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どれくらいそうして立ち尽くしていただろうか。
Fortsetzung folgt
「祐一……」
後ろから、名雪の声がした。
「……」
俺は、返事をせずに、そのまま、あゆが消えた方を見つめていた。
「……そっか……。やっぱり、祐一……」
寂しそうな声。
「やっぱり、あゆちゃんのことが……。……ごめんね」
そして、ゆっくりと、雪を踏みしめる音が遠ざかっていく。
「……待ってくれ」
「えっ?」
振り返ろうとする名雪を、俺は後ろから抱きしめていた。
「ゆ、祐一?」
戸惑ったような声を上げる名雪の身体を、さらに力を込めて抱きしめる。
「……悪い」
「……ほんと、だよ」
抵抗する様子もなく、でもこちらを見ようともせず、名雪は呟いた。
「わたしは……あゆちゃんじゃないよ」
「……」
「……約束は、したけど。そばにいてあげるって……約束したけど……」
その身体が震えている。
「もう……限界」
「名雪……」
「わたしは、あゆちゃんの代わりじゃないよっ!!」
バッ
俺の腕を振り解き、名雪はそのまま木の間をすり抜け、闇の中に飲み込まれるように消えていった。雪を踏みしめる足音が小さくなり、そして消えた。
だけど、俺の目は、それを無感動に見送るだけだった。
ただ、胸の中にぽっかりと開いた喪失感。
ゆっくりと、雪を踏みしめて、切り株の所に戻ると、その上に積もった雪を払いのけもせず、そのまま座る。
冷たいはずの雪の感触も感じられず、そしてゆっくりと、周囲の音が消えていく……。
ゆっくりと目を開ける。
森の開けた場所の、その中心にある、大きな樹。
その枝の上に、あゆの姿があった。
いつものように、ちょこんと枝に座って、街の風景を眺めていた。
だけど……、
その時、風が吹いた。
頭上にぽっかりと空いた空は、青空だった。
そして、それをバックにした、見慣れたいとこの少女の顔。
「……なゆき?」
切り株の上に仰向けに横たわっている俺の上にかがみ込むようにして目を閉じているのは、間違いなく、あの時暗闇の中に消えていったはずの名雪だった。
起き上がろうとして、俺の身体の上に名雪のコートが掛けられているのに気付く。
それじゃ、名雪は……?
「名雪っ!」
俺は慌てて跳ね起きた。凍り付いていた名雪のコートが、俺の動きにつれてパキパキと音を立てながら形を崩し、地面に落ちる。
切り株の上に座り、ちょうど俺をひざまくらするような格好のまま、名雪は動かなかった。
俺はその肩を掴んだ。
その瞬間、俺の脳裏を掠めたヴィジョン。
それは、7年前、この同じ場所で起こった出来事だった……。
ザワッ
地面に横たわるものは、少女の体。
枝に積もっていた雪が、ぱらぱらと少女の上に舞い落ちる。
少女は動かない。
少女は眠っていた。
雪を枕にするように、仰向けに、手足を投げ出して眠っていた。
ついさっきまであれだけ元気だったのに、今は穏やかに眠っている。
木霊のように響いていた少女の声も、今は聞こえない。
耳鳴りのするような静寂の中で、あゆが雪のベッドで眠っている。
ただ、それだけ。
赤い、雪の上で。
夕焼けに染まる雲のように、
真っ白だった雪が、赤に変わる…。
赤。
白黒だったはずの風景が、赤一色に染まっていく…。
風が木を揺する音に、我に返る。
目の前には、白い雪をバックに、微動だにしない名雪の姿。まるであの時のあゆのように、ただ眠っているように……。
「……そんな。お、おい、名雪っ!!」
俺は、肩を掴んだ手で名雪の身体を揺さぶった。
「名雪っ! こら、おいっ! しっかりしろっ!!」
「……」
俺が揺らすたびに、凍り付いた名雪の髪がぶつかり合って、シャリシャリと音を立てる。
「……馬鹿野郎っ! 何を考えてるんだよ、お前はっ!! こら、寝てないで起きろっ! 起きろってばっ!!」
さらに揺さぶるが、名雪は動かなかった。
「……馬鹿……」
そのまま、俺は名雪を抱きしめた。
目から熱いものがあふれ出す。
また、同じ事なのか……?
俺は、また何も出来ないのか……?
名雪、約束したはずだろ? そばにいてくれるって……。
その時初めて、俺は気が付いた。
名雪が、いつもそばにいてくれたことに。
涙が止まらない。
ぽたぽたと、頬を伝い、白い雪の上に落ちていく。
涙で全てが滲んでいく……。
ただ、腕の中の冷たい身体だけが、名雪の存在を示しているようで、俺はそれにすがりつくように強く抱きしめていた。
なぁ、名雪。
寝てるだけなんだろ?
また、いつもみたいに寝言を言ってくれよ。
なぁ……。
「……うにょ、けろぴー……」
「そうだよ、またけろぴーって……。え?」
俺は、名雪を抱いていた手をゆるめた。
「名雪?」
名雪は、ゆっくりと目を開けた。
「……あれ、祐一?」
きょろきょろと辺りを見回してから、驚いたように目を丸くする。
「わっ、ここどこ?」
「……森の中だが……」
「……あ、そうか」
ようやく思い出したように、名雪は一つ頷くと、不意に俺の顔を覗き込んだ。
「……祐一、泣いてるの?」
「えっ? あ、これは……」
俺は慌てて顔を袖で拭った。
「その、心の汗ってやつだ」
「そうなんだ」
名雪はくすっと笑うと、地面に落ちていたコートを拾い上げた。
「わ、凍ってる」
「……お互い、よく生きてるな」
袖で顔を拭った時、自分の服もあちこち凍っているのに初めて気付いて、俺は白いため息を吐いた。それから、その氷を手で払い落としながら訊ねる。
「で、名雪は帰ったんじゃなかったのか?」
「……うん」
名雪は、コートを叩いて氷を落としてから羽織ると、切り株に座り直した。
「一度は帰ろうと思って、森の外まで出たんだよ」
「それじゃ……」
「でもね……」
俺を見上げて、名雪は微笑んだ。。
「帰れなかったよ」
「……」
「それだけだよ」
「……そっか」
「でも、戻ってきてみたら祐一寝てるし、連れて帰ろうかと思ったけど、そうしたら祐一怒るかなって思って……」
「それで、あれか?」
俺が言うと、名雪はかぁっと赤くなって俯いた。
「えっと……、うん」
やれやれだ。
「とにかく、帰るぞ。秋子さんも心配してるだろうしな」
「あ、うん」
頷く名雪。
俺は、そこではたと気付いた。
冷静に考えてみると、俺と名雪が2人で出ていって、そのまま外泊して朝帰り、というシチュエーションである。
「……これって思い切り誤解されそうだ」
「?」
頭を抱える俺と、それをにこにこしながら眺める名雪を、朝日が柔らかく包んでいた。
「……朝日って、白いんだな」
「えっ?」
「なんでもねぇよ……」
「……ただいま」
「ただいま〜」
「わっ! 名雪、声がでかいっ」
「でも、家に帰ってきたら、ただいま、だよ」
すっかり太陽が高くなった頃、ようやく帰り着いた水瀬家の玄関でそんな会話を交わしていると、秋子さんがキッチンから顔を出した。
「あら、お帰りなさい、二人とも」
「あっ、お母さん、おはよう」
「おはよう、名雪。祐一さんも、おはようございます」
秋子さんはいつものペースだった。どう考えても外泊してきた年頃の娘を出迎える母親とは思えない。
「おおお、おはようございます秋子さんっ、えっと、その、本日はお日柄もよろしくっ」
俺はというと、年頃の娘と外泊した後、その娘を送っていったらその母親と鉢合わせした間の悪い男そのものだった。
「朝ご飯出来てるわよ。食べる?」
「あ、うん。真琴や川澄先輩は?」
「もう学校に行ったわよ。とりあえず顔を洗って着替えていらっしゃい」
「うん」
そう言って、名雪はとたたっと自分の部屋に戻っていった。
それを見送ってから、秋子さんは俺に視線を向けた。
「祐一さん」
「は、はい」
名雪と外泊したことについての説明を求められるだろうと思った俺に、秋子さんは思わぬことを訊ねた。
「思い出しましたか?」
「……」
そう。
俺はすべてを思い出していた。
「……ええ。あゆが樹から落ちたことまで」
「そうですか……」
秋子さんは頷くと、俺に言った。
「とりあえず、玄関先で話をするのも何ですし、こちらに来てください」
7年前。
俺がこの街にいられる最後の日。
あゆと一緒に過ごせる最後の日。
俺は、あゆにプレゼントしようと思って、赤いカチューシャを買った。
それから、あの『学校』に向かった。
あゆは、もう『学校』に来ていた。いつものように、枝の上で、夕焼けに染まる街を眺めていた。
そして、あゆが俺に気付いて声を掛けようとしたその時、強い風が吹いた……。
「……あのとき、俺は逃げ出したんです」
ダイニングで秋子さんに説明していた俺は、そうやって言葉を結んだ。
時間は、すでに1時間目が始まろうとしている頃。
「それは、仕方ありませんよ。祐一さんはまだ小学生でしたし、突然のことでパニックになってしまったんでしょう」
コト、と俺の前にパンを乗せた皿を置いて、秋子さんは頷いた。
「飲み物は、コーヒーでいいですか?」
「すみません」
「過去のことをとやかく言っても仕方ないですよ。それよりも、これからのことです」
秋子さんはキッチンに戻りながらそう言った。
「……これから、ですか?」
「ええ」
キッチンから、湯気の立つマグカップを片手に出てきた秋子さんは、それを俺の前に置きながら言った。
「これから、どうするつもりですか?」
「……あいつは、人形を探してました。俺も、それを探してみようと思ってます」
「人形を?」
「ええ。場所もだいたいわかってますし」
「……そうね」
秋子さんは頷くと、俺に視線を向けた。
「ひとつだけ、いいかしら」
「なんですか?」
聞き返した俺に、秋子さんは静かに言った。
「……祐一さんがあゆちゃんの事を心配して、大事に思っているのと同じくらい、名雪や、他のみんなも、祐一さんのことを心配して、大事に思っているわ。それだけは、忘れないでいて欲しいの」
俺は、虚を突かれた思いだった。
「……すみません」
「謝らなくてもいいのよ。ただ、心のどこかに留めておいてくれれば。……ごめんなさいね、差し出がましい口を聞いてしまって」
そう言うと、秋子さんは静かに呟いた。
「やっぱり、娘には甘くなってしまいますね……」
ちょうどそのとき、制服に着替えた名雪が入ってきた。
「おはよう……ご……くー……」
そのまま壁にもたれかかって眠ってしまう。
「……しょうがないわね。名雪は私が起こしておきますから、先に学校に行ってください」
秋子さんが苦笑する。
俺は熱いコーヒーを口の中に流し込むと、答えた。
「名雪には昨日付き合ってもらいましたから、今日は俺が付き合いますよ」
「……」
秋子さんは「そうですか」と頷くと、席を立った。
「それじゃ、名雪のことは祐一さんにお願いしますね。私は仕事に出かけますから」
「あ、はい」
俺は頷いた。
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あとがき
現在、8月13日午前6時半。有明に向かう列車の中でこれを書いています。眠いです。
(時間の経過を示す空白)
というわけで、コミケから帰ってきました〜。
わざわざブースまで来てくださった皆さま、ありがとうございます&疲れてたせいでちゃんと受け答えできずにごめんなさいでした。
普段引きこもってSSばかり書いてる自分としては、ああいう場所で直接自分たちの作ったものを消費してくれる人たちを見ることが出来るのは、貴重な体験でした。インターネットだと、どうしてもそうはいきませんし。
ともあれ、祭りは終わり、普通の日々が再び始まる……などとちょっとセンチメンタルな気分です(笑)
プールに行こう3 Episode 42 00/8/13 Up 00/8/16 Update