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「……うう、生きてまたこの地を踏むことが出来るとは……」
Fortsetzung folgt
「大げさよ」
後ろから香里に言われ、俺は振り返って言い返した。
「そう言いたくもなるわいっ!」
「誰のせいよ?」
「……わたくしのせいにてござりまする」
「祐一さん、卑屈すぎますっ。そんな祐一さん嫌いですよ〜」
栞が笑いながら言う。
俺は咳払いした。
「ごほん。ともかく、だ。これからどうするかをまず決めないといかんだろうな」
「舞さんのところに行くんじゃないの?」
あゆが首を傾げた。
重々しく頷いてから、俺は答えた。
「その通りだ。えらいぞあゆ。ところで浜崎あゆみのこともあゆと呼ぶそうだな」
「うぐぅ……。祐一くん、「おなじあゆでもえらい違いだ」とか思ってる……」
「うぉっ、何故判ったっ!?」
「ボクと浜崎あゆみは、ぜんっぜん関係ないよっ!」
ぷうっと膨れて、あゆはそっぽを向いた。
香里がため息をつく。
「あのねぇ。一刻を争うんじゃなかったの?」
「おお、そうだ。あゆがつまらん事を言うからすっかり忘れていた」
「うぐぅ、ボクのせいじゃないもん」
「あゆ、人のせいにすると立派なオトナになれないぞ」
「ボク子供じゃないもんっ」
「そうですよねっ!!」
なぜか速攻で同意する栞。
「少しくらい胸がなくても、子供じゃないですよねっ!」
……やっぱりそれかい。
俺は目の前にある実例を使って示してやることにした。
「いいか、栞。そういう台詞はせめてこれくらいの大きさの胸になってから言え」
ふにふに
「……相沢くん、言いたいことはそれだけかしら?」
実例になってくれた香里が、ふっとため息をついて言った。
「おお、とりあえずそれだけだが」
「あ、そう。それじゃ……オプティックブラスト!(Xメン公開記念)」
天野の家から電車に乗って、俺達は元の駅に戻ってきた。
で、駅前の広場に出たところで、作戦会議を開いているわけだ。
「さて、軽いウォーミングアップも終わったところで、本題に入ろうか」
「わ、すごいです。もう復活したんですね」
栞に妙な感心をされてしまったが、とりあえず丁重に無視して話を進める。
「とにかく、まずは舞に逢わないといかんな」
「向こうが逢ってくれるかどうかわからないけどね」
香里が肩をすくめる。
と、栞が唇に指を当てて考え込むようにしながら訊ねた。
「あの、祐一さん。舞さんって、今、どこにいるか知ってるんですか?」
「そうだな、この時間なら、もう家に帰ってるんじゃないか?」
俺は、街頭にある大きな時計を見て答えた。
「そうですか。それじゃ、舞さんの家ってどこなんですか?」
「そりゃ……。あれ?」
答えようとして、俺ははたと気付いた。あゆに訊ねる。
「なぁ、あゆ。お前、舞の家知らないか?」
「うぐぅ、ボク知るわけないよ……」
「なんだよ、役立たずだなぁ」
「うぐぅ……」
「……はぁ、しょうがないわねぇ」
香里はもう一度ため息を付くと、栞に声をかけた。
「栞、ちょっと携帯貸してくれる?」
「え? あ、はい」
頷いて、鞄から携帯電話を出す栞。ついこの間まで重い病気にかかっていた栞は、いつでも医者に連絡が取れるようにと、携帯を持っているのだ。
それを受け取ると、香里はどこかに電話をかけた。
「……あ、すみません、美坂と申しますが……。いえ、佐祐理さんはご帰宅になられましたでしょうか?」
佐祐理さん?
「……あ、そうですか。いえ、……はい、すみません」
ピッと携帯を切って、香里は首を振った。
「倉田先輩に聞いてみようと思ったんだけど、まだ帰ってないみたい」
「そっか……。八方塞がりだな」
「祐一くん、秋子さんなら、舞さんの連絡先、知ってるかもしれないよ」
あゆが言った。俺はぽんと手を打つ。
「あ、そうか。よし、走るぞあゆっ!」
「……あのね。電話すれば済むでしょ?」
そう言いながら、もう一度携帯をかける香里。
「……あ、美坂ですが……。はい、香里です。……いえ、ちょっとお聞きしたいことがありまして。川澄先輩の連絡先、ご存じですか? ……あ、そうですか……」
こくこくと頷くと、香里は礼を言って電話を切った。
「ごめん。秋子さんも知らないって」
「そうなると、……困ったぞ」
「学校にまだいるかもしれませんよ」
栞が言った。
「あ、それか商店街にいるかも」
「よし、それじゃ手分けしよう。香里と栞は学校に行ってくれないか? 俺とあゆは商店街を探す。30分後に商店街の入り口に集まること」
俺の言葉に、皆頷いた。
俺とあゆは、美坂姉妹と別れて、商店街の入り口までやって来た。
既に、夕日が辺りをオレンジ色に染めている。
さて、どこから捜そうか、と思って見回していると、不意にあゆが呟いた。
「……祐一くん、なんだか色々あったね……」
「なんだ、いきなりしみじみと……」
「だって……」
あゆは俺の顔を見上げた。
「ホントにいろんなこと、あったもん」
「まぁそうなんだが、今は浸ってる場合じゃないだろ?」
「あ、そうだね」
こくっと頷くと、あゆは言った。
「それじゃまずたい焼き屋さんから行こうよ」
「……なんでだ?」
「だって、舞さん達もたい焼き買ってるかもしれないよっ」
「却下だ」
「うぐぅ……」
見るからにしょぼんとするあゆ。
まぁ、捜すあてがないわけだし、どこから捜しても同じは同じか。
「……わかったよ」
「えっ?」
「それじゃたい焼き屋からだ」
「うんっ。ボク頑張るよっ」
なぜかガッツポーズを取ると、あゆは駆け出した。
「早く行こうよっ!」
「あ、こら待てっ!」
慌ててその後を追いかける。
あゆは名雪ほど速くないので、すぐに追いついて隣に並ぶ。
「ボク、つぶあんがいいなっ」
「誰が買うって言ったっ!」
「うぐぅ。でも、やっぱりたい焼き屋まで行ったら、買うのが礼儀だよっ」
「じゃあ食い逃げは恥知らずの人でなしのやることだな」
「うぐぅ〜っ、そんな昔のこといつまでも持ち出さないで」
がすっ
いきなり足を蹴られた。走ってる最中にそんなことをされてはさすがの俺もたまらない。そのままもんどり打って道に倒れる。
「どぅわぁっ!」
「うぐぅっっ!」
一人で倒れてなるものか、と、とっさに手を伸ばして触ったものを掴んで倒れたのだが、あゆの悲鳴も上がったところを見ると、どうやら巻き込んでしまったらしい。
「いてて。なにすんだっ」
「それはボクの台詞だよっ!! うぐぅ、鼻打った……」
赤くなった鼻を押さえながら立ち上がるあゆ。
俺はそれを後ろから見ながら、冷静に指摘した。
「あゆ、猫ぱんつは名雪のお下がりか?」
「うぐぅっ!!」
ばっと両手を後ろに回してお尻を隠すあゆ。おそるおそる振り返る。
「み、見た?」
「しっかり」
とりあえずVサインをして見せると、あゆはかぁっと真っ赤になった。
「うぐぅ……」
「さて、行くぞあゆっ」
「……それだけ?」
何故か不満そうな顔をするあゆ。
「なんかあるのか?」
「だって、ほら、女の子の……その、見ちゃったんだから、もうちょっとなんか……うぐぅ……」
指をつつき合わせるあゆ。
「うぉぉーーっ、観音様じゃ観音様じゃ、ありがたやありがたや。これでいいのか?」
「うぐぅっ、もういいよっ!!」
いかん、あゆをからかってる場合じゃなかった。
「よし、行くぞっ」
「うぐぅ、やっぱり祐一くん、ボクのこと嫌い?」
別に嫌いじゃない。からかうと面白いだけだ。
と、正直に答えるとまた盛大に拗ねるだろうから、俺はそのまま駆け出そうとした。
ドシンッ
振り向きざまに駆け出そうとした俺は、何か柔らかいものにぶつかっていた。
「……っ」
ドサッ
人の倒れる音。どうやら、そのまま相手を突き飛ばす形になってしまったようだ。
「悪い。立てるか?」
慌てて手をさしのべたところで、俺は硬直した。
見慣れたうちの学校の女子制服に青いリボン、そして長い黒髪をポニーテールにまとめた、見慣れた髪型。
「……舞?」
「……祐一……」
地面に倒れたまま、俺を見上げているのは、間違いなく舞だった。
その瞬間だった。
目の前に広がる、金色の海。
それは、豊かに実った麦畑。
そして、そのただ中に立つ、うさぎの耳の飾りをつけた、幼い少女。
俺は、その姿を見て、呟いていた。
「……舞」
それは、あの時……。俺と舞が初めて出会った時の舞の姿だった。
彼女は、寂しそうな顔をしていた。
「そうか。君は、舞の“ちから”なんだな……」
俺の言葉に、彼女はこくりと頷いた。
「……せっかく一緒になれたと思ったのに、舞はわたしをいらないって……」
「でも、舞には君が必要なんだ。……いや、違う。君がいないと、舞は舞じゃないんだ」
「……」
彼女は黙ったままだった。
風が吹き、麦穂がざわめくように揺れる。
その少女の存在が消えかけているのが、理屈じゃなく感じられる。
だから、俺は言った。
「俺、何とかするよ。君が舞でいられるように。それが……」
それが、あの時の舞に俺が出来る、唯一の贖罪だから。
「舞〜っ、ごめ〜ん」
声が聞こえてきて、俺ははっと我に返った。
たたっと駆けてくる足音。
そっちを見ると、紙袋を抱えた佐祐理さんが駆け寄ってくるところだった。
同時に、向こうも俺を見て、足を止めた。
「……祐一さん」
その声は、硬かった。
「舞から、離れてください」
「いや、そういうわけにもいかないんだ」
俺は、そう言って、舞の手を掴んで引っ張り起こした。そして言う。
「真琴が、消えかけてる」
「……真琴さんが、消えかけてる?」
無言のままの舞に代わって、佐祐理さんが聞き返した。それから、はたと我に返ったように、俺の前をすり抜けて、舞との間に割り込んだ。
「とにかく、離れてください」
「……」
佐祐理さんの真摯な瞳に、俺は一歩下がった。
香ばしく甘い香りがした。
「あ、たい焼きだっ」
「……」
俺は無言であゆの頭を小突くと、向き直った。
「とにかく聞いてくれ……」
その時、今まで黙っていた舞が、小さく呟いた。
「やっぱり、わからない」
「え?」
「どんな顔をしていればいいのか……わからない」
パシッ
また、微かな音がした。
それは、“魔物”が出る前兆。
舞が、自分の“ちから”を拒否したとき、行き場を失ったその“ちから”が生み出してしまう存在。それが、“魔物”だ。
かつて舞が、その存在を願ってしまったために生まれた存在。そして、今、舞の“ちから”の行き着くところはそこしかないから。
「祐一さんっ」
佐祐理さんの悲鳴のような声。
俺は、佐祐理さんを押しのけるようにして、舞の身体を抱きしめていた。
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あとがき
現在、仕事がめっちゃ忙しくて、SS書く時間が全然取れません。
ご了承ください。
プールに行こう4 Episode 8 00/10/14 Up