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なんとかノルマをこなし、俺はみんなを連れて水瀬家に戻ってきた。いや、正確に言えば、みんなに「連れられて」戻ってきた。
Fortsetzung folgt
「ほら、祐一、しっかりしてよ」
「うぐぅ、祐一くん、大丈夫?」
「あらあら、どうしたの?」
キッチンから出てきた秋子さんが、ぐてっとしてる俺と周りの皆を交互に見て訊ねた。
佐祐理さんが笑顔で言った。
「多分、食べ過ぎじゃないかと思いますよ〜」
「食べ過ぎ?」
「ええと、イチゴサンデーと、イチゴたい焼きと、イチゴ肉まんと、イチゴ牛丼食べたんだよね?」
「……イチゴサンデー以外にはイチゴは入っとらん……」
俺の味覚がまともなことだけはアピールしつつ、俺は土間に座り込んで、大きく息をついた。
「あらあら。消化剤出しましょうか?」
「……お願いします。それから、夕ご飯はいりませんから……」
「そうですか。残念ですね」
秋子さんは微笑みながらリビングに姿を消した。
「部屋まで行けそう?」
「ああ、なんとかな……」
身体を起こして、靴を脱ぐと、はうようにして階段を上がった。
秋子さんが持ってきてくれた消化薬を飲んで、ベッドに横になると、俺はそのまま目を閉じた。
昨日の睡眠時間が短かったせいもあって、すぐに眠りが訪れる。
夢も見ずにぐっすり眠った俺が目を覚ましたのは、3時を過ぎた頃だった。
……変な時間に寝てしまったせいで、もう一度寝るにも眠れそうにない。
仕方なく起き上がると、トイレに行こうと思って部屋を出た。
「わっ!!」
ドアを開けた途端、短い悲鳴のような声が上がる。
「わ、わ、わ、わ、わ」
「……なにしてるんだ、あゆ?」
「わ……。ゆ、祐一くん?」
涙目のあゆが、俺の姿を見てほうっと大きく深呼吸する。
「うぐぅ、びっくりしたよ……」
「なにをびっくりしてんだ?」
「だって、こんな時間に人がいるなんて思わないから、てっきりボク……」
「ぬらりひょんだと思ったのか?」
「だ、だめだよっ! ぬらりひょんはぬらりひょんの話をすると寄ってくるらしいから、絶対にぬらりひょんの話をしたらだめなんだよっ!」
「……今思い切り連呼してるぞ」
「わっ、ど、どうしようっ! どうなるんだろ……」
「どうにもならんから落ち着け。第一ぬらりひょんが寄ってくる話なんて聞いたことないぞ」
「う、うぐっ……」
ばたばた騒いでいるあゆをとりあえずなだめる。
「……と、とりあえず落ち着いたよっ!」
その割には、びくびくきょろきょろと気ぜわしいことこの上ない。
「で、なにしてんだ、こんな深夜に」
「……えっと……」
「金目のものでも捜してるのか?」
「違うよっ!」
「それじゃ食い逃げのためにトレーニングか?」
「ボク、そんなことしないもんっ」
「まぁいいけど、とりあえず静かにしろ。みんな寝てるんだし」
「えっ? あ、うん、そうだね」
小声になるあゆ。
まぁ、名雪が起きてくることは絶対にないだろうけど、今は舞や真琴もいるんだろうし……。さすがに佐祐理さんは、今日は家に帰るって言ってたな、確か。
「で、結局なんなんだ?」
「あ、えっと、そのね……」
かぁっと赤くなるあゆ。俺は腕組みして頷いた。
「なるほど、トイレか」
「わぁっ、そんなこと女の子の前で言うもんじゃないよっ!!」
「女の子?」
「……うぐぅ、ちょっと小さいだけだもん」
胸を抱えるようにして涙目で俺を見るあゆ。
「それに、そのうちに絶対大きくなるんだよっ」
「舞みたいにか?」
「……うぐぅ」
さすがにそれはないと自覚しているらしかった。
「でも、真琴さんくらいには……」
「真琴は年下だろ?」
「うぐぅ……」
まぁ、人間に換算したら本当は何歳なのかわからんけどな。
「さて、それじゃトイレに行くか」
「えっ? あ、うん」
頷くと、あゆは俺のスゥエットの上着の裾をぎゅっと握った。
やれやれ。筋金入りの怖がりようだな。
「ゆ、祐一くんっ、黙ってないで何かお話ししようよっ」
「そうだな。そういえば、栞のところに見舞いに行ったときに聞いた話なんだが……」
「えっ、栞ちゃんのところで?」
暗闇に慣れた目で階段を降りながら話す。
「去年入院してた患者が……」
「うぐぅっ、やめてぇっ」
慌てて両耳を塞いで階段の途中でしゃがみ込むあゆ。
「……なにしてんだ?」
「だ、だって、祐一くんが怖い話するから……」
うーむ、見抜かれたか。
「それじゃ、別の話をしてやる」
「う、うん」
「そうだな……。よし、『青い血』という話を……」
「うぐぅっ!!」
またしゃがみ込むあゆ。
「や、やめてよ……。うぐぅ、意地悪……」
「わかったわかった。いいからさっさと行くぞ」
「う、うん……」
ようやくトイレにたどり着き、あゆを先に入らせる。
トイレの音を聞くような趣味はないので、ドアから離れ、廊下の壁にもたれて待つ。
……まぁ、いろいろあったけど、真琴も栞もどうにかなったな。
とりあえず、よかった。
それにしても……。
と、水が流れる音がして、あゆがドアを開けて出てきた。
「お待たせ、祐一くん」
「おう。それじゃ……って、出てくるなり裾を掴むなっ」
俺はあゆの手をもぎ離した。
「うぐぅ、だって……」
「すぐに出てくるから、大人しくしてろ」
「う、うん……」
あゆは、おずおずと手を離した。俺はトイレに入るとドアを閉め、すぐに開けた。
「あ、終わったのっ!?」
「馬鹿、そんなに速攻で終わるか! それより、ドアのすぐ真ん前で待ちかまえてるんじゃない」
「うぐぅ、だって……」
「それとも、もしかして音を聞く趣味でもあるのか?」
俺がそう言うと、あゆはかぁっと赤くなって、慌ててドアから離れた。
「そっ、そんな趣味ないよっ!! いいから早くすませてよっ!」
「へいへい」
俺はため息をついて、ドアを閉めた。
タオルで手を拭いて出てくると、待ちかねたようにあゆが駆け寄ってくると、俺にぴたっと寄り添う。
「うぐぅ、怖かった……」
「あのな……」
そのまま部屋に戻ろうかとも思ったが、どうせ寝られそうにない。
そう言えば、まだ風呂にも入ってなかったな。どうせ風呂の湯は落としてるだろうけど、シャワーくらい浴びるか。
「あゆ、俺はシャワー浴びるけど……」
そこで、不意に悪戯心が芽生えて、俺は言った。
「一緒に入るか?」
「え、ええっ!?」
慌ててあゆはキョロキョロと左右を見回した。それから自分を指す。
「ボクとっ?」
「他に誰がいるんだ?」
「うぐぅ……」
耳まで真っ赤になって俯くあゆ。
まぁ、あんまりからかうのも悪いよなぁ。
「ま、冗だ……」
「いいよ」
「……え?」
あゆは俯いたまま、小さな声で言った。
「祐一くんがいいんなら、ボクはいいよ……」
……どうしてこういうことになったんだ?
タオル一枚を腰に巻いた格好で、熱いシャワーを浴びながら、俺は首を捻っていた。
磨りガラス越しに見える脱衣場では、あゆがなにやらもぞもぞしているのが見える。
いや、服を脱いでいるんだろうけど……。
「ほ、本当にいいのか?」
うわ、俺の声、裏返ってるじゃないか。
一瞬手を止めたあゆは、小さな声で答える。
「ボク、恥ずかしいよ……」
「なら……」
「でも、ボクだって祐一くんのこと……好きだもん。だから、出来るよ」
「そ、そうか……」
しばらくして、脱衣場のドアが開く。
「お、お待たせしましたっ」
できるだけ平静を装って、バスタオルを身体に巻いたあゆが、風呂場に入ってきた。
だけど……。
「おい、あゆ。右手と右足が一緒に出てるぞ」
「えっ? そ、そうかな? あははっ」
思い切り声が固かった。
まぁ、そうだよな。
「……悪かったな。俺、出るわ」
あゆの頭にぽんと手を置くと、俺は風呂場を出ようとした。
「ま、待ってよ」
その腕をあゆが掴む。
「今祐一くんに出て行かれちゃったら、ボク、どうしていいかわかんないよ……」
泣きそうな声でそう言うと、黙り込むあゆ。
俺は大きく深呼吸すると、手にしていたシャワーのコックを捻って全開にすると、あゆに向けた。
「おい、あゆ」
「えっ? はぶっ!!」
こっちを向いたあゆの顔にシャワーの湯を浴びせかける。
「わ、わ、わ、わっ」
「……ぷっ」
驚きのあまり硬直したあゆの顔が可笑しくて、つい噴き出してしまう。
「あはははは」
「うぐぅ、祐一くんの意地悪っ!」
「……なんか、7年前もこんなだったかな、俺達って……」
不意にそんな気がして、俺は呟いた。
頭からシャワーの湯を浴びながら、あゆはうーんと考え込んだ。
「あの頃から祐一くんは意地悪で変な男の子だったけど……」
「ほっとけ」
「でも、……うん、そうだよね。ボク達ずっと、こんな感じだったよ」
あゆはそう言うと、不意に俺の手からシャワーを奪い取った。
「わ、何を?」
「えい、お返しっ!」
バシャーッ
俺の顔に湯が叩きつけられる。
「ぶはっ。やったな、このやろ!」
「えへへ。お返しだもん」
しばらく湯を掛け合っているうちに、いつの間にか最初の硬さは、お互いに取れていた。
それは、性別なんて関係なく、ただ無邪気に遊んでいられたあの頃に還った、ということなのかもしれない。
やがて、あゆが言う。
「祐一くん、座って。背中流してあげるよ」
「おう、頼もうかな」
俺は小さな腰掛けに座る。
あゆはタオルに石鹸を付けて泡立ててから、俺の背中に滑らせた。
「祐一くんの背中って広いね」
「そうか?」
「うん……」
ごしごしと俺の背中をタオルで擦りながら、あゆは笑った。
「えへへ」
「なんだよ?」
「なんでもないっ」
翌朝。
「へっくしょん」
「……くちゅん」
「あら、祐一さん、あゆちゃん。二人揃って風邪ですか?」
「そ、それは、えーっと……」
「えへへっ」
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あとがき
もとは31話でした<この話
あとから31話が出来て、その31話が長くなりすぎて分割したので、結局この話は33話になったわけです。
というわけで、なんか感想メールを読んでるとほとんど声が上がらないあゆあゆファンの皆さまに捧げます(爆)
PS
末尾のFortsetzung folgtを英和辞典で探すような無茶をしないでください。これ、ドイツ語です(笑)
プールに行こう3 Episode 33 00/6/22 Up