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Kanon Short Story #14
プールに行こう4 Episode 4

 ホームルームが終わって石橋が出ていくと、名雪が立ち上がって俺の席にやってくる。
「祐一っ、放課後だよ」
「そうだな。名雪は部活あるのか?」
「……うん、そうなんだよ」
 まるで、目の前のイチゴサンデーを取り上げられたような悲しそうな顔をする名雪。
 俺は肩をすくめた。
「しょうがないだろ?」
「うん……。わたし、部長さんだから……」
 ますますしょぼんとしている。
「ごめんね、祐一」
「いいって。それに、走ることは好きなんだろ?」
「うん」
 頷いて、名雪は鞄を手にした。そしてくるっと振り返る。
「でも、祐一の方がもっと好きだから」
「へ?」
「じゃ、じゃあ、行ってくるねっ!」
 首まで真っ赤になって、そのまま身を翻し、名雪は教室を出ていった。
 ……で、俺はどういう態度をとればいいんだ、こういう場合。
 と、ぽんと北川に肩を叩かれた。
「とうとう年貢を納めたのか、相沢」
「……そう見えるか?」
「そうとしか見えん」
 と、どっと俺の周りに男子生徒が駆け寄ってくる。
「それじゃ、あゆちゃんはフリーなんだなっ!!」
「真琴ちゃんにもアタックできるんだなっ!」
 ……知るか。
「なら、栞ちゃんも……、あ、いや、なんでもない」
 男子生徒の声が尻すぼみに消えたのは、おおかた香里に思いっきり睨まれたからだろう。
 俺はため息をついて、鞄を取ると、男子生徒をかき分けるようにして廊下に出た。
 そして、そこで声を掛けられた。
「祐一さん……」
「あ、佐祐理さん……」
 佐祐理さんと逢うのは、プール以来だった。
「……ちょっと、いいですか?」
 佐祐理さんの顔には、いつもの笑みはなかった。

「お待たせしました」
 ウェイトレスが、2つのコーヒーを置いて去っていく。
 百花屋は相変わらずの混みようだったが、俺と佐祐理さんはとりあえずテーブルを確保する事に成功していた。
「今日は、舞はどうしたんだ?」
 つとめていつもと同じように、俺は話しかけた。
 佐祐理さんは、それには答えずに、俺を見た。
「祐一さん、どうして舞じゃ駄目だったんですか?」
「……」
「佐祐理は、舞のことが大好きです。祐一さんもそうだって、思ってたんですよ」
「佐祐理さん」
 俺は、居住まいを正した。
「俺は、今だって舞のことは大切に思ってる」
「だったら、どうして……」
「だけど、それ以上に名雪のことが大切なんだ」
「……でも」
 佐祐理さんは、視線を逸らした。
「それじゃ、舞の気持ちはどうなるんですか……?」
「それは……」
「祐一さん、無責任ですよ」
「……それでも」
 静かに、俺は言った。
「俺は、自分の気持ちに嘘は付けない」
「……佐祐理は、舞に幸せになって欲しいんですよ」
 そう呟くと、佐祐理さんは俯いた。
「ただ、それだけだったんですよ……」
「……」
 反論することは出来たかもしれない。舞の幸せが、俺と恋人同士になることだけなのか、と。
 でも、それを俺がするのは、卑怯に思えた。
 だから……。
「悪い。勘定は、ここに置いとくから」
 俺に出来たのは、500円玉をテーブルに置いて、肩を震わせる佐祐理さんをそのままに、喫茶店から出ることだけだった。
 カランカラン
 閉まったドアを背に、俺は空を見上げた。
「……なにやってるんだろうな、俺は……」

 帰り道を一人歩く。
 ここのところ、一人で帰ることなんてなかったな、そういえば。
 ふと誰かに話しかけそうになる自分を、自分で笑いながら、家についた。
「ただいま……」
「あら、お帰りなさい、祐一さん」
 秋子さんが、キッチンから顔を出した。
「早いんですね」
「ええ、まぁ」
「ちょうどよかったわ。留守番を頼めるかしら? 夕御飯のおかずが足りないのよ」
「あ、それくらいなら、俺が行って来ますよ」
 少しでも、身体を動かしていたかった。
 秋子さんは、微笑んだ。
「そう? それなら、お願いするわね」
「ええ」
 頷く俺に財布を渡す秋子さん。
「好きなもの、買ってきていいから」
「何でもいいんですか?」
「ええ、いいわよ」
 頷く秋子さん。俺は頷いた。
「わかりました」

 門を出たところで、俺は足を止めた。
 角の先で、何かが動いたみたいに見えたんだが……。
「……気のせいだな、きっと」
 自分で自分に言い聞かせると、俺は歩き出した。
 商店街に入ったところで、もう一度振り返る。
「わわっ」
 聞き慣れた、慌てた声を残して、何かがさっと建物の影に隠れた。
「……はぁ」
 俺はため息を付くと、呼んだ。
「真琴、何やってんだ?」
「真琴じゃないわようっ!」
 ばっと影から飛び出してくると、怒鳴る真琴。
「……ほう?」
 腕組みをして睨むと、真琴は自分が姿を見せてしまったことに気付いておろおろし始めた。
「あ、あう……。ゆ……」
「ゆ?」
「祐一のばかーっ!!」
 怒鳴ると、そのままたたっと走っていく。……あ、転んだ。
 やれやれ。
 もう一度ため息をついて、俺はスーパーの自動ドアをくぐった。

 適当に惣菜を見繕って出てくると、左右を見回す。
 真琴の姿はないようだった。どうやらあのまま天野のところに行ったらしい。
 そろそろ、空がオレンジ色に変わり始めている。
 何気なしに、その空を見上げた瞬間、俺は違和感を感じた。
 何か、自分の存在が希薄になっていくような……。
「……ばかばかしい」
 呟いて、その声が嗄れているのに気付いた。
 これが、寂しいっていうことなのかな。
 寂しい、のか?
 ……名雪。
「あれ? 祐一?」
 まさか、と思って振り返ると、そこで名雪がたおやかに微笑んでいた。
「どうしたの、こんなところで?」
「……名雪こそ」
「わたしは部活の帰りだよ」
 そう言った名雪が、俺が手にしているスーパーの袋を見て首を傾げた。
「祐一は、買い物?」
「あ、ああ。秋子さんにおかずを頼まれてな」
「イチゴがいいな」
「馬鹿、イチゴがおかずになるかっ」
「わたし、イチゴだったらご飯三杯は食べられるよ」
「俺は食えねえ」
「残念」
「ほら、帰るぞ」
 俺は名雪の頭をくしゃっとかき回した。
「わわっ。もう、祐一嫌い〜」
 そう言いながら、名雪は微笑んでいた。
 そんな名雪に、俺はふと試してみたくなった。
 スーパーの袋を左手に持ち替えると、右手で名雪の空いていた左手を握る。
「……えっ?」
「さ、さぁっ、帰ろうか名雪」
「祐一、手……」
「な、なんだっ?」
「……なんでもない」
 きゅっと握り返してくると、名雪は頬を赤くして言った。
「ちょ、ちょっと恥ずかしいね」
「耐えろっ」
「……う、うん」
「……」
「……」
「な、何か話せよっ」
「ゆ、祐一こそっ」
「……そ、そういえば、今日学校で、名雪が寝てたぞ」
「わっ、そ、そんなこと言わないでよっ」
「……」
「……」
 うぉぉっ、手を繋ぐだけで、なんでこんなにこっ恥ずかしいんだっ?
 でも、ここで離してしまうと、なんとなく負けな気がするぞ。
「ゆ、祐一……。手が熱いよ」
「お、お前こそ……」
 いつしか、じっとりと汗ばんだ手を、それでも離れてしまわないように、ちょっと力を込めて握り合う。
 そして、顔を見合わせて、互いに照れたように笑った。
 恋人同士、なんだよな。
 いとこの少女と一緒に、俺は歩いていった。

 4人で取る2回目の夕食を済ませて、部屋に戻ろうとした俺を秋子さんが呼び止めた。
「あ、祐一さん。ちょっといいですか?」
「え? あ、はい」
 頷く俺を、名雪が心配そうに見る。
「お母さん、わたしもいてもいい?」
「ええ」
「あ。ボク宿題やらないと……」
 そう言って、あゆが呼び止める間もなく階段を駆け上がっていく。
 それを見送って、名雪がぽつりと呟いた。
「あゆちゃん、寂しそうだね……」
「……ああ」
 頷き合って、椅子に座り直す。
「お茶、飲みますか?」
「あ、すみません」
 秋子さんが、急須からお茶を湯呑みに注ぐと、俺達の前に置き、自分も椅子に座って湯呑みを手にする。
「それで、何でしょう?」
 とりあえず俺もお茶に口をつけてから、訊ねると、秋子さんは真面目な顔で俺に言った。
「祐一さん。昨日言ったことは、守ってくださいね」
「……わわっ、お母さんっ」
 一拍置いて、真っ赤になる名雪。
 俺は少し考えて、はたと思い出した。

「祐一さん。まだ若いんだから、勢いに任せてってこともあるかもしれないけど、避妊だけはちゃんとしてくださいね」

 ……それって、もしかしてばれた?
 俺は名雪に視線を向けた。
“もしかしてしゃべったのか?”
“そんなことしてないよ”
 うん、アイコンタクト成功。これも愛の為せる技か、なんて言ってる場合じゃない。
 秋子さんは穏やかに微笑んだ。
「娘のことくらいは判りますよ。母親ですから」
「あう。すみません……」
 俺は頭を掻いた。
「ええと、でも、俺名雪のことが本当に好きだから……」
「わっ、祐一、恥ずかしいこと言ってるよっ」
 そう言いながらも、名雪はすごく嬉しそうだった。
 秋子さんは首を振った。
「責めてるわけじゃないわ。むしろ、嬉しいんですよ。祐一さんが名雪を選んでくれて」
「そうなんですか?」
「ええ。母親ですから」
 そう言うと、秋子さんは小さく呟いた。
「これで、安心ね……」
「え?」
「何でもないですよ」
 そう答えて微笑む秋子さんに、違和感を感じて俺は首をひねった。
「話はそれだけですよ」
 そう言うと、秋子さんはお茶を飲み干して立ち上がった。
「さて、私は洗い物がありますから」
「わたし、手伝うよ」
 名雪も立ち上がる。
 二人が皿をキッチンに運ぶのをしおに、俺も立ち上がってダイニングを出た。

 ベッドに横になって天井を眺めていると、ノックの音がした。
「ん? どうぞ」
 カチャ、とドアが開いて、パジャマに半纏を羽織った名雪が、顔を出す。
「祐一、いいかな?」
「いいけど……」
「うん」
 頷いて、部屋に入ると、後ろ手にドアを閉めて、笑う。
「また、来ちゃったよ」
「そんなにえっちなことをしたいのか?」
「わわっ、そういうんじゃないよ〜」
 そう言って、それから小さな声でつけ加える。
「でも、祐一がしたいんなら……わたしはいいよ」
「俺は、名雪がいいんなら……」
「もう。祐一の方がずっとえっちだよ」
 膨れて、名雪は俺の隣に腰を下ろした。そして、真っ赤になりながら微笑む。
「でも、そういう祐一が好きになっちゃったんだもん。わたしの負け、だね」
 ……いや、負けたのは俺の方かもな。
 そう思いながら、俺は目を閉じた名雪の唇にキスをした。

Fortsetzung folgt

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あとがき
 続・らぶらぶです。らぶらぶすぎて話がいっこうに進みません(苦笑)
 ええと、特に何もないです(爆笑)

 プールに行こう4 Episode 4 00/9/19 Up

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採点(10段階評価で、10が最高です) 1 10
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