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「ちょ、ちょっと待ちなさいよ」
Fortsetzung folgt
香里が割り込んだ。そして天野に訊ねる。
「危険なんでしょう? その秋子さんの心の中に入るってことは?」
「ええ、かなり」
淡々と答える天野。
「なんでっ……」
叫びかけて、香里は胸を押さえて深呼吸した。それから、口調を押さえながら訊ねる。
「なんでそんな危ないことをあたし達にやらせるの? そりゃ確かにあたし達は当事者だし、秋子さんが治るっていうならできる限りのことはするわよ。でも……、第一、あたし達みたいな素人よりも、あなたの関係者にやってもらった方がまだ確実なんじゃないの?」
「……」
天野は目を伏せた。
「多分……そうだと思います」
「だったら、どうしてあたし達に……」
「そうしないといけない事情がある、ということですね」
佐祐理さんがやんわりと口を挟んだ。
「佐祐理の想像ですけど……、天野さんは、お仲間さんに助けを求めることが出来ない状況じゃないんですか?」
「そうなのか、天野?」
俺は訊ねた。
天野は、こくりと頷いた。
「この術は、私の……天王蒼穹流退魔道に伝わる術のなかでも禁呪、つまり使ってはならない術とされています。無断で使うことは堅く禁じられているんです」
「でも、今は場合が場合じゃないか。許可を取るとかなんとか……」
「そんな余裕はありません。おそらく、その間に水瀬さんは……」
静かに首を振る天野。
「それに、もし私がこの術を使ったと知れたら……、おそらく私は継承者の資格を剥奪され、追放されてしまうでしょうね」
「追放って、追い出されるの?」
真琴に訊ねられて、天野は頷いた。
「……多分」
「そしたら、ここに来ればいいんだよ」
うんうんと嬉しそうに頷く真琴。
「真琴はいつでも歓迎するからね」
「……ありがとう」
天野は複雑な表情で、真琴の頭を撫でた。そして顔を上げて俺達を見る。
「そういう理由で、できる限りこの術を使うことは、他人には知られたくないんです。ましてや、術を使っている途中で邪魔されると大変ですし」
「……そういう事情なら仕方ないか……」
香里が肩をすくめた。
「こうなった以上、乗りかかった船よね」
「で、どうするんだ?」
俺の質問に、天野は答えた。
「まず、水瀬さんの心の中に入る人数ですが、私の腕では2人が限界です」
「2人?」
聞き返す俺。頷いて、天野は言った。
「相沢さんと、もう一人です」
……俺はデフォか?
「それなら、私が行く」
舞が言った。慌てて真琴が叫ぶ。
「真琴が行くのっ!」
「祐一くん、天野さん。ボクも、秋子さんを助けたいよ……」
あゆが真剣な眼差しで天野を見つめる。
天野はため息をついた。それから、ぐるっとリビングを見回す。
「皆さんの熱意は判ります。ですから、純粋に能力で決めさせてもらいます」
「能力?」
「はい。水瀬さんの心の中に入るために必要な能力です。……まず、真琴は駄目です」
「あうーっ! なんでようっ!!」
真っ先に外された真琴が当然のごとく天野に詰め寄る。
天野は答えた。
「人間じゃないからです」
「あう……」
「ごめんなさい、真琴。でも、人間の心に、妖狐のあなたが入ると危険かも知れない。こればっかりは、実験するわけにもいかないですから」
「……」
しょぼんとしてしまった真琴を、天野は優しく撫でた。
「でも、真琴の力が必要になるときも、きっと来ます」
「ほんとっ?」
「ええ」
「なら、真琴は我慢する……」
こくんと頷いた真琴に優しく微笑んでみせてから、天野は向き直った。
「川澄先輩もだめです」
「はぇ〜、何故舞じゃ駄目なんですか?」
舞より早く佐祐理さんが訊ねる。
「川澄先輩の心が脆いからです」
「舞の心が……脆い、ですか?」
「他人の心の中に入ることは、精神を融合させることです。その時に自分を強く保てる人でなければ、そのまま飲み込まれて、戻れなくなってしまう危険があります。川澄先輩は……優しすぎますから。他人の痛みを自分の痛みと感じる事が出来る人は、向いていません」
「……そうですね」
佐祐理さんは納得したように頷いた。そして、舞を抱き寄せる。
「大丈夫だよ、舞。佐祐理はそんな舞が大好きなんだから」
「……うん」
こくりと頷く舞。
天野は続いてあゆに視線を向けた。
「あゆさんも駄目です」
「うぐぅ……。ボク、駄目?」
「はい、駄目です」
「なんでだ?」
「あゆさんは、川澄先輩とは逆の理由です」
俺の質問に天野は答えた。俺は頷いた。
「なるほど。あゆは他人の傷みなんて知ったことか、という非情さ故に駄目だと」
「うぐぅ……ボクそんなことないよ〜」
あ、また涙目になってる。
「違います」
「そ、そうだよねっ!? うぐぅ、びっくりしたぁ……」
天野に否定されて、ほっと一息つくあゆ。
天野は説明した。
「あゆさんの場合は、精神力が強すぎるんです。あゆさんでは、逆に水瀬さんの精神を浸食してしまいかねません」
「そんなに精神力が強いとも思えないがなぁ……。根性ないし」
「うぐぅ、そんなことないもん」
拗ねるあゆ。
天野は苦笑した。
「言い方が拙かったです。あゆさんは、7年間眠っていたという特殊な事情のせいで、そうですね、例えて言えば、精神の大きさが普通の人よりも大きくなってるんです」
「それって、ボクの心が広いってこと?」
「いえ、あくまでも例えですから」
「うぐぅ……」
「ともかく、そういうわけであゆさんも駄目です。それから、倉田先輩と美坂先輩」
「佐祐理ですか?」
「あたし?」
二人が同時に自分を指した。天野は軽く頷いた。
「残った人を比較した結果、お二人よりも、より向いている人がいましたから、お二人はとりあえず保留です」
「……より向いている人って……、まさか……」
香里は、自分のとなりでにこにこしている少女に視線を向けた。それから慌てて大きく手を振る。
「駄目っ! 絶対駄目っ!!」
「そんなこと言う人嫌いです」
栞がぷっと膨れた。
天野が言う。
「一番精神的に強い、という点のみで選んだ結果、栞さんが適任だという結論に達しました」
「はい、私頑張りますねっ」
「あなたは黙ってなさいっ。天野さん、こればっかりは姉として許すわけにはいかないわ」
香里は立ち上がると、腰に手を当てて天野を睨みつける。
「栞に行かせるくらいなら、あたしが行くわ」
「お姉ちゃんっ!」
栞が非難の声を上げるが、香里は首を振った。
「駄目。こればっかりは、いくら栞でも譲らない。あたしは、もう二度とあなたを失いたくないのよ」
「……お姉ちゃん……」
「お願い……」
香里の真剣な表情に、栞は困り切った顔をした。
香里は向き直った。
「天野さん、あたしが、行くわ」
「……そうですか。美坂先輩では、多少危険性は上がってしまいますが……」
ため息をついて、天野は立ち上がった。
「それでは、相沢さんと美坂先輩が行くということで……」
その時だった。
「わたしが行くよ」
その声に、皆は一斉にリビングの入り口に視線を向けた。
「……名雪……」
俺の呟きに、名雪は笑顔で頷いた。
「ありがとう、祐一。もう、わたし大丈夫だよ」
「そうか……」
「うん。それにあゆちゃんも、ありがとう。たい焼き、本当に美味しかったよ」
「えへへっ」
照れくさそうに笑うあゆ。
名雪は真剣な表情になって、香里に向き直る。
「香里、一つだけ聞いてもいい?」
「何?」
「……祐一と、どこに行くつもりだったの?」
俺は立ち上がると、名雪の頭を叩いた。
ごん
「あうっ……、祐一、痛いよ〜」
「理由も判らずに行こうとするなっ!!」
「だってぇ……」
頭を抱えながら恨めしそうに俺を見上げる名雪。
と、考えていた天野が顔を上げた。
「そうですね。水瀬先輩の方が適任かも知れません……」
改めて天野から説明を受けて、名雪は何度も大きく頷いた。
「それでお母さんを助けられるんだよね? だったら、わたし、絶対にやる」
「……精神力の強さ、ね」
そんな名雪を見て、香里が腕組みして頷いた。
「はい。水瀬さんに良くなって欲しいという思いがこの中で一番強いのは、水瀬先輩であることに間違いないですから」
天野はそう言うと、俺達に向き直った。
「それでは、早速ですが、術の用意をしなければならないので、私は一度家に帰ります。1時間ほどで戻りますから、ここで待っていてもらえますか?」
「おう……って、ここでその術とやらをやるのか?」
「はい」
頷く天野。
「でも、秋子さんは病院だろ? 俺達も病院に行ってやった方がいいんじゃないか?」
「いえ。心に距離はあまり関係ありませんから。術を秘密裏に行わなければならない、という点を考えるなら、病院や私の家などよりも、ここでやるのが一番良いと思います」
「なるほど。名雪はそれでいいか?」
「うん、わかったよ」
「では」
頭を下げると、天野はリビングを出ていった。しばらくして、玄関のドアが閉まる音が聞こえた。
「祐一、頑張ろうね」
名雪が俺の手をぎゅっと握った。
「おう」
俺も頷いた。
「あう〜っ、らぶらぶ〜」
「ちょっと悔しいです……」
「でも、やっぱりお似合いだと思うよ、ボクは」
「あゆさんっ、あなたとの友情もこれまでですねっ」
「うぐぅ……、栞ちゃん、なんか怖いよ」
「あ、あう〜っ」
……どうでもいいが、そういうことは聞こえないところでやって欲しい。……いや、聞こえないところでやられた方が怖いか。
などと思っていると、俺の目の前にふらりと人影が立った。
顔を上げると、舞だった。
「ああ、舞か。……って、どうしたっ!?」
「ぐすっ」
舞は鼻をすすると、俺に涙で濡れた目を向けた。
「ちゃんと、帰ってきて欲しい」
「そ、そりゃそのつもりだけど……」
「帰ってきてくれないと、私は多分泣いてしまうから」
「そ、そっか」
「……うん」
「真琴だって泣くわようっ!」
何故か対抗して元気いっぱいに宣言する真琴。
「私だって、きっとバニラアイスも喉を通らないくらい悲しくなると思います」
栞はそう言うと、俺の顔を下から見上げた。
「だから、ちゃんと帰ってきてくださいね」
「そうだな」
「祐一くん」
あゆが、俺をじっと見て言った。
「約束、だよ」
「ああ、約束だ」
「うんっ」
一転して笑顔になって、あゆは頷いた。
1時間後。
俺と名雪は、リビングに敷かれた布団の上に並んで横になっていた。
ちなみに誤解されないように言っておくと、布団は別々だ。
「それでは、目を閉じてください」
巫女服に着替えた天野が、俺達の枕元で言う。俺達は大人しく目を閉じた。
「……くー」
「へ?」
思わず目を開けて隣を見ると、名雪はもう寝ていた。俺は苦笑した。
「いいのか、天野?」
「心を落ち着けてくださればそれでかまいません。寝ているのがむしろ一番いいんですよ。さ、相沢さんも」
「ああ」
頷いて目を閉じた。
天野がなにやら唱え始めたのが聞こえる。意味があるのか無いのか判らない言葉の羅列が、まるで子守歌のように聞こえてくる。
そして、俺の意識はゆっくりと溶けていった……。
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あとがき
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