3人か。
さすがに子狐を抱えたままはきついけど、手足を縛られたままのこいつを放り出せば、今度こそこいつらにあっさり殺されちまうだろう。
一人が刀を振るってきた。はっきり言って舞に比べればその速さは雲泥の差だけど、いつまでもかわせるものでもない……。
と、
ガッ
不意に後頭部に衝撃を受けた。いつの間にか背後に回っていた別の奴に殴られたらしい。
「へへへ、ぶっ殺してやるぜ」
畜生、目が霞む。くそ、これまでか……。
かくん、と膝が折れて、俺はその場に倒れていた。すっと意識が遠ざかりかける。
シュンッ
風が吹いた。青い色の風が。
「……よく持ちこたえた」
そんな声が聞こえたような気がした。
俺は頭を振って、懸命に目を開けた。
「だ、誰だっ!?」
「てめぇ、倉田道場のっ!!」
「……許さないから」
そこに立っていたのは、舞だった。
「ま、舞……」
彼女は男達を睥睨して、静かに繰り返した。
「……祐一を傷つけた。お前達は、許さないから」
「う、うるせぇ! やっちまえっ!」
「おおーっ」
男達はてんでに討ちかかった。が、腕が違い過ぎる。瞬きする間に、舞に切り伏せられていた。
「ぐはっ!」
「ぎゃぁっ!」
俺はようやく膝立ちになって、剣を納めた舞に訊ねた。
「殺したのか?」
「大丈夫。峰打ちだから」
確かに、その場に倒れて呻き声を上げている男達からは、血は出ていないようだった。
「祐一っ、大丈夫?」
声をあげながら、名雪が駆け寄ってきた。
「おう」
俺はそう答えながら立ち上がり、よろけた。
名雪がそれを支えてくれた。
「……悪い」
「ううん。わたしこそ、遅くなってごめんね」
「いや、いい案配だったぞ。なぁ、天野?」
「はい」
天野が歩み寄ってきた。そして舞に深々と頭を下げた。
「ありがとうございました」
「……」
舞は仏頂面のままだったが、なんとなく照れているように見えた。
おっと。
俺は、胸に抱いていた子狐がもぞもぞと動くのを感じて、顔のところまで抱き上げた。
「真琴も無事のようだな。ちょっと待ってろ。今、縄を切ってやるからな」
小刀を出して、手足を縛っていた縄を切ると、子狐はぴょんぴょんと天野のところに駆け寄ると、その腕の中に飛び込んだ。
「真琴、ちゃんと相沢さんにお礼を言わないと」
「いや、いいって」
と、向こうから番屋の印がついた提灯の明かりが、いくつも揺れながら近づいてくるのが見えた。
どうやら、香里が番屋に話をつけて、お役人が出動してきたらしかった。
「……ということがあったんですよ」
「それは、ご活躍でしたね」
それから、与力の旦那に事情を聞かれてから放免され、家に帰った俺は、夕飯を食べながら秋子さんに今日あったことを説明した。
「で、そいつらなんですけど、どうやら久瀬の道場にいた連中らしいんですよ」
「まぁ、そうなの?」
「ええ。ま、しょせん下っ端ですから、これで直接久瀬の野郎をどうこうは出来ないでしょうけど」
「……くー」
静かだな、と思って見てみると、名雪は、俺の向かい側で茶碗と箸を持ったまま、うつらうつらと舟を漕いでいた。
「あらあら」
そんな名雪を微笑んで見ると、秋子さんは俺に視線を向けた。
「祐一さんもお疲れでしょう? 今夜は早く休まれたほうがいいですよ」
「そうですね。そうさせていただきます」
俺は頭を下げた。
「……ち、……祐一」
俺の名前を呼ぶ声に、泥のような眠りの中から目覚めさせられる。
あたりは、まだ暗かった。障子越しの月明かりが、ぼんやりと部屋を照らしているだけだ。
寝るのが早かったから、妙な時間に目が覚めちまったってことか。
俺はもう一度寝直そうと布団を被って目を閉じ……。
「寝るなぁっ!」
「わっ?」
耳元で声を掛けられて、俺は思わずそっちを見た。そして、口をあんぐりと開けた。
そこにいたのは、長い髪の女の子だった。し、しかも、何も身につけてない、一糸まとわぬすっ裸だった。
「お、お前誰だっ!?」
「……真琴」
その女の子はそう言うと、俺にすり寄ってきた。
真琴? そんな女の子は知らないぞ。それに、この子も見たことないし。
……待てよ。真琴って、もしかして……。
「真琴って、まさか、天野の狐?」
「うん」
こくりと頷くと、その娘はにぱぁっと笑った。
「真琴はね、祐一にお礼に来たの」
「お、お礼?」
「うん。今日助けてもらったから」
そう言って、そのまま布団をめくって中に滑り込んでくる。
「わわっ!」
「男の人にはこうやってお礼するんだって、美汐に教えてもらったもん」
美汐って、確か天野の柔らかなふくらみが胸に押しつけられて気持ちいい名前だったよな? ってもう何がどうしてるのやら……。
「あははっ、祐一の身体って美汐よりも堅いんだね」
「わぁ、どこ触ってるんだっ!?」
「ここをこうすれば気持ちよくなるんでしょっ? 真琴だって知ってるんだからねっ」
と、不意に視線を感じて俺は顔を上げた。
ふすまが2寸ほど開いていて、その向こうから秋子さんがじっと俺達を見ていた。
「あっ、秋子さんっ、これにはその、深い事情が……」
「いいのよ、祐一さん」
秋子さんはにっこり笑ってふすまを閉めた。
「あ、秋子さん?」
一瞬、また微かな違和感を感じたが、それは真琴が手を動かすだけで一瞬で蒸発してしまった。
「ほら、気持ちいいんでしょっ?」
「う、うわわぁっ……」
と、不意に秋子さんが覗いていたのとは反対側のふすまが蹴り開けられた。
ドタァン
派手な音と共に倒れるふすま。その向こうから覆面を被った男達が、刀を片手に切り込んでくる。
「天誅っ!!」
「どうわぁっ!!」
咄嗟に真琴を突き飛ばし、その反動で刀をかわした。そして、枕元に置いてあった自分の刀に手を伸ばす。
ガッ
一瞬遅く、刀は覆面の男に蹴り飛ばされて、手の届かないところに転がっていった。
「しまった!」
「覚悟っ」
大きく刀を振りかぶる男。
俺は思わず叫んでいた。
「名雪っ!」
「けろぴーっ!」
どっかぁん
爆発するような音がしたかと思うと、いきなり部屋の真ん中に巨大なかえるが現れた。それと同時に、辺りにもうもうと煙が立ちこめる。
「なっ、なんだ、これはっ!?」
「祐一っ、こっち!」
名雪の声がした。俺はその声の方向に、這うようにして進んだ。
と、不意に手が握られ、煙の中から名雪の顔が出てきた。
「名雪、一体……」
「話は後だよ。それよりも、こっちに!」
俺は名雪に手を引っ張られて、そのまま外に飛び出した。
外は、月が明るく輝いていて、灯りが無くても通りは見渡せた。
俺達は、長屋から外に飛び出して、ようやく一息ついた。
「……祐一、さっき、わたしの名前呼んだよね?」
名雪が俺の手を握ったまま、嬉しそうに笑う。
「そ、そうだっけ?」
「うん、呼んだよ」
「えーっと。いや、それよりも名雪、さっきのあれはなんだったんだ?」
俺は慌てて話題を逸らした。
「あれって、けろぴー?」
「ああ。どう考えてもいきなりあんなところにかえるなんて……。あれ、お前がやったんだろ?」
「うん。あのね、祐一には秘密にしてたんだけど、実はわたし、忍者なんだよ」
にっこり笑って言う名雪。俺は夜空を見上げた。
「……月が綺麗だな。さて、一杯飲みに行こうか」
「わっ、ホントなんだよっ」
俺の腕を掴む名雪。
「こう見えてもわたし、頭領さんなんだから」
「嘘付けっ!」
「ほんとだもん」
ぷっと膨れる。と。
「いたぞっ!」
「あそこだっ!」
声がして、覆面を付けた浪人らしい男達が、手に刀を持って駆け寄ってくる。
「やばい。名雪、忍者なら空に飛んで逃げるとか、地に潜って逃げるとかないのか?」
「えーっ? そんなのないよ〜」
「くそっ」
俺は舌打ちして、駆け寄ってくる連中を睨んだ。
と、その時だった。
「祐一くんっ!!」
不意に、俺の名を呼ぶ声がした。続いて……。
「うぐぅ、どいてーっ!」
その声は真上から聞こえた。……って、上っ!?
べちっ
振り仰いだ瞬間、上から降ってきたものに押しつぶされる俺。
むにゅ
妙に柔らかなものが二つ、顔に押しつけられている。俺は本能的にそれから顔を引き剥がそうと手で掴み……。
「うぐぅっ!!」
ばきぃっ
いきなり殴られてから、やっと視界が開けた。
そこには、ダッフルコートに羽根付きリュック、赤いカチューシャというお馴染みの格好のうぐぅが、何故か胸を押さえて赤くなっていた。
「うぐぅ……、触られたぁ……」
「心配するな。うぐぅの胸なんて触っても嬉しくないから」
「うぐぅって誰だよっ!!」
「うぐぅ」
「うぐぅ、真似しないで……」
「うぐぅ」
「……もういいもんっ!」
ぷっと膨れてそっぽを向くあゆ。
見かねた名雪が割って入る。
「もう、祐一。あゆちゃんいじめたらだめだよ」
「いや、いじめてるわけじゃないぞ」
「言っておくけど、からかってもだめだよ。わたしの妹なんだから」
「そりゃわかってる……って、おい?」
「……あれ?」
「……」
「……」
そこで、俺と名雪は黙って顔を見合わせた。そして、同時にあゆに向き直って声を上げる。
「あゆっ!?」
「あゆちゃんっ!?」
「うぐぅっ!? び、びっくりした……」
ない胸を押さえるあゆ。
「そんなことないもん。ちょっとはあるもん……」
「だから、俺の考えを読むなっ!」
「祐一っ! そんなことより、わたし達何してたのっ!?」
名雪が俺の腕にすがりつくようにして声を上げる。
「お母さんを助けに来たはずなのに、どうしてこんなことしてたの?」
そう、俺達は秋子さんを助けに来たはずだったんだ。
「……俺にもわからん」
「えっへん」
あゆが胸を張った。
「どうした、あゆあゆ。風邪か?」
「うぐぅ……」
「もう、祐一は黙ってて。あゆちゃん。何か知ってるの?」
名雪に聞かれ、あゆは話し始めた……。
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