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Kanon Short Story #13
プールに行こう3 Episode 39

 天野は俺に視線を向けた。
「推測の前に事実を確認したいので、一つお聞きしたいのですが……。月宮さん……私たちが知っている月宮さんではなく、一般的に認知されている方の月宮さんは、病院に入院している。それは間違いないのですね?」
「間違いないわよ」
 その声に、俺達は顔を上げた。
「よう、香里。久しぶりだな」
「何が久しぶりよ。さっきまで同じ教室にいたでしょ?」
 そう言いながら、香里はどこからともなく椅子を持ってくると、名雪の隣りに腰掛けた。
「で、飯も食わずにどこに行ってたんだ?」
「栞の所に電話してたのよ」
「はぇ〜、まだ食べてないんですか。それなら、美坂さんもお弁当いかがですか?」
 佐祐理さんに笑顔で勧められて、香里も頷いた。
「ありがとうございます、倉田先輩。いただきます」
「やっぱり食事は大勢の方が楽しいですよね」
 なんか秋子さんみたいなことを言う佐祐理さんに、黙々と食べながら舞が頷く。
 俺はサンドイッチに手を伸ばす香里に尋ねた。
「で、栞がなんだって?」
「昨日相沢くん、栞の所に来なかったでしょ? それで、栞が随分がっかりしてね……。栞をすっぽかすとは、どういうつもりなのかしら、相沢くん?」
 うわ、また髪の毛が不自然にふわぁっと!
「あ、昨日はホントに祐一調子悪かったんだよ。わたしが帰ったらもう部屋で寝てたし」
 名雪がイチゴミルクを飲みながらナイスフォローを入れてくれた。香里は「そう」と頷くと、肩をすくめた。
「まぁ、そういうことならとりあえず許してあげるわ」
「それはいいから。で、なんだって?」
「ああ、そうそう」
 香里は頷いた。
「一昨日、あなたが帰ってから、栞が妙に考え込んでるみたいだったから、白状させたのよ」
「……あゆのことか?」
「ええ。あくまでもあたしが無理矢理白状させたんで、あの子はちゃんとあなたとの約束を守ろうとしてたんだからね。そこのところは誤解しないように。いいわね?」
 香里に言われて俺はこくこくと頷いた。
 まぁ、栞がそうそう約束を破るようなやつじゃないのはよく知ってるし。まぁ、あとでこれをネタにちょっといじめてやるとするか。
「……相沢くん、なにか不穏なこと考えてないでしょうね?」
「いえまったくこれっぽっちも考えてないことを俺はあの星に誓う」
「どこに星が出てるのよ。まぁ、いいわ。それで、昨日あたしがちょっと調べたのよ。病院に入院している方の月宮あゆのことを」
「……」
 俺は一つ深呼吸してから訊ねた。
「それで、何か判ったのか?」
「あたしが調べただけじゃ何も。でも、その後栞に色々と聞いてもらってたってわけ。ほら、あの子、看護婦さん達と仲がいいから」
 まぁ、病院に行くことも多いだろうから、自然と仲良くなったってわけか。
「……で?」
「さっきの電話だと、それほど詳しいことはまだわからないわ。でも、月宮あゆの主治医をしているお医者さんに話を聞けそうだって言っていたわ」
「……そっか」
 俺はほっと一息ついた。
 ……ほっとしている? やっぱり知るのが怖いのか、俺は?
「まぁ、そんなわけで詳しいことはまだわかんないけど、少なくとも月宮あゆって女の子が病院に入院しているっていうのは間違いないわ」
 香里は天野に向き直って言った。
 名雪も頷く。
「お母さんもそう言ってたよ」
 何事もなかったように装って、俺は軽口を叩いた。
「秋子さんが嘘を付くはずないし」
「……そう断定はできませんけど。もっとも、嘘を付く理由が今のところ思い当たりませんから、とりあえずは事実としましょう」
「……なんか引っかかる言い方だな、天野っち」
「その言い方は止めてください」
 天野はじろっと俺を睨んだ。俺は両手を上げた。
「すまん、話を続けてくれ」
「……はい」
 ため息を一つついて、天野は言葉を続けた。
「そうですね……。まず、一番常識的に納得できる推測は、病院からこっそりと月宮さんが抜け出していた、というものですか」
「常識的かしら?」
 香里が首を傾げた。
「病院からこっそり抜け出すなんてなかなか難しいわよ。栞がよく嘆いてるもの」
 ……こっそり抜け出そうとしてるのか、あいつは?
「あくまでも、比較論ですよ」
「……つまり、この先は非常識になってくわけね」
 天野の返事に、香里は肩をすくめた。
「すみません」
「いいのよ。もう非常識にも慣れてきたしね」
「で?」
 俺は先を促した。
「そうですね……。誰か別人が、月宮あゆの名前を騙っていた、というのも、ありがちな話ですね」
「あ、それってこないだ見たテレビドラマみたいだね」
 名雪がイチゴサンドを頬張りながら言った。俺は首を振った。
「天野にしてはちょっとひねりが足りないな。却下だ」
 天野はむっとした顔をした。
「相沢さんは、私が非常識な答えをするのを期待してるんですか?」
「もちろん」
 俺がそう言うと、名雪が口を出す。
「祐一、天野さんいじめちゃダメだよ」
「いや、別にいじめてるわけじゃないけどな」
 からかうと、あゆとは別の意味で面白いだけだ。
 ……もっとも、あゆと違って、後で十倍返しくらいしてきそうだけど。それを考えるとあんまりからかうのもよしたほうが良さそうだ。
「ごめんね、天野さん」
 名雪が代わって謝ると、天野はやや表情を和らげて答えた。
「いえ。相沢さんの言うことですから」
 ……どういう意味だ?
 今度は俺がむっとしていると、天野は少し間を置いて次の推測を口にした。
「月宮さんの生き霊、という考え方はどうですか?」
「いきりょう? 食べられる?」
 今まで無言で佐祐理さんの弁当をむさぼっていた真琴が顔を上げた。俺は無言でその頭を叩いた。
 ぽかっ
「あうっ、祐一がぶった〜」
 頭を押さえて喚く真琴を無視して、俺は天野に視線を向けた。
「うむ、それでこそ天野だ」
「……どういう意味ですか、それは?」
「あ、いや、深い意味はないが……。それにしても突飛な発想だな、生き霊とは」
「ねぇねぇ、いきりょうってなに?」
 真琴が割り込む。もう一度頭を叩こうと思ったが、真琴もさるもの、しっかり頭はガードしていた。
「えへへーっ、いつまでも祐一にやられてばっかりじゃないもん」
「生き霊とは、生きている人間から霊魂だけが抜け出した存在と一般的に言われてるわね」
 香里が言った。俺は感心した。
「へぇ、よく知ってるな、香里。……スキ有り!」
 ぽかっ
「あうーっ、祐一がまたぶったーっ」
「もう、祐一。あんまり真琴をいじめたらだめだよ」
 名雪に言われて、俺は「へいへい」と頷いた。
「どちらにしても、今はまだ材料が足りなさすぎてどれと断定することも出来ないですね」
 天野が言うと、不意に今まで黙って弁当を喰らっていた舞が言った。
「あの子は……祐一の臭いがする」
「……へ?」
 皆が一斉に舞を見たが、舞はそれ以上は何も言わず、卵焼きを頬張っていた。
 天野が言う。
「とりあえず、私の出来る推測はそれくらいです」
「生き霊説はなかなかヒットだが、それでも70点だな」
「……はい」
 その時、天野が既にもう一つの推測を立てていたことを俺達が知ったのは、後になってからだった……。

「よし。それじゃ今日はこれで終わりだ」
「起立、礼」
 クラス委員の香里の号令と共にホームルームが終わり、担任の石橋が出席簿を片手にして出ていくと同時に、教室はざわめきに包まれた。
 俺はぺたんこの鞄を手にして、席を立った。
「さて、行ってみるか」
「うん」
 名雪も頷いて、こっちは中身の詰まった鞄を手に立ち上がる。
 俺はふと思いついて訊ねた。
「名雪、部活はいいのか?」
「えっ? うん、そうだけど……」
 名雪はちょっと考えてから、笑顔で言った。
「でも、昨日約束したから。一緒に行ってあげるって」
「……悪いな」
 俺は名雪の肩を軽く叩いた。名雪は真面目な顔で答えた。
「郁未ちゃんに怒られるんだから、あとでイチゴサンデー奢ってね」
「……もうイチゴサンデーは勘弁してくれ」
 ため息を付きながら、何となく香里の席を見ると、案の定既に香里はいなかった。
「もう行ったのか……」
「香里? うん、先生が出ていくと同時に飛び出して行ったよ」
「なるほどな」
 頷いて、俺は教室を出た。
「あっ、待ってよ祐一っ!」
 名雪がパタパタと後を追ってくる。

 俺と名雪が校門を出ると同時に、門柱の所から声が聞こえた。
「あっ、祐一くんっ!」
 とっさにバックステップを踏むと、目の前を見慣れたダッフルコートが掠めすぎた。
「あ……」
 べちっ
 豪快に目の前の地面目掛けてヘッドスライディングしていたのは、思った通りうぐぅだった。
「やぁ、あゆ。元気そうだな」
「うぐぅ……何事もなかったように爽やかに挨拶しないで……」
 土埃まみれになりながら顔を上げたあゆが文句を言う。
「うぐぅ、またよけたぁ……」
「お前が飛びつくのを辞めれば済むだろ?」
「それはそうだけど……」
「まぁまぁ」
 名雪がおっとりと割って入ると、あゆを引っ張り起こした。そして埃を払ってやりながら訊ねる。
「それで、あゆちゃんも一緒に病院に行く?」
「えっ? あ、えっと……」
 口ごもると、あゆは俺を伺うようにちらっと見た。
「ボク……本当に病院に入院してるの?」
「それを確かめに行こうとしてるんだが」
「う、うん。そうだよね。でも、もし本当に入院してたら……そしたらボクは……」
 あゆは口ごもった。
「ボクは、どうすればいいんだろ……」
「とりあえずマニパラ踊れば大丈夫だ」
「もう、祐一無茶苦茶だよ」
 名雪は笑うと、あゆの手を握った。
「大丈夫だよ、あゆちゃん。わたしも祐一も一緒にいるから」
「う、うん、ありがとう、名雪さん」
 あゆは微かに笑った。
 と、不意に後ろから声が聞こえた。
「私たちもご一緒してよろしいでしょうか?」
 振り返ると、そこにいたのは真琴と天野だった。
「お前ら……」
 なんで? という表情を読み取ったらしく、天野が答えた。
「やっぱり気になりますから」
「真琴は祐一と一緒なのっ!」
 こちらは高らかに宣言する真琴。
「俺はいいけど……」
 俺はあゆに視線を向けた。あゆはこくりと頷いた。
「ボクも……いいよ」
「決まりっ!」
 真琴は俺の腕にぎゅっと抱きついた。
「ほら、行こっ!」
「お、おいっ、引っ張るなっ!」
「いいのっ! 昨日は名雪に鼻をくくらせたんだからだから、今日は真琴なのっ!」
 ……何がいいたいんだ?
「とりあえず離せっ」
「やーっ!」
 ぶんぶんとかぶりを振ってから、不意に真琴は何かを思いついたように俺を見上げた。
「そうだっ! それじゃ、キスしてくれたら離してあげる」
「……はい?」
「ん〜」
 そのまま目を閉じる真琴。
「わわっ! ゆ、祐一くんっ! そ、そういうのボクいけないと思うよっ!」
 慌てて反対側の腕を引っ張るあゆ。
 続いて名雪が真琴の頭をぽかっと軽く叩いた。
「真琴、祐一をあんまり困らせたらダメよ」
「あうーっ」
 さすがに名雪に怒られると、真琴は言い返せないようで、助けを求めて天野に視線を送った。
「……ダメです」
 あっさり天野にも見放されて、真琴はしぶしぶ俺の腕を放した。
「わかったわようっ。離せばいいんでしょっ! もう名雪も美汐も嫌いっ!」
 ぷいっとそっぽを向く真琴の頭を、天野が優しく撫でた。
「甘えるのが悪いわけじゃない。時をわきまえればいいだけです」
「あう……難しいよ」
「大丈夫ですよ。……時間は、たっぷりあるのですから」
 噛んで含めるように言う天野に、真琴はこくりと頷いた。
「うん……」
 俺は苦笑した。
「あいかわらず天野はおばさんくさいな」
「あいかわらず相沢さんは失礼ですね」
「そうだよ」
「うん、ボクもそう思う」
「祐一、失礼ーっ」
 総攻撃を受けて、俺はため息を付きながら両手を上げた。
「へいへい。で、そろそろ行こうと思うんだが?」
「あっ、そ、そうだね」
 あゆが真面目な顔になってこくりと頷いた。

 トントン
 『美坂栞様』のプレートのかかった病室のドアをノックすると、中から返事が聞こえた。
「祐一さんですか?」
「おう、祐一さんだぞ」
 俺が答えると、ドアが開いて呆れた顔をした香里が顔を出した。
「相沢くん、あんまり恥ずかしい返事しないでくれるかしら?」
「ここは栞しか入ってないんだから、別に問題ないだろ?」
「他の人がいなければね」
 そう言いながら、香里はドアを開けて振り返る。
「今話していた相沢くんと月宮さんです」
「え?」
 驚いて病室の中を覗き込むと、そこにはベッドに横になった栞と、もう一人の女性がいた。
 白衣をまとった、長い金髪の印象的な女の人。その胸には「鹿沼」というネームプレートがある。白衣を着てるところをみると、医者のようだ。
 彼女は立ち上がると、俺達に一礼した。
「初めまして。精神科の鹿沼葉子です」
「せいしんか……?」
 俺は栞に視線を向けた。
「もしかして、栞、頭に……」
「相沢くん、私の妹に何か思いきり失礼なことを言おうとしてない?」
 うぉ、香里の目がオレンジ色にっ!
「いえいえそんな滅相もない」
 俺はぶんぶんと首を振った。
 栞が苦笑して言った。
「鹿沼さんは、月宮さんの担当をしてるお医者さまですよ」
「ボクの?」
 あゆは、俺の後ろに隠れるようにして怖々とその鹿沼さんを覗き込んだ。
 鹿沼さんは、別に何をするでもなく淡々と俺達を見ている。
 後ろから名雪が声をかけた。
「祐一、こんなところでずっと立ってても仕方ないよ」
「……それもそうだな」
 俺はごくりと生唾を呑み込んで頷いた。そして、栞の病室に足を踏み入れた。
「ほら、あゆちゃんも」
「う、うん」
 名雪に促されて、あゆも俺の横に並んだ。そして鹿沼さんにぺこりと頭を下げた。
「は、初めまして。月宮あゆです」
「……」
 鹿沼さんは、特に驚いた様子もなかった。ただ、もう一度軽く頭を下げると、静かに言った。
「……さすがに、少し驚きました」
 ……ホントか?

Fortsetzung folgt

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あとがき
 ああ、ふと気付くと2人しか残ってないな<未出キャラ
 まぁ、“彼”はさすがに出せないから、実質あと一人か。
 ……以上、謎の呟きでした(笑)

 とりあえずプール3も3クール終わりました。……全然終わりませんなぁ。
 えあが出るまでに終わらせようと思ってたんですが、残りあと1ヶ月強。果たしてどうなりますやら。

 プールに行こう3 Episode 39 00/7/21 Up 00/7/24 Update 00/7/26 Update

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