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『朝〜、朝だよ〜』
Fortsetzung folgt
目覚ましから聞こえるいとこの少女の声。
俺は手を伸ばして、目覚ましを止めると、身体を起こした。
なんとなく、身体の芯に重いものが残っている感じがしたが、それを振り払うようにしてベッドから出ると、カーテンを開け放った。
シャッ
真っ白な光が部屋の中に射し込んでくる。
振り返ると、いつもと同じ部屋。
でも……。
俺はもう一度ベッドにとって返すと、その上に手をのせてみた。
……ゆうべ、ここで……。
あれ?
そこで気付く。
名雪は、どこに?
あの天然寝惚け娘が俺より早く起きて部屋を出ていったなんてこと、あるはずがないし。
慌てて部屋を飛び出すと、名雪の部屋のドアを開ける。……開けてからノックしてないことに気付いたが、そんなことはどうでもいいと思い直す。
しん、と静まりかえった名雪の部屋。
ベッドは、名雪自身か秋子さんが整えたまま、誰も使っていないことを告げていた。
ドアを閉めると、俺は身を翻して、階段を駆け下りた。そのままキッチンに飛び込む。
「あら、祐一さん。おはようございます」
キッチンでは、いつもと同じように秋子さんが朝食の用意をしていた。振り返って、俺の格好を見て、怪訝そうに訊ねる。
「どうしたんですか、祐一さん? パジャマのままで……」
「あ、いえ。あの、名雪は……」
「祐一、おはよう」
後ろから声が聞こえた。振り返ると、制服の上からエプロンを付けた名雪が、にっこり笑っていた。
「……」
俺が絶句していると、名雪はとがめるような表情になる。
「祐一、朝はちゃんとおはようございます、だよ」
「お、おはよう」
どもりながら挨拶を返すと、笑顔に戻る。
「うん、おはよう」
「……」
「祐一、そこ邪魔。ダイニングに行ってて」
「あ、ああ」
俺は頷いて、ダイニングの方に移動した。
ダイニングでは、あゆがもういつもの席に座っていた。
「よう、あゆ。……あゆあゆ?」
「うぐぅ、あゆあゆじゃないよう」
そう言ってから、あゆは俺に視線を向けた。
「祐一くん、名雪さんが起きてるんだよっ」
「ああ。俺も今見た」
「どうしようっ、何か良くないことが起こるかも知れないよっ」
あゆは真っ青になっていた。そのまま俯いて呟く。
「もうたい焼きが食べられなくなっちゃうかも……」
……お前の良くないことはその程度か?
「その程度じゃないよっ! すっごく重大なことだよっ」
「俺の考えを読むなっ!」
「……二人ともひどいよ〜。わたしだって早起きくらいするよ〜」
後ろから名雪の声がして、俺達は慌てて振り返った。
「もう、二人とも嫌い」
そこでは、名雪が拗ねていた。
「ごっ、ごめんなさい、名雪さん」
慌てて謝るあゆに、名雪は笑顔を向ける。
「うん、あゆちゃんは許してあげる」
「ごめんなさい名雪さん」
「祐一は許してあげない」
うっ、扱いが違う。
「……わかった。イチゴサンデー1つでどうだ?」
「うん。約束だよ」
「あ、それじゃボクはたいや……」
「却下」
「うぐぅ……」
そんなわけで、いつもよりも随分早く、俺達は家を出た。
「祐一、まだパジャマのままだよ〜」
「うぉっ、寒いと思ったっ!」
……ということがあったが、それでもまだ早かった。
「それはそれとして、だ」
俺は、元気良く俺達の前を歩いているあゆをちらっと見てから、小声で訊ねた。
「ホントにどうしたんだよ?」
「え?」
「名雪が早起きするなんて、このあと雷雨の心配しないとならんかもしれんだろ」
「……祐一、ひどいよ」
名雪は口を尖らせた。それから、ぽっと赤くなる。
「わたし、とっても嬉しかったよ」
「……はぁ」
こういうとき、どういう態度をとって良いものやら。
ちょっと悩んで、俺はとりあえず先に釘を刺しておくことにする。
「名雪、俺達が付き合ってるってことは、みんなには言うなよ」
「えっ、どうして?」
どうやら本気で判らないらしい。相変わらず浮世離れしているというか、感性が他の人より3メートルほどずれているというか。
「……祐一、今失礼な事考えてなかった?」
「そんなことないぞっ」
胸を張る俺を疑わしげに見てから、名雪は訊ねる。
「それよりも、みんなに言っちゃだめって、どうして?」
「……どう考えても、いい噂になることじゃないだろう?」
「そうかな?」
名雪は、どうやら本気で、みんなが祝福して花を撒いてくれると思ってるらしかった。
「それに、生徒会に知られると厄介だしなぁ。佐祐理さんの一件で、俺達は生徒会にマークされてるだろうし」
「あ、そうだね……」
名雪もさすがにそれには納得して頷いた。
「わかったよ。それじゃみんなには言わないよ」
「よし。……ちょっと待て。みんなには、って、言う奴には言うってことかっ!?」
「うん」
名雪は笑顔で断言した。それから指折り数えている。
「えっと、香里には言ったから、あとは郁未ちゃんとか……」
……訂正。名雪の感性は3光年ほどずれている。
「祐一、思いっきり失礼なこと考えてない?」
「そんなことはないぞ」
「祐一くんっ、名雪さんっ、遅れちゃうよっ!」
向こうであゆが呼ぶ。俺達は顔を見合わせて苦笑すると、駆け出した。
学校の門をくぐると、ちょうど北川と出くわした。
「あれ? 相沢……。しまった、遅刻かっ!」
慌てて時計を見る北川。それから、俺達に視線を向け直した。
「……俺の時計、壊れてるのか?」
「もしかして、北川くんも失礼なこと言ってる?」
「いつものことだろ」
「それもそうだね」
俺の言葉に頷くと、名雪は昇降口に向かって駆け出した。
「先に行くよ〜」
「あ、こら、待てって」
俺達が教室に入ると、もう香里は自分の席に座っていた。
とりあえず、香里がここにいるってことは、栞は何事もなかったということだろう。
俺はほっとしながら、香里に声を掛けた。
「よう、香里」
「おはよう、香里」
「……おはよう、名雪」
俺を無視して、名雪に挨拶を返す香里。
ま、しょうがないか。
肩をすくめて、俺は自分の席についた。
その背中を北川がつつく。
「お、おい。美坂と喧嘩でもしたのか?」
「ん〜。まぁそんなところだ」
「……マジか? いったいなんで……」
「北川くん」
香里の声に、北川は振り返る。
「ん? なんだ、美坂?」
「……余計な詮索はしないで」
「……お、おう」
久しぶりだった。香里のあんな冷たい声を聞くのは。
そう。自分に妹なんていないって言っていた頃の声だった。
名雪は、心配そうに俺と香里を見比べていたが、声はかけなかった。
昼休み。
「……あれ? 今日は来ないのか、栞ちゃんや倉田先輩は?」
チャイムが鳴っても誰も教室に来ないので、拍子抜けしたように訊ねる北川。
香里は黙って立ち上がると、教室を出ていった。
「お、おい、美坂っ!」
北川は、俺達とドアを見比べた後、すまん、というゼスチャーをして教室を飛び出していった。
それを見送ってから、俺はため息混じりに名雪に言った。
「悪いな、名雪」
「ううん。わたしは何とも思ってないよ」
首を振ると、名雪は笑顔で鞄からナプキンで包んだ弁当箱を出した。
「それより、わたし、お弁当作ってきたんだよ」
俺は無言で立ち上がると、窓を開けて空を見上げた。
「……雨、降るかな」
「わっ、なんか遠回しにひどい事言ってる?」
「そんなことはないぞ。すっごく楽しみだ」
「うん」
頷いて、弁当を広げようとする名雪。俺は慌ててそれを止める。
「わっ、待て待て」
「えっ? どうして?」
「ここで食うのか?」
「うん、そうだよ」
教室で、手作りのお弁当をつつく二人。
なんだかすごく恥ずかしい光景が目に浮かび、俺は慌てて首を振った。
「ここはやめよう」
「じゃ、食堂に行く?」
「……」
おそらく、天野と真琴がいるだろうな。
「いや」
「それじゃ屋上?」
舞と佐祐理さんがいるな。
「だめ」
「中庭?」
多分、栞と香里はそこにいるんだろう。
「それ以外だと、わたしも思いつかないよ〜」
「……教室でいいです」
「うんっ。あ、あゆちゃんも一緒に食べる?」
振り返って声をかける名雪。
「えっ? あ、でも、ボク、食堂で食べるから」
そう言って、あゆはばたばたと教室を出ていった。
名雪は振り返ると、笑顔で言った。
「それじゃ、しょうがないね」
「……そうだな」
俺はため息をついた。
名雪が広げた弁当は、ほどよい分量だった。
ここのところ、佐祐理さんや栞の作る大量の弁当に慣らされていただけに、ものの15分ほどで食い切れそうな分量は、新鮮ですらある。
「ほぉ、見た目は美味そうだな」
「味だって大丈夫だよ」
そう言う名雪に促されて、箸をつける。
「……ん、これは……秋子さんの味に似てるな」
「そりゃそうだよ。だってお母さんに教えてもらったんだもん」
「なるほど。……ん」
やっぱり、恋人の作ってくれた弁当っていうのは、それだけで微妙な調味料が加わるものなのだろうか?
「……どうしたの、祐一?」
心配そうに訊ねる名雪。
俺は、ぴっと親指を立てた。
「美味い」
「よかったぁ」
ほっと胸をなで下ろすと、名雪もおかずに箸をつける。
「……うん、やっぱり上出来だよ」
つぎつぎとおかずに箸を伸ばしながら、俺は感嘆していた。
「名雪って、こんなに料理が上手かったっけ」
確かにいつも秋子さんの手伝いをしてるから、そこそこだとは思っていたが、この味はある意味、秋子さんを越えてるかもしれない。
そう思うのはやっぱり俺のひいき目だろうか?
名雪は恥ずかしそうに俯いた。
「だって、祐一の食べるお弁当だもん」
「名雪……」
顔を上げて、微笑む。
「わたしの、本気だよ」
その笑顔は、一番いい笑顔のように思えた。
「……なんでだろう?」
「え?」
「今まで名雪の顔なんて見飽きたと思ってたけど」
「わっ、ひどいよ祐一」
「……いや。でも、なんか初めて見たような気がするな、名雪のそんな顔」
「わたしは……」
名雪は、何とも言えない優しい表情を浮かべた。こんな顔も、初めて見たような気がする。
「……わたしは、祐一の顔を見飽きたことなんてないよ」
「……そっか」
俺はなんだか恥ずかしくなって、弁当をかき込んだ。
「わっ、そんなに慌てて食べると……」
「ぐ、ぐぉっ」
「ほら、喉に詰まっちゃうよ」
苦笑しながら名雪はお茶を注いで手渡してくれた。
それを飲みながらふと視線を感じて、辺りを見回す。
ぐぁ……。
教室に残っていた連中が、全員俺達を注目していた。意味ありげに囁き合っている女生徒達までいる。
……これじゃ、名雪を口止めした意味がないな。
でも、まぁいいか。
考えてみれば、俺と名雪が付き合うのに、こそこそと隠れてすることなんて何もないわけだ。
生徒会がなにかいちゃもん付けてくれば、それこそ堂々と受けて立てばいいんだし。
「……悪かったな、名雪」
「?」
エビフライをくわえたままで、名雪がきょとんとして俺を見る。
「なんでもない」
そう言って、名雪の頭をくしゃっとかき回す。
「わわっ、ひどいよ祐一〜」
文句を言いながらも名雪は笑顔で、それがたとえようもなく嬉しかった。
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あとがき
らぶらぶです(笑)
なんていうか……とりあえずなゆちゃんファンの方は、これまでお待たせしました分、思い切り憂さ晴らししてください(笑)
その他のファンの方は……ええと、しばらくお待ち下さい(苦笑)
DC版Kanon……私の周囲では「うずかの」と呼ばれてますが……、栞と舞のシナリオやりました。
舞では気付きませんでしたが、栞シナリオでは細かい修正が入ってましたね。
栞が1週間だけ普通の女の子に戻るシーンで、きちんと「その後は、お医者さんの言うとおりにベッドで大人しくしてます」というようなことを言ってたのが個人的にはよろしかったのではないか、と。
前のままだと、誕生日過ぎたら即死と思われかねませんでしたし(笑)
……で、やっぱりこのことに触れないわけにはいくまい。
CV、いわゆる声のことです。
ええと、まぁ祐一がいつしか寒さに慣れて、最後には外で一晩明かしても死ななかったように、まぁ慣れていくものですね(爆笑)
既に私の頭の中では、例の目覚ましは國府田ボイスで鳴り響いております(爆)
とりあえず、後は残りのシナリオやってからだな。うん。
まだ天野出てきてないし(笑)
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