……しかし、本当に実現してしまうとはなぁ。
Fortsetzung folgt
プールサイドに並んだテーブルと、その上の料理を眺めて、俺はため息をついた。
そう、今日は「月宮あゆ、美坂栞、倉田佐祐理快気祝い&川澄舞悲願達成祝い&沢渡真琴人化成功祝い&月宮あゆと沢渡真琴が水瀬家の一員になった祝い&その他もろもろとにかくなんでもいいから祝っちゃえ」パーティーなのである。……ぜいぜい、一気に言うと疲れる。
しかし、本当にプールを貸し切りにしてしまうとは、佐祐理さん恐るべし。
「あはは〜っ。当然じゃないですか」
白のビキニに、腰にパレオを巻いた姿の佐祐理さんが笑顔で言う。
「舞のお祝いだけだったら、佐祐理と祐一さんだけでお祝いしますけど、みんなの分だってあるんだもの。ね、舞?」
「……」
びしっ
無言で佐祐理さんの額にチョップをする舞。そんな舞を見て、佐祐理さんは笑う。
「あはは、舞ったら真っ赤になってますよ。ね、祐一さん」
「……佐祐理が変な事を言うから」
そっぽを向きながら呟く舞。その格好はというとスポーティーな黒のビキニである。いつもはポニーテールにしている黒髪も、さすがにプールサイドなので下ろしているが、それがまたいつもと違う雰囲気を漂わせて、なかなかである。
元々スタイル抜群な舞がこういう格好をしていると、もうそれはそれは本能に訴えられるものがあるのだ、男としてっ。
びしぃっ
「ぐはっ……、なにを……」
「祐一の目がいやらしかった」
「あはは〜っ、祐一さんエッチですね〜」
「……ごめんなさい」
さすがにこの二人にタッグを組まれると、俺には勝ち目が無かった。
「祐一さ〜んっ」
向こうから名前を呼ばれたので、これ幸いと二人の前から逃げて、テーブルの方にいく。
「どうした、栞?」
ビーチパラソル(ちなみに屋内プールなので実質的にはまったく意味がないが、まぁ雰囲気造りだ)の下で、俺を手招きしていた栞は、俺の前にアイスのカップを差し出した。
「ひとついかがですか?」
「いや」
いくらここが暖かいと言っても、外に出れば真冬である。
「……美味しいのに」
そう呟いて、アイスを木の匙ですくって口に運ぶ。
「それはいいけど、栞は泳がないのか?」
「えっ? ええっと」
微かに視線を泳がせる栞。
なるほど。
「金槌か」
「そんなこという人嫌いですっ」
ぷっと膨れる栞。
俺は、白いワンピースの水着姿の栞をじっと見た。
「惜しいな。水の抵抗は少なそうなのに」
「わっ、ひどいですっ」
「相沢くん、ひとの妹を捕まえて、随分セクハラな発言してるわね」
後ろから声がした。振り返ると、香里が腕組みして俺を睨んでいる。
「あっ、お姉ちゃん」
「よう、香里。今日も今日とてセクシーダイナマイツだな」
俺はしゅたっと片手を上げた。
「……それは、誉めてると受け取ってもいいのかしら?」
「おう。とても姉妹には見えないぞ」
胸の谷間と背中が大胆に開いた、花柄のワンピース型の水着(寡聞にして、俺は水着の名前はよく知らんのだ)を見て、俺は頷いた。
「ううっ、お姉ちゃんも嫌いですっ」
栞は涙目になってアイスをくわえる。
香里は苦笑して、栞の頭を撫でた。
「大丈夫。すぐに栞も大きくなるわよ」
「ほんとですか?」
「もちろん。なんたって、あたしの妹なんだから」
「……そうですね」
笑顔になると、栞は上機嫌でアイスを口に運んだ。
「冷たくて美味しいです〜」
「さて、それじゃさらば」
俺はこれ以上面倒な事にならないうちに、その場を逃げる事にした。
すたたっとプール際を歩いていると、右の方から声が聞こえた。
「あっ、祐一っ!」
「ん?」
そっちを向いた瞬間、その方向から吹っ飛んできた何かに体当たりされて、俺はそのままプールの中に転落した。
バッシャァァン
「わぷっ!」
慌ててもがきながら浮上しようとする俺の唇が、柔らかいもので塞がれる。
それで原因が判って、俺は目を開けた。
目の前でドアップになって見えたのは、思った通り真琴だった。ちなみに今日は貸し切りなので、耳も尻尾も全開にしている。
ともかく、このままにしてたら窒息するので、俺は真琴を押しのけると、水上に顔を出した。
「ぷはぁっ。すーはーすーはー」
大きく深呼吸をしていると、真琴も浮上してきて、弾けんばかりの笑顔で俺に笑いかける。
「えへへっ、水中でキスするのもいいよねっ」
「おまえなぁっ! 死ぬわっ!!」
「えーっ? でも、こないだ読んだ漫画だと、水中でキスしてたもん。とってもロマンチックだって……」
口を尖らす真琴。
……やっぱり、真琴の部屋にある漫画は全部燃やすべきだな。
俺が決心を固めていると、真琴が抱きついてきた。
「ねぇねぇ、続きしよっ、続きっ」
ちなみに真琴の水着は青のセパレート。……って、なんだ続きってっ!?
「こ、こらっ、やめろって」
「やだよ〜。えへへっ」
笑いながら俺の背中に手を回して密着する真琴。うぉっ、この胸に当たっている二つの柔らかな感触はっ!
「あーっ、真琴ちゃんだめっ!!」
プールサイドで、白いワンピースの水着を着たあゆがこっちを見て叫んでいたが、もちろん真琴はお構いなしで、俺の嬉しい状態は続いていた。
「あ、祐一嬉しそうっ。えへへっ」
「お、おおおっ」
「うぐぅ……、聞いてくれない。こうなったら、ええいっ!!」
あゆは、俺達のところに飛び込んでこようとジャンプした。……のだが、足がプールサイドの出っ張っていたところに引っかかった。
「う、うぐぅ〜〜〜っ」
ばちぃん
悲鳴(?)を上げながら、そのまま水面に顔面から落ちるあゆ。
俺と真琴は、あまりに痛そうなあゆの惨状に、思わず動きを止めていた。
「……あゆ、生きてるかな?」
「さぁ……」
しばらくして、あゆがぷかっとうつ伏せのまま浮き上がってきた。
俺は水をかき分けるようにしてあゆのところに近寄ると、ひっくり返してみる。
「おい、あゆあゆ、しっかりしろっ」
「うぐぅ……あゆあゆじゃないよう……」
どうやら息はあるようだった。
「大丈夫ですか?」
その声に顔を上げると、天野が俺達を覗き込んでいた。ちなみにいつぞやの海と同様、スクール水着姿なのが天野らしいといえば天野らしい。
「お、天野。ちょっと手を貸してくれ。あゆが見事な腹ボテだ」
「うぐぅ……お腹痛い……」
「わかりました」
天野は頷いて、あゆを引っ張り上げるのに手を貸してくれた。それから、俺の後ろに隠れようとしていた真琴に視線を向ける。
「真琴」
「な、なにようっ、美汐っ?」
状況が不利になると、強気に出て誤魔化そうとするのは真琴の癖である。
そんなことは百も二百も承知の上の天野は、いつも通りに諄々と真琴を諭す。
「前に言ったはずでしょう? あまりべたべたすると嫌がられるって。相沢さんに嫌われてしまってもいいんですか?」
「あ、あう……。それは、いや……」
「だったら、ちゃんと謝りなさい」
「……うん。ごめん、祐一」
強気が長続きしないのも真琴らしいといえば真琴らしい。
天野は俺に視線を向けた。
「真琴もこの通り謝ってますから、今回は許してあげてください」
「それはいいけど。それにしても天野はおばさんくさいな」
「失礼ですね。物腰が上品だと言ってください」
そう言って、天野は微かに微笑んだ。
「相沢さんには感謝してますよ。真琴をちゃんと扱ってくれているようですから」
「よせって。俺はそうしたいからそうしてるだけだぜ」
「……はい」
頷くと、天野はしゅんとしてる真琴に声をかけた。
「真琴、あちらに肉まんがありました。一緒に食べに行きましょう」
「肉まんっ? うん、行くっ!」
ざばっとプールから上がると、真琴は天野に駆け寄った。
「肉まんどこ? 肉まんっ!」
「それでは、後で」
天野は頭を下げると、真琴を連れて優雅に歩いていった。
なんとなくそれを見送っていると、あゆがむくりと身体を起こした。
「お、復活したか、あゆあゆ」
「うぐぅ、あゆあゆじゃないもん……」
そう言ってから、あゆは俺に視線を向けた。
「祐一くん、お腹痛い……」
「ったく。なんならさすってやろうか?」
「うぐぅ……」
かぁっと赤くなって俯くあゆ。
「えっと、ボク……」
「どれ、見せてみろ」
「うぐぅ……、祐一くん、やっぱりエッチだよぉ」
「男というのはそういうものだ」
俺は腕組みしてうんうんと頷いた。
まぁ、あゆだからそんなこと言えるわけで、これが舞だったりすると、俺の方も結構恥ずかしくて立ち上がれないような状況になりかねん。
「……祐一くん」
はっと気付くと、あゆがお腹を押さえながら俺を睨んでいた。
まずい、気付かれたか?
事情を説明すると長いので省くが、かつて俺はあゆと一種の精神融合をしていた時期がある。そのために、今でもたまに、お互いの考えが判ってしまう時がある。……そういつもいつもというわけじゃないんだが。
「……えーと、それじゃさらばだあゆ」
爽やかに笑って立ち去ろうとする俺の腕を、あゆが掴んだ。
「うぐぅ、祐一くん……、そうじゃないよ」
「……?」
「……あのね、祐一くん」
あゆは、プールサイドに腰掛けると、足でプールの水面をばしゃっと叩いた。
「ボクには、なんとなくだけど判ってるんだ」
「……何が?」
「ほら、ボクと祐一くんって、繋がってたでしょ? だから……」
そう言うと、あゆは顔を上げてにこっと笑った。
「行ってあげてよ」
そっか、あゆにはもう判ってたか。
「……悪い」
「謝る事なんてないって」
あゆは笑った。その笑顔が、7年前の木の上の少女に重なる。
「祐一くん、いつもと同じようにしてたけど、ずっと悩んでたって、ボクには判ってるんだから。でも、それは誰を選ぶとかそういうんじゃなくて、選べなかった娘をどうしようって考えてたんだってことも……」
俯いて、祐一くんは優しいから、と付け加える。
俺は首を振った。
「優しいわけじゃない……。もっと早く決めてれば、誰も傷つけずに済んだんだ」
「でもね、祐一くんが優しかったから、真琴ちゃんも栞ちゃんも舞さんも助かったんだよ。そして……、ボクも……」
あゆは、水面をまた足で叩いた。ぱしゃっと飛沫が上がる。
「ボク、祐一くんのおかげで、もう一人じゃなくなったから。だから、もう大丈夫だから」
一度言葉を切って、俺の顔をのぞき込むようにする。
「今度は、祐一くんの番だよ」
俺は黙ってあゆを抱き寄せた。そして、その頭を撫でる。
「うぐぅ、ボク、もう子供じゃないよっ」
「ああ」
と、
「……祐一」
俺を呼ぶ声に顔を上げると、名雪がそこにいた。
「ごめんね、あゆちゃん。祐一と、話があるから……」
「うん」
あゆは立ち上がると、ぱたぱたっと走り出す。
不意に一度振り返って、大きく手を振った。そして、それからは振り返らずに、みんなが食事をしているところに駆け寄っていった。
それを見送ってから、俺は名雪に向き直った。
「……今、あゆちゃん、泣いてなかった?」
名雪は心配そうにあゆの走り去った後を見ていた。そして俺に視線を向ける。
「祐一、あゆちゃんいじめたらダメだよ」
「いじめてないって。それより、俺も話があるんだ」
「えっ?」
俺は立ち上がって、プールサイドをぐるりと見回した。
ちょうど俺達がいる場所から、プールを隔てた反対側。そこにある、料理が乗っているテーブルの周りで食事をしているみんなが見える。
そのみんなを見ながら、俺は言った。
「……栞、真琴、舞、そしてあゆ。みんな大事で、抱きしめてやりたいなって思う。正直に言って」
「……そうだよね」
そう言うと、名雪は笑顔で言葉を続ける。
「みんな、祐一のことが、大好きなんだもんね。でも……」
そこで言葉を切り、真面目な顔になる。
「でも、わたし……」
「待った」
俺は、名雪の顔の前に手の平を突きつけた。
「え?」
深呼吸をして、俺は言った。
「二度も女の子の方から言わせるわけにはいかないだろ?」
「……えっ?」
「……ああ、みんな大事で抱きしめたいと思う。だけど、……俺が抱きしめられたいって思うのは、名雪だけなんだ」
一息にそこまで言うと、俺は名雪を見つめた。
「……祐一」
名雪は、おずおずと手を伸ばすと、俺の背中に手を伸ばした。そして、俺を包み込むように抱きしめた。
「……えぐっ、祐一……」
「なんだよ、泣くなって」
「だって、だって……」
しゃくり上げると、名雪は俺の胸に顔を埋めた。
「大丈夫……だよ。だって……」
そう言って、名雪は顔を上げた。
「だって、これは、嬉しい涙だから……」
その頬を流れる涙に、俺はそっとキスをした。
あとがき
サッカー五輪代表、とりあえず1勝おめでとう。だがこれからだ。
さて、プール4の第1話です。いきなりの展開で度肝を抜かれたかもしれませんが、この展開は、実はずっと前から考えていました。
だからこそ、逆にプール3ではなゆちゃんの扱いが薄かった、というわけです。
ただ、あゆあゆは一応納得してるようですが、あとの3人はまだこんな展開になったことは全然知りませんから、当然この後反撃に出てくれることでしょう。それぞれの後見人が黙ってるとも思えませんし(笑)
その3人の行動、特に盟友(笑)の栞の行動によっちゃ、あゆも焼けぼっくいに火がつくかもしれません。
また、常々セクハラな行動を取ってはいますが、祐一も別に恋愛の達人ってわけじゃないです。今回は、名雪に告白してますが、本当に名雪が好きなのか、それは恋なのか、愛なのか、そしてそれは永遠に続くのか。本人にも全く判ってません。
だから、この先名雪と祐一がずっと付き合っていくかどうかは、正直私にもよくわかりません。もしかしたら、別れることになるかもしれませんね。
でも、あっさりなかったことにするかも(笑)
タイトルから『type』の文字が消えるまでは、まだ自信がないと思ってください。
プールに行こう4 Episode 1 00/9/14 Up 00/9/15 Update