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それにしても……。
Fortsetzung folgt
ベッドに寝転がって、天井を見上げながら、心の中で呟く。
舞のことを考えていた。
あの、真琴が甦った時の、金色の少女。
昨日の夜、魔物に倒されていた時に、その少女の声が聞こえたような気がする。
あれは、只の幻聴だったのだろうか?
……こういうわけのわからないことは、天野に相談するに限る。……また天野に「相沢さんは私が何でも知ってると思ってませんか?」とか聞かれそうだけど。
と、ノックの音がした。
「……行くから」
舞だった。
「おう、俺も行くぞ」
声をかけて、俺はベッドから身を起こした。
玄関で靴を履いていると、後ろからとたたっと駆け寄ってくる軽い足音が聞こえた。
振り返ると、栞だった。
「祐一さん、どこかに行くんですか?」
「学校だ」
「今からですか? あ……」
栞は、既に玄関の外に立っている舞に気付いた。そして、ちょっとふくれる。
「私というものがありながら、川澄先輩とデートなんですか?」
「あのな……」
あれがデートだったらどんなに気楽なことか。
「そうじゃないって。実は……魔物退治なんだ」
嘘を言っても仕方ないので、本当のことを言う。
「魔物……ですか?」
思った通り、栞は疑わしそうな顔をする。俺はため息をついた。
「こんなのだっているんだ。魔物がいたって不思議はないだろ?」
“こんなの”というところで、腕を後ろに回して、耳を掴んで引っ張り出す。
「あうっ、いたいいたい祐一っ!」
悲鳴を上げる真琴を見て、栞は「それもそうですね」と頷いた。
俺はため息混じりに、じたばたする真琴に向かって言った。
「どうでもいいけどな、後ろからこっそり忍び寄るのは感心しないぞ」
「あうーっ、どうして判ったのぉ?」
「舞の視線で気がついた」
玄関の外にいる舞が、栞と話をしている途中で戻ってきたのだ。ところが、俺が来ないので戻ってきたと思いきや、俺ではなくその後ろをじーっと見ていたのでピンときたというわけだ。
「ま、そんなわけだから行ってくる」
「えっと……、よくわからないですけど、わかりました」
こくりと頷く栞に、真琴を預ける。
栞はぷいっとそっぽを向いた。
「これはいりません」
「あうーっ」
「まぁ、そう言わずに仲良くしてくれ。一応俺のいとこだし」
「そう言えばそうですね。それじゃ未来の小姑みたいなものですし……。判りました。“舅小姑賢くこなせ”ってやつですね」
頷くと、栞は真琴の頭を撫でた。
「あうーっ、真琴子供じゃないわようっ!」
「いいからいいから、お姉さんに任せなさい」
「いや、栞がお姉さん何て言うとすごく違和感があるぞ」
「そんなこと言う人は嫌いですっ」
「こんこんきつねさん……」
いかん、このままでは収拾がつかない。
「よし、それじゃ行くぞ舞っ」
俺はそう言って外に出ていった。
5分ほどして、俺は水瀬家に戻ってきた。
「舞、行かないのか?」
「こんこんきつねさん……」
「あうあうあう〜っ」
……なんか寂しい。
結局それから10分後、俺達は学校に向かっていた。
「ったく、魔物退治を忘れて遊びほうけるなんてなぁ」
「……反省してる」
どう見てもそうは見えない辺りが舞らしい。
「……早いところ、魔物退治を終わらせようぜ。そうしたら、いくらでも遊べるしな」
「……」
舞は頷くと、校舎を見上げた。
「……今日も出そうか?」
「わからない。でも……」
そのまま歩き出しながら、舞は呟いた。
「祐一がいると、魔物がざわめくから」
「そりゃ光栄だが……」
正直、ぞっとしないなぁ。
思わず身震いしながら、舞に続いて校舎の中に入る。
「でも、俺以外の人には反応しないのか?」
「……わからない」
首を振ると、舞は剣を右手に辺りを見回した。
と。
ピシッ
微かな音がした。
俺はそっちを見たけど、無論何も見えない。
「……舞」
「……」
舞の返事がない。ちらっと振り返ると、舞は俺に背を向けて身構えていた。……って、向こうにも出たのか!?
「まさか、一度に2体出ることがあるとはな」
「私も知らなかった」
そう言うと、舞の足が床を蹴った。
同時に、俺も駆け出す。
せめて、囮役くらいはやらないとな。
パシッ
微かな音がしたかと思うと、俺の背後で、天井の蛍光灯が次々と砕ける。
パンパンパンパンッ
魔物が間違いなく俺を追ってきていることが、蛍光灯が炸烈する音がどんどん近くなっていくことからも判る。
このままじゃ追いつかれるっ。
俺はとっさに踏みとどまり、右に飛んだ。
蛍光灯が割れるのがそのまま行きすぎ……止まった。
引き返して来るっ!
慌てて、元来た廊下を、蛍光灯の破片を踏みしめながら走った。
元いた場所まで戻ったが、舞の姿はそこにはなかった。向こうも戦いながら移動したのだろうか?
舞がここにいることをあてにしていた俺は、思わず狼狽えながら、その場を駆け抜けた。
なにしろ、俺ではどうしようもないのだから。
だが、ひたすら走る俺の前に、舞は姿を見せてくれなかった。
バァン
目の前にあった鋼鉄製のドアを開け放ち、その外に転がり出て、俺は初めて自分が屋上に来ていることに気付いた。
そして、退路が既にないことにも。
満月が辺りを青く照らし出している。
と、不意に閉まりかけていたドアが、バァンと音を立てて開いた。だが、そのドアを開いたものは目には見えない。
魔物の登場、ってわけだ。
俺は左右を見回したが、屋上には武器代わりになりそうな棒切れ一つ落ちてなかった。
「……くそ、これまで、ってことか?」
そう呟いて、俺は本能的に右に飛んだ。そのままコンクリートの上を転がる。
ガッシャァン
派手な音がして、俺の背後にあったフェンスに大きな穴が空く。
一瞬、それに気を取られたのが命取りだった。
次の瞬間、俺の身体は空を飛び、そのままコンクリートに叩き付けられていた。
「ぐはっ……」
肺の中にあった空気が無理矢理押し出され、俺は身動きできなかった。
どうやら、これまでのようだった。
なら、それから目をそらすよりは、自分の目で見据えてやりたかった。……それが目に見えないものだとしても。
だが。
「祐一っ!!」
ガキィッ
フェンスから飛び降りてきた少女が、そのまま勢いよく“魔物”に体当たりしていた。そして、反動ではじき飛ばされるが、魔物の攻撃も俺をかすめて背後に通り抜けていった。
「祐一、大丈夫っ!?」
はじき飛ばされた少女が素早く飛び起きた。
ぴょんと跳びだした大きな耳と、ふさふさな尻尾。
「ま、真琴?」
「真琴が来たからには、もう大丈夫だよっ!」
そこにいるのは、どう見ても真琴だった。俺に笑顔を見せてから、視線を移して、あらぬ方向に威嚇の唸りを上げる。
「祐一に怪我させようなんて許さないわようっ!」
……あんまり迫力ないのは気のせいか?
と、バァンとドアが開き、舞が出てきた。そのままこっちを見ると、駆け寄って来る。
「よく持ちこたえた」
俺にそう声をかけると、そのまま疾駆しつつ、剣を薙ぐ。
ズバァッ
何かが裂けるような音がして、静かになった。
「……やったか?」
ようやく身体が動かせるようになった俺が、上半身を起こしながら訊ねると、剣を振り切った姿勢のまま固まっていた舞が、ゆっくりとこちらを見た。
「……」
こくりと頷く。
「よっしゃ! やったな、舞」
「祐一っ、真琴も誉めてっ」
えへんと胸を張る真琴。俺はその頭をぐしぐしと撫でてやりながら、訊ねた。
「で、どうしてここに?」
「うん、あのね……。あっ」
不意に声を上げると、真琴は屋上の縁まで走っていき、下を見下ろした。それから手を振ったりしている。
俺もその脇まで行って見下ろしてみると、中庭に人影がある。
「……あれ、栞か?」
「うん。祐一のこと追いかけてきたんだよ」
もう一度えへんと胸を張る真琴。
俺は、まさかと思いながら訊ねる。
「なぁ、真琴。ここまで、もしかして……」
「うん、壁をよじ登ってきた」
平然と答える真琴。
「人間の手ってこういうとき便利だねっ」
「……いや、助かったから何も言わないけどな」
ため息を付きながら、俺は振り返った。
「それじゃ、今日はもう……。舞?」
舞の様子がおかしかった。
「どうした、舞?」
「……なんでも、ない」
舞は首を振り、そしてゆっくりと倒れかかった。
「舞!」
慌ててそれを支える俺。
カラン
剣がその手を滑り落ちて、コンクリートを叩いた。
「なになに、どうしたのっ!?」
慌てて真琴が駆け寄ってくる。
「わからん。とにかく俺が背負って降りるから、お前支えてくれ」
「う、うん」
こくこくと頷く真琴。
俺達は、屋上を後にした。
「祐一さんっ! ……川澄先輩に何かあったんですかっ!?」
中庭で待っていた栞が駆け寄ってくる。
「わからん。とにかく一旦家に戻ろう」
「……祐一」
不意に、背中で舞が言った。
「どうした、舞? どこが痛いんだ?」
「……牛丼食べたい」
ごつん
思わず舞に頭突きを食らわしてしまった。
「……痛い、祐一」
「とにかく、家に帰るぞ」
「牛丼……」
「帰ったら秋子さんに死ぬほど食わせてもらえっ」
「……」
こくりと頷くと、舞は目を閉じた。
栞がその顔をのぞき込み、額に手を当てる。
「えっと……熱はないですし、見たところ怪我も無いようですけど、早く連れて帰った方が良さそうですね」
「そうだな、急ぐぞ。真琴、お前足早いだろ。先に帰って、秋子さんに知らせてくれ」
「うん」
俺の声がせっぱ詰まっていたせいか、真琴も素直に頷くと、そのまま走っていった。
「……とりあえず、今は眠ってるわ」
秋子さんが、真琴の部屋のドアを閉めると、廊下で待っていた俺達に言った。
「何か判りました?」
「……」
秋子さんは、珍しく一瞬言いよどむと、首を振った。
「私もお医者様じゃないから判らないけれど……。でも、左腕が動かなくなってきてるみたいなのよ」
「左腕が?」
「本人は何も言わないんだけど……」
「それじゃ、すぐに医者に……」
「待って」
今にも電話のところに行こうとした俺を、秋子さんは止めた。それから、真琴に視線を向ける。
「真琴、教えて欲しいの。祐一さんを襲っていた“魔物”を、真琴は見たのね?」
「……うん」
真琴はこくりと頷いた。
って、“見た”?
「真琴、お前、魔物を見たのか? 本当に?」
「うん。だから、とっさに体当たりできたの」
確かに、見えなきゃ出来ないだろうし。
「どんな姿だったの?」
その秋子さんの質問に、真琴は答えた。
「小さな女の子だったよ。これくらいの、長い黒髪の女の子」
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あとがき
あゆの話を放り投げたようにして、舞編に突入してますねぇ。どうしたんでしょ、一体?(笑)
プールに行こう3 Episode 47 00/8/20 Up