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「……というわけで、だ」
Fortsetzung folgt
俺は、ぐいっと名雪の肩を抱き寄せて、言った。
「俺、名雪と付き合うことにした」
しーん。
プールサイドを一瞬の静寂が覆う。
栞が、目をしばたたかせながら尋ねる。
「あの、よく聞こえなかったんですけど……」
「名雪と付き合うことにしたんだ」
「……祐一、恥ずかしいよ……」
真っ赤になった名雪が小さな声で俺に言う。
「……そ、そうなんですか」
栞はもう一度目をしばたたかせ、そしてふらっと倒れかかる。
「栞っ!」
慌てて、その後ろにいた香里がその体を支えた。
「……どういうこと?」
きょときょとと左右を見回す真琴。
「はぇ〜」
口をぽかんと開けて俺達を見る佐祐理さん、そして無表情の舞。
あゆは一人、ぱちぱちと手を叩いた。
「おめでとう。ボク、お似合いだと思うよ」
真琴は、天野の姿を見つけて、たたっと駆け寄ると、その首筋にすがるように尋ねる。
「美汐っ! どういうことっ!?」
「相沢さんは、水瀬さんとお付き合いするということですよ」
「……名雪と、付き合う?」
「……はい」
天野が頷くと同時に、真琴は猛然と振り返った。
「どういうことよっ!!」
「どういうって、聞いての通り……」
「そんなの許せるわけないでしょっ!!」
ずだだっと駆け寄って来ると、真琴は俺を名雪から引っ張って離そうとする。
「わっ」
思わずよろめく俺。このまま引き離されて真琴にキスされるのがいつものパターンなのだが。
「だめだよ」
ぐいっと引っ張り戻される。
思わずそちらを見ると、名雪が微笑んでいた。
「な、なにようっ!」
「だめだよ、真琴」
いつもと変わらない口調で、名雪は真琴に言った。
それでも、なぜか真琴は俺から手を離す。
「あ、あうーっ」
「うん、いい子だね」
真琴の頭を撫でる名雪。……なんか真琴、おびえてないか?
「……なんか、名雪、変わったね」
栞を抱きかかえるようにしていた香里が、名雪に声を掛けた。名雪はにこっと笑った。
「そんなことないよ」
「……まぁいいけど。ううん、あんまりよくはないけど」
途中から、栞の顔を見て呟くと、香里は名雪に視線を向けた。
「名雪、今はとりあえず、おめでとうって言っておくわね。あなたの親友として」
「ありがとう、香里」
「それから、栞の姉として……」
俺に視線を移す。
「相沢くん。見損なったわ」
……きつい一言だった。
「香里、ひどいよ〜」
俺の代わりに声を上げる名雪を片手で制すると、香里は肩をすくめた。
「それじゃ、私たちは今日はこれで失礼するわ」
「……栞は大丈夫なのか?」
「……」
じろり、と俺に一瞥をくれると、香里は栞を背負って更衣室の方に姿を消した。
それを見るともなく見送っていると、後ろから佐祐理さんの声が聞こえた。
「祐一さん」
振り返ると、佐祐理さんが悲しそうな顔をしていた。
うっ、その表情は卑怯だぞ佐祐理さん。
「佐祐理は、……ごめんなさい。お祝いしてあげないといけないのに、今は、どうしていいのか判らないです」
佐祐理さんは俯いた。そして、舞に視線を向けた。
「舞……」
「……」
舞は小首を傾げた。
「よく、わからない……」
と、その瞳から、涙がこぼれ落ちた。
「よくわからないけど……悲しい」
「……すまん」
俺は頭を下げた。
「こんなとき……どうしていいのかわからない」
涙が頬を伝わるのを拭おうともせず、小さな声で呟く舞。
佐祐理さんが、白いハンカチをその頬に当てると、俺の方を見た。
「祐一さん、今は……帰ってくれますか?」
「……ああ。行こう、名雪」
「……うん」
今度は口を挟もうともしないでじっと俺と舞達のやりとりを見守っていた名雪は、静かに頷いた。
「ただいま」
玄関で俺が声をあげると、キッチンから秋子さんが顔を出した。
「お帰りなさい。あら、3人だけ?」
玄関にいたのは、俺と名雪、あゆの3人だった。
「ええと、それについてはちょっと色々とありまして……」
俺は頭を掻いた。
秋子さんは静かに頷いた。
「とりあえず手を洗っていらっしゃい。話はそれからにしましょう」
リビングに集まった3人の前に、秋子さんはコーヒーを並べた。
「……はい、あゆちゃんにはミルクをたっぷり入れて冷ましておいたから」
「ありがとう、秋子さん」
あゆが礼を言って、マグカップを両手で持ってごくごくと飲むのをよそに、俺は秋子さんに切り出した。
「えっと、そのですね、本日はお日柄もよろしく……」
「祐一、なんか変だよ……」
横から名雪に突っ込まれた。
「う、うるさいなっ。えーっと、ですねっ」
「あ、祐一くん、緊張してるんだ」
あゆにまで言われてしまった。
いかんいかん。
俺は深呼吸すると、ずいっと膝を進めた。
「秋子さんっ!」
「はい、なんでしょう?」
「結婚してくださいっ」
ばきぃっ
秋子さんが「了承」を言うより早く名雪に頭を叩かれた。いや、了承されてもそれはそれで困るけど。
「祐一、それはだめだよ」
「今、本気で痛かったぞ、名雪」
「あらあら、喧嘩はだめよ」
やんわりと言うと、秋子さんはほっぺたに手を当てた。
「でも、喧嘩するほど仲が良いって言うし、これはこれでいいのかしら」
「うん。ホントに仲が良いよねっ」
マグカップを置いて笑顔で言うあゆ。
「そ、そんなこと……」
赤くなって俯く名雪。そして、そんな名雪を「あら」という感じで見る秋子さん。
俺はもう一度深呼吸して、言った。
「俺は、名雪のことが好きです」
「…………了承」
あれ? 珍しく了承するまでに間が空いたような……。
「お母さんっ」
そんなことを思う間に、名雪が秋子さんに抱きついていた。
「ありがとう、お母さんっ」
「あらあら」
笑顔で、秋子さんは名雪の背中をぽんぽんと叩いていた。
とりあえず名雪が落ち着いたところで、俺はその後の話をした。
「……というわけで、栞や舞は、今日は自分の家に帰るそうです」
「真琴ちゃんは、天野さんのところにしばらくお泊まりするって」
あゆがつけ加える。
「あら、ちょっと寂しいわね」
一気に人数が半減したのを知って、秋子さんは頬に手を当てて呟いた。
「……すみません」
「祐一さんが謝ることじゃないわよ」
秋子さんはそう答えて立ち上がった。
「それじゃ、そろそろ夕御飯の支度しないとね」
「あっ、わたし手伝うよ」
そう言って立ち上がる名雪。
「あ、ボクも……」
「あゆはやめとけ」
「うぐぅ……。ボクだって料理くらい出来るもん」
「嘘付けっ!」
「うぐぅ……」
俯くあゆに、秋子さんが声をかける。
「あゆちゃんも手伝ってくれるかしら?」
「えっ? あ、うんっ! ボク頑張るよっ!!」
ぱっと表情を明るくして、腕まくりまでするあゆ。
ちなみに、秋子さんは一時期あゆのことは呼び捨てにしていたが、最近はまた「あゆちゃん」に戻っている。どうやらその方が、秋子さんもあゆ本人もしっくりくるらしい。
「それじゃ、こっちにいらっしゃい」
「はいっ!」
頷いて、スキップしそうな勢いでダイニングに走っていくあゆ。
俺は苦笑して、ソファに身体を埋め、テレビのリモコンに手を伸ばした。
4人の、いつもよりは静かだが和やかな夕食が終わると、名雪がふわぁとあくびをする。
「わたし……眠い」
「ここのところ名雪さん寝るの遅かったからね」
「うん」
頷くと、名雪は立ち上がった。
「もう寝るよ」
「一緒に寝てもいいか?」
「……わっ、なんてこと言うんだよっ」
かぁっと真っ赤になると、名雪は逃げるようにダイニングを出ていってしまった。
それを見送ってから向き直ると、秋子さんが笑顔でこっちを見ていた。
しまった。
「祐一さん。まだ若いんだから、勢いに任せてってこともあるかもしれないけど、避妊だけはちゃんとしてくださいね」
「あっ、秋子さんっ!」
「……冗談です」
さらっと言うと、立ち上がる。
「あゆちゃん、お片づけしましょうか」
「あ、うんっ」
こっちも赤くなっていたあゆが、これ幸いと立ち上がる。
俺は気まずいまま、一人ダイニングに取り残されてしまった。
「……俺も部屋に戻るか」
呟いて立ち上がる。
ベッドに寝ころんでいると、ノックの音がした。
トントン
名雪はもう寝ただろうし、あゆか。
そう思って声をかける。
「起きてるぞ」
キィッ
ドアが開いた。
「……祐一」
そこにいたのは、パジャマの上に半纏を着た名雪だった。
「……名雪?」
ちょっと驚いて、ベッドから半身を起こす俺。
「えっと、あのね」
そう言いながら、名雪は俺の部屋に入ってきた。
パタン
ドアがゆっくりと閉まった。
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あとがき
とりあえず2勝目おめでとう>サッカー五輪代表
とはいえ……。
が、がお……。なんでそういうことするかな……>ブラジル
プールに行こう4 Episode 2 00/9/17 Up