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「はふ。美味しいです……」
Fortsetzung folgt
バニラアイスをスプーンで口に運びながら、至福の表情を浮かべる栞。
「あいかわらずバニラなんだな、栞は」
「だって美味しいんですよ」
「そうだよ。ボクにとってのたい焼きみたいなものだよね」
あれから、俺達は学校を出て、百花屋に移動していた。当然、俺のおごりである。……とほほ。
「そういえば、昼間、川澄先輩がどうとか言ってたみたいだけど?」
オレンジジュースを飲んでいた香里が俺に尋ねる。
「さては、盗み聞きしてたのか?」
「あのね。後ろの席なんだから、嫌でも聞こえてくるわよ」
ため息混じりに言う香里。
栞がスプーンを口に運ぶ手を止めて、俺に視線を向ける。
「舞さんがどうかしたんですか?」
「ああ。……栞達にはちゃんと説明してたかな、舞の“ちから”のことは?」
「ちらっとは聞きましたけど、きちんとは説明してもらってないです」
栞の言葉に香里が頷く。
「余計な詮索するのも何だからね。でも、普通の人とは違う力を持っている、くらいは薄々とね」
「2人はどう思う? その、そういう力について」
最初にどうしても、それを確かめておきたかった。
舞がその力を厭うようになったのは、世間の魔女狩りの目だった、ということもある。もし、栞たちが……。
栞は、くすっと微笑んだ。
「私、奇跡を信じることにしたんですよ」
「相沢くん、もしかしてあたし達を見くびってない? あたしはね“可愛い妹が大嫌いな相手”という以外の理由で、人を差別するつもりはないわよ」
「お姉ちゃん、意地悪ですっ」
栞はぷっと膨れた。
「私は祐一さんが嫌いなんて一言も言った覚えないですよっ」
「あら、あたしも相沢くんのことなんて一言も言った覚えはないわよ?」
「そんなお姉ちゃん、だいっ嫌いですっ」
本格的に拗ねてそっぽを向く栞。
俺は、ただ恥ずかしかった。
一瞬とはいえ、栞と香里を、そういう狭量な連中と一緒にしてしまったことが。
「……悪い」
「?」
俺の言葉に、栞と香里が怪訝そうに顔を見合わせる。それから、香里が訊ねた。
「なによ、それ?」
「俺は、栞と香里をちゃんと信じないといけないな」
「なんだかよく判らないですけど、信じてもらえれば嬉しいですよ」
栞はにっこり笑った。
俺は咳払いして、改めて舞の話をした。
一番最初、舞の“ちから”が初めて具現化したときの出来事を話すと、香里は何度も頷いた。
「わかるわ。あたしもそういう力が使えれば、って、何度も思ったもの」
そう言いながら、栞の頭を撫でる。
「で、舞はその力を使うことが出来た。でも、その力を食い物にした連中がいた。テレビで見せ物にしてな。そして、その力を理由もなく恐れた連中は、舞とその母親を排斥し、二人は追われるように自分たちの住んでいた街を去り、この北の街にやってきた。それが、大体今から10年くらい前だった」
「そんなことがあったんですか……」
栞は小さな声で呟き、香里は無言で肩をすくめた。
「うぐぅ……、舞さん可哀想だよ……」
あゆは、というと、もらい泣きしていた。
「なんだよ。あゆは舞のこと知ってたんだろ? 俺と同一化してたんだから」
「うぐぅ、ボク祐一くんが舞さんのことちゃんと知る前に離れたんだもん」
「あ、そうだっけ?」
考えてみればそうだったような気がする。
「そして、舞さんと祐一さんは出逢ったんですね」
栞が話を元に戻した。俺は頷いた。
「正確に言えば、舞が……っていうか、舞の“ちから”が、それを受け入れてくれる人として俺を選んだ、っていうことらしいんだけどな」
「相沢くんを? 物好きね、川澄先輩も」
オレンジジュースのストローをくわえて、香里が口を挟んだ。
「でも、ボクはなんとなくわかるよ。祐一くんって、なんでも受け入れてくれるって感じするもんね」
「あ、それは私も思います。祐一さん、懐が深いですから」
「……照れるぜ」
「はぁぁぁぁ」
何故か深々とため息をつくと、香里は俺に訊ねた。
「それはいいとして、それでどうなったわけ?」
「あ、ああ。で、呼ばれた俺の方だけど、そのときもたまたまこっちに遊びに来てたんだ。あの時は夏休みだったからな、今風に言えば避暑だな」
「わ、祐一さんブルジョワです」
栞が感心したように言う。
「そうか?」
「……栞、それ誉めてないわよ」
「香里、ツッコミ役で大活躍だな」
そう誉めると、思い切り嫌そうな顔をする香里であった。
「やめてよね、そういう風にあたしのポジションを固定しようとするのは」
「まぁそれはともかく、当時まだ小学生だった俺は、舞が俺に対してそういう役割を求めてるなんて知るはずもない。ただ、あの頃は名雪ともまだ逢ったばかりでお互いにぎこちなかったし、そんな見知らぬ街で遊ぶ相手が出来たのが嬉しくて、毎日舞と遊んでいた。……今にして思えば、俺が仲良く遊ぼうとすればするほど、舞はますます俺のことを、言ってみれば運命の人だって思い込んでいたんだな」
「うん、それわかるよ」
あゆがこくこくと頷く。
「ボクもあのときは祐一くんのこと……、えっと……、うぐぅ」
「ま、まぁ、それはそれとしてだ」
いろんな意味で泥沼に落ち込みそうになったので、俺は慌てて話を元に戻した。
「いつまでもそんな関係が続けばよかったんだが、そうもいかなかった。小学生だった俺は、休みが終われば元いた処に戻らないといけない。だけど、舞にとってみれば、それは裏切りだった。やっぱり、他の人と同じように、自分の“ちから”を拒絶した、そう思い込んだんだ。それで、俺を憎んでくれれば、いっそ楽だった。でも……舞は優しい娘だから」
俺は一つ息をついた。
「俺を憎む代わりに、舞は自分を檻に閉じこめたんだ」
「……どういうことよ?」
香里が視線を俺に向ける。
「最後に舞は、俺に一つの嘘をついたんだ。そうすれば、俺がずっとそばにいてくれると思って」
「嘘?」
「俺と一緒に遊んだあの場所が、魔物に襲われたから、一緒に守ろう。舞はそう言ったんだ。そして、俺が帰らないといけないから、って断ると、……自分が一人で戦いながら、待ってるって……」
その時の自分のうかつさを呪いながら、俺は言葉を絞り出した。
「魔物、ですか?」
栞がアイスを口に運びながら聞き返す。
俺は、言葉を選びながら答えた。
「舞は、自分の“ちから”のせいで俺という大切な理解者を失った。そう思ったんだ。だから、そんな“ちから”はいらない、と思った。その一方で、魔物がいてくれれば、舞は俺を待っていることができる、と思い込んだ。
普通なら、荒唐無稽なただの嘘で終わってしまったかもしれない。だけど……、舞には、普通の人にはない“ちから”があった。その“ちから”が、本当に魔物を出現させてしまったんだ。そして、舞は、夜の学校でその魔物を狩ることになった」
「どうして学校でなのよ?」
「俺と一緒に遊んだ場所っていうのが、ちょうど新校舎のある位置だったんだよ」
俺の言葉に、香里は「ああ、なるほど」と頷いた。
「それで、夜な夜な学校の窓ガラスを割って回るとかしてたのね」
「でも、自分の“ちから”で魔物を出現させてしまったなら、わざわざそんなことしなくても、自分で消すこともできたんじゃ……?」
栞の言葉に、俺は首を振った。
「いや。舞自身は、自分が魔物を出現させたなんて気付いていなかった。……多分、舞は自分の“ちから”なんて無くなればいいって思っていた。だから、“ちから”が“魔物”になった後は、自分にそんな“ちから”があった、ということすら忘れていたんだろう。舞にとってみれば、魔物が現れたから、約束を守らないといけない、そう思って戦い続けただけで……」
「そうなんですか……。つまり、舞さんの“ちから”が、自分の思惑とは無関係に発動したってことなんですね」
栞はなるほどと頷いた。俺は言葉を続けた。
「だけど、10年の年月はあまりに長すぎた。俺にとっても、舞自身にとっても。俺はそんなことをすっかり忘れていたし、舞自身も目的がいつの間にかすり替わって、魔物を倒すこと、それ自体が目的になってしまっていたんだ。そして、舞が今の学校に入学してしばらくしてから、一つの出逢いがあった」
「倉田先輩との出逢い、ね」
香里が頷く。
「ああ。佐祐理さんは、……佐祐理さんだけが、一目で舞の優しさを見抜くことができた。それで、二人は親友同士になれたんだ。多分、それは舞にとってもいいことだった。もし、佐祐理さんがいなかったら、今頃舞がどうなっていたか……」
「ま、少なくともとっくに退学になってたのは間違いないわね」
この中では一番長く俺達の学校に在籍しており、必然的に一番舞の学校での行状に詳しい香里は、苦笑気味に言った。俺も苦笑した。
「まぁな。で、今年に入るまで、その関係が続いたわけだ」
「……そこに、祐一さんが戻ってきた、というわけですね」
栞が、最後の一口を食べながら、俺に視線を向けた。
「そういうことだ。だけど、俺も舞もお互いのことを忘れていた。なにせ10年もたってて、すっかり二人とも変わってたしな。だけど、無意識である舞の“ちから”は、俺のことを覚えていた」
そう。舞はよく言っていた。俺がいると、魔物がざわめく、と。今にして思えば、それは舞の“ちから”が、再会出来た俺に対して反応していたっていうことなのだろう。
「あ、そういえば」
不意にあゆが俺に視線を向けた。
「祐一くん。真琴ちゃんのことって、もしかして舞さんがやったの?」
「真琴が一度消えたけど戻ってきたあれか? ああ、多分そうだと思う」
俺は頷くと、窓の外に視線を向けた。
「舞の“ちから”は、あいつが強く願うと、それを叶えてくれるものだから。もっとも、あの時は舞は自分にそういう“ちから”があるなんて知らなかったはずだけどな」
俺は頷いた。栞は感慨深げに呟いた。
「それじゃ、私にとっても恩人ってことになるんですね。真琴ちゃんがいなかったら、私に奇跡は起こってなかったんですから」
「そうね」
香里は微笑んだ。それから俺に視線を向ける。
「それで?」
先を促され、俺は頷いた。
「ああ。戦い続けるうちに、舞は魔物が自分の造り出したものであることに、次第に気付いていった。それは、魔物を一体倒すごとに、舞の腕や足が一本ずつ動かなくなっていったからだ。……いや、本人はもっと前から薄々とは感じていたかもしれないけれど、多分それで確信したんだろう。だが、それでも舞は戦い続けた。そして、俺や佐祐理さん、天野の力を借りて、とうとう勝った」
「勝った?」
「ああ。勝ったっていう言い方が適当かどうかは俺にもよくわからんが……」
俺は、あの夜の事を思い出しながら、3人に話して聞かせた。
俺の話が終わると、香里は組んでいた腕を解いて頷いた。
「それじゃ、川澄先輩は、自分の“ちから”を受け入れた、というわけね」
「ああ。それで魔物は消えて、舞は夜の学校に行く必要も無くなり、普通の女の子の生活に戻った……はずだったんだ」
俺は唇を噛んだ。
「だった、って、どういうことなんですか?」
「今朝逢ったときに、また魔物が出たんだよ」
俺の代わりにあゆが答えた。
「えっ? でも、今、舞さんは……」
「つまり、こういうことね。川澄先輩は、その“ちから”を受け入れてもらえる相手……この場合相沢くんだけど、彼に出逢って初めてその“ちから”を安定させておくことが出来る。ところが、相沢くんは名雪を選んだ。つまり、また川澄先輩は相沢くんに裏切られた、と」
「……人聞きが悪いけど、そうなんだろうな……」
俺はため息をついた。それから、真面目な顔で続ける。
「でも、栞やあゆにも悪いとは思うけど、俺は名雪と付き合うことにしたんだ」
「……はい」
微妙に間を置いて頷く栞。香里はもう一度肩をすくめた。
「本当に見る目がないわね」
「ほっとけ」
そう言って、俺はすっかり冷めてしまったブレンドを一気に飲み干した。それから言う。
「でも、……都合がいいかもしれないけど、俺は舞や他のみんなを不幸にしたくて名雪と付き合ってるんじゃないんだ」
「安心してください。祐一さんがそんな人なら、好きになんてなってませんから」
栞は微笑むと、不意に上目遣いになった。
「あの……バニラアイスもう一つ頼んでもいいですか?」
栞の前の皿はすっかり空になっていた。
俺が心の中で泣きながらバニラアイス(栞)と、クリームソーダ(あゆ)と、ロイヤルミルクティー(香里)を追加注文し、ウェイトレスが立ち去ってから、香里が口を開いた。
「でも、結局は川澄先輩の胸先三寸なわけでしょう、今回の事態が収まるかどうかは」
「そりゃそうかもしれないけどさ、でも俺達にも何か出来ることがあるはずじゃないのか?」
「倉田先輩の言うとおり、しばらく顔を合わせないで向こうが落ち着くのを待つのがいいんじゃない?」
「……普通ならな。でも……」
栞がぽんと手を叩く。
「あ、そうか。もうすぐ卒業ですものね」
「そういうこと」
「……無茶言うわね。もうすぐ逢えなくなるから、それまでは仲良くして欲しいっていうこと? ……川澄先輩は、もうすぐ卒業して相沢くんとは逢わなくても済むようになるから、それまでは我慢って考えてるのかもしれないわよ」
う。それは考えてなかった。
確かに嫌われても無理はないからなぁ。
がくんと落ち込んでしまった俺を見かねたのか、栞は俺の背中をとんとんと叩いた。
「私、思うんですけど、まずは舞さんの本当の気持ちを知ることから始めたほうがいいですね」
「……そうだな」
と、その時、不意に喫茶店の入り口のドアが乱暴に開いた。カウベルが、ガランガラン、と大きな音を立てる。
何事か、と俺達が振り返るよりも早く、入ってきた者が俺の名を呼んだ。
「相沢さんっ」
「……天野?」
そこにいたのは天野だった。だが、いつもの物静かな様子はどこへやら、荒い息を付きながら、俺の姿を見て駆け寄ってくる。
「相沢さんっ、真琴が、真琴が……」
「真琴に何かあったのか?」
聞き返す。天野は、膝に手を付いて息を整えながら、こくりと頷いた。
天野は伊達や酔狂でこんなことをするはずがない。ということは、本当に真琴に何か、それもとんでもないことがあったに違いない。
「……来て、ください。お願い、します」
まだ整わない息の下から、絞り出すようにそう言うと、天野は俺を見上げた。
俺は頷いた。
「わかった。で、どこだ?」
「私の、家です」
「あそこか」
こないだ行った神社を思い出して、俺は頷いた。そして、天野の前に屈み込む。
「……?」
「今のその様子じゃ、歩くのも大変だろ? 背負って行ってやるから」
「……すみません」
言い争ってる暇がないと判断したのか、天野は俺の背中にそのまま倒れ込むようにもたれ掛かった。
俺は立ち上がると、あゆに言った。
「あゆ、悪いけど俺の鞄を家に持って帰ってくれないか?」
「うぐぅ、ボクも行きたい……」
「だけど……」
「真琴ちゃんはボクの妹なんだよ」
きっぱりと言うあゆを見て、俺は頷いた。
「わかった。それじゃ栞……」
「持つくらいならしてあげてもいいですけど、でも私も一緒に行きます」
「栞、お前まで……」
「真琴さんは、大切なお友達ですから」
栞の後ろで、香里が首を振っていた。そうだ、栞は妙なところで頑固なんだった。
俺はため息を付くと、小走りに歩き出した。
「あっ、待ってよっ」
「私もっ」
あゆと栞がその後についてくる。
最後に店から出ようとした香里が、ウェイトレスに止められた。
「あの、お勘定を……」
「えっ? あ、相沢くんっ! あなたのおごりでしょっ! ちゃんと払って行きなさいよっ!」
俺は振り返ると、笑顔で言った。
「香里、あとは任せる」
「なっ……」
「逃げるぞあゆっ!」
「うぐぅっ!!」
「わっ、二人とも走らないでくださいっ!!」
栞の声を背に、あゆと、天野を背負ったままの俺は、並んで商店街を走り抜けていった。
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あとがき
仕事がぁ……。身体が二つ必要なくらいせっぱ詰まってます(苦笑)
あ、SS書くためにもう一つ欲しいなぁ(爆笑)
とりあえず、しばらくは騎士修行に精を出すとしましょう(謎笑)
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