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翌朝。
Fortsetzung folgt
「朝ですよ。起きてください」
ゆさゆさと揺さぶられて、俺は目を開けた。
白い天井をバックに、栞が笑顔で俺を覗き込んでいた。
「……あれ?」
「おはようございます、祐一さん」
にっこり笑う栞。
俺はベッドから身体を起こした。
「……なんで、栞がここにいるんだ?」
「ご主人様を起こすのは妻の務めですから」
しれっと言う栞。俺は慌ててベッドから飛び起きた。
「きゃっ」
小さな悲鳴を上げると、栞は胸に手を置いて深呼吸した。
「びっくりしました〜。あまり脅かさないでください」
「その前に、誰が妻だ、誰が?」
「冗談です」
にこっと微笑む。
「でも、こういうの、夢だったんですよ」
「……さて、学校に行くか」
「わっ、無視しないでください」
と、いきなりノックもなしにドアが開いた。
「祐一ーっ、おはよ……」
飛び込んで来かけた真琴が、栞に気付いて急停止する。
「あーーっ、しおしおっ! 祐一のところでなにしてるのようっ!」
「そんなしなびそうな呼び方嫌いです」
ぷいっとそっぽを向く栞。
「それに、私が祐一さんのところで何しててもいいじゃないですか」
「よくないわようっ! 祐一は真琴のなんだからっ」
真琴はピョンと跳んでくると、俺の腕にしがみついた。
「わっ、こら」
「真琴さん、祐一さんが迷惑してるじゃないですかっ」
「してないもんっ。ねぇ祐一、いつものあれしよっ」
そう言って、顔を近づけてくる真琴。
「わわっ! ゆ、祐一さん、いつもそんなことしてるんですかっ!?」
「いや、それはだな、こいつが勝手に……」
と、その時、不意に枕元で目覚ましが鳴り出した。
『朝〜、朝だよ〜。朝ご飯食べて学校行くよ〜』
「……」
俺達は顔を見合わせ、ぷっと噴き出した。
「あはははっ」
「ふふふふ」
名雪の気が抜けそうな声も、役に立つことはあるものだ。……と思ってたら、壁の向こうで名雪がくしゃみをするのが聞こえた。
ひとしきり笑った後、栞が立ち上がった。
「それじゃ、私制服に着替えてきますね」
「あ、真琴も着替えなくちゃ」
そう言って真琴も立ち上がった。それから俺をちらっと見たが、俺も隙を見せないように注意していたので、そのまま部屋を出ていく。
「栞っ、後で決着付けるからねっ」
「望むところです」
真琴とすれ違いざまにそう答えてから、栞は唇に指を当てて悪戯っぽく笑った。
「意地悪なライバルと恋人を取り合うって、かっこいいですよね」
「……そうか?」
「かっこいいんですっ」
拗ねるような表情で、そしてすぐに微笑む。
「これからは思う存分甘えますから」
「……ほどほどにしてくれ」
「うふふっ」
笑ってドアを閉める栞。
静かになった部屋の中で、俺は本気でえいえんのせかいに旅立とうかと思った。
とりあえずいつものように名雪を叩き起こしてから、1階のダイニングに入ると、既に他の3人は制服姿でテーブルを囲んでいた。
俺の姿を見て、一瞬視線を交わす栞と真琴。と、その間隙を付くように秋子さんが静かに言った。
「おはようございます、祐一さん」
「あ」
同時に声を漏らす栞と真琴。察するに、どっちが先に俺に声を掛けるかで牽制しあってる間に、秋子さんに出し抜かれたということらしい。
「名雪はまだ寝てますか?」
そんな水面下の神経戦など知らぬ気に、俺に訊ねる秋子さん。
「一応、起こしてきましたけど」
「ごめんなさいね、毎朝」
「いえ」
首を振って席に着くと、栞がすっと立ち上がる。
「あ、コーヒー入れますね」
「真琴も入れるっ!」
慌てて真琴も立ち上がると、栞の後を追いかけてキッチンに入ろうとする。
「朝から2杯もいらんわっ!」
慌てて尻尾を掴んで止めると、真琴は「あうーっ」と俺を振り返った。
「だって、真琴も……」
「いいから座ってろ」
「だったら、キスしてっ」
「どうしてすぐにそっちに行くっ!?」
「だってぇ……」
と、そこに戻ってきた栞が、俺の前にコーヒーカップを置きながら言った。
「やっぱり女の子はおしとやかな方がいいですよね、祐一さん」
「まぁ、それはそうかもな」
「ふふっ」
笑って自分の席に戻ろうとした栞が、いきなりすてんと転んだ。
ずべん
「あう……」
「えっへへ〜」
してやったりと笑う真琴に、起き上がった栞が顔を真っ赤にして猛然と抗議する。
「なにするんですかっ!?」
「なにようっ!」
「これですっ!」
足下から拾い上げたのは、バナナの皮だった。そう言われてみると、自分の前にもバナナが置いてある。
「これ置いたの真琴さんでしょっ!」
「どこにそんな証拠があるのようっ!」
「真琴さん以外、まだ誰もバナナは食べてないじゃないですかっ!」
テーブルの上を指す栞。確かに、真琴の前だけバナナがない。
「あ……」
しまった、という顔になる真琴。
秋子さんが、やんわりと言う。
「真琴。食べ物で悪戯しちゃだめでしょう?」
「あう……」
「ほら、ちゃんと栞ちゃんに謝りなさい」
「……ごめん」
さすがに秋子さんには逆らえないらしく、真琴はしぶしぶ栞に謝った。
「栞ちゃんも、ごめんなさいね」
「……はい」
栞の方も、秋子さんにまで謝られては、翳した矛を収めざるを得ない、という風で、元の席に戻った。さすが秋子さんである。
しかし、これから毎日こんなんじゃ、秋子さんも大変だろうなぁ。
「でも、賑やかで嬉しいわ」
……マジですか?
と、今までの騒ぎも素知らぬ風で黙々と食べていた舞が、最後にバナナを口に放り込んで立ち上がった。
「あら、舞さん、もういいの?」
「ほうひひ」
「飲み込んでからしゃべれっ!」
俺がツッコミを入れると、舞はこくりと頷いて、もぐもぐと口を動かした。
まぁ、『もういい』って言おうとしたんだろうけど。
そこに制服に着替えた名雪が入ってきた。
「おはようございます……」
やっぱり眠そうだった。
「……あ、祐一」
初めて俺がいることに気付いたように、俺の名を呼ぶ。
「あの人形だけど、もうちょっと待ってね。材料がちょっと足りなかったから、放課後買ってくるよ」
「ああ。悪いな」
「でも、栞ちゃんや真琴も手伝ってくれたから、思ったよりも早くできそうだよ」
名雪の言葉に胸を張る2人。
「……」
「祐一さん、何か言いたいことがあるんですか?」
俺の視線に気付いたらしく、栞がぷっと膨れて言う。
「……ふっ」
「なんですかっ、その意味深な『ふっ』は?」
「ふっ」
「……祐一さん、嫌いです」
拗ねる栞。
「じゃあ、真琴が祐一もらうねっ」
「わっ! それはダメですっ」
「どうしてよっ。栞は嫌いなんでしょっ!」
「嫌いだけどいいんですっ!」
「なによそれっ、わけわかんないわようっ」
と、今までもぐもぐと口を動かしていた舞が、ごくりとそれを飲み込んで言った。
「もういい」
「遅いわぁっ!」
俺達がそんな漫才をしている間、名雪はというと……。
「……うにゅ、けろぴー」
やっぱり夢の中だった。
その後、名雪を再度叩き起こしたりしてる間に、時間はいつも通りのデンジャーゾーンに突入していた。
「こんな時間ですけど……」
腕時計に目を走らせて、不安そうに言う栞。
俺はふっと笑った。
「大丈夫。俺は慣れてる」
「でも……」
「さらに、だ」
俺は、ざっと右手を振った。
「紹介しよう。陸上部の部長に、スポーツ万能少女に、元狐だ」
「……もしかして、遠回しに、私が足手まといだって言ってます?」
拗ねた顔をする栞。
「病み上がりの美少女に対してあんまりです」
「自分で美少女言うなっ」
「祐一〜、漫才してる場合じゃないよ〜」
あまり切迫感のない声で言う名雪。
「確かにそうだな。んじゃ栞のペースに合わせて行こうか」
「そんなこと言う人は嫌いです〜」
栞の悲鳴のような声を号砲に、俺達は駆け出していた。
「はぁはぁはぁ……」
俺は荒い息を付きながら、通学路を走っていた。
「頑張ってくださいね」
耳元で声がする。
「……はぁ、はぁ」
返事をする気力もなかった。
案の定、走り出して3分もたたないうちに息切れした栞を、今度は俺が背負って走る羽目になっていた。
「大丈夫、祐一?」
俺の鞄を持って隣を走っている名雪が、俺の顔を覗き込んだ。
「代わってあげようか?」
陸上部の部長とはいえ、女の子に代わってもらったりしては、相沢祐一末代までの恥である。俺にも世間体というものはあるのだ。
……朝から女の子を背負って走っている時点で、既に世間体など無いというツッコミは辞退させてもらおう。
とりあえず名雪の申し出には首を振って、俺は走り続けた。
まぁ、栞が標準的な女の子よりは軽いというのが不幸中の幸いである。
と、俺の背で栞が声をあげた。
「あっ、お姉ちゃん!」
前に見える校門の傍らに、香里と佐祐理さんが何か話をしながら立っているのが見えた。俺達はそこに向かって駆け込んでいった。
「到着ですっ」
俺の背中から滑り降りると、栞は香里に声をかけた。
「おはようございます」
「……おはよう、栞」
呆れたような顔で、香里は膝に手をついてぜいぜいと息をしている俺と、満面の笑みを浮かべた栞とを見比べた。
「栞、朝からあまり恥ずかしいことしないでよね」
「わっ、お姉ちゃんひどいですっ」
佐祐理さんはというと、舞と楽しそうに会話を交わしていた。
「おはよう、舞。昨日もちゃんと祐一さんに甘えたの?」
「そんなことしてない」
「だめだよ、そんなんじゃ〜」
……何も言うまい。
俺はとぼとぼと教室に向かって歩き出した。
「あっ、祐一っ」
真琴がぱたぱたと追いかけてきた。
「なんだ、まこ……」
ちゅっ
振り返りざまに、俺の唇が真琴の唇で塞がれた。
「こ、こらっ、真琴っ!」
「えっへへ〜。じゃあ、後でね〜っ」
俺の拳をかいくぐり、そのまま脱兎のごとく昇降口の方に走っていく真琴。
「……やれやれ」
ため息をついて、俺はふと、背後の気配に気付いて振り返る。
「祐一さん、ひどいですっ」
「これは舞も負けてられませんよ〜」
「相沢くん、どういうつもりなのかしら?」
「うにゅ……けろぴー……」
結局、俺達は遅刻する羽目になった。
「なぜだーっ!?」
「自業自得よ」
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あとがき
プール3のTimetableです。
日曜日(Episode1)
・一同プールに行く
月曜日(Episode2〜8)
・天野、真琴の正体を語る
火曜日(Episode9〜17)
・大雪のため臨時休校。一同、雪合戦に興じる
水曜日(Episode17〜23)
・大雪のため臨時休校。真琴の消滅と復活
木曜日(Episode24〜30)
・栞、倒れる。祐一、狐の秘薬で栞を助ける
金曜日(Episode30〜33)
・祐一、皆に奢る。祐一とあゆ、一緒にシャワー
土曜日
日曜日
月曜日(Episode34〜35)
・栞と祐一、あゆの病室を発見する
火曜日(Episode35〜38)
・名雪、祐一の力になると約束する
水曜日(Episode38〜42)
・あゆ消滅。祐一、全てを思い出す
木曜日(Episode42〜44)
・人形探索
金曜日(Episode45〜48)
土曜日(Episode49〜51)
日曜日(Episode52〜54)
月曜日(Episode55〜)
見ての通り、土日の記述がぽかっと抜けてますが、それは、Episode33のラストを見れば判るとおり、祐一が風邪で週末の間ダウンしてたせいです。
……まぁ、あんまり厳密には考えないでください(笑)
プールに行こう3 Episode 45 00/8/16 Up