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「とりあえず、病室で立ち話するのもなんですから、私の部屋に来てもらえますか?」
Fortsetzung folgt
鹿沼さん(鹿沼先生とか鹿沼医師とか呼ぶべきかな、とも思うけど、そう呼ぶには若いような気がした)は、そう言うと、病室を出た。それから振り返る。
「美坂さんも来てもいいですよ。巳間先生の許可は得てますから」
「あっ、はい。すみません」
栞はこくりと頷いて身体を起こした。何となくそれを見下ろす格好になった俺は呟いた。
「お、今日もノーブラか」
「わっ! な、なんてこと言うんですかっ!」
かぁっと真っ赤になって、慌てて胸を押さえる栞。
「そんなこと言う人は大嫌いですっ」
「相沢くん、運がいいわね。ここは病院だからすぐに手当てしてもらえるわよ」
香里がじろっと俺を見る。
「ま、待て香里。病院で騒いじゃいけないんだぞ」
「大丈夫よ。すぐ済むから」
うぉ、香里の目がオレンジ色にっ!
俺は爽やかに言った。
「さて、それじゃ行こうか」
香里は名雪に尋ねた。
「やっちゃってもいい?」
名雪は1秒で答えた。
「了承だよ」
「いつつ……」
「大丈夫ですか?」
外科に寄る羽目になった俺は、一通りの治療が終わってから、栞と一緒に鹿沼さんの部屋に向かっていた。他の連中は無情にもさっさと先に鹿沼さんと一緒に行ってしまったのだ。
「くそ、香里のやつ……」
「お姉ちゃんは悪くないですよ。祐一さんが馬鹿なことばっかり言うからです」
そう言いながら、栞は俺を見上げた。
「祐一さん、ごめんなさい」
「ん?」
「私、祐一さんに、二人だけの秘密にするって約束したのに、お姉ちゃんに話してしまいました」
栞はそう言うと俯いた。
俺はその頭にぽんと手を置いた。
「まぁ、いいって。俺だって結局みんなにしゃべったんだし。それに、そもそも栞に、香里に隠し事をしろっていうのは酷だったしな」
「とっても苦しかったです」
胸に手を置いて言うと、栞は今度は笑みを浮かべて俺を見た。
「ちゃんと責任取ってくださいね」
「……何の責任だ、何の?」
「……何でしょう?」
くすっと笑ってから、栞は俺にそっと身体を寄せた。
「栞?」
「やっぱり、祐一さんは強いですよ……」
「んなことねぇよ。名雪や他のみんながいてくれたおかげだ」
「……ちょっと、悔しいです」
そう言うと、栞は俺の制服の裾をきゅっと握った。
「私も、祐一さんの力になりたかったです」
栞の頭に置いたままだった手で、柔らかな髪をちょっと乱暴にくしゃっとかき回す。
「わわっ、なんですかっ?」
「栞だって、十分よくやってくれてるって」
「そうですか?」
「ああ」
俺は頷いた。栞は嬉しそうに微笑んだ。
「それなら、いいです」
『鹿沼葉子』のプレートが張ってある部屋のドアの前に立って、ノックをしようとした瞬間、いきなりドアが内側から勢いよく開いた。
ドカッ
もろに顔面からドアに激突する形になった俺が思わず鼻を押さえて蹲っていると、栞の声が聞こえた。
「あゆさんっ?」
そして、パタパタッと遠ざかっていく足音。
続いて別の足音が部屋の中からいくつか飛び出してくる。
「あゆちゃん……。あれ、祐一?」
あまり緊迫感の無いいとこの声に、俺はやっと顔を上げた。
「いつつ……。今の、あゆか?」
「うん。あ、大変だよ。あゆちゃん飛び出して行っちゃったんだよ」
「……は?」
「名雪っ、なにしてんのようっ……。あっ、祐一っ」
真琴が廊下の向こうから駆け戻ってくると、初めて俺に気付いたように屈み込む。
「どうしたの? 痛いの?」
「あ、祐一さんは私が見てますから、お構いなく」
栞が横合いから口を挟むと、真琴がむっとして栞を見る。
「なにようっ。祐一は真琴が見るのっ」
「それよりあゆちゃんだよっ」
2人の間に一瞬で張りつめた緊張の糸をあっさり大切断して名雪が言った。この絶妙のタイミング、さすが秋子さんの娘だ……なんて感心している場合じゃない。
「だから、あゆがどうしたって……?」
「それは私が説明しておくから、2人は早くあゆちゃんを追いかけなさいよ」
部屋の中から呆れたような香里の声がした。
「あ、そうだね。それじゃ香里、後はお願い。真琴、行くよ〜」
気の抜けた声と共に名雪が駆け出す。
「あっ。えっとえっと、あうーっ!!」
一瞬俺と名雪の間をきょろきょろと見比べてから、真琴は半泣きのような声を上げながら名雪の後を追いかけていった。
俺は鼻を押さえたままで、部屋の中を覗き込んだ。
部屋の中は、ぱっと見、かなりの広さがあった。病院の一室というよりも、ドラマなんかで見る弁護士事務所のオフィスって感じだ。
衝立で仕切られていて奧の方は見えないが、手前側には立派な革張りのソファとテーブルがあり、天野と鹿沼さんが落ち着き払ってお茶を飲んでいた。
俺がわけがわからずに立っていると、鹿沼さんがティーカップを皿に置いて、俺に視線を向けた。
「相沢さん、美坂さんも、どうぞお座りください」
「あ、ああ……」
「すみません」
俺と栞は促されるまま、座った。
「相沢さん、私の膝の上に座らないでください」
……天野の声は思い切り冷たかった。
「祐一さん、そんなことする人は嫌いですよっ」
「相沢くん、あんまり馬鹿なことをやらないでよね」
美坂姉妹にもけなされたので、俺は改めてソファに座り直した。それから訊ねる。
「で、何があったんだ?」
「ただ、私が一つ、月宮さんに質問をしただけです」
鹿沼さんが静かに言った。
「質問? どんな質問を?」
聞き返した俺に、鹿沼さんは答えた。
「あなたの家はどこですか? と」
あゆの……家?
天野が呟くように言った。
「あゆさんは、最初はすぐに答えようとしてました。でも、答えられなかった……。そして、そのこと……自分の家がどこにあるか判らないことに驚いて、そして混乱して……」
「飛び出して行っちまった、と。でも、なんでだ?」
「相沢くんは、月宮さんの家、知ってるの?」
香里に聞かれて、俺は少し考え、首を振った。
「……いや、知らない」
「名雪も知らないって言ってたわ。でも、妙だと思わない?」
「全然。俺は名雪の家以外、どこも知らないぞ」
「そうじゃなくて、月宮さんが自分の家を知らないってことよ。今は名雪の家に泊まってるけど、それじゃ、それまではどうしてたのよ?」
「そりゃ自分の家に……、あれ?」
「あゆさんは、自分がどこに住んでいるのか知られたくない、とか?」
栞が言った。そして付け加える。
「ちょっとサスペンスドラマみたいで格好いいですよね」
「いや、ぜんぜん」
「そんなことないですよっ」
ぷっと膨れて拗ねる栞はとりあえずおいておいて、俺は腕を組んだ。
「つまり、あゆはシルバー仮面だったと」
「……相沢くん、それ古すぎよ」
いや、それが判る香里も香里だが。
今まで黙って聞いていた鹿沼さんが口を挟む。
「問題なのは、月宮さんがどこに住んでいるかではなく、自分の住んでいるところを知らなかった、ということです。いいえ、もっと正確に言えば……彼女は今までそんなことを考えたことがなかった、ということです」
「そんな馬鹿な……」
「でも、あの驚きよう、演技には見えなかったわ」
香里が静かに呟く。
「自分がどうして自分の住んでいる家を知らないのかが判らない、そんな驚きようだった……」
「……でも、それじゃあゆは……?」
「彼女は、まだ自分の正体を知らないのでしょう」
不意に天野がぽつりと言った。そして俺に視線を向ける。
「真琴だって、そうでした……」
「でも、あいつは最初から記憶喪失だったじゃないか」
奇妙ないらだたしさを感じながら、俺は反論した。
「あゆはちゃんと昔のことも覚えてるぞ」
「……」
天野はちらっと鹿沼さんを見た。そして、鹿沼さんが頷くのを見てから俺に向き直った。
「あくまでも、仮定ですが……。あゆさんが、誰かに造られた存在だとしたら……? そして、そのことをあゆさん自身が知らないとしたら……?」
「……は?」
「……それで、結局あゆちゃんは……?」
「見失っちゃって、それっきり。あちこち探し回ったんだけど……」
秋子さんにそう言うと、名雪は俺に頭を下げた。
「ごめんね、祐一」
「別に名雪の責任じゃねぇって。真琴も捜しきれなかったんだし」
「あうーっ。途中であゆの臭いが急に消えたんだもん」
耳をぱたぱたさせながら言う真琴。
俺達は水瀬家に帰って、秋子さんに今日あったことの報告をしているところだった。ちなみに美坂姉妹は病院に残り、天野は自分の家に帰っていった。
「それにしても、天野も突飛なこと言い出すよなぁ。あのあゆが誰かに造られた存在、だって?」
俺は苦笑した。
「でも……、あの子、どっか他の人とは違ってるみたいな気がするよ」
真琴が尻尾をぱたぱたさせた。
「そりゃあいつはうぐぅだし、他の人とは違ってるけど。でもそれを言うなら真琴の方がよっぽど違ってるじゃないか」
「あう……」
「祐一、真琴をいじめたらだめだよっ」
すっかりお姉さんモードの名雪に言われて、俺は肩をすくめた。
「へいへい。でも、それじゃ名雪はどう思う?」
「わたし? えっと、……くー」
「寝るなっ!!」
「……それで、入院している方のあゆちゃんとは逢ったの?」
秋子さんが訊ねた。俺は頷いた。
「ええ。その後で鹿沼さんに逢わせてもらいました」
カチャ
2日前、俺と栞がその前で立ちつくしていた特別治療室のドアを開けると、鹿沼さんは振り返った。
「どうぞ」
薄暗い部屋の中にはベッドがあり、その左右には何に使うのか判らない機械が並んでいた。
そして、ベッドの上には、一人の少女が横になっていた。
目を閉じ、静かに眠っているように見えた。
「……あゆ、だよな?」
「う、うん」
「あゆさん、ですよね」
俺の言葉に、名雪と栞が頷き、俺は改めて少女に視線を向けた。
そこにいるのは、間違いなくあゆだった。
静かに鹿沼さんは言った。
「月宮さんは、こうしてもう7年の間、眠り続けているのです。肉体的な損傷もなく、いつ目覚めてもおかしくない状況で、でも目覚めることもなく、ずっと……」
俺が説明を終わると、そのことには直接ふれず、秋子さんは立ち上がった。
「それじゃ、そろそろ夕ご飯の支度するわね」
そう言い残し、そのままキッチンに消えていく。
その様子は、明らかにいつもの秋子さんとは違っていた。
ちなみに、普通の人にとっては少しだが、秋子さんの場合はかなりな変化だと言っても差し支えないのは言うまでもない。
名雪もそれは感じたらしく、首を傾げていた。
「お母さん、どうしたのかな?」
「娘のお前にわからんことが甥の俺にわかるわけないだろ」
「それもそうだね」
あっさり納得すると、名雪は視線を脇に向けた。
「川澄先輩はどう思います?」
ちなみに、また黙っていたので全然判らなかったと思うが、舞は先に家に帰ってきていたのだ。なんでも佐祐理さんとお茶してから帰ってきたそうだ。
「そういえば、昼に言ってたよな。あゆに俺の臭いがするって。あれはどういう意味だ?」
「……よくわからないけど、そう感じたから」
舞の言うことの方がよく判らない。まぁ、舞らしいって言えば舞らしいんだけどさ。
不意に名雪が、俺の顔をのぞき込むようにして言った。
「……祐一、あんまり心配してないみたいだね」
「ん? ああ、あゆのことか? ……心配は心配だけどな……」
俺は、ソファにもたれて天井を見上げた。
「なんていうか、現実感がなくてさ……。っていうか、一体何がどうなってるのか煙に巻かれてるようで、どう受け止めればいいのか戸惑ってるって感じだ」
「……うん、そうだよね。わたしもそうだよ」
なゆきも頷いて、庭の方に視線を向けた。
「でもね、……今頃あゆちゃん、どうしてるだろうね……」
「そうだな……」
何となく相づちを打った、その瞬間、俺の脳裏をいくつかの情景がフラッシュバックした。
「……もしかして」
俺は、ソファから立ち上がった。
自分の部屋に戻ると、ハンガーに掛けてあったジャケットを羽織り、もう一度外に出る。
「祐一、どうしたの、急に?」
リビングから急に出ていった俺の後を追うように、階段を駆け上がってきた名雪が、その姿を見て聞き返した。
「悪い。ちょっと出かけてくる」
そう言って、すれ違いに階段を駆け下りようとした服の裾を、名雪は掴んだ。
「ん?」
「……わたしも、行くよ」
名雪は微笑んだ。
「約束したからね」
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あとがき
あまりに暑くてSS書く気力が全然湧いてきません(苦笑)
夜でもクーラー止めると5分で室内気温が30度越えるのは何とかして欲しいものです。
おまけに仕事が超忙しいです(;_;)
SS書いてる暇もないです〜。
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