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「……離して欲しい」
Fortsetzung folgt
耳元で、舞の声が聞こえた。
「話を聞いてくれるまでは離さない」
俺は、舞を抱く手に力を込めた。
「でも、このままだと、……また佐祐理やほかのみんなや、祐一を傷つけてしまう……」
その舞の言葉に、俺はやるせなくなった。
こんな場合でも、こいつは自分よりも他の人のことを心配しているのだ。
そんな優しい少女を傷つけたのは、他ならぬ俺だというのに……。
「俺なら、いくらでも傷つけてもいい……」
「それはだめ」
パシパシパシッ
乾いた音が連続して鳴ったかと思うと、すぐ脇の店のショウウィンドウが破裂するように砕けた。ガラスの破片が、夕陽を反射してオレンジ色にきらめきながら飛び散る。
一拍置いて、買い物客達が悲鳴を上げた。
「なんだっ!?」
「爆発したぞっ!」
「うわぁっ!」
「おい、警察を呼べっ!」
「119番よっ!!」
誰も、道の真ん中で抱き合っている俺達には目もくれない。まぁ、どう見てもガラスが内側から砕けたようにしか見えないから、店の中で爆発が起こったとしか思えないだろう。
だが。
続いて隣、さらに隣の店のガラスが砕けると、悲鳴と怒号がますます大きくなる。
「……祐一、離して」
舞がもがく。
「もう……どうなるかわからないから……」
どうすればいい? どうすれば、舞がまた“ちから”を受け入れてくれるんだ?
俺が自分の考えに気を取られた瞬間、何かが弾けた。
凄い勢いで、俺の身体は弾き飛ばされていた。
「うわあっ!!」
一瞬の浮遊感。そして、そのまま地面に背中から叩き付けられる俺の身体。
「祐一くんっ!」
どかっ
思ったよりも衝撃は少なかった。それを妙に思うよりも早く、すぐ後ろで小さな声が聞こえた。
「うぐぅ、痛かったよ……」
「あゆっ?」
慌てて首を回して後ろを見ると、俺と地面の間にあゆの身体が挟まっていた。
どうやら、吹っ飛んできた俺と地面の間にあゆが飛び込んでクッション代わりになってくれたようだ。
「あいたた……。祐一くん、大丈夫?」
「お前、なんで……」
「だって、ボク、祐一くんに怪我してほしくないんだもん」
あゆはにこっと笑った。それから真面目な顔になる。
「祐一くん。舞さんが“ちから”なんていらないって思ったのは、その“ちから”のせいで祐一くんに嫌われたって思ったからなんでしょ? だったら……」
「そうか、俺が舞のことを嫌いじゃないって舞に判ってもらえばいいんだな」
俺は身体を起こした。
「ありがとう、あゆ。お前の遺志は無駄にしないぞ」
「うぐぅ、ボクまだ死んでないよ……」
そう言うあゆの頭にポンと手を置いてから、俺は向き直った。
佐祐理さんがいた。複雑な表情で、俺達をじっと見ていた。
「……祐一さん……」
「佐祐理さん、俺は……」
佐祐理さんは首を振った。そして、不意にいつもの笑顔を浮かべた。
「あはは〜。やっぱり、佐祐理じゃ駄目ですね。祐一さん、後はお願いします」
「……ええ。佐祐理さん、あゆを頼みます」
「はい、任せてください」
大きく頷いて駆け寄ってくる佐祐理さん。それと入れ替わるように、俺は舞を見据えた。
そして叫ぶ。
「舞っ!」
パァンッ
どこかのショーウィンドウが砕け散る音を最後に、街路は静けさを取り戻した。
既に買い物客や店員達は逃げ出したらしく、商店街には人っ子一人いない。
遠くから救急車かパトカーのサイレンの音が微かに聞こえてくる。
そんな中、舞はゆっくりとこちらを向いた。
その唇が、微かに動く。
「……やっぱり……」
俺は、一気に舞に駆け寄った。そして、その細い腕を掴んで引っ張り寄せる。
何の抵抗も無く、むしろあっけないほど、舞の身体は俺の腕の中にすっぽりと納まった。
だが、舞は視線を俺と合わせようとせず、俯いたまま呟いた。
「……やっぱり、“ちから”のせい……。こんな“ちから”、無い方が……」
その時、どこかの店の、砕けかかっていたショーウィンドウが崩れ落ちた。
ガッシャァァァァン
それが、舞の“ちから”のあげる悲鳴のように聞こえたのは、俺の気のせいだっただろうか?
俺は、舞の肩を掴んで揺さぶった。
「しっかりしろっ! あの夜のことを思い出せよっ! あの時お前は“ちから”を受け入れたんだろっ!!」
「……」
無言のまま、俺に揺さぶられる舞。
俺は、舞の顔を両手で挟んだ。息が掛かるほど顔を近づけて、叫ぶ。
「舞っ、聞いてくれっ! 俺は、お前の事を嫌いになったわけじゃないっ!」
こうなったら、俺の本音を聞いてもらうしかない。俺はそう思ったのだ。
舞は小さな声で呟く。
「でも、祐一は名雪が好きだって……」
「好きっていってもいろんな好きがあるだろっ!」
「……わからない」
また、舞は小さく呟いた。そして、初めて俺と視線を合わせた。
碧色の澄んだ瞳は、あの時一緒に遊んだ少女のままだった。
「どうして、好きにいろいろあるの……?」
どうして、人はいろんな『好き』を使い分けるようになってしまうんだろう?
舞の質問は、俺にも判らないことだった。
「……それは」
口ごもる俺。
と、後ろから柔らかな声がした。
「だって、『好き』が一つだと、『好き』になったところでおしまいじゃないですか」
思わず振り返ると、あゆのそばに屈み込んでいた佐祐理さんが、こちらを向いて微笑んでいた。
「佐祐理は、舞のこと好きですよ。でも、いつも、今よりももっと好きになりたいって思ってるんですよ。好きが一つしかなかったら、そんな楽しみが無くなっちゃうじゃないですか」
「ボクもそう思うよ。ボクだって……うぐぅ……」
あゆが口を挟もうとしかけて口ごもる。
「えっと、とにかくそういうものなんだと思うよ」
「……あゆ、全然役に立ってないぞ」
「うぐぅ、祐一くん意地悪……」
拗ねるあゆ。
俺は舞に向き直った。
改めて向き直ると、さっきなんだかこっ恥ずかしい事を大声で言ってしまったような気がするが、考えたら負けだ。
「えーと」
「それじゃ、祐一は舞のことが好き?」
真面目な顔で聞き返される。俺は舞の口調を真似た。
「嫌いじゃない」
「それじゃ……名雪、は?」
「相当に嫌いじゃない」
「……そう」
舞は、微かに頷くと、俺に背を向けた。
「舞っ!?」
「……もう一度、決着付けるから」
その時、人気の無くなった商店街の向こうの端で、何かが動いた。かと思うと、猛烈な勢いでこっちに向かって突っ込んでくる。砂埃やガラスの破片を巻き上げる様子で、それがはっきりと判った。
舞は左右を見回した。そして、何かを見つけたらしく、屈み込んでそれを拾い上げる。
それは、さっきからの衝撃で折れたらしい街路樹の枝だった。舞はそれを剣のように構えた。
「戦うつもりなのかっ!? でも、戦う必要なんて……」
止めようと、手を伸ばす俺に、舞は視線を向けようともせずに言った。
「近づくと危ないから……」
「でも、舞……」
「任せてほしい」
そこまで言われては、手を出すわけにもいかない。そもそも手の出しようがない、とも言うが。
舞が、枝を構えたまま、静かに呟く。
「本当に、これで、帰れる……」
「舞……?」
と、舞が顔を上げ、そちらを見た。
突っ込んでくる“魔物”を。
“魔物”を睨みながら、舞が不意に声をかけた。
「……佐祐理」
「うん、ここにいるよ」
「……ありがとう」
それから、今度は俺の名を呼ぶ。
「祐一……」
「俺だって、ここにいる」
「……そう」
素っ気ない答えだったが、舞らしい答えでもあった。
舞は枝を握り直すと、たんっ、と地を蹴った。
正面から突っ込んできた“魔物”の上に飛翔する舞。そして、そのまま枝を振る。
「……え?」
舞は“魔物”を打ち据えるでもなく、ただ枝を横に振っただけだった。そしてそのまま、すたっと着地した。
だが、舞が枝を振った瞬間、見えなくとも圧倒的な存在感を持っていた“魔物”が、そのまま消滅していた。
そして、振り返った舞の手にしていた枝からは、柔らかな緑の葉が芽吹いていた。
「わっ、舞、それどうしたの?」
「……わからない」
佐祐理さんの質問に、舞は首を傾げた。
俺は訊ねた。
「舞、“ちから”は……?」
「……大丈夫」
舞は自分の胸を叩いて見せた。
「お、大きさを自慢してるのか?」
「うぐぅ……。ボク気にしてないもん」
速攻で気にしているのがばればれなあゆの反応だった。
舞はというと、少し赤くなって、俺を手にしていた枝でぱこっと叩いた。
若葉の匂いと激痛が同時にした。
「いてて、ひどいじゃないか」
「祐一がつまらないこと言うから」
「あはは〜、舞も照れなくていいのに」
ぽかっ
佐祐理さんには枝ではなくてチョップだった。なんか差別っぽい。
……とと。それどころじゃないんだ。
何となく和みかけたところで、本来の目的を思い出して、俺は舞に声を掛けた。
「ま、なんとかなったのならそれでいいんだ。それよりも舞に聞いて欲しいことがあるんだが……」
「それなら解決したみたいよ」
いきなり後ろから声を掛けられて、俺は思わず飛び上がった。
「うわぉう、でじこか」
「誰がよっ!!」
「祐一さん、ひどいですっ。それじゃ私がぷちこになるじゃないですかっ」
「栞、怒る方向がずれてるわよ……」
ため息をつく香里に俺は訊ねた。
「で、どうしてここに? まだ約束の時間じゃないだろ?」
「商店街で大騒ぎが起きたって聞いて、すぐに来たのよ。おおかた相沢くん絡みだろうって思ったから。……だけど、それにしても派手にやったわねぇ」
周囲を見回す香里。栞も悲しそうに言う。
「アイスクリーム屋さん、壊れてました……」
「うぐぅ……。たい焼き屋さん大丈夫かな?」
お前らはどうしていちいち食べ物を引き合いに出すんだ?
「……まぁ、舞がやったって言っても誰も信じないだろ、ここまで派手なら」
俺もまさに戦場と化している商店街を見回しながら肩をすくめた。
「そりゃそうね。あたしだって、誰か一人がやった、なんて聞いたら、まずその人の頭を疑うわ」
香里は肩をすくめた。
「でも、このまま逃げちゃうのも余り良くないですよね」
佐祐理さんがほっぺたに指を当てて考え込むように言う。
あゆがぽんと手を打った。
「そうだ。じんかいせんじゅつはどうかな?」
「……人海戦術で何をどうする気だ?」
「……うぐぅ」
口ごもるあゆ。
しかし、下手に「私たちがやりました」なんて言って、万一被害を弁償させられる羽目になったら、いくらかかるだろう? 学校の窓ガラスを割ったどころの騒ぎでは納まらないのは間違いない。
それに、これだけの騒ぎを舞が起こしたとなると、生徒会の連中は今度こそ舞を退学に追い込むだろう。そんなことをさせるわけにはいかない。
結論。
「よし、とりあえずこの場はばっくれよう」
「……祐一さんがバックをくれるんですか?」
佐祐理さんには意味が通じなかった。俺は言い直した。
「とりあえず、この場は素知らぬ振りをして逃げよう」
「はぇ〜、それはよくないですよ」
「それは判ってるけど、舞の幸せのためだ」
「あ、それなら仕方ないですね〜」
……佐祐理さん、いかすぜ。
俺は声を掛けた。
「よし、それではみんな、撤収だっ!」
「あ、待ってください」
と、不意に、佐祐理さんが俺に声をかけた。
「どうしたんだい、佐祐理さん?」
「祐一さん、……ごめんなさい」
佐祐理さんは深々と頭を下げた。
「……え?」
「佐祐理は、悪い子です。祐一さんのこと、嫌いになりかけてました」
悲しそうな顔をする佐祐理さん。うーむ、佐祐理さんにこんな顔をさせてしまった俺の方がよっぽど悪い奴だと思うな。
「少し考えたら、すぐに判るはずだったんです。祐一さんが、舞のことを軽く考えているはずないって。それなのに、佐祐理は……」
「もう、いいよ」
俺は肩をすくめた。それから、右手を差し出す。
「それじゃ改めて、友情の証に」
「はいっ」
笑顔で俺の手を握り返す佐祐理さん。
と、ふと気付くと舞がじーっと俺達を見ていた。
「お、舞も握手したいのか?」
「……」
こくんと頷く舞。俺は笑って舞の前に右手を差し出した。
「よし、舞も」
「……嬉しい」
「わっ、舞さんずるいですっ! 私も握手しますっ」
「うぐぅ、ボクも握手……」
「お前らなぁっ! 俺は金メダリストじゃねぇっ!」
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あとがき
現在、仕事がめっちゃ忙しくて、SS書く時間が全然取れません。
ご了承ください。
別に騎士道修行が終わった後、正義のヒロインいじめにいそしんでるわけじゃないですよ(爆)
プールに行こう4 Episode 9 00/10/24 Up 00/10/25 Update