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ぱくぱく
Fortsetzung folgt
「わっ、これすっごく美味しいよっ、祐一くんっ」
「まぁ、ありがとう、月宮さん」
「本当に美味しいもん。ね、祐一くんっ」
「……」
ごつん
「……痛いよ祐一くん」
「おまえな、どこでも遠慮なく飯を食うんじゃないっ」
あれから1時間ほど後。僕たちは栞ちゃんのお母さん達の作った夕御飯をご馳走になってた。
「だって、ほら北川くんだって……」
「うぉぉぉっ、美坂の手料理っ! 我が生涯に一片の悔いなしっ!」
北川くんは、お箸を握りしめてじーんと涙を流していた。
「お、北川、そのイカフライ食わないならもらうぞ」
「やらんっ! いかに我が心の友といえど、これだけは断じて譲るわけにはいかんのだ、漢としてっ!!」
「ほう? ……ああっ、香里、なんで脱いでるんだっ!?」
「なにぃっ!! どこだどこだどこだぁ〜〜っ!?」
「隙有りっ!」
「ああっ、貴様ぁっ、男の純情につけ込むとは卑怯なっ!」
「卑怯? 最高の誉め言葉よ」
「……賑やかなお友達ね」
栞ちゃんのお母さんの言葉に、香里さんは頬を引きつらせていた。
「……まぁ、学校生活が退屈しなくていいと思うでしょ、母さん?」
「はいっ、毎日楽しいですよっ」
栞ちゃんが笑顔で頷く。それから、北川に声をかけた。
「あ、そのイカフライ、私が作ったんですけど、美味しいですか?」
「……あ、そうなの? 相沢、これやるぞ」
「わっ、なんか扱いがひどいですっ!」
「……き・た・が・わ・くん?」
「美味い、美味いっすよ栞ちゃんっ!」
香里さんにじろっと睨まれて、イカフライをもりもり食べる北川くん。……でもなんで泣いてるんだろ?
ボクも食べてみる。
「あ、でもホントに美味しいよ、栞ちゃん」
「えっへん」
栞ちゃんは胸を張ると、祐一くんに視線を向けた。
「祐一さんはどうですか?」
「ん〜。71点だな」
「そんな中途半端な点数嫌いですっ」
「俺はイカフライにはうるさいんだ」
「そうですか……。わかりました」
栞ちゃんは、真面目な顔で頷いた。
「祐一さんに満点もらえるまで、明日からずっとお弁当はイカフライにしますね」
「……栞、まさかと思うけど、あの弁当のおかずが全部イカフライになるのか?」
「もちろん、量を減らすわけないですよ」
にっこり笑う栞ちゃん。
祐一くんはがっくり肩を落とした。
「すまん、俺が悪かったから、いつも通りの弁当にしてくれ」
「ふふっ、本当に仲がいいのね」
栞ちゃんのお母さんが嬉しそうに笑って、栞ちゃんは我に返って真っ赤になった。
「お、お母さんっ、えっと、それはその……」
「いいのよ。栞が選んだ人なら、間違いないと思うし。相沢さん」
「は、はぁ」
「その、就職先とかはもうお決まりなのですか?」
……うぐぅ。なんだか、すごく危ない方向に突き進んでる気がするよ……。
返答に困っている祐一くんの肩を、北川くんがぽんと叩いた。
「相沢、俺のことはいつでも義兄と呼んでくれていいぞ」
「それはないから安心して」
秋子さんが「了承」を言う速度よりも速く言う香里さん。がっくりうなだれる北川くん。
「美坂〜」
「はい」×3
香里さんと栞ちゃん、それから栞ちゃんのお母さんが同時に返事をして、北川くんはさらにがっくりした。
「いえ、なんでもないです」
「哀れだな、人生の敗北者は」
「やかましいっ! お前のことを愛の狩人ラブラブハンターと呼ぶぞっ!」
「それだけは絶対に嫌だ」
「まぁ……。もしかして相沢さんって、その、女癖が……悪いんですか?」
「うぐぅ、ボクに聞かれても……」
「まぁ、良いとは言えないわね」
「香里っ、お前人聞きの悪いっ!」
「それじゃ、さっさと栞一人に絞りなさいよ」
「おっ、お姉ちゃんっ!」
「かっ、香里さんっ!!」
栞ちゃんとボクの言葉が重なった。……多分、叫んだ意味は違うような気がするけど。
「……香里、栞、あとでちょっと話があるんだけど、いい?」
栞ちゃんのお母さんが、真面目な顔で言った。こくりと頷く2人。
……やっぱり、みんなが揃って取る食事っていうのは、美味しいよね。
「せっかくだから、泊まって行きませんか?」
夕御飯を食べてから、みんなでリビングに移動して、しばらくしてからそろそろ帰る頃合いかな、って思ったとき、栞ちゃんが祐一くんに話し掛けた。
「え? でも……」
「あ、部屋ならありますよ。だから心配しなくても大丈夫です」
なぜかガッツポーズを取る栞ちゃん。
「お母さんもちゃんと話したら判ってくれましたし」
「……何を話した、何を」
そういえば、しばらくダイニングに3人だけ残って何か話してたな。
「そりゃ、娘の付き合ってる男の事は気になるでしょ、普通」
ソファの上でクッションを抱いてテレビを見ていた香里さんが言う。……って、ええっ!?
「ゆ、祐一くんっ、いつの間に栞ちゃんと付き合ってたのっ!」
「違うぞ、俺はそんなことしてないっ!」
「わ、責任取ってくれないんですかっ!」
「相沢、男として責任はとらないといかんと思うぞ」
「……北川、まだいたのか?」
「うがぁーーーっ!!」
なぜか頭をかきむしって叫んでいる北川くん。
「おまえなぁっ!!」
「……北川くん、近所迷惑」
香里さんに冷ややかに言われて、黙り込む北川くん。あ、床にのの字を書いてる。
「……俺って一体……」
「で、どうするの? あたしは別に構わないけど。一応、いつも栞を名雪のところに泊めてもらってる恩もあるしね」
「別に俺が泊めてるわけじゃないぞ。そういう恩返しなら秋子さんか、せめて名雪にしてやれ」
「でも、祐一さんやあゆさんにもご迷惑お掛けしてますから」
栞ちゃんが笑顔で言う。相沢くんは、まだ床にしゃがみ込んでる北川くんの肩を叩いた。
「そういうわけで、お前は関係無いそうだから帰ってもいいぞ」
「相沢〜っ」
あ、泣きそうな顔してる。
ボクは栞ちゃんに尋ねた。
「栞ちゃん、ボク、帰ったほうがいい?」
「はい」
「……うぐぅ」
即答されて落ち込むボク。
「あ、冗談ですよ。だからそんなにいじけないでくださいよ、あゆさん」
「ボク、かなりへこんだよ……」
結局、ボク達は今夜は栞ちゃんの家にお泊まりすることになった。
それで、秋子さんに電話して、こっちに泊まるって連絡することにした。
「それじゃ連絡は任せる……けど、あゆあゆ、家の電話番号知ってるのか?」
「まかせてよ! えっと……」
「あ、電話はこれですよ」
栞ちゃんに渡してもらった電話のボタンを押す。そして、受話器を耳に付ける。
「……あれ? いつまでたっても繋がらない……」
祐一くんがソファの方からボクに声をかけた。
「あゆ、人様の家の電話機を壊したらだめだぞ」
「うぐぅ、そんなことしてない……」
「あ、番号押したら、最後にそこの“通話”ってボタンを押さないと駄目なんですよ」
「あっ、そうだったんだ」
本当に壊したんじゃなくて良かった、とほっとしながら、ボクはそのボタンを探した。
ええっと、選択、音量、電話帳、変換、着、発、メモリー、機能……。……うぐぅ、どれだかわからない……。
「これですよ」
じーっと受話器とにらめっこをしてたら、栞ちゃんが来て押してくれた。
「ありがと、栞ちゃん」
「いえ、どういたしまして」
栞ちゃんにお礼を言ってから、受話器を耳に当てると、向こうでベルの鳴る音が聞こえ始めた。
電話っていろいろあるんだなぁ、と思ってると、向こうで電話を取る音が聞こえた。
「あ、秋子さん? ボクです。……あ、うん。今日は栞ちゃんの家に泊めてもらうことになったんだ。うん、祐一くんも……。えっ? ええっ?」
「どうしたんだ、あゆあゆ。受話器持ったまま固まって」
祐一くんに後ろから声をかけられて、ボクは振り返った。
「祐一くん、どうしよう?」
「何が?」
「みんな、ここに来るって……」
「……みんな?」
「ちょっと、あゆちゃん、それどういうこと?」
会話を小耳に挟んだ香里さんが訊ねた。
「う、うん。秋子さんにこっちに泊まるって言ったら、それじゃ名雪と真琴と川澄さんもそちらに行かせますねって……」
「ちょ、ちょっと、何よそれっ」
「あ、部屋なら空いてますよね」
栞ちゃんが笑顔で言った。それからちょっと考え込む。
「でも、みんなが来たら、祐一さんのお部屋に夜這いするのは無理ですね」
「しっ、栞ちゃんっ! そんなこと考えてたのっ!?」
「あゆさん、冗談ですよ」
ボクにはわかる。今の栞ちゃんの目は本気だった。
「ちょっと、あゆちゃん、貸してっ」
ボクの手から、まだ持ったままだった受話器を取ると、香里さんは声をかけた。
「もしもしっ! ……あ、香里です。……いえ、こちらこそ。……いえ、そうじゃなくて、さっきあゆちゃんから聞いたんですけど……」
ボクは受話器に向かって話し掛ける香里さんを横目で見ながら、小声で祐一くんに訊ねた。
「祐一くん、香里さんがなんとか出来ると思う?」
「無理だ。いくら香里でも秋子さんの説得は不可能だ」
即答する祐一くん。ボクも深々と頷いた。
「そうだよね」
そして、2時間後。
「……来ないな」
「……そうですね」
「道に迷ったのかな?」
「名雪がいるんだろ? 香里、名雪はここに来たことあるよな?」
「ないわよ」
30分くらい秋子さんと話をしてた香里さん、かなり疲れてるみたい。今は北川くんに肩を揉んでもらってる。
「……どうでもいいけど北川、その不気味な笑顔はやめろ」
「ふふふ、相沢には判るまいっ、この恍惚我に有り、だ」
「あっ、そこいい……」
「ここか、ここなのか〜?」
「う、うん、そこ……。はぁ……」
う、香里さんのため息が。こういうの、艶っぽいっていうのかなぁ。今度ボクも練習してみようっと。
「いや、あゆには無理だ」
「うぐぅ、そんなことないもん……。って、なんでボクの考えてることわかったの?」
「さて、迎えに行くかな」
「わ、無視しないでよっ!」
「でも、本当に遅いですよ。祐一さんの家からここまでって、歩いても20分かからないです」
「俺なら15分だな」
「それって、もしかして私が足が遅いって言ってます?」
「さて、迎えに行くかな」
「そんなこと言う人嫌いですっ!」
と、ちょうどその時、チャイムの音がした。
ピンポーン
「さて、迎えに……」
「もういいですっ。あゆさん、行きましょっ」
「うん、そうだねっ」
「それじゃ行ってきてくれ、貧乳コンビ」
「……」
めきょっ
「……いつつ、なにすんだ。鼻が変形したぞ」
ぶつぶつ言う祐一くんをほっといて、ボク達は玄関に向かった。そして、ドアを開けると……。
「あはは〜っ、こんばんわ〜」
「……」
「ほら、舞もちゃんとご挨拶しないと」
「こんばんわ」
そこにいたのは、佐祐理さんと舞さんだけだった。
「それじゃ、名雪さんは来られないって言ったんですか?」
「そう」
こくりと頷く舞さんに、佐祐理さんが付け加える。
「なんでも、宿題をやらないといけないから、だそうです」
「……香里、明日期限の、やばい宿題ってあったっけ?」
「えっと……。ないと思うけど。北川くんやあゆちゃんは覚えてる?」
「うぐぅ、覚えてない」
「無い。……と、いいな」
「変ね……」
「ま、名雪のことだから、何か勘違いしてるだけだろ。でも、今から呼び出すにしても、この時間じゃもう寝てるだろうしなぁ」
時計をみる祐一くん。確かに、いつもの名雪さんならもうとっくに寝てる時間。
でも、ここのところ、名雪さん、寝る時間が遅くなってるみたい。昨日も……。
「どうした、あゆあゆ」
「あゆあゆじゃないよっ!」
「そういうわけで、お邪魔するのは舞と佐祐理だけです」
「あれ? 真琴ちゃんは?」
ボクが訊ねると、佐祐理さんは首を振った。
「真琴さんは、途中まで一緒だったんですけど、実は途中でどこかに行ってしまって……」
どうやら、途中で真琴ちゃんとはぐれちゃったみたいだった。こんなに遅くなったのも、真琴ちゃんを捜してたからみたい。
「それじゃ、真琴はそのまま行方不明?」
「ごめんなさい、祐一さん。でも、舞も大丈夫だって言うし……」
祐一くんの質問に答える佐祐理さん。
「……」
こくりと頷く舞さん。でも、本当に大丈夫なのかなぁ?
「まぁ、舞がそう言うなら大丈夫なんだろうけど。でも、いなくなったって、何かしたのか?」
「可愛かったから、可愛がった」
舞さんがぼそりと言う。祐一くん、それで判ったみたいで額をぺしんと叩いた。
「なるほど、真琴のやつ怯えて逃げたな」
「……今度からはもう少し考えて可愛がるから」
「そうだね、舞」
にこにこしながら頷く佐祐理さん。
祐一くんは腕組みした。
「真琴の奴、家に帰ったのかな……?」
「あ、ボク電話してみようか?」
ボクが電話を取ろうと立ち上がった、ちょうどその時、窓の方でどんどんと音がした。窓って言っても、庭に出られる大きな窓なんだけど。
栞ちゃんが立ち上がってカーテンをあけると、真琴ちゃんが窓にぺたっと貼り付いていた。
「真琴さん?」
「……」
向こうでなにか言ってるみたいだけど、何も聞こえない。
祐一くんが窓に近寄ると、カーテンを閉めた。
「えっ? 祐一さん?」
「俺達は何も見なかった。そうだろ?」
「でも……」
また、どんどんどんって音がする。
舞さんがぽつりと呟いた。
「こんこんまことさん、寒そう……」
そう言って、祐一くんをじっと見る。
「俺としては、このまま無視することをお勧めするんだが……」
「祐一……」
じっと祐一くんを見る舞さん。祐一くんはため息をついた。
「わかったわかった」
「うん」
「あはは〜、良かったですね、舞」
「はちみつくまさん」
祐一くんがカーテンを開けて、それから窓の鍵を外して横に滑らせる。
カラカラッ
さぁっと部屋に外の冷気が流れ込んできた。
「よう、真琴。いい夜だな」
「……あ、あう……」
真琴ちゃん、両手で自分を抱いてがたがた震えてる。
「わ、寒そうですっ」
白い息を吐きながら言うと、栞ちゃんは真琴ちゃんの手を引っ張った。
「とにかく、上がってください。あ、靴は脱いでくださいね」
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あとがき
ええっと、ここにはえあの話をちょっと書いてたんですが、これを書いた直後から、公開するまでの間にまた考え方が変わってしまいましたので、その部分は削除しました(笑)
ともかく、クリアした直後は色々と不満があって、それのせいで後編で納まらなくなりました。はい(爆笑)
プールに行こう3 番外編3(後編) 00/9/9 Up