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「あ」
Fortsetzung folgt
学校に向かって歩いていると、不意にあゆが声を上げた。
「どうした、あゆ? お赤飯か?」
「うぐぅ、違うもん。……ところでお赤飯って何のこと?」
「わからんなら否定するな。なぁ、栞」
「どうしてそこで私に振るんですか?」
と、こちらは判っているらしく赤くなっている栞。
「いや、栞ならまだかと思って」
「そんな事言う人大っ嫌いですっ。ちゃんと私だって、その……。も、もういいですっ」
耳まで真っ赤になって、ぷいっとそっぽを向いてしまう栞。
「女の子にそんなことを言うなんて、そんな酷なことはないでしょう」
「うわぁっ、いたのか天野っ!」
いきなりすぐ後ろで言われて、俺は思わず飛び上がっていた。
「……ずっといましたけれど」
「ああ、そうか。昨日天野だけは家が遠いから泊まっていったんだよな。香里と佐祐理さんは帰ったけれど」
「祐一くん、セリフが説明的だよ」
あゆにツッコミを受けて、俺は向き直った。
「で、どうしたんだあゆ?」
「……結局、私は無視ですか」
天野が呟いているけれど、この際気にしないことにする。
「あ、うん。今日算数あったよね?」
「……良いことを教えてやろう。高校では算数はないんだ」
天野がぼそっと言った。
「大丈夫です。私達の通っているのは高校と明言されてませんから」
「……」
空を見上げて考えてみた。そう言われてみればそうだったような気がする。
「……なんでだ?」
「ソフ倫対策です」
「なんだ、それ?」
「……」
無言で、天野はしばらく俺の顔を見つめてから、ふっと視線を逸らす。
「……すみません、忘れてください」
「……まぁ、それはいいとして、それで“いちにのさんすう”が今日あるとして、それがどうした?」
「うぐぅ、祐一くんしつこいよ……。ボクちょっと間違えただけなのに……」
向き直ってみると、あゆが壁をつつきながら拗ねていた。
俺はその肩をぽんと叩いた。
「知識が小学生レベルでも心配するな、あゆ。それ以上の奴も立派に生きてるぞ。なぁ、真琴」
「どうしてそこで真琴の名前が出てくるのようっ!」
拳を振り上げる真琴。って、耳と尻尾まで出てるっ!
「真琴っ! 耳と尻尾が出てるっ!」
「えっ? わっ、いっけない」
慌てて耳を押さえる真琴。……頭隠して尻尾隠さずってやつか?
「あう〜っ、美汐〜」
「仕方ないですね……」
ため息をつきながらも、嬉しそうに天野が真琴の頭を撫でる。
「ほら、落ち着いて」
真琴のことは天野に任せて、俺はあゆに訊ねた。
「で、それがどうした?」
「うぐぅ……教科書忘れた」
念のために鞄を開けて見ていたあゆが、俺に泣きそうな顔を向ける。
「どうしよう……」
俺は腕時計を見た。
「わっ、祐一さん、いきなり私の腕を引っ張らないでくださいっ」
「しょうがないだろ? 俺は腕時計持ってないんだから。しかし小さい時計だな」
「女の子だからいいんですっ」
文句を言う栞をいなしながら、小さな腕時計を見る。
「うん、今日は早かったから、まだ時間はあるな。あゆ、取ってこい」
「うぐぅ……。うん、そうする」
はぁ、とため息をつきながら、くるっときびすを返すあゆ。と、立ち止まって俺を見る。
「どうした? さっさと行かないと遅刻するぞ」
「……うぐぅ」
もう一度ため息をつき、今度こそあゆはたたっと駆け出した。
それを見送る俺に、名雪が言った。
「きっとあゆちゃん、祐一に一緒に戻ってもらいたかったんだよ」
「何で俺が?」
「……それはわたしが言っても仕方のないことだよ」
そう言って、名雪はすたすたと歩き出した。
「名雪……?」
と、向こうから香里がやって来て、名雪に声をかけた。
「あ、香里、おはよう」
「おはよう、名雪。今日も眠そうな顔してるわね」
「わたしはいつもこんな顔だよ」
「うん、そうね」
笑顔で頷くと、栞に声を掛けた。
「おはよう、栞」
「おはよう、お姉ちゃん」
姉のところに駆け寄って挨拶する栞。
香里はそんな栞の頭を撫でる。
「夕べはちゃんと眠れた?」
「はい。でも、ちょっと残念です。せっかく一つ屋根の下だったのに、祐一さんは夜這いをかけてくれませんでした」
……をい。
「まったく、見る目がないわね」
「大きなお世話だ」
じろっと俺を見る香里に、俺は小声で言い返した。……いや、大声で言い返すと酷い目に遭わされるからとか、そういう理由じゃないぞ。
「何か言った?」
「いいえ、滅相もございません」
「香里〜、あんまり祐一いじめたらだめだよ〜」
名雪がおっとりと口を挟んだ。香里は意外そうに名雪を見る。
「ふぅん、なるほどね……」
「どういう意味だよ、香里?」
「別に。言葉通りよ」
肩をすくめると、香里はぽんと栞の肩に手を置くと、囁いた。
「でもね、栞。諦めちゃ駄目よ。野球は9回裏ツーアウトから、サッカーは後半ロスタイムからって言うしね」
……しっかり聞こえてるんですけど。
栞は笑顔で頷いた。
「判ってるよ、お姉ちゃん」
「よろしい」
ぽんっと栞の肩を叩くと、香里は名雪に言った。
「悪いけど、あたしは栞の味方だからね」
「う〜っ、ひどいよ〜。わたしとの友情はそんなものだったの〜」
ぷっと膨れる名雪。そして、香里と顔を見合わせて笑い出す。
本当に仲が良い親友同士なんだな、と思う。
親友と言えば……。
「あはは〜っ、おはようございます〜」
俺が頭に思い浮かべた時、タイミング良く佐祐理さんが登場した。
「舞、おはようっ」
「……おはよう」
「もうちょっと爽やかに言えんのか、お前は……」
「舞らしくていいじゃないですか」
佐祐理さんは朝からいい笑顔を振り撒いていた。
「ね、舞?」
「……」
一方、舞はというと、朝から仏頂面である。
まぁ、いつも通りって言えばそれまでなんだが。
「あ、そういえば」
不意に香里が言った。
「倉田先輩、卒業生代表で卒業式で答辞を読むんですよね」
「佐祐理よりもふさわしい人はいっぱいいるんですけどね〜」
苦笑する佐祐理さん。
「よく知ってたな、香里」
「まぁ、あたしが送辞読むわけだし」
あっさり返す香里。
そう言えば、2人とも学年トップの成績らしいしなぁ。でも、佐祐理さんはともかく、送辞って普通、生徒会長とかそういう奴の仕事じゃないのか?
ま、いいか。
「わっ、お姉ちゃんすごいですっ」
「何言ってるのよ」
「そう言いながらもまんざらではない姉だった」
「……相沢くん、そういうことは口に出さなくてもいいの」
そう言っているうちに、いつの間にか学校が見えてくる。
「しかし、そっか。もう卒業なんだな〜」
「はい。祐一さん達とお別れで、佐祐理は寂しいですよ」
さすがにそう言うときは、ちょっと寂しそうな顔をする佐祐理さん。
うーん。話題を変えたほうがいいかな?
俺は、ふと気になったことを訊ねてみることにした。
「ところで、ここの卒業式って、制服でやるのか?」
「基本的に自由ってことになってるわよ」
香里が言った。
「とすると、バニースーツやメイド服でもいいってことだなっ!?」
「同志よっ!」
がっと北川と腕を組んでから、訊ねる。
「……ところで、今どこからわいて出てきた? 北川」
「愚問だな。美坂のいるところ、どこでも俺がいる。当然の仕儀ではないか」
「トイレや風呂でもか?」
「無論だっ! いや、むしろそのようなプライベートな場所こそが……」
「目からびぃむ」
咄嗟に身体を引いた俺の目の前で、派手に爆発が起こる。
そのまま悲鳴を上げて吹っ飛ばされていく北川を見送って、俺は振り返った。
「どうせ吹っ飛ばすなら最後まで言わせてやれば良かったのに」
「聞くに堪えないわ」
肩をすくめる香里。
「いや、俺としては北川が何を言うのか興味があったんだが……」
「あら、そう。それなら北川くんと一緒の所に送ってあげましょうか?」
「すみません言い過ぎました」
秋子さんの了承並みの早さで頭を下げる俺。何とでも言え。俺だって命は惜しいのだ。
「……はぁ。そろそろ行くわよ」
そう言って歩き出す香里。
「将来、あなたが弟になるかと思うと気が重いわ」
「安心しろ、それはない」
「わっ、祐一さんひどいですっ!」
栞が後ろで声を上げる。
「高原の小さな白い教会で結婚式を挙げるのが夢なのに……」
「けっこん?」
いきなり首を突っ込んでくる真琴。
「真琴は祐一とけっこんしたいっ」
ぼかっ
「いきなり何をわめいてるんだ、お前はっ!」
とりあえず頭を殴っておく。
「あう〜っ、なにするのようっ!」
「やかましい。大体、なんでいきなり結婚したいってんだよ、お前はっ!」
「だって、結婚したら、ずっと一緒にいられるでしょっ」
頭をさすりながら答える真琴。
「真琴、ずっと祐一と一緒にいたいもん」
「天野とは?」
「美汐はその次」
躊躇なくあっさり答える真琴の隣で、天野が黄昏れていた。
「そういうものですよね……」
「あのな、真琴……」
「祐一くんっ!」
真琴にとりあえず結婚の意味を教えようと口を開き掛けたところで、いきなり後ろから大声で呼ばれた。
びっくりして振り返ると、あゆがバタバタと走ってくるのが見える。
「祐一くんっ、祐一くんっ!」
せっぱ詰まったような声で俺の名前を連呼している。まるで投票日を明日にして最後のお願いをしてるようだ。……なんて冗談を言ってる場合じゃないみたいだ。
あゆの様子がおかしかった。まぁ、いつもおかしいと言えばおかしいが。
「祐一くんっ」
息を切らせながら駆け寄ってくる。見ると、鞄を持っていない。
「祐一くんっ、秋子さんがっ、秋子さんがっ……」
そのまま、俺の制服の袖を掴む。
「うぐぅ……」
どうやら、秋子さんに何かあったらしいのは判ったが、肝心のあゆが要領を得ない。
俺はあゆの肩を掴んだ。
「ちょっと落ち着け。秋子さんがどうかしたのか?」
「お母さんが?」
半分寝てた名雪も、さすがに秋子さんの名前を聞いて目を覚ましたらしく、あゆの前に駆け寄ると訊ねる。
「あゆちゃん、お母さんに何かあったの?」
「うぐぅ、秋子さんが、秋子さんがぁ……。ボクそんなの嫌だよっ!」
「いいから落ち着け」
とりあえずあゆを落ち着かせながらも、俺は胸の中にどす黒い不安感が広がっていくのを感じていた……。
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あとがき
遅ればせながら、某所のお勧めSSにプールシリーズを上げてくださった方、どうもありがとうございました。これでまた野望が一つ達成できました。
さて、なんか名雪シナリオに突入していきそうな感じですが、この先どうなるのか私もまだ全然決めてません。
てゆうか風邪引いたらしくてかなりやばめな感じです。
うにゅう……。
プールに行こう4 Episode 13 00/11/1 Up 01/5/5 Update