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Kanon Short Story #13
プールに行こう3 番外編3
美坂さんちに行こう(中編)

 雨がちょっと小降りになったのを見計らって、ボク達は走って栞ちゃんの家に向かった……んだけど。
「……」
「はぁ、はぁ、はぁ、な、な、なん、で、すか?」
 うぐぅ、忘れてたけど、栞ちゃんって走るの遅かったんだ。
 ボクもあんまり速くないけど、栞ちゃんよりは速かった。
「お、あゆは速いな」
「まかせてよっ」
「さすが、食い逃げで鍛えてるだけのおごっ」
 祐一くん、しつこい。ボクだって怒るもん。
「あれはたまたまだよっ! 今はちゃんと秋子さんにお小遣いもらってるよっ」
「ふ、たり、とも、はやい、ですねっ」
 走りながら祐一くんとそんな事をしてると、後ろから息も絶え絶えって感じの声がして、ボク達は、慌てて振り返った。
「わわっ! 栞ちゃん大丈夫っ!?」
「くそっ、傷ついた栞のせいで逃げ切れないっ」
「何から逃げるんだようっ!」

 そんな感じで走ってたから、ボク達が栞ちゃんの家に着く頃には、みんなびしょぬれになっちゃってた。

「ここが私の家です」
 ボク達の家(えへへ)よりも、もう少し大きいくらいの家の前で、栞ちゃんは立ち止まると、ボク達に紹介した。
 確かに、表札にはちゃんと「美坂」って書いてある。
 あ、ちなみに、途中から、「これ以上濡れようがないから、走っても意味ないな」ということで、ボク達は雨の中を歩いていたんだ。だから、栞ちゃんもこの頃にはもう回復してたってわけ。
 それはさておき、祐一くんは栞ちゃんの家を見上げて、それから栞ちゃんに訊ねた。
「それで、いつになったらこの家はロボットに変形するんだ?」
「そんな機能なんてありませんっ。そんなこと言う人は嫌いですっ」
「うぐぅ……、ボクもちょっと期待してた」
「あゆさんまで変なこと言わないでくださいっ。それより、行きましょう」
 そう言いながら門に手を掛けて開く栞ちゃん。
 と、不意に玄関のドアが開いて、50歳くらいのおばさんが出てきた。
 なんとなく、栞ちゃんや香里さんに似てる。栞ちゃんのお母さん、かな?
「あら、栞?」
「あっ、お母さん、ただいまっ」
 やっぱりそうだったんだ。買い物かごを手にしてるってことは、買い物に行こうとしてたのかな?
「……ううっ」
 と、いきなり泣き出す栞ちゃんのお母さん。
「お、お母さん?」
「ううっ、栞がこんなに元気になったなんて、まだ信じられない……。ごめんね、栞……」
「ううん。あ、それより、お母さんは逢ったことあったかな? こちらが相沢祐一さんと月宮あゆさんです」
「えっ? あら……」
 栞ちゃんのお母さんは慌てて袖で目元を拭うと、ボク達の方に向き直った。
 ぺこりと頭を下げる祐一くんとボク。
「ども、その節は……」
「こんにちわっ、おばさん」
 栞ちゃんのお母さんは、首を傾げてから、おそるおそるボク達に訊ねた。
「あの、どこかでお逢いしました?」
「……ま、あの状況じゃ覚えてないかもしれませんね」
 うんうんと頷くと、祐一くんが説明した。
「一度、病院でお逢いしたことがあります」
「ほら、私が治ったときですよ」
 栞ちゃんに言われて、栞ちゃんのお母さんは唇に指を当てて考え込む。あ、このポーズ、栞ちゃんと同じだ。
「……そうだったかしら? あの時は栞が治ったって聞いて病院に飛んでいったことしか……。あっ、ごめんなさい。こんなところで立ち話もなんですから、どうぞ上がっていってくださいね。まぁ、びしょ濡れじゃないですか。ごめんなさい、タオルは……」
 その時初めて、ボク達がびしょ濡れなのに気付いたみたいで、栞ちゃんのお母さんは慌てて家の中に戻ろうとした。
「あっ、お母さん。いいですよ、タオルの場所くらい判ってますから」
「でも、そんな格好で風邪でも引いたりしたら……」
「もう。私、そんな病弱に見えますか?」
 うん、と、栞ちゃんのお母さんだけじゃなくて、ボクや祐一くんもうなずいた。
 ぷっと膨れる栞ちゃん。
「そんなこと言う人たちはだいっ嫌いですっ。私、もう健康ですっくしゅん」
「お、栞もマコピー語を使えるのか?」
「くしゃみが重なっただけですよっ。……くちゅん」
 もう一度くしゃみをする栞ちゃんの頭から、ぱさっとタオルが被せられた。
「本当に、世話の焼ける妹ね」
「わっ! お、お姉ちゃん!?」
「玄関で話し声が聞こえたからね。あ、お母さん、栞達はあたしが見てるから、買い物行って来てもいいわよ」
「そう? それじゃお願いね。あ、えっと、相沢さんと月宮さん、でしたよね。よろしければ、夕食を食べて行かれませんか?」
「いえ、そんな、悪いですから」
「あら、珍しいわね、相沢くんが遠慮するなんて」
 香里さんが意地悪い笑いを浮かべる。香里さんって祐一くんや北川くんをからかうとき、こんな笑い方をするんだよね。
「いっつも栞の手作りのお弁当を食べてるくせに」
「わっ! お姉ちゃん、私恥ずかしいですっ」
 ぽっと赤くなってほっぺたを両手で押さえる栞ちゃん。
「まぁ、そうだったの? それじゃ、相沢さんが栞の?」
「ちょ、ちょっと待て香里っ!」
「それじゃ、私も張り切らなくちゃね。じゃ、30分くらいで戻るから」
 なんだか一人で納得して、栞ちゃんのお母さんは出て行っちゃった。
 それを見送ってから、祐一くんがじろりと香里さんを睨む。
「おまえなぁ……」
「何よ、事実じゃない。それより、栞、その様子だと雨の中走ってきたのね?」
 振り返る香里さん。タオルで髪の毛を拭いていた栞ちゃんはこくりと頷いた。
「ごめんなさい、お姉ちゃん」
「謝ること無いわよ。でも、風邪引くといけないからシャワー浴びてから着替えなさいね。あ、あゆちゃんも一緒に入っていったら?」
「えっ? ボク?」
「ええ。あゆちゃんもびしょ濡れじゃない」
「ああ、まさにびしょぬれうぐぅだな」
「うぐぅ……」
「それじゃ俺も一緒にシャワー浴びて……」
「血のシャワー、浴びたいの?」
 わわっ、香里さんの目がオレンジ色にっ!
「冗談です」
 祐一くんの返事も、1秒だった。
「ま、タオルくらいは貸してあげるから、二人が出るまで玄関で待ってなさい。あ、上がっちゃだめよ、廊下が濡れるから」
「……とほほ〜」
 と、奧の扉が開いて、北川くんが顔を出した。
「美坂〜、誰だったんだ? ……って、お前らっ!」
「よう、北川。元気そうでなによりだ」
 ぽたぽた雫を垂らしながら、しゅたっと手を上げてみせる祐一くん。
「てめぇ、俺と美坂の愛の語らいを邪魔しようって……」
「死になさい、内臓ぶちまけて」
「わっ、お姉ちゃん! 家を汚したらだめですよっ!」
 ……そういう問題なのかな?

 そんなわけで、ボクと栞ちゃんは一緒にお風呂に入ることになったんだ。

 脱衣場で、制服のリボンを解いていると、栞ちゃんがじーっとボクを見てる。
「な、なに?」
「えっと……あゆさん、もしかして、ちょっとおっきくなりました?」
「え? えっと、計ったことないから……」
 計っておっきくなってなかったら哀しいし……。
「あ、そっか。こっちの身体のあゆさんとは、初めてですよね」
「そういえば、そうかも」
 前に栞ちゃんと一緒にお風呂に入ったときは、ボクはまだ本体は寝てたから。
「……っくしゅん」
 あ、いけない。
「ほら、栞ちゃんも早く入ろっ」
「はい」
 こくりと頷いて、栞ちゃんは緑のリボンを解いた。
「このリボンとも、もうすぐお別れですね」
「え、そうなの?」
「はい。私、もう一度一年生しないとダメみたいですから」
 ちょっと悲しそうな栞ちゃん。でも、ぱっと笑顔になる。
「でも、長期療養から戻ってきた美少女って、ちょっとかっこいいですよね」
「それを言うなら、ボクもそうなんだけど……」
「あっ、そうでした」
 頷くと、栞ちゃんはボクの顔を覗き込んだ。
「そういえば、あゆさんは留年しないんですか?」
「うぐ……」
 あんまり考えないようにしてたのに……。
「もし留年したら、この緑のリボンあげますね」
 そう言って、制服を脱ぐ栞ちゃん。そういうことは笑顔で言わないで欲しいなぁ……。うぐぅ……。
 と、いきなり脱衣場の前ですごい音と悲鳴がした。
 どどどぉん
「うわぁ〜っ、漢の浪漫万歳〜っ!」
 ……な、なに、今の?
 ボク達が顔を見合わせていると、ノックの音がして、香里さんの声が聞こえた。
「あたしがちゃんと見張ってるから、安心してゆっくり暖まってらっしゃいね」
 ……なるほど。
「もう、祐一さんったら。言ってくれればちゃんと見せてあげても……。やだっ、私ったら……」
「うぐぅ、ボクだって……」
 ボク達はもう一度顔を見合わせて、思わず噴き出してた。
「あははっ」
「うふふっ」

 シャァーッ
 暖かいお湯を浴びながら、ボクは頭をプルプルッと振った。髪の毛の端からしぶきが飛んで、栞ちゃんが小さな悲鳴を上げる。
「きゃっ」
「あっ、ごめんなさい」
「いいえ、ちょっとびっくりしただけですから。……」
 不意に黙り込む栞ちゃん。ボクが振り返ると、じーっとボクの胸を見てる。
「な、なに?」
「やっぱり、おっきくなってないですか?」
「うぐぅ、それならいいんだけど……」
「うらやましいです。私、全然おっきくなってなくて……。ちゃんとマッサージもしてるんですけど」
「まっさーじ?」
「はい、こうやって……」
「……へぇ、そうするんだ。ボク全然そう言うこと知らないから……」
「これから覚えていけばいいんですよ、きっと」
「うん、そうだね。えっと、こうして……」
「やっ、私の胸でやらないでくださいっ」
「うぐぅ、だって……」
「えいっ、お返しですっ」
「うぐぅっ」
「わ、ふにふにしてますねっ。お姉ちゃんみたい」
「誰だってそうだよっ。ほら、栞ちゃんだって……」
「ああっ」
「あ、もしかしてちょっと気持ちよかった?」
「そんなこと言う人嫌いですっ!!」
「二人とも〜、あんまり入ってるとのぼせるわよ〜」
「は〜い」×2

 お風呂から出て(服は栞ちゃんのを借りた)、ボク達はリビングルームに入った。
「お、二人とも風呂上がりだなっ」
「……北川くん、どうして目の回りにあざがあるの?」
 ボクが訊ねると、ソファに座っていた北川くんは、明後日の方を見て口笛を吹いていた。
 栞ちゃんが辺りをキョロキョロ見回して、香里さんに訊ねる。
「あの、お姉ちゃん。祐一さんは?」
「私に祐一なんて弟はいらないわ」
 なぜか遠い目をする香里さん。
「わっ、それってひどいですっ」
 ……っていうことは、栞ちゃんと祐一くんが結婚することに香里さんは反対っていうことだねっ。
「ボクはそれがいいと思うよっ」
「あゆさんも嫌いですっ」
「それじゃ俺のことはお兄さんと……呼ばなくてもいいです、今は」
 ちなみに北川くんのセリフの途中で、香里さんが北川くんを睨んでいた。
 ボクは小声で栞ちゃんに囁いた。
「やっぱり、北川くんって香里さんに弱いんだね」
「そうですね。でも最後に小さく「今は」って付けた辺りに、かろうじて意地が見えますね」
 香里さんは、北川くんから視線を戻すと、肩をすくめた。
「相沢くんなら納屋で寝泊まりよ」
「それじゃどこかの法術使いですっ!」
 なんの話だろう?
 あ、それより祐一くんは?
 ボクの訴えるような視線に気付いたみたいで、香里さんはあごをしゃくった。
「相沢くんなら、まだ玄関よ」
 ええっ!?
 ボクと栞ちゃんは、慌ててリビングを飛び出すと、並んで玄関に走っていった。
「……えい」
 ずてん
「うぐぅっ」
 何かにつまずいたボクが、廊下にヘッドスライディングをしている間に、栞ちゃんが祐一くんに駆け寄る。
「祐一さん、大丈夫ですかっ!?」
「……カルパネムラくん、ぼくはどこまで行けばよいのだらう」
「ジョバンニくんですか?」
 うぐぅ、痛い……なんて言ってる場合じゃないよっ。
 ふくつうのとうしでボクが起き上がると、玄関のところで祐一くんががたがた震えていた。わ、唇が紫になってる。
「月宮さん、それを言うなら不屈の闘志よ」
「でも、相沢の方が腹痛で凍死しそうだな」
 後ろで香里さんと北川くんが言うのを聞き流して、ボクは祐一くんに駆け寄った。
「祐一くんっ……」
「えい」
 また何かにつまずいた。止まろうと思っても止まらないっ。
「わわわっっ!!」
 どしーん
 うぐぅ、頭の中で火花が散ったよ……。って、ええっ!?
 気がつくと、ボクが祐一くんを押し倒す格好になっていた。
「わっ、あゆさんそれはダメですっ!」
 慌ててボクの肩を掴んで引っ張り起こそうとする栞ちゃん。
 と、玄関のドアが開いて、栞ちゃんのお母さんが入ってこようとした。
「ただいま……」
 と言いかけて、ボク達に気が付いて立ちすくむ栞ちゃんのお母さん。
「……あの、あなた達、何をしてるの?」
「ボクにもよくわからないです……」

Fortsetzung folgt

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あとがき
 おかしいな。もともと前後編で納まるはずだったのに……。
 まぁ、これが伸びまくって全120話なんてことにはならないと思うけど……。……多分。

 とりあえず、「観鈴」「佳乃」「美凪」はATOKの辞書に登録しました。あと「往人」も。
 いや、ほら、人生何があるか判りませんし(笑)

PS
 佳乃シナリオ終わりました。……晴海ちんピンチ(爆笑)

 プールに行こう3 番外編3(中編) 00/9/8 Up

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