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『朝〜、朝だよ〜』
Fortsetzung folgt
今日も今日とて、いとこの声で起こされる。
違うな。恋人の声、だ。
……自分でそう思って、自分で照れながら目覚ましを止める。そして気付く。
「……名雪?」
あの天然寝惚け娘がまたいない。
まさか!?
俺は思わず部屋を飛び出した。階段を駆け下り、そのままの勢いでダイニングのドアを開ける。
「あ、祐一くん……」
ちょこんとテーブルの前に座っていたあゆが、俺の姿を見て泣きそうな声をあげた。
「どうしよう。今日も名雪さんが……」
「やっぱりっ! やっぱりなのかっ!」
「うぐぅ。本当にたい焼き食べられなくなったらやだよぉ」
「うーむ。台風に対する備えをしなければならないな。あゆ、今日帰ってきたら1階の家具を2階に上げるぞ」
「……二人とも思い切り失礼なこと言ってない?」
キッチンから出てきた名雪が膨れていた。
「そ、そんなことないよ、名雪さん」
「そうだぞ。そんなことないぞ」
「怪しいよ」
「うぐぅ……ごめんなさい」
あっさり折れるあゆと、これまたあっさり笑顔に戻る名雪。
「うん、いいよ」
「ごめんなさい、名雪さん」
「祐一は許してあげない」
「そんなのありかっ!」
「ありだよ」
たおやかに微笑む名雪。
「……イチゴサンデーでいいのか?」
「うんっ」
うーむ、なんか名雪にここんとこ連敗してるなぁ。
俺はため息をついて、席を立った。
「あれ? もう学校に行くの?」
「着替えてくるだけだっ!」
「あ、まだパジャマのままだね。うん」
納得したように頷く名雪とあゆを残して、俺はダイニングを出た。
着替えて戻ってくると、もう朝食の用意が出来ていた。
これまでと変わらない食卓。……いや、名雪がはっきり起きているのが違うか。
「いっちご、いっちごっ」
謎の歌を歌いながら、イチゴジャムをパンに塗りたくっている名雪。
ミルクを入れたマグカップを両手で持って、嬉しそうなあゆ。
微笑みながら、そんな二人を見ている秋子さん。
……平和だな。
思わず頬が緩むのを感じて、俺はそう思った。
「……で、なんで俺達はまた走ってるんだ?」
「不思議だね」
「お前がなかなか出てこないからだろうがっ!」
「だって、今日の星占いが気になったんだもん」
「で、今日の山羊座の運勢は?」
「ばっちりだよ」
「そりゃよございました……。あれ?」
全然あゆが会話に参加してこないのに気付いて振り返ると、ずっと後ろに赤い制服姿が取り残されていた。
慌てて名雪の腕を掴む。
「おい、名雪! あゆが助けを求めてるぞっ!」
「えっ?」
名雪も急ブレーキをかけて、振り返る。
俺達が立ち止まったのを見て、あゆは膝に手をついて深呼吸をしているようだった。
「うーん、俺達のペースに付いてこられないとは脆弱な」
「祐一、無茶苦茶言ってるよ〜」
「そう思うんなら、お前も少しペースを落としてやれよ」
「そうだね。これからそうするよ」
と、その時、俺はあゆのさらに後ろに、知り合いの顔を見つけた。
向こうも同時に俺達に気付いたらしく、立ち止まる。
「あれ? 倉田先輩と、川澄先輩だよ」
名雪もそれに気付いて、いつもよりも固い声で言いながら、俺の制服の裾をぎゅっと握った。
やっぱり、名雪もこの2人に対しては気まずいのか。
俺のせいだな……。
ややあって、佐祐理さんが舞に何かを囁き、二人は歩き出した。
ゆっくりとこっちに来る。
その前にあゆが俺達に追いつき、俺達の視線を追って振り返る。
「あ……」
あゆも、何を言っていいのか判らないらしく、そのまま黙り込んだ。
そして。
舞と佐祐理さんは、無言で俺達とすれ違った。そのまま、学校の方に歩き去って行く。
俺は振り返って、その背中を見つめていた。
「あ、あのっ!!」
その声に、俺と名雪は驚いて横を見た。
声を上げたのは、あゆだった。
拳を握りしめて、二人の背中に声をかける。
「ボク、上手く言えないけどっ、でも、このままじゃいけないと思う……」
「あゆ……」
「……」
足を止め、舞が呟いた。
「……やっぱり、どうしていいのか、わからないから……」
「だからって、ずっとこのままでいいの? ボクは……いやだよっ」
あゆはぶんぶんと首を振った。
「せっかく、お友達になれたのに、このままでお別れなんて、ボクはやだよっ」
そうか……。
このまま3月になれば、舞や佐祐理さんは卒業してしまう。そうしたら、もうそれっきりになってしまうかも知れないんだ。
それに、もう二人の高校生活は残り少ない。それをこんな状況で済ませてしまっていいはずないんだ。俺達にとっても、舞や佐祐理さんにとっても、悔いが残るような終わり方でいいはずがない。
「……舞」
俺は、思い切って声を掛けた。
「俺は……」
その時だった。
パキッ
耳慣れた、でも二度と聞くことはないだろうと思っていた音。
とっさに、俺は名雪を抱いて地面に転がっていた。
「うぐぅっ!」
あゆの悲鳴。
「名雪、あゆ、大丈夫か?」
「う、うん」
「ボ、ボクも……」
二人の声を聞いてから、俺は跳ね起きて愕然とした。
「……舞?」
「祐一、近寄らないで欲しい」
舞は、自分の手で自分を抱くようにして震えていた。
「……押さえられない……から」
「舞っ!」
そのまま、崩れ落ちるように地面に膝を付く舞を抱きかかえ、佐祐理さんは俺に視線を向けた。
「祐一さん、行ってください」
「で、でも……」
「行ってくださいっ!」
その悲鳴のような声に、俺は頷くことしか出来なかった。
「ただいま」
2時間目の休み時間、3年の教室に行ってもらっていたあゆが戻ってきた。
「どうだった?」
「……とりあえず、2人ともちゃんと学校に来てたよ。でも……」
あゆは顔を曇らせた。
「しばらく、祐一くんには来ないで欲しいって……」
「……そうか」
俺はため息をついた。
「ごめんね、祐一くん。ボクが二人に声を掛けたりしたから……」
「あゆのせいじゃないって」
あゆの頭にぽんと手を乗せる。
「……うぐぅ」
「祐一、どうしよう?」
名雪もさすがに寝ているどころではない様子だった。
「どうもこうも、とりあえず舞が落ち着くのを待つしかないだろうし……」
「天野さんに相談してみるのはどうかな?」
あゆが提案した。
俺は腕組みした。
「それも手かもしれないなぁ……」
「うん。それじゃボク、後で天野さんの所に行ってみるよ」
「頼む」
俺が直接行けばいいのだろうけれど、同じクラスには真琴がいる。ここで顔を合わせてまた騒ぎになるのは避けたかった。
と、そこでチャイムが鳴った。あゆと名雪はそれぞれ、自分の席に戻っていく。
俺はちらっと後ろを見た。香里にも、俺達の声は聞こえていたはずだが、まったく関係ないという風に、こちらを見ようともせずに教科書を鞄から出していた。
改めて、失ったものの大きさを実感しながら、俺は前に向き直った。
3時間目の休み時間。
チャイムが鳴ると同時に飛び出していったあゆが、肩を落としてしおしおと戻ってきた。
「……うぐぅ」
「もういい。その顔だけで判った」
「ごめん、祐一くん。ボク、役に立てなかった」
名雪が訊ねた。
「天野さんに断られちゃったの?」
「うん……。っていうか、ボクの顔を見るなり、「相沢さんの事は知りません」って言って戻って行っちゃったんだよ」
「……はぁ」
ため息しか出なかった。これで八方塞がりだ。
「どうしよう、祐一……」
名雪も困った顔で、俺を見た。
と、それまでうぐうぐ言っていたあゆが、不意に顔を上げた。
「ボク、話をしてみる」
「え?」
「というわけで、お昼休みは一緒に出来ないけど、二人でお昼食べててねっ」
あゆがそう言うと同時にチャイムが鳴った。
「わっ、戻らなくちゃっ!」
慌てて自分の席に駆け戻るあゆ。
俺は名雪と顔を見合わせた。
「あゆのやつ、誰と話す気なんだ?」
「……さぁ?」
名雪も首を傾げるだけだった。
そして昼休み。宣言通りあゆはチャイムと同時に教室を出ていき、昼休み中戻ってこなかった。
俺と名雪は昨日に引き続き、二人で弁当を食べる羽目になった。
でも、俺も名雪も、昨日ほど美味しくは食べられなかった……。
その日の授業が全て終わり、ホームルームも終わると、俺は名雪に尋ねた。
「名雪、今日は?」
「今日も部活なんだよ……」
表情を曇らせる名雪。
俺はその頭にぽんと手を置いた。
「しょうがないな」
「うん……。それじゃ、行ってくるよ」
そう言って、名残惜しげに鞄を持って出ていく名雪。
それと入れ違うように、あゆが駆け寄ってくる。
「祐一くん、まだ帰ったらダメだよ」
「なんでだ、あゆ? あ、それより、誰と話して来たんだ、昼休みは?」
「それはまだ言えないよ……」
あゆはそう言うと、名雪の席に腰を下ろした。
「でも、すぐにわかると思うよ」
「……」
「……」
「……おい、あゆ。いつまで待てばいいんだ?」
「うぐぅ……」
もう、ホームルームが終わって1時間は過ぎていた。
教室の中には、もうほとんど生徒は残っていない。
おまけに、そのごく少数の生徒の中に香里がいたりするので、居心地悪いったらありゃしない。
今も、香里は、俺の斜め後ろの席、つまり香里の席で、何かノートに書いている。
以前だったら何を書いてるのか覗き込んでみたりしたんだろうけど、さすがに今はそんな無神経なことはできないし。
とにかく、俺が腰を上げようとするたびにあゆが引き留めるので、帰るに帰れない状況が続いているわけだ。
俺は、香里がいるので、やや小声であゆに言った。
「もう1時間も待ってるんだぞっ!」
「……うん」
あゆも、誰を待ってるのかは知らないが、どうやら諦めた様子だった。
「そうだね……。ごめんね、祐一くん。やっぱり、ボクの言うことじゃ……ダメだったんだ……」
しょんぼりと肩を落とすあゆ。
「ごめんね、祐一くん……」
だが、俺がそれに答えるよりも早く、意外な方向から声がした。
「ダメじゃないわよ」
小さな呟きだったが、それははっきりと聞こえた。
思わず振り返る俺を、顔を上げた香里が見つめていた。
そして。
「あの〜、相沢さん、まだいらっしゃいますか〜」
教室の入り口の方から、小さな声が聞こえた。
聞き慣れた、でも久しぶりに聞く声。
そっちを見ると、教室の扉にすがりつくようにして、小さな少女が首を出していた。
「……栞?」
「あっ、まだいたんですね」
俺を見て、にこっと微笑むと、栞は鞄を胸に抱いて駆け寄ってきた。そしてほうっとため息を付く。
「よかったです。もう帰っちゃったんじゃないかって心配しました」
「栞ちゃんっ、来てくれたんだっ!」
あゆが笑顔で栞に飛びつく。
「えっ? きゃうっ!!」
「うぐぅっ!!」
ドシィン
そのまま悲鳴を上げて床に倒れる二人。
「……なにやってんだ?」
「えぅ〜、私は知らないです〜」
「馬鹿なことやってるんじゃないわよ」
香里がそう言いながら、栞を引っ張り起こすと、その制服をぱんぱんと叩いて埃を払う。
「ありがとう、お姉ちゃん」
「それよりも、相沢くんに言うことがあるんでしょう?」
そう言って、香里は栞の肩を掴んで、俺の前に向けた。
栞はこくりと頷くと、俺に視線を向けた。
「えっと……、祐一さん」
俺の名を呼ぶと、栞はぺこりと頭を下げた。
「ごめんなさい」
「……なにがだ?」
聞き返す俺に、栞は顔を上げて、俺を真っ直ぐに見た。
「ずっと考えました。でも、結局答えは変わりませんでした。私、やっぱり、祐一さんのこと、好きです」
「栞、でも……」
「わかってます。祐一さんは名雪さんが好きなんだって。でも、それでも、私は祐一さんが好きです」
「……ほんとに、馬鹿よね」
香里が静かに言う。
「わっ、お姉ちゃんひどいですっ」
ぷっと膨れて抗議する栞の頭にぽんと手を置いて、俺に向き直る。
「でも、あたしも謝らないといけないわね。ごめん、相沢くん」
「あ、ああ……」
「さってと、それじゃ帰りましょうか、栞」
「えっと、私は、その……」
そう言いながら俺をちらっと見る栞。香里は苦笑した。
「わかったわ。父さんと母さんにはあたしから言っておくから。でも父さんはまた泣くわよ。「せっかく帰ってきたと思ったのに〜っ」って」
「あはは」
栞も苦笑した。
俺は、そんな二人をにこにこして眺めているあゆの頭を軽く叩いた。
「あゆが昼休みに逢いに行ったってのは、栞だったのか」
「うん。栞ちゃんなら、話せば判ってくれるって思ってたから」
「何を話したんだ?」
「えっと、乙女の秘密だよ」
そう言って笑うあゆ。
俺は辺りを見回した。
「乙女って誰が?」
「うぐぅ。ボク女の子だもん」
「そうですよっ。それにすぐにおっきくなりますっ」
いきなり栞が参戦してきた。その手を取るあゆ。
「そうだよねっ、栞ちゃん」
「はいっ」
「お、貧乳コンビ復活か」
「そんなこと言う人は嫌いですよっ!」
「相沢くん、どうやら生命が惜しくないようね」
「わぁっ、香里、その目をオレンジ色にするのはやめろぉっ!」
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あとがき
観鈴「にははっ。ぶいっ!」
往人「ばーか。結局ブラジルに負けてるじゃねぇか」
観鈴「でもでも、予選突破…」
往人「スロバキアが頑張ってくれたおかげじゃねぇか」
観鈴「が、がお…」
と、こんな感じですねぇ(笑) うーむ。
私は仕事で前半見られなかったんですが、今のブラジル相手に勝てないようじゃ、当分勝てないでしょうね(笑)
ま、決勝に進めただけで今回は良しとしますか。正直、決勝ではちょっとまだ力不足だと思いますし。
さて、プール4ですが。思った通り批判が凄いです。まぁ、一応覚悟はしてたんですが、質・量ともに予想を上回る勢いで。いやはや。
……やっぱり、なかったことにしちゃおうかと真剣に考えている今日この頃です。いや、かなりへこんでますし。
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