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「祐一くん、話って何?」
Fortsetzung folgt
無邪気な顔をして、あゆは俺の顔を覗き込んだ。
「……なぁ、あゆ」
俺は深呼吸をして、訊ねた。
「思い出したか? 最後の日のこと……」
「えっ……?」
あゆの表情が曇った。
「……ううん、まだ思い出せないんだよ」
かぶりを振って、俯く。
「ボク……でも、思い出さない方がいいのかもしれないって、最近思うんだよ」
「え?」
「だって……、そんなこと思い出さなくても、祐一くんや秋子さんや名雪さんや、みんながいて、楽しくやっていられるんなら、それでいいんじゃないかって……」
「……俺も、そう思ってた。でも……」
俺は頭を掻いた。そして、思い切って言った。
「あゆ、お前は誰なんだ?」
「えっ?」
きょとんとすると、あゆはいつもの俺の冗談と思ったのか、苦笑して答えた。
「ボクはボクだよ。月宮あゆだよ」
「……俺も、そう思う。こんなうぐぅはあゆしかいないもんな」
「うぐぅは余計だもん」
「でも……」
俺の口調に、拗ねたようにそっぽを向いていたあゆが向き直る。
「秋子さんに聞いたんだ。あゆは……事故に遭って、7年前からずっと病院に入院してるって……」
「え……?」
目を丸くするあゆ。
「……な、なに、それ?」
「実は、俺、昨日病院で、あゆの病室を見たんだ」
「ボクの……病室?」
「ああ。栞も一緒に見てる。見間違いじゃない」
「えっ? で、でも……」
「それで、今日秋子さんに聞いたんだ。秋子さんは答えてくれた。7年前に、あゆが樹から落ちているところを発見されて、そのまま病院に入院したことを。そしてその樹が切り倒されたことを……」
「……嘘、だよね?」
「……」
俺は無言でかぶりを振った。
あゆは、立ち上がる。
「だ、だってボクはちゃんと学校にも行ってるし……、ほ、ほら、鞄の中を見れば……」
そう言いながら、床に置いてあったリュックを手にして開ける。
「……あ、あれっ?」
リュックの中には、何も入っていなかった。
「あ、そ、そうだよ。帰ったときに全部置いてきたからだよ! だからっ!」
深い動揺の混じった声。
「ちゃんと、ちゃんとあるんだよっ! 本当にっ!」
俺は、叫ぶあゆを抱きしめた。
「うぐっ……」
「落ち着け、あゆ!」
「……ゆ、祐一……くん……?」
白いセーター越しに、あゆの鼓動が伝わってくる。
それが落ち着くまで……って、むしろなんかどんどん早くなってないか?
「……うぐぅ、祐一くん、恥ずかしいよ……」
そう言われて顔を上げると、耳まで真っ赤になったあゆの顔が至近距離にあった。
「わ」
「わ、じゃないよっ」
そう言いながらも、あゆはじたばた暴れるでもなく大人しくしている。ただ、鼓動だけがどんどん早くなっていく。
「……このままほっといて、脈拍がどこまで上がるか試してみたいな」
「ど、どうしよう。ボク、どうなるんだろ?」
「どうもならんからとりあえず落ち着け」
俺は腕を解いた。そして深呼吸して、あゆに言う。
「……やっぱり小さいな」
「ぜったい大きくなるもんっ」
胸を押さえてあゆは反論した。
「ほう? 絶対か?」
「うぐぅ、いじわる……」
目に涙まで浮かべている辺りは建気と言ってもいいかもしれない。
まぁ、とりあえずはいつものペースに戻ったかな。
俺はベッドから腰を上げた。
「なぁ、あゆ。お前がたとえ狐のたぐいだろうと、死に瀕しているような病気持ちだろうと、俺はべつにどうでもいいんだ。あゆは、あゆ。食い意地が張ってて小学生みたいで口癖がうぐぅの変なやつだ」
「なんかひどいこと言われてるみたいな気がするよっ」
あゆはぷっと膨れた。
俺は言葉を続けた。
「だけど、本当のことは知らなくちゃいけないと思う。たとえそれを知らないままだったら、幸せに暮らしていけたとしても、だ。真琴のときも、栞のときも、俺はそう思って行動してきたつもりだ」
「……うん、そうだよね」
あゆはこくりと頷いた。そして、俺に視線を向けた。
「ボクも、本当のコトを知りたいよ」
「よし」
俺はあゆの頭を撫でた。
「うぐぅ、くすぐったいよ……」
目を細めるあゆ。
「でも、とりあえず今は何も出来ないな」
時計を見て、俺はため息をついた。秋子さんも寝てるだろうし、こんな時間に病院に忍び込むなんて無茶だし。
「そうだね……」
あゆも頷く。
「で、これからどうするんだ?」
「えっ?」
言われて初めて気付いたというように、あゆはきょときょとと辺りを見回した。それから、外が真っ暗なことに改めて気付く。
「うぐぅ……真っ暗……」
「じゃぁな、あゆ。また明日〜」
そう言いながら窓を開けようとした俺の手を、あゆが慌てて止める。
「祐一くんっ、えっと、えっと……」
「冗談だ。泊まっていけよ」
俺は笑ってベッドに戻った。
「え? いいの?」
「ああ。あいにく今日は真琴も舞もいないけどな」
「そう言われてみれば静かだと思ったけど……」
あゆは隣の部屋の方に視線を向ける。
「どうしたの、2人とも?」
「今日は佐祐理さんの家にお泊まりだ」
「あ、そうだったんだ」
こくんと頷くと、あゆは立ち上がった。
「それじゃ、真琴さんの部屋が空いてるよね。ボク、そこで寝るから」
既に勝手知ったるなんとやらだな。
「ここで寝ていってもいいんだぜ」
俺はぽんぽんと自分のベッドを叩いた。
「えっ? じ、冗談はやめてよっ」
またかぁっと赤くなると、あゆは慌てて立ち上がった。
「そ、それじゃお休みなさいっ!」
そのまま部屋を飛び出すように出ていくあゆ。
「あゆっ!」
思わず、それを呼び止めていた。
「えっ?」
振り返るあゆ。
「えっと……。そ、そうだ。コートとリュック持って行け」
俺は、椅子の背に掛けていたコートと、ベッドに置いてある空のリュックを指した。
「あ、そうだね」
あゆはこくりと頷いて、部屋の中に戻ってきた。そしてコートを腕に掛け、リュックを拾う。
「それじゃ、今度こそ、お休みっ」
そう言い残し、ドアがパタンと閉じた。
途端に、部屋の中がしーんと静かになる。
「……騒がしいやつだな」
呟いて、俺はベッドに横になった。
さっきまでそこに座っていたあゆの温もりがまだ残っている。
その温もりを感じながら、俺は眠りに落ちていった。
『朝〜、朝だよ〜。朝ご飯食べて学校行くよ〜』
毎度のコトながら、これでよく目が覚めるもんだな。
そんなことを思いながら、俺は目覚ましを止めた。そして、飛び起きた。
なんとなく、予感がしていた。
だけど、それでも、真琴の部屋のドアを開けた瞬間、俺は喪失感を埋めることができなかった。
冷たい空気の中、畳まれた布団。
そこにいたはずの少女の姿は、なかった。
「……あゆ」
俺は、その場に膝をつき、崩れ落ちた。
「……なにしてるの、祐一くん?」
いきなり後ろから声をかけられた。振り返ると、エプロン姿のあゆがにこにこしながら立っている。
「あ、あゆ?」
「あ、この格好? ボク、朝ご飯作ってたんだよ」
あゆは、エプロンをひらひらさせながら答える。……って、朝ご飯だとぉ?
「さて、今日は朝練だから早く出ないとな」
「うぐぅ……」
「あら、そうだったんですか?」
トントン、と階段を上がってきた秋子さんが俺に訊ねる。
「いや、冗談ですが」
「そうですね」
頷くと、秋子さんは笑顔で俺に言った。
「今朝はあゆちゃんが手伝ってくれたから、早く出来ました」
「うんっ」
よっぽど嬉しいらしく、あゆはずっと笑顔だった。
俺は大きくため息をついた。それから、はたと気付いて顔を上げた。
「そろそろか……」
「えっ?」
あゆが聞き返すと同時に、名雪の部屋からベルやらアラームやらが一斉に鳴り響く。
「わっ、わわっ!」
「落ち着け、あゆ」
俺は慌てて辺りを見回そうと、その場でくるくる回るあゆの頭を掴んで止める。
「あっ、そっか、名雪さんか。うぐぅ、びっくりした……」
よっぽど驚いたらしく、目の端に涙がたまっていた。
秋子さんがため息をつく。
「名雪ったら、ちょっと寝起きが悪いですものね……」
ちょっとどころの騒ぎではない。
俺はため息を付いた。
「あゆ、とりあえず俺は名雪を起こしてから行くから、先にダイニングに行ってろ」
「うん、わかったよ」
あゆは頷いて階段を降りていった。
それを見送ってから、俺は秋子さんに尋ねた。
「秋子さん、どうしてあゆと一緒に朝ご飯作ってたんです?」
秋子さんはくすっと笑った。
「私が朝ご飯の用意をしようと思って1階に降りたら、ちょうどあゆちゃんが出ていこうとしていたんですよ」
「出ていこうと?」
「ええ。あゆちゃんって律儀だから、私に見つかる前に帰ろうと思ったんでしょうね。私に見つかって、何度も謝ってたのよ」
「そうなんですか……。すみませんでした」
俺は、昨日の夜あゆが訊ねてきたことを話した。……さすがにベランダから入ってきたとは言わなかったが。
「秋子さんももう寝てたみたいだったんで、真琴の部屋に泊めたんです。えっと、事後承諾になってしまってすみません」
「了承」
1秒で答えると、秋子さんは階段を降りていこうとした。
「あ、あのっ」
「え?」
俺の声に振り返る秋子さん。
「あゆには……何か聞いたんですか?」
「……そうね。朝ご飯に何を食べたいか、なら聞いたわよ」
静かに答える秋子さん。俺はもう一度頭を下げた。
秋子さんは、なおもアラームやベルが鳴り響く名雪の部屋に視線を向けて、それから俺を見た。
「お願いしますね、祐一さん」
「……はい」
俺はため息混じりに名雪の部屋をノックした。
ダイニングのテーブルに並んでいるのは、ご飯と味噌汁、焼き鮭に生卵とのり、と、生粋の和食だった。
「あゆのリクエストか。で、あゆはどれを作ったんだ?」
あゆに訊ねると、笑顔で指さす。
「この卵!」
「……なら安心だな」
「うぐぅ、なんか気になる言い方だよ」
「まぁ、生卵ならあゆの手が入る余地はないからな」
そんな会話を交わしていると、顔を洗っていた名雪が入ってくる。
「おはよう……ございまふぁ……」
「寝るなーっ!」
俺がぽかりと頭を叩くと、名雪は涙目であくびをかみ殺しながら食卓を眺めた。それからあゆに視線を向ける。
「お、おはようございます、名雪さん」
若干緊張気味のあゆ。
「あ、あゆちゃん、おはよう」
さすが秋子さんの娘である。それ以上何も訊ねず、あゆがいるのは当然という感じで自分の席につく。
「わっ、今朝は和食なんだ」
……あゆがいることより、朝食が和食になっていることの方が重要らしい。
「……ジャムがないよ……」
困った顔をする名雪。慌ててあゆが頭を下げる。
「ごめんね、名雪さん。ボクが和食がいいって言ったから」
「あ、そうなんだ……。うん、それじゃ仕方ないね」
名雪は頷くと、「いただきます」と箸を取った。
その後、いつものように俺と名雪は100メートルを7秒で走らないと間に合わない状況に陥っていた。
「行くぞ名雪っ!」
俺は靴を履きながら玄関を開けて外に飛び出した。途端に冷気に包まれるが、慣れてしまった自分がちょっぴりせつない。
「あっ、待ってよ祐一っ!」
後からばたばたと名雪が飛び出してくる。そして、さらにその後ろから、小さな声がした。
「祐一くんっ」
「おう、あゆ。お前もさっさと学校行けよ。帰りにまた逢おう」
「……うんっ」
あゆは笑顔で頷いた。
「それじゃ、駅前で待ってるよ」
「おう」
俺は頷いて、名雪に尋ねた。
「名雪、準備はいいか?」
「いつでも」
俺達は駆け出した。白い息が後ろに流れていく。
曲がり角を曲がって、水瀬家が視界から消えたところで、名雪が訊ねた。
「いいの、祐一? あゆちゃんのこと……」
「大丈夫。あいつ、ああ見えて約束は守るからな」
俺が答えると、名雪は笑顔になった。
「そうだね」
「それより急ぐぞ! これ以上遅刻記録を伸ばすわけにはいかんからな」
「うんっ!」
そして、昼休み。
俺は食堂で佐祐理さん謹製の弁当を食べながら、あゆのことを説明した。ちなみに同席しているのは栞を除くいつものメンツである。
「……と、おおかたの事情はこうなんだが……」
言葉を一旦切り、俺は真琴の隣で黙々と弁当を食べていた天野に訊ねた。
「何か思い当たることはないか?」
天野は箸を置くと、俺に視線を向けた。
「……相沢さん。もしかして、私は何でも知ってると思ってませんか?」
「違うのか?」
真面目な顔で聞き返すと、天野はため息をついた。
「そんなわけないです。……推測はできますけれど」
「推測でいいから、言ってみてくれないか」
「……」
天野は皆の顔をちらっと見回した。そして、静かに頷いた。
「判りました。でも、あくまでも推測ですよ」
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あとがき
梅雨明けまして。
私はすっかり体調崩しました。外は暑いし仕事場の中はクーラー効いてて寒いし。
ここんとこ、SSが2日で1本のペースになってるのは、単純に感想メールが10通以上たまるのを待ってると2日過ぎるからです(笑)
まぁ、マネージャー物語書いてるからってのもありますが。
PS
あえて反論を恐れずに言えば、私が声優さんで歌手としても認めてるのは林原めぐみさんと高山みなみさんだけです。
つーても、別にメグラーってわけでもないです。ようやく今頃になって“VINTAGE A”買ったくらいだし。
メグたんの最初の曲が“星の涙ポロロン”だって知ってるとか、“Tokyo Boogie Night”には本多知恵子嬢とのデュエットバージョンもあるって知ってるのはやっぱり珍しいですか?(一部爆笑)
そんなわけで、今回のBGMは「Lively Motion」 判る人はうんうんと頷いてください。
訂正:“星の涙ポロロン”は2曲目でした。1曲目は“VINTAGE A”の解説にあるとおり、“夜明けのShooting Star”です。
PS2
時々、あまり大っぴらにしないでなにかやるのは、まぁ「こんなこともあろうかと」を言うためにこっそりと秘密兵器を開発する博士みたいなもんだと思ってください(笑)
プールに行こう3 Episode 38 00/7/18 Up